嬉しかった街での出来事。そして、エピローグ
少女達の短い物語の終わり。
あれから、3か月経った。
その間、未知の土地を踏破し、いくつかの街や村に寄った。
トラブルには何度か遭遇したけど、私が望んでそうしたわけじゃないのは強調しておく。
この旅は、自分に出来ることと出来ないことを痛感させられる。
平和で平凡な旅など、この時代に望むことは出来ない。
いや、旅自体、力無き人には出来ないことだ。
私は運がいい。
その手段と機会に恵まれてるのだから。
世界には望んでも、それが出来ない人がいる。
それを考えたら泣き言なんか言ってられない。
3か月前のあの出来事は、両親に言われていたことを強烈に思い出させるものだった。
両親は魔法使いの間では、変わり者の部類だった。
魔法に絶対的な信頼を置く魔法使いが多い中、科学の可能性に期待していた人達だったのだ。
ただ、両親は空気を読める方で、社交性もある人達だったから、それをみだりに公言しなかったが。
多くの魔法使いには異端と受け取られ、反発を食らい、集団の中では不利益に働きかねないことを理解していたのだ。
「いいかいミア。魔法と科学は対立するものではなく、補い合えるものなんだ」
そう言われた幼い私は、言ってることがよくわからず、聞き返した。
「補う?」
「そうだよ。魔法と科学を比較し、魔法の方が優れていると主張する人達が私達の中では多いけど、私はそれは間違いだと思う。どちらにも一長一短があり、役割の違いがあるだけなんだ」
そういう父は、講義を始める時の癖で、まず、顎を撫でる。
「魔法は思いついたら、そのための術を知ってさえいれば、魔力という代価さえ払えばすぐに実現できる。これは確かに大きなアドバンテージだ。だが、その恩恵に与れるのは、一握りだよ。万人のために行うには、力が足りない」
「それは、しょうがないんじゃないかなあ。困った人は多すぎるもん」
「そうだね。魔法は大量生産、大量消費の事案には向かないんだ。そこが欠点ではある。でも、科学はね、ちゃんとそのための設備や資源が整えられれば、いずれ可能になるんだ。しかも、魔法を使えない人達にでもね。それは、凄いことだよ」
「え!魔法使いでなくても⁈」
私は目を丸くしてしまった。
科学という分野があるのは聞いたことはあったが、大して関心を抱いてこなかったのだ。
常識外の話だったが、興味をそそられた。
「そうだよ。文明がもっと進めば、いずれは科学の方が主流になるかもしれないね。私の立場じゃ大っぴらには言えないことだけど」
しーっと口元に人差し指を当てながら、おどけて見せたお父さんに、幼い私は笑ってしまった。
「でも、それにはきっと時間はかかる。せっかく発展が軌道に乗りそうだったのに、この戦争で大きく文明は後退していくのは、避けられない。残念だ」
そう言うお父さんは悔しそうだった。
「魔法には魔法の、科学には科学の良さと欠点がある。対立しがちだけど、この二つが補い合えれば、素晴らしいことが出来る。魔法使いが魔力を枯渇していっても、科学を学べれば、誰にでも出来る技術と知識で多くの人々を救えるんだ」
お父さんは熱弁を振るう。
「魔法使いは人がこうあってほしいという願いを叶えることが出来るが、その力は有限だ。必ずこぼれてしまう人々が出て来る。魔法以外でも、願いを実現できる手段を人類は得なくては……。魔法使いだけでは背負いきれない」
お父さんは遠い目をし出した。
「魔法使いの数はもう少ない。まだ動乱が終わらない以上、更に減っていくだろう。いや、もしかしたら、魔法そのものが……。でも、今は、私達がやるしかないんだよ。でなければ、人類に未来は無いし、それを阻めるのは力を持つ魔法使いだけだ」
お父さんは私の頭に優しく大きな手を乗せる。
「ミア、今言ったことを覚えておいておくれ。今はよく分からなかったり、忘れたりしても、必要な時は必ず思い出してほしい。そして、考えるんだ」
目を、覚ました。
いつのまにか寝てしまっていたらしい。
傍にいる相棒の黒猫ニアは、まだぐっすりお眠り中だった。
最近ニアは、とても寝つきがいい。
朝ではあるが、私はいつもより早く目を覚ましてしまったらしい。
早くても、もう起き時だと思い、顔を洗い、髪を梳かし、身支度を整える。
いつもよりも長く時間をかけようか。
懐かしい思い出を見せてくれた夢だった。
そして、今の私にとって強烈に刺さる夢だ。
あの時、もし仮に、魔法使いとしての力があれば、結果は変わっただろうか?
結論としては、熟練の魔法使いなら出来た。両親やお爺ちゃんのような。
でも、その域に到達するのに、何十年かかっただろうか?
今となっては、無意味な仮定だけど。
なら、魔力が無くたって、万人を救えるという科学ならば?
……手段があったとしても、あの場では、用意できないだろうな。
科学は前もって資源がないと何も出来ないし。
でも、魔法以外の手段があるのは魅力的だ。
今後の私の人生に深く関わってくるかもしれない。
私はふと、持っている魔力結晶を取り出してみる。
現状、もて余しているのが実情だ。
私の願いと一致しないのだ。
強力だが、効果が狭い。
下手したら、ずっと持っている事になるかもしれない。
旅を通して、世界の現状を見て回っている。
全体からすると、極僅かだ。
まあ、バイクの燃料を考えると、全てを見て回るなんて最初から無理だったけど。
見て回ったのは、生き残った人々が生きる街や村に、生態系だ。
そんな中、魔法学院があった場所に行ってみた。
大戦の影響で、どこも廃墟になっており、住んでいるのは、浮浪者や野犬ばかりだった。
魔道書が残っていないか探してみたけど、どこにもなかった。
昔、聞いた話だと、後世のためにどこかに隠したと聞いた。
それで良かったと思う。
暴徒には、ただの紙くずにしかならないだろうから。
でも、おかげでニアをニアのままでいさせる方法は、お手上げだった。
このままでは、ただの猫になる運命が待っている。
ニアは、自分の運命を受け入れているからか、穏やかなままだ。
むしろ、私を気遣う始末だ。
……運命を受け入れ…………。
私はふと、アンとの最後の会話を思い出し、胸を詰まらせる。
最近、涙脆くなってる。
心が弱っているのかもしれない。
旅は、私を強くも弱くもする。
そんな調子で、私は各地を調べた。
各地を回った所感としては、魔法使いの扱いは微妙だ。
あからさまに敵視する奴らがいたが、それ以外は、腫れ物に触る反応が目立った。
まあ、大戦の前から、魔法使いは多くの者にとって、遠い存在だったのだ。
数が少なくなっていたというのはある。
だが、それ以外として、傲慢になっていた事は否めない。
選民意識というべきか。
これではいけないと、両親が中心になり、意識改革を推し進め、だいぶ変わったとは聞いていた。
それでも、時代の流れには追い付かず、道半ばで終局を迎えた。
あまり良い印象を持たれていないのには、理由はあったのだ。
でも、こう思う。
「世界がこうなったのは、魔法使いのせいって擦り付けるのは、やめてほしいわね」
元々は禁忌領域として封印されていた場所に、国家が手を出したのが原因なのだから。
そして、その方針に賛同を示し、後押ししたのは民衆だと言う事も……
禁忌領域とは、いわば、これまで起こった様々な負の出来事のツケの置き場、膿のようなものが蓄積している場所のことだ。
この世界で生きる上で、様々なものを消費する。
その消費したものの中には、自然の循環が追いつかないか、元々自然の浄化力が効かないものがある。
リサイクルも効かないもの。そして、人にとって忌むべきもの。
その処理は長年、課題として悩ましてきたそうだ。
そんな中、ある賢者がその膿を廃棄する場所を見出し、そこに、「都合の悪いもの」を廃棄してきた。
それが慣例と化し、何百年と経った。
そんな中、禁忌領域とされてきた場所から、希少な物質が採掘されるという事例が相次いで報告される。
禁忌とされると、好奇心をくすぐられ、そこに入りたがる者が、でてくるもの。
そういった怖いもの知らずの探索者が、こっそり侵入し、そこで有益な資源が見つかるという事例が報告されるようになっていったのだ。
今思えば、それは、罠だったんだろうと思う。
都合が悪いからと、その禁忌領域に押し込まれていたものの中から、人間への敵意を持つ者が生まれていたらしい。
元々、人間社会から疎まれた者達の逃げ場にもなっていた。
罪を犯した者への罰として、流刑地とされていた時期もある。
そんな、人間の負の遺産の体現者のごとき人類の敵が、いつしか生まれていたことが、後にわかっている。
でも、そいつらは、領域を隔てる結界のために、こちらに来れなかったそうだ。
そのため、人間社会に侵攻を狙っていたそいつは、人間自身に破らせようとした。
禁忌領域に侵入していたはみ出し者達から情報を盗んだことにより、人は何が求めているか、理解していたのだ。
禁忌領域は、廃棄場だけあって、行きは簡単。
ただ、帰る事は、困難というだけ。
こっそり忍び込んだ怖いもの知らずの探索者は、帰る事ができたが、その理由は、少数ならば結界を中和できる魔道具を開発し、供与されていたからだそうだ。
人類の敵は、その中和できる魔道具の存在を、情報を得ていたから知ってはいたが、自分や配下の軍勢は大きすぎるため、使用できなかったそうだ。
でも、結界は中和できる事は知ることができた。
そこで考えたのは、自分達には破れないなら、破れる存在に破らせようと企んだ。
人類の敵には、高い知性があった。
そのため、策を練り、行動に移した。
人の欲を刺激させたのだ。
人の利益を求める心を、禁忌領域からは、これほど貴重な資源が取れることをアピールすることで釣った。
探索者から取り上げた結界を中和できる魔道具を使って、扇動するものを送り出したりもしていたらしい。
また、禁忌領域の真実も長い年月の中に埋もれ、いつしかただの廃棄場、ゴミ捨て場くらいにしか思われないようになっていた。
人の手に負えない忌むべきもの達を封印という当初の目的が曖昧になっていたのだ。
そこに現実に今、富をもたらし、豊かにしてくれるものがあるとなれば、人々は、そこに手を出そうとするのは必至だった。
もちろん、その流れを止めようとした者達もいた。
魔術師達を中心として。
忌むべきもの達を解き放つことになると。
しかし、もう真実を知る者は少なく、御伽噺の仲間入りしていた昔の伝承を重要視しない。
より豊かになるための手段を手に入れることを国家は優先した。民衆も。
豊かさを目指すのは、罪じゃない。
だが、相手が悪すぎた。
結果、禁忌領域に踏み入れ、資源や人材の行き来をするため、壁をなっていた結界を大きくこじ開けた結果、破滅が押し寄せた。
その人類の敵は、人の世界に侵攻を果たすと、更に異界から、呼んではならないもの達を呼び寄せ、大混乱が広まっていった。
これが大戦のきっかけであり、現状に至った経緯だ。
大戦の最中、敵の侵攻を阻止するため、大規模な魔法行使を行った結果、その余波で、住んでいる場所を追われた人々や命を落とした人々。
勝利するのに時間がかかった結果、命を失った人々。
それら、零れ落ちざる得なかった人々の恨みつらみを命を懸けて、戦った人達に向けるのは本当に辞めて欲しい。
戦火を広げた元凶として、魔法使いに牙を向く人々の事が理解できないし、したくもない。
そのわだかまりがあって、本音では、人々を愛するのが難しい自分がいる。
でも、アン達あの村の友達を始め、この旅では、多くの良き人々に会ったことも事実なのだ。
わかっていたはずの人間の醜さに愕然となる一方、思っても見なかった人間の美しさに心を奪われてしまう時もあった。
結局、私は自分の中でも、矛盾を抱え続けるままだ。
そう私が悩んでいると、ニアがようやく起き出した。
くわっと大あくびをしたかと思うと、伸びをしている。
猫らしい仕草に心が洗われていると、ニアは私の元にやってきた。
「おはよう、ミア。起きるの早いね」
「何言ってるのよ。ニアがのんびりしているだけじゃない。まあ、別にいいけどさ」
「なんだか、最近眠くて。旅の疲れが溜まっているのかもしれない」
その言葉に、そろそろこの旅に区切りをつけ始める時が来たのかもしれないと、改めて思い始める。
そろそろ、バイクの燃料も枯渇を始める頃じゃないだろうか。
これまでよくもった方だ。
燃費がよく、性能が優れたバイクに、燃料として、最高水準の質の魔力結晶。
この組み合わせがあってこそ、何か月も燃料補給もせずとも、動くことが出来たのだ。
これも両親の遺産のおかげだ
魔道具の試作品として、作ってあったのを、私は継承した。
おかげで、広範囲をあちこち散策できた。
世界はまだまだ広いけど、個人が移動できる範囲としては、この時代、最高の状態だったろうと思う。
「思えば、私は両親の遺産におんぶにだっこだったわね……」
自分の不甲斐なさを思い知る。
ニアの件も、どうにもできない。
いや、最初から薄々わかっていたか。
私よりも魔法使いとして、遥かに優れたお爺ちゃんでさえ、お手上げだったんだ。
半人前だった私が、この世界にまだ残っているかもしれない魔法文明の遺産を漁っても、起死回生の一手を打つなど、絶望的だったろう。
お爺ちゃんもそれは、最初からわかっていたんだと思う。
でも、言っても私の気が済まないから、私のやる事を見守ってくれていたんだ。
足掻いて、心の整理をつける時間をくれた。
「気を張って頑張ってみても、これが限界か……」
力が欲しい。無力なのが、これほど惨めだとは……。
そう落ち込むに私を、ニアは猫パンチで、てしてし叩き、慰めてくれる。
その姿に私は元気をもらった気になり、気を取り直し、旅を続ける準備をする。
こうしちゃいられない。悩んでも、弱くなっていく一方なんだから、強く自分を持たないと。
私達は、新たな土地を目指して、進み始めた。
それからしばらく進む事何時間、ようやく、人の集まる場所を視認できた。
かつてはそこそこの街だったのを、使える部分だけをチョイスして、使用している模様だ。
私がバイクで近寄ってくるのに、見張りは気付いているはずだ。
そして、驚きの表情を浮かべていると思っていたが、案の定だ。
動いているバイクなんて、もう滅多に見れない品だ。
どこ行ってもこういう反応をされる。
「止まれー----------!」
見張りの人の声が響き渡る。
私は素直に指示に従う。
後は、お決まりのやり取りだ。
何者か問われ、どのくらい滞在を聞かれ、後は許可を待つ。
その間、バイクについて、尋ねられたりする。
多くの場合、私の薬師という職業は重宝されてるので、出入りを許可されるものだが、中には断られるケースもあった。
今度はどうだろうと見守っている。
すると、入門を許可されたので、無事、中に入ることができた。
ここは大丈夫のようだ。
入ってみて思ったのは、想像以上に綺麗だと言うことだ。
建物も人が使っているものでは、朽ちかけたものが見当たらず、道も整備されている。
かつての街をうまく再利用しているようだ。
案内された場所で、売買を開始する。
毎度のやり取りをしながら、人々の様子を観察してみると、まず、気が付いたのが活気の良さだ。
腐った所が見えず、生き生きとしている。
ここまで活力に満ちた場所は、久しく見ていない。
商談を終え、世間話をしている中、見合い話を唐突に切り出されるのには辟易したが……。
案内された宿舎も思ったより、立派だ。
下水道も完備されているのには恐れ入った。
外をぶらついてみると、威勢のいい客を呼び込む声が聞こえてくる。
商いに精を出す人、買い物を楽しむ人、所かまわずウロチョロする子供。
実に賑やかだった。
私は、ここまで人々が生きることに逞しさを見せている事の理由を知りたくなり、眠そうにしながらも一緒に行くと珍しく言うニアと共に、散歩がてらあちこち散策した。
私は余所者故に、あまり派手に動いては危険人物と思われかねないことを考慮しながら、あちこち覗いてみる。
途中、住人に声をかけ、どうしてこんなに活気があるのか尋ねてもみたが、生きるのが楽しいからだとか言われ、要領を得ない返事に戸惑った。
逆に住人達から質問攻めにされて、しどろもどろになってしまった。
そうやってぶらついていく内に、ある建物に行きついた。
外から窓を見ると、本がたくさん棚にしまってある。
ひょっとしたら、図書館として機能しているのかも?
知識人が管理しているなら、ぜひ、話を聞いてみたい。
そう思って、呼び鈴があったら鳴らしてみようと思い、建物を伺ってみたら、中から人が出てきた。
歳の頃は50代と見受ける。
身なりがしっかりしており、髪と口秀が見事に白髪で統一されている。
これまでの苦労を物語るような皺の深さが印象的だ。
「やあ、この図書館に御用ですかな、お嬢ちゃん」
「あ、はい。出来れば中にある本を拝見したくて……」
「はは、お安い御用さ。どうぞ上がりなさい。お茶もお出ししよう」
気安い調子で、そう声をかけてくる。
私はその言葉通り、建物の中へ入っていった。
中は、一部が蔵書を占めるが、それ以外は公民館的な役割を担う場所のようだ。
大勢が集まって話し合いが遅れるように、大きめな机と椅子が用意されてある。
私は蔵書を眺めてみたが、取り立てて興味を引かれるものはなかった。
そんな中、お茶を汲み、私に差し出せてくれた男の人は、自分はここの長をやっていると自己紹介をしてくれた。
「え、あなたがここの……。挨拶が遅れて申し訳ありません。私は今日訪れた旅の薬師で、ミアと言います。そして、この眠っている黒猫は、相棒のニアです」
「私の名前はマイクロフトと言うんだ。そんなにかしこまらないで。リラックスしてちょうだい」
そうフランクに話しかけてくるマイクロフトさんに、私はホッとするものを感じた。
「ここには、大して蔵書がなくてね。ガッカリさせちゃってすまないね」
「いえ、そんなことはありません」
内心はガッカリしたけど、そんなことはおくびにも出さないで答える。
「若いのに優秀な薬師だそうじゃないか。すごいもんだ。さっき、私の元に薬を届けてくれた者がそう褒めちぎってたよ。専門的な事をスラスラ喋れる娘だって」
「いえいえ、そんな……。そういう教育を受けることが出来たからですよ」
「そうか……。それは何よりだ。ところで、ここの住人達の様子はどうだい?君に迷惑かけてないかな?
「いえ、そんなことは無いですよ。皆気のいい人ばかりで。あ、あと、様子ですか……?正直言って驚いています。こんなに活気があるなんて」
私が見てきた街や村で、ここまで活気に満ち溢れた場所は無かった。
他と何が違うのか、教えてくれるのだろうか?
私の言葉に、マイクロフトさんは答えてくれた。
それは、私にとって、驚くべきことだった。
「ははっ、そういってくれるなんて光栄だな。活気がある理由についてか……。第一に街の皆の頑張りがある。でも、皆をそのように奮起させてくれたのは、魔法使い達のおかげかな」
「え!?そ、それってどういうこと……??」
私にとって意外な言葉だった。
今までそのように言われたことはない。
それどころか、魔法使いを敵視する連中に襲われることさえあった。
そんな私の疑問に彼は答えてくれる。
「元々この地は滅んでいるはずの土地であり、死に絶えているはずの民なんだよ。でも、そんな我々の運命を魔法使い達は変えてくれた」
そうマイクロフトさんは答えてくれた。彼は、さらに続ける。
「大戦の最中、この地は見捨てられた地であり民だった。戦略的に価値が低いと見なされていただけでなく、瘴気に汚染され、魔獣も闊歩していたんだ。そんな土地、見捨てて逃げればいいのにと思うかい?それは最もな答えだ。でも、それは出来なかったんだ。」
マイクロフトさんは、遠い目をして、その時代に思いを寄せる。
「まず、この土地に残っていた人達は弱い者達だった。他の土地に移動しようにも、それが出来る力はとうに失われていたんだよ。そして、誰も守ってはくれないし、助けてはくれない。その当時は、皆、自分の事で精一杯だったんだ。だから、我々は、この地で細々と死んだように生きるしかなかった。そんな時だよ。魔法使いの一団が現れたのは」
その時を嬉しそうに語る。
「魔法使い達がこの地に訪れたのは、偶然だったらしい。そんな中、我々と出会った。事情を聞いた彼らは、この地に巣くう魔獣を退治し、瘴気は払い、この地に結界を敷き、救ってくれたんだ。」
身振り手振りで説明してくる。
「我々を救ってくれた魔法使い達は、大戦にその後も参戦し、その渦中で命を落としたと聞いている。……彼らはね、この地を去る際、こう言ったんだ」
そして、その時に言われた言葉を、絶対に忘れないという強い意志を感じさせる口調で話してくれた。
「いつか、この大戦は終わる。その時に貴方達の本当の闘いが始まる。どうか、その助かった命で、人間の生きた証を刻んで欲しい、と。我々は、その約束を守るため、今を精一杯生きている」
「そんなことがあったんですね。つまり、ここは一歩間違えていれば、死が広がっている土地だったと」
「ああ、その通りだよ。魔法使いのお嬢ちゃん」
そう穏やかな顔で彼は、そう告げた。
「え……。な、何のことでしょう。」
私は、思わずいつもの癖で誤魔化してしまう。
動揺していたため、自分ながら、下手っぴだったが……。
でも、そんな私の態度にマイクロフトさんは苦笑いを浮かべていた。
「そう警戒しないでいいよ、お嬢ちゃん。魔法使いを敵視している奴らがいるのは承知している。だが、今説明した通り、この地の人々にとって、魔法使いは恩人だ。決して悪いようにはしないさ」
「あ、ごめんなさい……。つい、癖で。で、でも、何でわかったんですか?そんな素振りみせたかなあ?あ、ちなみに”元”魔法使いですよ」
「ふふ、お嬢ちゃんの態度に問題なかったよ。……いや、あえて言うなら薬学に聡過ぎる点は注意点かな。薬学についての高度な知識を持っている人なんて限られているからね。魔法使いの家系は、それに該当する一つだ」
「あ、そ、そうか……」
言われてみれば、確かに……。
「で、理由だけどね。その助けてくれた魔法使いの何人かと私は親しくなったんだ。そんな中、その内の一人に娘言って写真を見せてくれたことがあったんだ。そこで、ピーンときたんだ」
「そ、それって……」
「お嬢ちゃん、いや、ミアちゃん。この建物を出て、右に進んでいくと、当時敷いてくれた結界のために、碑文が刻まれている場所がある。それを見れば、答えが分かる」
そうマイクロフトさんは言うと、私に対して深々と頭を下げ始めた。
「そして、改めて、本当にありがとう。君たちがいてくれたから、私達は今、生きていられるんだ。皆を代表してお礼を言わせてもらうね。今は魔法がない時代だから、少しずつ少しずつやっていくしかない。だから、恩返しは少しずつしかできない。でも、少しずつ頑張っていくよ」
「あ、ああ……、そ、そんな風に言ってくれるなんて」
私は涙が零れそうになった。
そんな私に頷くと、優しく私の背を押して教えてくれた場所に促してくれた。
私は大声でお礼を言うと、駆け足でその碑文へ向かった。
すると、周囲が荒れ野になっている中で、その碑文だけ祭られていた。
神聖な場所と言わんばかりに。
そして、その碑文には……
「や、やっぱり……。お父さん、お母さん……。あ、それに、ヘクターおじさんに、アクアお姉ちゃんも……」
懐かしく、大事な名前が刻まれていた。
そうだ。これは、生きた証でもある。
お父さん達皆、確かに生きてここにいたんだ。
「ちゃんと、感謝してくれてるよ。お礼も言ってくれてる。誇れることを確かにやったことを、認めてくれてるよ……。うう、うわああああああああ」
私は、涙が止まらなくなっていた。
あの大戦で死んだ人たちは、こんな世界のために、こんな人々のために死んでいったことをどう思ってるんだろう。そう思い、これまで、暗澹な気持ちになる気持ちがぬぐえなかった。
いや、今でもその気持ちはある。でも、それだけじゃない。救えてよかったという気持ちが、私の気持ちに確かに刻めた。
私は、一緒にいるのにずっと大人しい抱えているニアに、声をかけた。
「ニア。私、今とっても心が軽いの。ようやく、わだかまりを晴らすとっかかりを得ることが出来たというか」
そういう私に、ニアは、「なあ」と、鳴いた。
「え……?ニア?」
そう声をかける私に、ニアは人の言葉ではなく、猫としての鳴き声を仕草で返した。
「あ…………」
その時、私は悟った。
ついに、この時が来たことを。
思えば、最近、眠たげなことが多かった。
あれは、使い魔ではなく、普通の猫に戻ろうとした前兆じゃなかったろうか。
そして、ニアはその時が近いことを悟り、私に悟られないようにしていたんじゃあ……。
そうだ。今日だって、前なら宿屋で寝ているか、周囲の散策に出歩くのがニアなのに、今日に限っては一緒に行くって行ったのは、出来るだけ私と一緒にいたかったからだとしたら……。
そう考えた私は、まず、思いっきりニアを抱きしめた。
苦し気に身もだえているニアに、私は心からの感謝を込めて、
「今までありがとう。そして、お疲れ様、ニア」
と、告げた……。
ミアは、ニアが使い魔ではなくなった時が来たらどうなるか、知らなかった。
仮説として、いくつか挙げられていたが、実際どうなるかは、わからなかった。
その仮説の中には、ニアが命を落とす可能性もあっただけに、それに比べたら、まだ救いがあるとも言える。
「ごめんねニア。気付いてあげられなくて。そして、助けてもあげられなかった」
私は心から謝罪もした。
結局、ニアのことには、私は無力のままだった。
そのため、つくづくこう思う。
力があれば、と。
私達は、心を新たに、この心地いい街を後にする。
行きたい事、やりたい事が出来たのだ。
私は先の街で色々引き留められながらも、断腸の思いで出発した。
行先は、先の大戦の最終決戦地。
そこには未だに、規制線が張られ、外部からの干渉を否定させている。
私はその規制線の先に行きたいわけじゃあない。
ただ、見たかったのだ。魔法が使われた最後の地である場所を。
また、碑文のようなものがあるかを確認してみたかった。
結論から言うと、碑文のようなものは無かった。
ただ、ターニングポイントになった最後の戦場が佇むだけで、辺りには生物の気配のない、荒れ果てた土地が広がる。
つまりは、私達だけだった。
そこで、私は魔力結晶を掲げ、ある願いを口にする。
「再び、この世界に魔力が満ちますように」
その叫びと共に、遠くでキーンって鳴いたかと思えば、魔力結晶は砕け散った。
……私は何をやったかわかっている。
魔力結晶を使って魔法を使っても、明確に対象・目的を絞った一つの願いでなければ、望み薄だということを。
つまり、今のような、漠然かつ、対象が広すぎるとした願い事では叶うことは絶望的だ。
それでも、だ。
「これが心からの願いなんだから、しょうがないじゃない」
私は開き直ったように言う。
私は、やっぱりニアと、もう一度話し合いたかった。
私は、やっぱり魔法使いなんだ。
魔法使いとして、生きたかった。
科学がこれから主流となって、文明は再び発展していくんだと思う。
でも、その発展の中で、間に合わないために、零れ落ちる人は出て来る。
少しずつじゃないと、進まないから。
その隙間を埋められる存在があっていいじゃないと思うのだ。
「いつか、失ったものを取り戻せるかもしれないなら、安いものよ」
魔法って想いの強さで決まるものだもの
一度あったのなら、再度出現したって変な話じゃないわ
そう考えて、うんうん一人で頷き、帰路に就く。
とりあえず、家に帰ろう。
バイクは、途中で燃料は切れるだろうけど、押して帰ろう。
両親の形見のひとつだしね。
「ニア、後で毛ブラシかけてあげるからね」
そう声をかけながら私とニアは進む。
ニアは目をキラキラさせながら、私を見上げていた。
何だか以前に戻ったみたいと思いつつ、空を見上げる。
黄昏は終わり、夜の帳が降り始め、星が瞬き始める。
流れ星でもないかなあと思いつつ、進む。
願いは祈りと共にあらんことを。
誰かに言って欲しいことを言ってもらえたら、これほど嬉しいことはありません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。