好きだった村での出来事
少女と黒猫の旅は続きます。
色んな人々との思い出と共に。
空を見上げると、どこまでも広がる蒼天。
天気がいいと、旅は進む。
私と相棒であり、半身ともいえる使い魔の黒猫ニアは、心地よい風を一身に受けてバイクを走らせる。
後に魔法文明の遺産と呼ばれるであろうこのバイクは今の私達にとって、博物館に収める代物ではなく、まだ実用性充分な旅の必需品だ。
魔力が消失し、魔法がもう使えない今、魔力消失前に創られていた魔道具は貴重だ。
私の一族は代々魔法使いであり、様々な魔道具も創ってきた。
様々な災厄で世界が揺れ続ける中、我が家の魔道具は、その危機に対応するため、どんどん無くなっていったが、他所に比べて人一倍あったため、かろうじて残っており、私の旅を助けてくれている。
先だっての反魔法使い主義者の村や魔獣、災厄の欠片等、文明が衰退したこの世界には、危険が一杯だ。
魔道具の助けなくして、この旅は続けられない。
私はとても恵まれている。
その自覚はさすがに持っており、恵まれているなら、その立場を最大限に活かしてやろうと思う。
両親が私に残してくれた、奇跡的に存在しているおそらくこの世界最後の魔力結晶にして、最後の魔法の鍵。
この使い道を、両親達が命を掛けて守ってくれたこの世界を見続けながら考えたい。
私は出来るだけ人の痕跡を辿りたい。自然は大好きだが、私が見たいのは、主に人の営みだ。
最後の魔法は、出来れば人の役に立つことに使いたい。それには、人の営みを観察することが一番いいのではないかと思うのだ。
私はこれまで幾つかの集落に立ち寄った。
大戦の戦果を乗り越え、また一から立て直して、生きようと頑張る人々。
こういった場所を訪れるに当たり、薬師という立場は便利だ。
需要は多い。
魔法使いとして生きる道が断たれた以上、薬師として生きるのも有りだと思える。
今日も他の集落を目指し、移動中だ。
地図はあるにはあるが、昔過ぎる。
一連の災厄の影響で地形も変わってるし、生き残った人々の情報など載ってるわけないのだ。
故に、先に誰かがいると信じ、バイクを走らせる。
そんな中、訪れたある村でのお話。
なだらかな丘陵地帯を抜けたら、廃墟と化した残骸と、荒れ野が広がる場所に出た。
「ねえ、ミア。今日はこの辺で野宿する?」
「そうねえ、ちょっと早い気もするけど、ここで休もうか」
そう答えると、待ってましたとばかりに、荒れ野をニアは駆け出していった。
いつも通り、薪を集めに行ってくれたのだろう。あと、じっとしていた反動で、駆け回りたくてしょうがなかったのかもしれない。
使い魔という立場上、今残っている魔力を使いきってしまえば、きっともう、今のようにはいられない。
魔法使いが越えられなかった定められた生命の壁。
これさえなければ、最後の魔法の使い道なんて決まっちゃうのに……。
ニアとはこのことで何度も話あったが、打開策はなかった。
ニアからは一か八かで魔力結晶を無駄にしないでと何度も釘を刺されている。
魔力結晶は成功しようがしまいが、使えば終わりだ。
傷や病は癒せても、寿命の延命に成功した実例がない以上、使い魔の延命に使っても、無駄になる可能性は高いからと訴えかけてくる。
使い魔にとって、魔力とは生命エネルギーそのもの。
生命力に魔力が転化されたから、魔力消失後の世界でも、かろうじて自分として生きていられる。
その残った生命が尽きる時、自分の寿命が尽きると。
魔力供給が断たれ、定命が決まってしまったなら、もう何をしても無駄だというのが、ニアとお爺ちゃんの答えだ。
そして私は、それに反論する有効打がどうにもない。楽観論と感情論ばかりだ。
夜営の準備をしながら、ニアの事で鬱々していると、そのニアが駆け込んできた。
「向こうにぐったりしてる女の子がいるよ。まだ、生きてる」
慌てた様子で喋るニアを宥めながら、その女の子の元に急ぐことにする。
案内された場所には、廃墟の壁に持たれかけ、ぐったりしながらうずくまっている女の子がいた。
年は私と同じくらいだろう。黒髪を編み、地味だが動きやすそうな格好をしている所を見る限り、野外作業の最中にアクシデントに見舞われたようだ。
「ねえ、意識ある?あるなら顔を上げて」
「う……あ……助けて、くれる人……?」
意識はあるが朦朧としている。
ぱっと見て外傷は見当たらない。でも、顔が真っ赤だ。
「どこが苦しいの?」
「体がだるい……熱い……。家を出る時は何ともなかったのに……」
私が対処できる範囲ならよいが、そうでなければお手上げだ。
見た所、歩いてここまで来た模様。と、いう事は、近くに集落があるということか。
「こうなった事に、何か心当たりはない?私は薬師なの。もしかしたら、力になれるかもしれないから」
「薬師さん?えっと、心当たり……」
考えるのも辛そうだが、頑張って思い出してほしい。
対処しようにも、情報が必要なのだ。勝手な当て推量をやって、逆に悪化させてしまったら目も当てられない。
私は魔法使いの家系出身で、私自身魔法使い志望だったから、こういう時、魔法が使えたらとすぐに考えてしまう。
もし、使えて、回復系の魔法を覚えていたら、あっという間に解決できる。
魔法は概念で行使できる。
例えば、毒に苦しんでいる場合、本来は毒性に応じた解毒剤等の処置を行い、経過を見守る必要があるのに、魔法を使えば、瞬時に治癒が出来てしまえる。
妨げられるとしたら、同じく魔法で、回復よりも強力な術式を掛けられているか、回復を妨害するより強力な何かの干渉か、そもそも魔法自体が使用できない環境にいることが挙げられる。
遥かに早く安全で、便利なのだ。
でも、最早無い物ねだりに過ぎない力の事を思い出していても仕方ない。
早く魔法なんてない時代に順応しなきゃ……。
幸い彼女は意識があり、心当たりを思い出してくれた。
「……あたし、はぁ……、つい魔が差して、いつもと違う場所に、足を運んだの……。そしたら、綺麗な大きい緑の花が……、摘んで、お母さんに、送れば、喜ぶだろうと、……」
「大きい緑の花?もしかして、こういう花?」
近くにその花らしき物はなかったので、地面に簡単に頭に浮かんだ花を書いてみた。
そうしたら、頷いてくれた。
「うん……、そんな花……。触ったら、一瞬、痺れたようになって……、嫌な感じしたから、摘まないで、帰ることにしたの……。そしたら、急に、気分が……。」
私の頭の中から、ある花が浮かんだ。
その花は、ラフラウネといい、花びら全体が鮮やかな緑色をした美しい花だ。
でも、その茎には、強い毒性があり、迂闊に触ると、痺れを経て、ほどなく発熱と、倦怠感に襲われ、動くのも辛くなる。
この植物を食べる魔獣もいるが、そんな変わった魔獣でもない限りは、知ってさえいれば誰も近づきやしない。
幸い、命を落とす事例はないようだが、森の中で倒れてしまえば、別の理由で命は危うくなるだろう。
だが、その毒性も然るべき処理をすれば、無毒化でき、薬にもなるのだ。
私が知っていたのも、薬師としての修業の賜物だ。
ただ、気になる点としては、彼女の症状が通常よりも重いことだ。
抵抗力が人より弱いのだろうか?
その疑問はひとまず置いて、原因が判明した以上、救命措置を開始する。
幸いなことに、対処法とその手段が私には、両方ある。
多少時間は掛かりつつも、懸命に看病した事が幸をそうし、彼女の息づかいは次第に落ち着き、穏やかな寝息を立てるようになったのだ。
「これで一安心ね。……問題は、この後だけど」
彼女は穏やかに寝ている。起こすべきじゃないだろう。
そうなると、しばらくはこのままとなる。
私は今日の夜営はここと決めているからいいが、問題は彼女だ。
一人で生きているわけではなく、どこかの共同体の一員のはずだ。
その彼女がいつまでも戻らなかったら心配し、探し回るに違いない。
空はいつのまにか黄昏を迎えていた。もうじき、夜の帳が降りるだろう。
暗闇の中、どこまで捜索を進めるのかはわからないが、魔獣の徘徊等の危険もあり、二次災害の危険性を考えると、夜の捜索はお勧めできない。でも……。
「私はこの子の家を知らないからなあ。しょうがないよね」
私の言葉に夜営の準備をしてくれていたニアは反応してくれた。
「うん。その子の身内は探してるかもしれないけど、私達は出来る事をするだけだよ」
「わかってる。……私、お腹ペコペコになっちゃった。もうご飯出来てるの?」
「あとちょい。」
私達は一仕事を終えて、疲れた体を休ませるのだった。
その後、ご飯を食べ終え、まったりした時間をニアと共に過ごしていた。
そんな時、遠くから騒々しい気配が伝わってくる。
従来なら、野盗か魔獣かと考えるが、今回はそこに、彼女の捜索隊という選択肢が出現する。
最も、捜索隊だったとしても、警戒は怠れない。
この間の村のように私達に敵意を向ける人々かもしれないからだ。
いつでも魔道具を使えるよう手を忍ばせ、バイクから離れないようにする。
ニアには普通のネコの振りをしてもらっている。余程の事がない限り、正体は明かさない方針だ。
敵はいつだっているのだから。
ポーカーフェイスを装いつつも、内心はドキドキな私を他所に、複数の気配は近づいてくる。
どうやら人間のような為、魔獣の選択肢はなくなる。
あとは、この子の関係者てあることを願うばかりだ。
向こうも私に気付いてる頃ではないだろうか。
近づいてくる気配に若干の慎重さが混じっている感じだ。
向こうからしたら、小娘一人。
普通なら恐れるにたらんとなりそうだが、このご時世だと、返って怪しさ満点なのかもしれない。
怪異というのは、常識を打ち壊す。
小娘が実は化け物でしたという事例はたくさんある。
あの大戦以降だと、怪異の数は減少しているが、決してゼロではないのだ。
近づく人々の顔がわかるぐらいの距離となった。
向こうも緊張している様子だ。
数は4人で、皆男。ぱっと見て10代から40代程の年齢だ。
その中のリーダー格らしき40代とおぼしき男性が、どう話を切り出すかを迷った風な素振りを見せつつ、口を開こうとした瞬間に、
「アン、あそこに寝てるのアンだよ!」
そう声を上げたのは、一番若い男の子。年は、私と同じくらいだと思う。
「本当だ!見つけたぞ!!」
口々に見つけたと言いながら、駆け寄ってくる。
やはり捜索隊だったことに満足しつつも、注意をしておく。
「彼女はまだ起こさないで下さい。ようやく危ない状態から解放されて、穏やかに寝ることが出来てるんですから」
すると、慌てた様子で問いかけるのは、リーダー格の男性だ。
「あ、危ない状態ってなんだ!?娘に何があったんだ?」
娘と言うことは、彼は父親か。なら、さぞかし心配していただろうから、安心させてあげないと。
「どうやら毒のある植物に触れてしまったみたいです。でも、ご安心を。私が上手く治療しましたので、きっと大丈夫です!」
私は自信ありげに胸を張って答えた。
私の受けた教育と、これまでの経験からいって、こういう時は、自信無さそうな態度は厳禁だ。
治療をしたと言われても、不安げに言われて誰が安心するものか。
私の自信満々な余裕たっぷりな態度と、健やかな寝息を立てている彼女(アンと言われていたから、そう呼ぼう)を見て、早く安堵して貰おう。
だが、そういった私の思いやりとは裏腹に、彼の不安そうな表情は消えなかった。はて?
私は解せぬと思い、首を傾げていると、ボソボソ声が聞こえた。
「あのお嬢ちゃんにそう言われても……」
「そもそもあの子はどこの子だ?」
「こんな所にあんな女の子が一人って……」
どうやら私は安心よりも、怪しさを振り撒く少女と思われているようだ。
……まあ、こんな所にか弱そうな美少女が一人(傍らには猫)でいたら、怪しく思っちゃうか。
そういえば、これまでも自信満々にしていても、安心よりも戸惑ったような顔の方が、多かったような……
信用の獲得の難しさを噛み締めつつ、伝えることは伝えておく。
「私、こう見えても薬師なの。だから、その子の具合を視て、治療まで出来たのよ」
信じて貰えなかった悲しみを半眼でじとりと見ることで表しながら、もう大丈夫だろうという事を伝える。
「一時、症状が重い時はあったけど、もう大丈夫だと思うよ」
私が伝えたい事は伝わったようで、強張っていた表情がほぐされ、安堵の色が彼らに広がっていた。
「そ、そうだったのか!いやあ、ありがとう。アン……それがあの子の名前だが、中々戻って来ないから、心配して皆で探しにきたんだ。そうだ、無事見つかったことを他の皆に伝えないと。是非、あんたも来てほしい。命の恩人にお礼をしたい」
リーダー格の人からのお誘いに、どうしようか迷ったけど、人が集まる場所は、私の目的地でもある。
ここは、恐れず飛び込むことにしよう。
「お誘いありがとうございます。お言葉に甘えて寄らせていただきますね。あ、私の名前はミアで、この可愛い黒猫はニアです」
お誘いの返事と、自己紹介をしておく。
何事も最初の印象が大事だもんね。
「俺はアラド。そうか、お嬢ちゃんがニアで、その猫が、ミアだな。覚えたぞ」
「いやいや、名前が逆ですから。私がミア!こっちがニア!!」
自信満々に間違えるアラドさんに私は速攻で訂正を入れる。
とにかく、思ってもなかったことのオマケ付きにせよ、おかげで、目的地に着くことが、出来たのだった。
案内された場所は、案の定、それ程でもない規模の村といえる集落だった。
今の時代、このぐらいが普通だ。
これから文明が回復していくにしたがって、どんどん大きくなり、やがて街へ、都市へと発展していくのだろう。
アンという少女は、アラドさんに背負われてる。
寝息も健やかで、心配はもう無さそうだ。
村に到着した私達を、心配していた人々が迎えた。
口々に質問攻めしている人々の表情はそのほとんどが安堵だ。中には怒った顔をしている者もいるが、それも心配していた気持ちの裏返しに思える。
彼女は皆に愛されてるという事実は私に懐かしいさと、ちょっぴりの寂しさを抱かせた。
今の私からは失われた光景に羨ましさが芽生えてしまったようだ。
そんな風に感傷に浸っていると、周囲の面々の注目は私に写っていた。
さっそく自己紹介すると、皆は驚いた表情をした後は、色々質問攻めをしてくる。
あまり訪問客が無い時勢で、私のような小娘が一人旅なんて、自分がいうのもなんだが、かなり異質だと思う。
もう失われつつあるバイクなんて珍しい物に乗ってることも、どこの出だと思われるに十分だ。
私は、こういう時は、決して素性や何を持ってるか正直に教えない。
私の出身は、場合によっては、人に敵意を持たれる可能性があるし、所持してるものは、人によっては、どんな手を使ってでも、手に入れようと思われかねないからだ。
私は、答えられる範囲を答えつつ、都合の悪い部分は、嘘と真実からは見方によってはズレてる言い回しをして、のらりくらりと煙にまき、誤魔化した(誤魔化せたよね?)。
村の皆は納得したようなしてないような微妙な顔をしながらも、今日の宿を案内してくれた。
普段は公民館として使われているようだが、私のような旅人用に簡易な寝泊りができる部屋があった。
そこに荷物を置いて、一息付くと、案内してくれたおばさんが湯に浸からないかと誘ってくれた。
皆が使うものとして運用しているらしい。
湯に浸かることの誘惑に勝てず、私はお言葉に甘えることにした。
荷物を持って移動した先には、思ったよりも大き目な浴場があった。
聞けば、温泉が湧いているらしい。
温泉!何という魅力的な響きだろう。いったいいつ以来だろうか。
私はこの幸運を噛みしめながら、ゆっくり湯に浸るのだった。
「ふー。生き返るわあ……」
思わず声が漏れてしまう。
ここには私しかいない。村人はすでに入浴は思っているらしい。相棒のニアは温泉というか、湯に浸かるのが苦手らしく、宿に残ると頑として動こうとしなかった。したがって、今は私だけなのだった。
「なんでこんな気持ちいいものが駄目なのかしらねえ?」
私はニアがここにいないことにガッカリした気持ちを言葉で表してしまう。
すると、後ろから声がかかったのだ。
「湯加減はいかがですか?」
鈴の音のような聞く者の心を落ち着かせる、美しい響きをしている。
声の方向を振り向くと、30代ぐらいの落ち着いた雰囲気をした美しい女性が現れていた。
細身の身体は儚げな印象を与える。
落ち着いた雰囲気と初見では思ったが、近づいてくる姿をよく見ると、顔色に陰りがあり、身体も平均よりも痩せているようで、覇気があまり感じられない所を考えると、元気がないだけのように思える。
「丁度いい湯加減です。おかげさまで、久しぶりの温泉を満喫しています!」
私は観察を程々に切り上げると、感謝の意を示すため、ハキハキと返事をする。
すると、彼女は微笑みながら、同じように、湯に浸かった。
「あなたにお礼を言いたくて……。娘はあなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
娘という言葉で、私は彼女はアンと母親だということがわかった。
「アンさんのお母さんですね。お礼は不要です。それどころか、私がお礼を皆さん言いたいぐらいです。まさか、ここで温泉に浸かれるとは思いもしませんでした」
「まあ、そうおっしゃっていただけるなんて。改めて感謝を。本当にありがとうございました」
彼女は深々と頭を下げてくれる。礼儀正しい人のようだ。
彼女はエリカという名だと教えてくれた。しばらく私達は他愛の無い世間話をしたが、ふと、こう言った。
「あの娘の身体は、私の影響で、人よりも弱いのです。毒に犯されたと聞いた時は、生きた心地はしませんでした」
「身体が……。ああ、だからあのような反応を。本来はあそこまで症状が重くなることは無いはずだったので、不思議に思っていたんです。でも、そういう事情で……」
私は、謎が解けたと思いつつも、つらい話だということも察し、言葉を詰まらせる。
そんな私の心情とは裏腹に、エリカさんは言葉を続けた。
「やはり、そうなったんですね……。あの娘は、私に気を使って、何でもないことだと振舞おうとしたがるんです。今日だってきっと、普段よりも行動範囲を広げて散策していたのは、私に……」
エリカさんはとうとう言葉を詰まらせてしまう。
彼女の言葉から察すると、きっとアンはお母さんに自分は元気だとアピールしたがったんじゃないだろうか。更には、身体に良い薬草なり、心を明るくさせてくれる美しい花なりを探していたのかもしれない。
私は薬師で、病や怪我にある程度は対処は出来る。でも、先天的な状態異常はお手上げだ。
緩和できる何かならあるかもしれないが、根本的な解決にはならない。
・・・・・・ああ、まただ。
また、いけないと思ってても、もし、昔みたいに魔法が使えたらなんて考えてしまう。
過去になくなってしまったものに、すがっては駄目だってわかっているのに……
私は気を取り直す意味も込めて、明るい方向に持っていこうとしてみる。
「今日のは事故です。もちろん、注意すべき点はあるでしょう。そこは話し合う必要はあるでしょうが、彼女の思いやりは評価してあげて下さい」
「……ふふ。慮ってくれるのですね。ええ、あの子の優しさにはいつも嬉しい気持ちでいっぱいです。たくさん感謝の気持ちを伝えた上で、叱らなくちゃ」
微笑みながら、エイカさんはそう言ってくれた。
たぶん私の伝えたい事が伝わったと思う。
私は少し満足感を覚え、湯船にもっと身体を浸ける。
そうしてると、エリカさんから質問された。
「ミアさんは、しばらくこの村にいらっしゃるのですか」
「はい、ご迷惑でなければ、色々この村や周囲を散策したいなと思ってますよ」
そう言うと、こう提案された。
「あの子は、同い年が少ないというのもありますが、家の中でじっとしなければならない時間が多かったこともあって、友達が少ないんです。どうか、この村にいる間、話し相手になっていただけないでしょうか」
私は異論はない。
かくいう私も友達は少ないのだ。
無論、自慢にはならないよね……
い、いかん。また陰鬱になっちゃう。
「はい、ぜひ私も仲良くしてみたいです。さっそく明日、様子をみるのも兼ねて、アンさんを訪ねてみます」
私がそう言うと、エリカさんは嬉しそうになってくれた。
私はそんなエリカさんを見てると、自分のお母さんを思い出してくる。
温かい思い出を思い出させてくれたお礼も兼ねて、これまで体験した面白い話を湯あたりしないよう、場所も変えながら、しばらく話し続けるのだった。
次の日、私はニアと共にアンさんの元を訪ねた。
教えてもらっていた家をノックすると、エリカさんが笑顔で出迎えてくれた。
そして、アンさんが横たわってるベッドへと向かった。
彼女の顔色はもうだいぶ良くなってる。
沢山休んだおかげだろう。
そんな彼女に声をかけた。
「おはようございます。だいぶ良くなったみたいですね。顔色が昨日とは大違いですよ」
「ありがとうございます。私を助けてくれた人ですね。あなたがいなかったらきっと私、この場にいられなかったと思ってます。本当にありがとうございました」
礼儀正しい子だ。エリカさんは上品そうな雰囲気だったし、この一家は元は良い所の出だったんじゃないだろうか。
こんな時代だ。身体の弱い人では、生きにくい。
誰かが支えてくれていたんじゃないだろうかと思う。
そこまで思ったが、人のプライバシーに首を突っ込む気はない。
「いえいえ、お気になさらず。それどころか、あなたと出会ったおかげで温泉に入れたし、おいしいご飯にもありつけたんだから、こっちがお礼を言うべきかも」
そんな風におどけて見せたら、クスッっと笑ってくれた。
ノリがいい子なのかもしれない。
「私達、年も近いみたいだし、良ければ堅苦しい敬語を使わずに話してみませんか?」
アンさんの提案に私は乗る。
私もそうしたかったからだ。
「あら、私もそう言おうと思っていたのよ。では改めまして、私はミアで、この可愛い猫ちゃんはニアっていうの。よろしくね」
「あたしはアンよ。ねえ、ミアってあちこち旅して回ってるんでしょ。色々教えてほしいな。あと、その猫ちゃんを抱いてみたいんだけど、駄目かな?」
明るい顔して色々話しかけてくるアンの姿を嬉しく思い、また、自分のこれまでの軌跡を誰かに喋ってみたくも思っていたため、彼女の要望通り、ニアを預けながら、これまでのことを語りかけるのだった。
エリカさんはお茶を持って来てくれた後は、姿をみせなかった。
邪魔したくない気持ちがあったのだろう。
アンは私が話し始めると、真剣な顔をして聞いていた。
笑いを誘う話は笑い、怖い話は怖がり、ドキドキした話は一緒にドキドキして、とても話甲斐がある反応をしてくれた。
やっぱりこの子はノリがいいぞ。
おかげで想像以上にとても楽しい時間を過ごせた。
残念ながら、アンは病み上がりなので、長い時間を話し込むのは良くないと思い、まだまだ話したいことがあったのを我慢して、帰ることにする。
アンはガッカリした顔をしていたが、また来ると言うと、嬉しそうな顔をするという大変可愛い反応をして、私を潤してくれたのだった。
「じゃあまた今度。しばらくこの村にいると思うから、なにかあったら声かけて」
「うん。絶対絶対続きを聞かせてね。約束よ」
「うん、約束。じゃあまたね~」
私はニアを伴い、家を出るのだった。
午後は薬師としてのお仕事をしつつ、情報収集をする。
近くには集落は無く、自給自足な生活が主らしい。
村自体はいたって平和だが、最近、大型の魔獣らしき影が見え隠れするようになっているのが不安と言えば不安らしい。
また、ここでも私から色んな話を皆聞きたがっているから、アンに話したことをここでも皆に披露した所、好評だった。
私は一日をこんな形で過ごし、宿に戻り、身体を休めた。
喋り疲れたが、気持ちは充実している。
皆気持ちのいい人達ばかりだからだ。
緊張を強いられることがこれまで多かった旅だったこともあり、久しぶりにリラックスできた。
「ねえニア。この村って居心地いいわね」
「うん、私も単独でこの村を回ってみたけど、不審な点は今の所ない。本当にリラックスできる場所になるかもしれないね」
「この村の人達さえ良いのであったら、しばらくここにいてもいいかも」
私はすっかりダラダラモードだ。
ニアはそんな私を見て、なんだか嬉しそうにそうしなよと言ってくる。
「ミアが気に入ったのだったら好きなだけ居るといいと思うよ。ここ最近はゆっくり休めている暇なかったし」
私はニアのそんな言葉に満足し、もうしばらくここにいようと心に決める。
「さーて、温泉にご飯と行ってまいりますか。ニアも行くよね」
「ご飯は行くけど温泉は行かないよ。ついさっき、ざっと水浴びしてきたし、汚くないから大丈夫」
「前もって機先を制することが出来るようにしてくるとは、やるわね……」
私はニアの用意周到さにガッカリしながらも、腹ペコになったお腹をさすりながら、指定の食事処に足を向かわせるのだった。
私は居心地が良かったため、しばらく滞在することに決めた。
この決定にアンやエリカさん、その他の村の人々の多くは好意的な反応を見せてくれた。
娯楽に飢えているのか、私からいろんな話を聞きたがった。
私としても皆から色々聞きたい事があったため、彼らのそういった態度は渡りの船だった。
そして、交流を深めた結果、私にも何人かの友達が出来た。
アン以外に、アラドさんと一緒にアンを探しに出て私と出会った少年(トニーという名)や、
私よりもちょっと年上の少年(トッドという名)とも仲良くなった。
今、私達は村からちょっと歩いた場所にある沢にいる。
沢でちょっとした水遊びをしたり、カニや魚を捕まえたりして、4人+1匹で遊んだ。
アンは今日はだいぶ調子が良さげだ。
聞けば、今日4人+1匹で遊ぶことが昨日から待ちきれなかったそうだ。
身体が弱いため、思うように遊べない日が多かったため、今日のような日は絶対参加したかったとの事だ。
私はそんな彼女の可愛らしさが好ましく思い、抱きしめたくなったが、猫のニアを嬉しそうに抱いているため、潰さないよう配慮するため、泣く泣く自重した。
遊びも一段落して、今は4人で足を水に浸けながら、他愛もない話を談笑している。
そんな中、話題は将来の夢に移っていった。
「ねえ、トニーは将来何になりたいの?」
私は近くにいたトニーに尋ねた。
「僕はねえ、いつか村から出て、あちこち旅してみたいなあ。……あ、これじゃあなりたいことじゃなくて、やりたいことだね。ははっ」
「あら、じゃあミアみたいなことしたいのね」
アンが聞くと、そうだよと返した。
「だから、僕はミアが羨ましいなって思ってたんだ。あんな便利なバイクまで持ってるしさあ」
ああ、だから私に特に質問攻めしたり、バイクをペタペタ触っていたのね。
「じゃあ、ミアみたいにあちこちに需要がある職を身につけないと色々困っちゃうぞ」
そうアドバイスをしたのは年長者のトッド。
実直らしい彼らしい言葉だ。
「うーん、でも僕には薬師になる才能なんてないよ。他に何があるかなあ」
そう困り顔を見せたトニーはとりあえず置いといて、その隣のトッドにも尋ねてみる。
「トッドは?」
「俺はこの村を発展させていずれは街ぐらいの大きさにしたいんだ。だから、いずれ父さんの後を継ぐための勉強中さ」
トッドはまとめ役である村長の息子だ。
彼の責任感の強さはその立場からきているのだろう。
いずれ、父親の後を継いで、この村の発展のために。
「トッドらしい答えね。昔から変わらないんだから」
アンは頬をちょっと赤く染めながら、声をかける。
トッドは昔から病弱なアンを気にかけ、よく見舞いにいったりして、気にかけていたそうだ。
そんなトッドはアンニとって憧れなのだろう。
青春だわ~と思いながら、最後に一番遠くにいたアンに聞いた。
「アンは?なりたいことでもやりたいことでもいいからさ」
「あたしはね、お母さんや村の皆のためになることだったら何だってしたい。今まで散々手間をかけさせちゃってるからね」
そんな彼女の言葉を聞いて失言したかもと思ってしまう。
彼女にとって未来は希望あるものに思えてないかもしれない。
そんな私の姿を見て、彼女は微笑んだ。
「私に気を使わないで、ミア。私は自分の運命を受け入れてる。その上で、自分の出来ることを探してるの」
・・・・・・私の方が彼女よりも子供かもしれない。
アンは儚げな外見とは裏腹にずっと強い人だ。
そんなアンに希望ある未来が来ることを願ってる。
「ミアはどうなのさ」
トニーが聞くので、私は前もって決めていた返事をする。
「私は薬師として生きていくわ。旅もまだまだ終わらないわよ」
本当の願いはさすがにまだ言えない。
でも、もっと仲良くなれば、いずれは……。
そう考えながら、空を眺めると、蒼い空がどこまでも続いていた。
それから数日たったある日、私は少し遠出をしようと思い、支度を整える。
すると、色々お世話をしてくれるメアリーおばさんが快活に声をかけてくる。
「ミアちゃん、どこかお出かけかい?」
「うん、少し遠出しようと思って。昼ご飯はいいです。夕ご飯前には帰ってくると思う」
「そうかい。気を付けなよ」
心配そうにしながらも、私の意思を尊重してくれるメアリーおばさんが好きです。ありがとう。
行く先々で同じような会話をしながら、外に出る。
日はまだ高く、一日はまだまだ終わらない。
風景を記憶しながら歩き、花々や草木を見定め、薬草は摘んでいく。
だいぶ薬草も減っていたから、補充しておかなければならない。
美しい場所だ。自然豊かなこの土地は活かせれば、人々を集めることもできるだろう。
トッドの夢も、遠い未来ではないかもしれない。
しばらく歩いた後、軽食と休憩のため、風が心地いい原っぱを見つけたので、そこにシートを敷いて座り込む。
疲れた身体に風が心地いい。
しばらく風にその身を任せながら、これからの事を考える。
一つの場所に異例な長さでお邪魔している。
居心地の良さに甘えてしまった。
そろそろ旅の再開をしてもいい頃合いだと思える。
「ねえニア、そろそろ旅を再開しようか?」
「そう言う頃だと思ってたよ。ミアに任せる。その時が来たと思ったら行動しな」
ニアはそう言った後、身体を丸くした。もう話すことはないとばかりに。
私はその姿を見て、やはり旅立つ時が来たと思えた。
そうと思えば、明日には立とうかなと、思っていたら、何やら周囲の雰囲気が変わっている。
まず、獣臭が鼻についた。そして、微かに響く。何かが重く大地を踏みしめる音が。
ふと、思い出す。
最近、大型の魔獣らしき影が見え隠れするようになっているという話を……。
更に連鎖的に、ラフラウネに関する逸話でこんな話が合ったことを思い出す。
ラフラウネを好んで喰らう毒の魔獣の存在を。
すると、私を獲物と決めたのか、鋭い唸り声を上げながら、その魔獣は飛びかかってきた。
「ガルルルルルッッッッッ」
私は間一髪で身体を横に倒すことで躱すことに成功し、護身用に持っている魔道具を取り出す。
魔獣は躱されたことで警戒度を上げたのか、私から距離を取る。
そして、深く息を吸い込んだ。
何かを吐き出そうとしている……。
直感的に風を巻き起こし、衝撃波を生む魔道具を魔獣に向ける。
結果は同時だった。
「風よ」
風が吐き出そうとしたブレスを押し戻す。
すると、周囲の草花が枯れだし、広範囲に被害が広がっていく。
そうか、毒のブレスを吐こうと……
その時、この魔獣についての情報が頭をよぎる。
そうだ、こいつは……。
思い出した情報に戦慄を覚えると同時に、魔獣を風の塊が打ち倒す光景を目の当たりする。
「ウオオオオオオオン」
魔獣は叫び声を上げながら、地面に叩きつけられた。
全長5メートルの巨体が吹き飛ぶ姿は圧巻だ。
そして、すかさずもう一つの攻撃型の魔道具を用意する。
「炎よ」
意味付けられた言葉と共に、獣を焼き尽くさんと苛烈な炎が空を舞った。
「オォオオオオオオオオオオン!!!」
瞬間、魔獣は断末魔の叫び声を上げながら、その命を散らしたのだった。
「ハア、ハア、ハア…………」
私は突然始まった戦いの緊張から解放された反動で、荒い息は吐きだし続ける。
そして、急いで村に戻った。
「ニア、あれって確か、バジリスクの亜種だったよね」
「うん、よく覚えていたね」
ニアからもお墨付きを貰ったことで、いよいよ危機感が強まった。
バジリスクは毒の獣だ。
そして、バジリスクには色々亜種がいて、特徴である毒もその威力や方法も異なる。
私が戦ったのは毒の息で獲物を弱らせ、喰らうタイプだ。
バジリスクの中でも毒の威力は弱く、すぐには死をもたらせない。
すぐには死をもたらせないが、時間が経てば助からないし、その毒は被害を受けた生物を大変苦しめる。
人によっては死を望むほどに。
その毒のブレスは広範囲に渡る。
そして、たちが悪い事に、一体辺りの攻撃範囲が広いのに、この魔獣は必ず複数で行動し、狩りを行うのだ。
しかも、この魔獣の気質は狙った獲物への執着が強い上に、慎重だ。
眼が良く、遠くから獲物と見定めた生物を時間をかけて観察するそうだ。
腹持ちがいいから、狩りを焦らないらしい。
「きっとあの村を私が訪れる前から観察していたのね」
毒性のある植物を好んで食べるそうだが、肉も喰らう。
その肉は奴らの毒のブレスで毒性を帯びているため、さぞかしこの魔獣共にとってはごちそうになっている事だろう。
最初はラフラウネが目当てだったのかもしれないが、近くに大量の肉があるのであれば、そちらを優先するか。
ギリッ。
歯を噛みしめながら、間に合ってくれと願いながら、出来るだけ急いで村に戻った。
…………………………結論から言えば、手遅れだった。
間に合わなかったのだ。
私の目の前には、倒れ伏す人々と、それを喰らい続けている魔獣共の群れ。
嫌な咀嚼音と苦しむ皆の声が辺りに響く。
私は、そんな音を聞いていたくなかったため、即座にやるべきことを、やる。
「風よ!!」
辺りに充満している毒を吹き飛ばすと共に、まず1匹を衝撃波で大木の幹に叩きのめす。
すると、他のバジリスクが私に気付き、警戒態勢を敷く。
毒は不味い。
私が敷ける結界では、毒のブレスは防げないのだ。
やられる前に、風と炎の魔道具を駆使してやってやる。
私は倒れてる人々を巻き込まないようにするため、自分を囮にして、村から引き離そうと駆けだす。
すると、この魔獣共は私を追いかけ始めた。
慎重なはずだが、たかが1匹の小娘など恐れるに足らずと思ったのだろうか。
何にせよ、私には好都合だ。
追いかけっこしても、どうせすぐ追いつかれてしまう。
でも、それでいい。村の皆を巻き込まないで済む範囲になれば。
視界に映ったのは、3匹のバジリスク。
通常4~6匹で行動するらしいので、全部か大部分を引き付けたことになる。
私は近くの岩場と草のある地形を活用する。
そして、私は出来るだけ狭い通路となる場所に移動する。
一直線になる場所に誘い出したら、私は岩場に飛び乗り、振り向きざま即座に炎の帯を斜め下にいる敵へと叩きつける。
「炎よ!」
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
急に飛来した炎に飲み込まれ、断末魔の叫びをあげるバジリスク。
慎重なのは、狩りの準備の間だけだったのかな?
私は思いの外、うまくいったことにあっけにとられながらも、奴らの末路を見届ける。
そして、確かに死んだ事を確認した後は、まだいるかもしれない残党を警戒しつつ、村へ急いだ。
村は酷いの一言だ。
きっと、強襲を受けた際、毒のブレスを一気に散布されたのだと思う。
元々住んでいる人自体少なかったにせよ、生き残っている人々は10人ぐらいだった。
そして、今は息をしていても、長くは持たない。
毒に汚染させ、身体は蝕まれている。
「く、苦しい……」
「ハア、ハア、助からないなら、いっそ殺して……」
そんな苦しんでいる人々の中に、アンやトニー、トッド、エリカさんがいた。メアリーおばさんやアラドさんはいなかったけど……。
推測だが、襲撃された時にいた場所は、比較的毒の影響が少ない場所にいたからじゃないだろうか。
でも、このままじゃ助からない。
薬もここまで汚染されては効果も望めない。
……私は、このまま、苦しみながら死んでいく姿を見届けるしかないのか……
私は半ば呆然としながら立ち尽くしてしまったが、ふと、魔力結晶が頭をよぎる。
そうだ、私にはいざという時これがある。
その時、ふと使う時はここでいいのかと自分自身に問い変えていた。
友達だが、会ってから間もない、今はまだ、縁が薄い人々。
使ってもいいと思えるだけの価値があるのか?
・・・・・・・・・・・・また皆と笑い合いたい。
短い時間の出会いだったけど、私は強くそう思っていた。
だから、構わない。
すると、この疑問が浮かんだ。
「私、誰に使えばいいというの・・・・・・?」
たった1回だけの奇跡を呼ぶ魔力結晶。
明確な願いはたった一人を対象にするだけ。
複数を対象にした場合、効果はぐっと落ちるか、下手するとまったく効果をもたらせない。
ここまで酷い状態では、少し回復したただけは、焼け石に水になる可能性は高い。
となると、1人を対象にした回復魔法の発動にする方がいいことになるが……。
その1回を誰に……。
またも呆然とする私に、ニアは厳しい現実を告げてくる。
「ミア。非情な事を言うけど、しっかり聞いて欲しい」
「……なあに、ニア」
「ミアは、助けた後の事も考えてる?」
「助けた後?」
小首を傾げながら、肩に留まっているニアを見る。
「うん、誰かを助けたとしても、その人は、この先一人で生きていかなくてはならなくなる。もうこの集落はおしまいだからね」
そう淡々と告げるニアを黙って見つめる。
「ミアみたいに力という担保がないか弱き人間。近くに助けてくれる集落は無い。まあ、ミアが運んであげればいいんだけどね。そこで見ず知らずの人間に囲まれて、たった一人で一から再出発しなくてはならない。……あくまでその人生はその人の物であり、ミアが先の事まで考えてあげる義務はない。でも、助けるというのは、この場合、過酷な人生を歩ませる事になる現実が待っているんだ。そんな人生を歩ませて平気といえる?」
「ニア・・・・・・」
ニアの言葉は私に刺さる。
「私は魔力結晶を、ミア自身のためだけに使ってほしい。それが出来ないのであれば、後悔ない使い方をしてほしい」
後悔ない使い方……。
アンもトニーもトッドもエリカさんは善き人達だ。生き残った他の6人だって、私に色々よくしてくれた。
でも、助けられるのはその中のたった一人で、その人は独りぼっちになりながら生きなくてはならない。
それを私の判断で決めるって……
「無理よ……。選べっこないわ……」
思わず絶望的な気持ちになって出来ないと、言ってしまう。
「ミア……?」
そんな時、私の声で気が付いたのか、さっきまで意識が曖昧だったアンは私に声をかけてきた。
「アン!気が付いたのね」
アンは苦し気ながらも微笑みながら、頷いた。
「うん……。何が、起こったの・・・・・・?」
「……バジリスクって魔獣が村が襲ったの。そいつは毒を出して村の皆を・・・・・・。ここにいる人達は、かろうじて・・・・・・」
私はこれ以上、言葉を続けられなかった。
死が待っている。
「そう……。」
すると、アンは何かを悟ったような顔になり、私に微笑みかけながら、言った。
「ふう・・・・・・あたしね、死ぬのは怖くないわ。……今まで生きてこられたの自体、奇跡だった。本来はとっくにお迎えが来てるはずだったのに……」
アンは、本当は苦しいはずなのに、それを感じさせない声で話を続ける。
「でも、私のために苦しんだり、悲しんだりしてる人を見るのはつらかった……。でも、もうそんな姿を見なくていいのね……」
アンの目には、苦しそうにしているエリカさん達の姿は見えない。
「お母さんやトッド、トニー達に伝えて。……ありがとう。幸せでしたって。………ああ、でも、また、水遊びを皆でしたかったなあ……」
「アン……」
私は、思わず、魔力結晶の事を口にしようとした時、アンは急に目を見開き、私を突き飛ばした。
「ミア!危ない!!!」
その声を聞きながら、アンの方を振り返ると、その姿は、バジリスクの巨体に隠れて、見えなくなっていた・・・・・・。
「まだいたの⁉見回った時はいなかったのに!」
行き違いになったのか、それとも、村から離れていたのか、はたまた、用心深さを発揮して、私を隠れて観察していたのか……。
悔やむ気持ちを抑えつつ、バジリスクと対峙する。
「そっか……。もう周囲を気にする必要なんてないのね……」
なぜなら、もう、生き残った者はいなかったからだ。
口を広げながら突っ込んできたバジリシクの強襲を受けた生き残っていた人達は、喰われるか、その巨体に押しつぶされて、もう、こと切れていたから……。
「戦いやすくなったけど、守るものを失った後の戦いって、虚しいね……」
私は自分でも驚くくらい冷静になって、静かに告げる。
「炎よ」
後は、炎に包まれる1匹の獣を眼に焼き付けるだけだった……。
私は、あれから休むことなく、後始末に奔走した。
皆の亡骸を土に埋め、墓を作った。
それも一段落したら、旅の準備を始める。
明日には出発だ。
もう足を止める理由はなくなってしまった。
ニアはずっと沈黙している。
話をしたくない今の私の気持ちを汲んでくれているんだと思う。
そして、あらかたやる事が終わったら、この村での最後の温泉タイムを過ごした。
今度は風呂嫌いのニアも付き合ってくれる。
温泉に浸かりながら空を仰ぐと、星空が降り注いで来そうな輝きを放っていた。
「もう、こんな時間だったんだ……」
今まで見た星空の中で、一番圧倒された日だった……。
温泉が大好きです。
読んでくれてありがとうございました。