ある嫌な村での出来事
1人の少女と一匹の黒猫
崩壊した世界を歩む彼女達の物語
見上げる星々はいつ見ても優しい光となって、私を慰めてくれる。
夜も更けつつあるこの時間に十五の少女が草むらに寝っ転がりながら星を眺めているなんて端からみれば、訳アリ少女にしかみえないだろう。事実、私は訳アリ少女だが。
私の名前はミア。黒髪をポニーテイルに結い、茶色の瞳を持ち、ローブに身を包んだ、まだ半人前の魔法使いだけど、このまま半人前で終わりそう。そして、おそらく私がこの世界、最後の魔法使いだろう。身寄りはもういない。先の大戦で両親は亡くなり、その後、唯一の肉親であり、魔法の先生でもあったお爺ちゃんは亡くなった。
みんなが神秘の衰退に気付いたのは結構昔と聞く。世界規模での魔力の激減。その混乱に呼応するかのように多くの事件、そして大規模な戦争が起こり、その都度、大量の魔力が世界から失われた。
限りある資源となった魔力は生き残った者たちの中で奪い合いとなり、そして、先の世界的危機での大規模な魔法の行使。これが決定打となって魔法使いの多くは(もうほとんど残っていなかったが)亡くなり、生き残った者も魔力を失い、唯の人となった。私を除いて。
私がまだ魔法使いを名乗れるのは、両親の残した貴重な魔力結晶のおかげ。お父さんもお母さんも凄い魔法使いだったらしくて、先の大戦でも活躍した。今、私達が生き残っているのも両親達が命を懸けて、脅威から守ってくれたからだ。
そんな両親は、死を賭して、世界を脅かす敵との決戦に挑む前に、私のために魔力リソースを残しておいてくれたのだ。ここまで高純度かつ強大な結晶体を使えば、未熟な私でも、大きな願いでも叶えられる代物だ。
「でも、たった一回きりしか使えないんだよね……」
そう、こんな貴重な代物がホイホイあるものじゃない。たった一回の願いのためだけにある。
そもそも魔力結晶自体、最早残っていないはずだ。年々取れなくなっていた上に、先の大戦で残った物の多くは使い潰し、止めに戦いを終わらせるために用いた魔法の影響で、世界から魔力消失が起こり、魔力結晶も砕け散った。
私に残してくれた魔力結晶が砕けなかった理由は本当の所は分かっていない。お爺ちゃんは、仮説として、魔力結晶を守っていた結界と消失が対消滅を起こして、魔力結晶の方を守ってくれたからじゃないかと言っていたが、真実は分からない。でも、ある以上、ありがたく使わせてもらう。
「たった一回しか使えないのなら最も役に立てる形で使いたいけど、どうしたらいいのかなあ」
お爺ちゃんが病気で亡くなる直前、延命に使おうとしたが、お爺ちゃんに止められた。老い先短い自分に使うより、もっと役に立ちそうなことに使いなさいと。延命したところで、遠くない内に肉体が朽ちていくであろう自分ではなく、未来に対して捧げなさいと。
この魔力結晶は多くの事が出来るだろうが、出来ないことも存在する。
死者を生き返らせること、寿命の大幅の更新のような生命の根幹に関わる事。また、漠然とした願いもだ。
これらは、幾多の魔法使いが挑んできたが、壁として立ちふさがり続けた。
結局、壁のまま、終わりそうではある。
私が緑に輝く魔力結晶を目の前に掲げ、見入っていると、声をかけてくる者がいた。
「ミア、いつまでそうしてるのさ。このままじゃ風邪ひいちゃうよ。もう寝ようよお」
そう言葉をかけるのは、一匹の毛並みのいい黒猫であり、私の相棒だった。
この子はニア。生まれた時から一緒にいる。俗にいう使い魔という奴で、両親が私が生まれた時に、私のために与えてくれた。
名前の響きが似ているのは、私の名前候補から取ったかららしい。
「わかってるよ。今準備するから」
私はニアの言うことも最もだと思い、また、いい加減、眠気にも襲われていたため、いそいそと寝袋に包まる。
最後にいい夢を見たのはいつだったかな?
期待をしていないが、いい夢を希望しながら目を閉じた。
翌朝、案の定、いい夢をまったく見ないまま、目を覚ました。
鏡を見ながら、手早く身支度を整え、朝食の用意を簡単に済ます。
「ねえ、ミア。今日はどっちの方角に進むつもり?」
ニアは、朝食を一緒に取りながら、そんなことを聞いた。
「西の方角に進めるだけ進もうと思う。特に当てがある旅じゃないし」
「ミアの気の済むまま進めばいいけど……。でも乗り物や護身具もいつまで持つかわからないんだよ。そこちゃんとわかってる?」
ニアは心配そうに私に問いかける。
毎度の忠告にうんざりしながらも、私のために言ってくれてると思い、素直に返事を返す。
「うん、わかってる。その時は、私の旅の終わりになるだろうということも」
私の返事に頷きながら、ニアは食事を再開した。
魔力消失という出来事があっても、その前に創られていた魔道具は機能していた。これも、確かな理由はわかっていない。ただ、消失という出来事前に役割が意味づけられていたものは、もう魔力によらずとも、世界に根付いているからではないか?と、これまたお爺ちゃんは自説を唱えていた。
魔力は世界に願いを根付かせるツール。
一度、願いという漠然とした状態から、現実にあるものとして、形作られたなら、それはもう、世界の一部ということか。
確かな事はわからない。でも、わからないことをこれ以上考えていても、私の頭じゃ時間の無駄だ。
「いつまで保つんだろうね。バイクも護身具も、それに……」
私は、思わず続けようとした言葉を打ち切った。
ニアは、そんな私をちらっと見ながら、黙々食事を続ける。
そうなのだ。バイクも護身具も存在し続けても、燃料は魔力か魔力結晶なのだ。今あるものは機能していても、使い切ってしまったら、もう補給は出来ない。
そして、それはおそらく使い魔のニアも……。
それでも最初、私は楽観視していた。いつまで持つかわからないにしても、私には、最高品質の魔力結晶があるのだ。それを使えば、どうにかなるだろうと。でも、お爺ちゃんは私の楽観視を疑問視した。
一度存在したものは、そう役付けられる。
使い魔にとって魔力は生命力であるならば、我ら魔法使いにとっての壁でもある生命の根源に類するものではないかと。
もし、そうなら、死んだ者は生き返らない、寿命の延長をできないように、使い魔も延命できないのではないか、と……。
その考えに思い至った時、私は思わずぞっとした。生まれた時からいる相棒でもあり、私の半身でもあるニアが死ぬ未来を。
幸い、今の所は何事もない。でも、いつか来るその時が怖くてしょうがないのだ。
でも、私よりも怖いのは、きっとニアだ。
なのに、ニアはおくびにも恐怖を出さない。
恐怖は伝播する。私が不安がったらニアは、抑え込んでいるであろう恐怖を思い出してしまうんじゃないだろうか?
だから、私も顔にも言葉にも出さないようにする。
この旅は、答えを探す旅。
最後の魔法の使い道。また、魔力は本当にもう戻らないのかについての疑問への手がかりを。
どうか私の旅に幸があらんことを。
私は自分の愛車を起動させ、西にひたすら向かった。
この世界は一度、壊れた世界だ。
文明は壊れ、その遺産を奪い合い、助け合い、また奪い合い。
大きな集落があっても国と言える程の規模は、あるのだろうか?
ちなみに私は、盗賊さんに遭遇したことはある。
でも、人間の数自体が減ってるせいか、思ったほどの数はない。
そもそも徘徊する魔獣の方が盗賊よりも脅威であり、盗賊は自然界で生き残れるほどの強さは無い。
ちなみに、魔獣はバイクの音が嫌いだそうだ。
だから、あんまり寄ってこないみたい。
寄ってくるのがいても、今の所は護身用として携帯している飛び道具で何とかなっているのだ。
日は真上に差し掛かっている。
昼食にしようかなと思っていると、前方に集落が見えた。
人の集まりを見かけたのは、2日ぶりだ。
荒野を抜け、肥沃な草原地帯に出た辺りから、人がいそうな予感がしていた。
私の旅の目的の一つは、最後の魔法の使い道だ。
出来れば、人のために使いたいという希望がある。
そのためには、人を知らないと。
「止まれーーーッ!」
見張りに案の定、呼び止められたが、毎度のこと。
今のご時世、余所者を警戒しない人なんていない。
今まで訪れた場所でもそうだった。
だから、こう言う。
「薬売りです。お体の具合が悪い方はいらっしゃいませんか?今なら品は揃っていますよー」
愛想笑いを欠かさず、なるべく朗らかに。
ちょっと無邪気そうに言うのもコツだ。
こうすれば、余程の偏屈でもない限り、警戒度を下げてくれる。
人間、愛想は大事なのだ。
「薬売りかあ。まあ、確かにそれっぽい格好だけど。しかし、今時珍しい物に乗ってんなあ」
「ああ、まったくだ。厄介な奴に目を付けられないのかい。只でさえ、お嬢ちゃんは幼く、可愛らしいってえのに」
可愛らしいという言葉に嬉しくなりながらも、ちゃんと説明する。
なんてことない会話から怪しい点を探る人もいるからだ。
「ご心配ありがとうございます。でも、私もこのご時世ですから、ちゃんと備えをしてるんですよ。このバイクだって、私以外の人が乗れないように細工はしてありますし、盗まれても、すぐわかるんです。まあ、魔法文明の遺産様々ですね」
私はさりげなく、盗んでも無駄だと牽制しておく。
言ったことは本当だが、面倒事はごめんだからだ。
私の説明を聞いて、納得の表情を浮かべていたが、魔法文明という単語が出た時、苦虫を噛み潰したような反応は気のせいだったのかしら?
「……まあ、何だ。久しぶりの客な上、薬売りなら歓迎すらあ。入ってくれ。丁度、病人や怪我人がいる上に、薬が足りなくて、購入するため遠出する奴を選ぼうと思ってた所だったんだ」
そう言いつつ、中へ知らせるよう合図をしたり、慌ただしく動き回る人を尻目に、私は村の中に歩を進めた。
村はざっと見、100人ぐらいの規模のようだ。
私が珍しげに眺めるのと同様、村の皆も私を珍しそうに眺めている。
これは、無理ないことだろう。
他との交流が乏しいし、娯楽も限られている中での訪問客なのだ。
出来れば、私の容姿にも看取れてほしいが、間違ってるだろうか?
そんな事を考えていると、大きなテントの前に着いた。
独特のアルコール臭からいっても、ここが患者だな。
「おーい、薬師を連れてきたぞ」
「ああ、知らせを聞いた。いらっしゃい、お嬢ちゃん。まだ幼いのに偉いねえ」
中から医者然した中年男性が出てきた。
理性が顔ににじみ出た貫禄充分な人だ。
実力が顔に出ているのだとしたら、この規模の村には過ぎた人材だが、どういう星の巡りだろう。
「さて、どんな品があるのかな?見せてほしい」
「はい、このトランクの中です。」
私達が商談を始めると、好奇心に駆られたのか、子供達が集まってくる。
「お姉ちゃんどこから来たの?」
「ネコだ、ネコ」
質問責めにしてくる子供達をあしらいながら、お仕事の話を進める。
子供達にニアを預けたら、関心はニアに向かった。
ありがとうニア。ちょっとだけさようならニア。
ちなみにニアは人前では、普通の猫のふりをしている。
その方が面倒が少ないからだ。
「この薬草は……」
「効能は……」
専門的な会話を続けながら、商談は進む。
この医者は見かけ通り知識はしっかりしていた。
あいまいに感じたら、鋭い質問をバンバンしてくる。
もちろん私も負けてはいない。
私は幼い頃から、魔法についての手ほどきに加えて、魔獣の知識、そして、薬学の知識を叩きこまれてきた。
一流の魔法使いは一流の薬師であれ。
それが我が家の家訓の一つであり、事実、魔法は薬学と古来より密接に繋がってきた。
覚えれば覚える程褒めてくれるのが嬉しくて、誇らしくて、頑張って覚え、実践も積んだのだった。
そのかいあって、この年で大人顔負けな薬師になっているという自負がある。
魔法が無くなったこの世界で私は薬師として生きていくことになるのだろう。
本当は魔法使いになりたかったという思いを胸に封印して……。
「お嬢ちゃん、大人顔負けの薬師だよ。おじさんも釣られてついつい難しいことを聞いてしまった」
ロイドと名乗った医者(やはり、専門教育を受けた医者だった)のおじさんは、お茶を出してくれながら、関心した顔で言った。
商談は無事に成立。取引は、基本は物々交換だ。
私の薬草の数々と引き換えに、食糧と水、しばらくの宿、金貨、それと情報だ。
金貨は紙幣と違い、未だに価値がある。情報も、ただではない。自分の身は自分で守らなければならない今、余所者には口が重くなるのだ。
「このご時世、皆訳ありだ。だから、君の過去を詮索する気はない。そこは安心してほしい」
「皆ってロイドさんもですか?」
私はロイドさんの素性が少し気になり、答えは予想しながらも聞いてみた。
「もちろんだよ。ここに来るまで色々あった。こう見えても昔は家族持ちだったんだよ。でもまあ、ありがちな話があった末にここで医者をやってる。ここのリーダーとは、旧知の仲でね」
ロイドさんはだいたい予想していた答えを述べた。
「ごめんなさい。ぶしつけな事を聞いちゃって」
「いいのさ、僕が勝手に言っただけだしね」
しんみりする話は苦手だったので、他の話題はないか考える。
ああ、でも何も思い浮かばない自分のつまらなさが恨めしい。
しかし、そう苦悩する私に相棒が救いの手を差し伸べてくれた。
「な〜」
そう鳴きながら私の足元に頭を擦り付ける可愛さ全開なことをやってくれたのは、ニア。
私が困ってる所を助けてくれるなんて、やっぱり最高の相棒だわ。
毛並みが偉いことになってる上に、疲れきった様子なことには気になりつつも、今は可愛い可愛いニアを抱き締めることが誰にとってもいい事に違いない。
「あら、ニアどうしたの?甘えちゃって」
私は満面の笑みを浮かべながら優しく毛並みを救ってあげるのだった。
ニアは、心なしか、ジト目になってるような気がするが、疲れから来る錯覚に違いない。
そんな私に子供達が抱き付いてきた。
「お姉ちゃん、俺達と遊んでよ」
「いーえ、お姉ちゃんはあたし達とよ」
口々に言う子供達に感動さえ覚え、いつの間に私にこんな人徳が備わったのかしらとニマニマしそうになる自分を必死に押さえつつ、お姉さんぶってみる。
「ほら、喧嘩しないの。皆一緒に遊びましょう」
そう子供達に告げる私に向かってロイドさんは告げる。
「今夜、君の歓迎会があるんだ。ぜひ、参加してほしい。君が泊まる予定の宿に迎えを寄越すから」
そうまで言われて断るような野暮なことはしない。
それに、以前別の村でも歓迎会を開いてくれたことがあり、おいしい料理の元、楽しい時間を過ごせた。
また、ああいう体験をしてみたい。
「ありがとうございます。身に余る光栄です。ぜひ、参加させて下さい」
「うん、村長以下、皆楽しみにしてる。もちろん僕もさ」
子供達と共に来たのは村外れの原っぱだ。子供達が遊ぶのに程よい広さがある。
「さあ、何をしようか?」
私が問いかけると、子供達は一様に腕組みまでして悩み始める。
その姿に微笑ましさを覚えながらも、実際問題として何がいいのだろうかと、私も悩み始める。
考えてみたら、私はこの子供達みたいに同い年ぐらいの子と幼い頃遊んだ記憶なんてあんまり……、駄目だ、落ち込みそうになる。
落ち込み始めた私を現実に戻してくれたのは、愛らしい子供達だった。
「よし、ここはとっておきしかない。」
その声は、リーダー格の少年から聞こえた。何が始まるのかしらとちょっとワクワクしていると、その少年はこう告げる。
「魔法使いを縛り首だ」
…………はい?
「えっと、何それ?」
私は努めて冷静に尋ねてみる。
「えーと、本人以外わからないように魔法使い役を決めて、そいつは村の中に潜んでいるから、手がかりを探しつつ、そいつを見つけ、縛り首にするの。正体を突き止めた奴は英雄になる」
子供の遊びと思いつつも、引っかかる。
それって、普通人狼ゲームというんじゃないかしら。
地域によって、差があるにしても、何でよりにもよって、魔法使いなの……。
心に引っかかりを覚えつつ、子供達に合わせるのだった。
モヤモヤを抱えつつ、子供達との遊びに区切りを付け、なんだか疲れた体を無理矢理動かし、宿のベッドまで辿り着き、倒れこむ。
「なんか、疲れた……」
あっ、歓迎会がこの後あった……。
ふと横を見ると、ニアがいた。
「ねえ、ニア。この村なんか引っかからない?」
「引っかかるって具体的にどんな風に?」
「変に攻撃的な所……魔法使いに対して」
私がそういうと、ニアは頷いてくれた。
「うん、子供達からして、魔法使いに対して攻撃的だね。ミアが僕を子供達に対して生け贄に差し出したせいで、もみくちゃにされてる時にも感じたよ」
「やっぱり」
ジト目のニアを華麗にスルーする決心をした一方で、私は仮説を組み上げる。
もしかしたら、この村は……。
そして、私は今、歓迎会の主賓として会場にいる。
「ようこそいらっしゃいました。このような辺鄙な村にわざわざお越し下さり恐縮です」
この村長の挨拶から始まり、一気に騒がしくなる。
皆から挨拶や杓を受け、一通りの歓待を受けた後、さりげなく私にある一人が尋ねた。
「ところで、あのバイクはどこで手に入れたんですかな?」
「欲しいんですか?でもあげられませんよー」
「いやいや、もちろん貴方から手に入れようとは思いません。ただ、購入先に興味ありまして」
「興味あるのは、バイクじゃなくて、バイクを作った魔法使いではありませんかー?」
私のその指摘に、一瞬会場は静まりかえった。
私にそう言われた人は、笑顔を張り付かせたまま、やんわり否定する。
「ハッハッハ、まあ、間違いではないです。作った方ならたくさん所有してそうですし、そのうちの何台かを何とかして……」
「何とかしたいのは、バイクじゃなくて魔法使いだったりして」
また、一瞬沈黙。
「どうしてそう思います?」
「最初に間違えていたらごめんなさい。その時は、心からお詫びします。でも、幾つか気になった点があったんです」
まだ、証拠は弱い。本当なら今聞くべきじゃないんだと思う。でも、私は探偵さん程忍耐強くないし、優れてもいない。それに、もし、私の仮説が正しければ、今、はっきりさせておかないと、もう手遅れになるかもしれない。
「本当に大した証拠はないんです。あってもどうとでも言える弱い状況証拠。入口の人の魔法に対する拒絶反応に、子供達の魔法使いへの敵視。このちょっと大げさな宴会。現時点ではその程度」
私は息を整える。
「でも、私はあなた方からはとるに足らない小娘。正体がバレても別に構わないんじゃないんですか?それとも、子供であろうとも、魔法使いは怖いでしょうか?」
とりあえず、失礼を承知でカマをかけてみる。
でも、最悪の事態の場合、今、勝負に出ないと、きっと……。
すると、自分でも驚くぐらいわかりやすい反応が返ってきた。
「化けの皮が剥がれやがったなクソガキ!!」
今までの温和な態度から180。変わった嫌悪感丸出しの態度。今まで我慢していたが、早く脱ぎ捨てたくてしょうがなかったと言わんばかりの、今までの自分の躊躇いは何だったのと呆れたくなるぐらいの呆気なさだった。
「そう思ってるなら、話は早い。さっさとお仲間の居場所を吐き出せ。悪魔の手先だとわかった以上、誰も容赦はしねえ。可愛い見かけなんぞに惑わされるかバカ野郎」
以前、教わったことがある。
魔法使いを敵視する団体がいて、そいつらは魔法使いと同じ空間で息をするのも嫌がると。
この会場にいる人々は私以外、酷く剣呑な表情をしている。
悪魔の手先。この言葉が示す通り、私は同じ人間じゃなく、悪魔の化身であり、どんなことをしてもいい存在へと彼らの中では確定した。
「最初見た時から悪魔の匂いがプンプン匂っていたぜえ。そうだよなあ、あんな悪魔の乗り物を乗りこなす奴なんざ悪魔以外いないもんなあ」
「周囲はもう囲ってある。逃げられねえぞ」
皆口々に罵り声を挙げる。
こうなったらもう何事もなく済ますことは出来ないだろう。
ただ、これだけは聞きたい。
「何故、魔法使いをそこまで憎めるんですか?」
私の疑問には嘲笑と共に、すぐに返ってきた。
「この村の奴らは皆、魔法使いの魔法の影響を受けて大切な者を失った」
「あいつらがもっとうまくやれば巻き込まれないで済んだんだ」
「力ある奴らの癖して怪物共に押し込まれやがって」
彼らの言葉を聞いてくうちに頭が冷めていくのを感じる。
お互いの言い分は交じることはない。なら、こっちも言いたい事を言うだけだ。
「魔法使いの魔法を受けて殺されたなら、その魔法使い自身に復讐すればいい。だが、全ての魔法使いを敵視するのは筋違いでしょ!だいたい、魔法使いがこの世界を守ったんだ。あの人達が命と引き換えに為し遂げたからこそ、私達は生きていられる。あんた達がいくら否定しても、否定できない事実よ」
私はまだまだ言いたりないから続ける。
「力あるからって何でもできるわけじゃない。怪物もまた、力あるんだから一方的に打ち負かせるわけないじゃない。それが出来るなら、皆やってるわよ。都合のいい事ばかり言わないで」
「こ、このクソガキ……」
「大切な者を失った?それは悲しい事よ。でも、その悲しみはあなた達だけじゃない。あの戦いに関わった全ての人々がそうだったんだから!!」
「だぁ、黙れーーーーーーッッッ!!!」
まだまだまだまだ言い足りなかったが、時間切れのようだ。
周囲の奴らが襲いかかってくる。
ああ、こっそり暗殺や、寝込みを襲っての奇襲じゃなくて、わかりやすい形での攻撃でよかった。
これなら対応できる。
「結界よ」
私の言葉と共に、光の帯による幕が出現し、彼らの攻撃を防ぐ。
「何だと!魔法はもう使えないんじゃなかったのか!?」
それは事実だ。でも、正確には、消失前に形創られ、注入された魔道具は別だ。
お爺ちゃんは、意味付けられた物と言っていたけど。
そのため、これは、魔法ではなく、魔道具の効果だ。
だが、彼らには区別は出来ないからだろうし、教えてやる気もない。
「くっそう。魔法使いはもう魔法は使えないってデマかよっ」
歯ぎしりしている彼らに向けて、私は叫ぶ。
「風よ」
言葉と共に、前に立ちふさがる敵を残さずなぎ倒す。
道が出来たのを確認し、私は駆けだした。
「逃げたぞ。追え、逃がすな!」
「別にあんたらを一人残らずなぎ倒してから悠々去ってもよかったんだけどね!」
再び風を呼び、衝撃波を叩きつける。
吹き飛ばされた人々は強く体を打ち付けており、ろくに体を動かせないようだ。足があらぬ方向に曲がっている人や、骨が露出している人もいたが、知ったことではない。自業自得なのだ。
「ミア」
声の方向を振り向くと、バイクを操ったニアが予定通り駆けつけてくれた。
こんな所にいられない。さっさと立ち去るに限る。
素早く飛び乗り、アクセルを全開にして、一目散に立ち去った。
後ろから怒声が聞こえるが、徐々に聞こえなくなる。
こうして、私は反魔法使い団体の村から立ち去ったのだった。
あの村からだいぶ距離を開けた。
すると、川が前方にあり、喉も乾いたため、そこでひと休憩しようと思い、バイクを止める。
「バイクを隠しておいてよかったよ。あいつらに抑えられていたら、面倒なことになっていた」
「そうね」
あの歓迎会が始まる前に、私はある準備を行った。
一つは、移動の足であるバイクを隠しておき、ニアへ合図を送ったらすぐに迎えにきてもらえるようにだ。
使い魔であるニアとは繋がっており、離れていても念じれば会話や合図を送れる。
二つ目の準備は、毒を盛られる可能性を考え、毒無効の薬を飲んでおいたこと。
これは、概念防御なため、あらゆる毒を一定期間無効とする。
これは消失前に創られた物のため、効果があるのだ。
魔道具といい、毒無効の薬といい、今となっては貴重すぎる代物だ。
そんなものが私の元にあるのは、両親、祖父が偉大な魔法使いであり、その遺産が残っていたためである。
村の者達が魔法と魔道具の区別が付かないのは本来は無理もない。
魔道具自体、消失前から貴重になっており、詳しい人の方が珍しい
魔法使い自体、数が減っていたのと合わせて、彼らはよく知らなかったのだろう。
それにしても……
「あーあ、魔道具を消耗させちゃったなあ」
もう魔道具は補充できない使い捨ての道具。
これらは、私の旅にとって生命線だ。
これらがないと、この旅を続けるのは困難になる。
「ちくしょう、あの村の奴らぁ……」
恨み節が漏れる。
魔道具の消耗が腹立たしいし、奴らの主義主張も頭にくる。
やはり、私は魔力を失っていても、魔法使いなのだ。
ああいう奴らと相対した後だと、強く実感する。
「私、やっぱりお父さん達の子供だよ」
思わずそう独り言ちる。
私は、お父さんやお母さんみたいに世界を守る魔法使いになりたかった。
でも、その夢はもう叶えることは出来ない。それは、仕方ないと思っているが正直、やりきれないものは隠しきれない。
でも、一方でこうも思う。
魔法使いになっていたら、あんな奴らも守らなければならなかったのか?と。
それも、あんな恨みを買ってまでだ。
葛藤を抱きながらも、命を懸けて戦い続ける人生って……。
思考が暗い方向に飛ぶ気配を感じながらも、その流れに身を委ねつつあると、小枝が折れる音が聞こえた。
「誰?」
鋭い声を響かせてその方向に声をかける。
同時に、周囲にも目線を素早く送る。
魔道具はあくまで道具。意識を向けて所定の言葉を叫ばなければ、効果は発揮しない。
魔法のように、自動的に展開する術はないのだ。
だから、暗殺や奇襲といった攻撃に対応しきれない。
すると、一人の男性が姿を現した。
「やあ、ミアちゃん。無事に逃げられて何よりだ」
穏やかに声をかけてくるが、私は警戒を緩めない。
彼、ロイドもあの村の一員だ。
歓迎会に出ないかと声をかけたのも彼だ。
「あら、追手?案の定、しつこいのね」
私が挑発的に声をかけてみて、反応を探ってみるが、穏やかな態度は変わらない。
「ははっ、違うよ。そう思うのは無理もないけどね。僕がここに来たのは、君が来る前からだよ」
確かに、追手にしては他の人間が見えない。隠れているのかもしれないが、もう追いつけるものか?
第一、音が無さすぎる。
「僕は歓迎会には出なかった。あの村の一員だけど、宴には混じりたくなくてね」
彼は、話しながら、手近な石に腰掛けた。
「少しだけ、昔話を聞いてくれないかな。すぐに終わる。時間稼ぎだと思うならしょうがないけど。まあ、彼らは追ってくるのは難しいと思うよ。来るとしたら、馬を使ってだけど、その馬は腹痛起こしてしばらく動けないだろうからね。ああ、そうだ。悪いけど、それは君の仕業ということにさせてもらうね」
「はあ?」
余りにも図々しい物言いに一瞬頭がカラッポになってしまったが、すぐに気を取り直す。
さて、どうするか……。
普通に考えれば相手にするなど駄目だ。
あの村の一員という時点で彼は信用できない。
でも、彼の行動には不可解な点があり、好奇心を刺激されるのは否定できない。
それに、あの村の一員には違いないが、あの宴には出席していないのは何故だ。
彼の話を聞けば、この疑問は解けるのだろうか?
「ニア、周囲を警戒して」
私はニアに頼んで周囲の警戒を任せ、彼の話を聞いてみることにした。
もし、これが罠でも、敵の居場所さえ分かれば私の敵ではない。
・・・・・・魔道具の消耗は嫌だけど。
私が話を聞く姿勢を見せたからだろう。話が始まる。
「私があの村に辿り着いたのは、反魔法使い思想だったからだよ。……当時はね。当時の僕はね、家族が魔法使いと怪物共との戦いに巻き込まれて死んだ事を消化しきれなかった。結果、愚かにも怪物共だけじゃなく、僕達のために戦ってくれた魔法使い達にも憎悪の矛先を向けてしまった。……戦えない僕達に変わって脅かす敵と戦ってくれたのにね」
そうロイドは懺悔を始めた。
「でも、当時は憎悪を募らせても、魔法使いに歯が立たないから、陰で罵っていただけだった。……その方がよかったんだよ。僕が無様なだけで済んだからね。その後、大戦が終結し、魔力がこの世界から消失し、魔法使いが唯の人になった事が知れ渡るようになった。その時の僕は、無駄に行動力があってね、魔法使いや魔道具について調べに調べた。そして、唯の人になっていた大戦の功労者である魔法使いを狙い、ついには手にかけてしまった」
ふうと、ロイドは一息をつく。
「その瞬間、僕は正直言って喜んでた。狂喜乱舞といってもいいレベルでね。そんな風に笑っていた時、近くで物音が聞こえてね。ふとそちらを見ると、……僕の娘に本当にそっくりな、その魔法使いの娘がショックで顔を歪め、泣き叫ぶ姿を見てしまったんだ。」
そこまで話すと、焦点の合わない目で虚空を眺めながら、話を続ける。
「その時、僕は慌てて逃げ出した。走って走って走りながら、僕は何をやってたんだと自分に自分で問いかけたよ。クソみたいな話だろ。凶行に走る前に気付けたはずの事を、取り返しの利かない事をやってしまった後に気付くんだから。それからは自責の日々だった。この村では僕のやった事は英雄の所業扱いだったけど、冗談にもならない。逆恨みの八つ当たりの唯の殺人鬼。幼い娘から父親を奪ったろくでなしなんだからね」
「それで、何を言いたいんですか」
私は、我慢できずに遮るように割り込んだ。
ロイドの話は、ようは懺悔だ。家族を失った悲しみを他者に転嫁した挙句、逆恨み・八つ当たりの憎悪を募らせた結果、殺人を犯した。それを間違いだと気づいたが、今更遅く、自責で苦しいから、私に聞いてもらって、少しでも楽になりたいという事。
聞いててムカムカしてきた。
一歩間違えたら私の両親がその餌食になっていたかもしれないのだから。
その殺された魔法使いはひょっとしたら私の知っている人かも知れない。そのため、名前を聞いてみたが幸か不幸か、知らない人の名前だった。
「そうだね。クズの泣き言さ。君をあの子に少し重ねてしまったから喋りたくなったのさ。自分のためだよ」
「私は慰めたりしませんよ。いくらでも後悔していてください。それに、後悔しているなら、何で未だにあの村にいるんです?私、あやうく餌食になりかけたんですけど」
「君は大丈夫だったろう。実を言うと君の事は知っていた。さっき言ったろう。魔法使いや魔道具について調べたと。君はあの偉大な魔法使い二人の間に生まれた娘だ。魔道具を受けついだのは想像に難くない。よく見ると、それらしい物があるしね。あと、僕がまだあの村にいるのは僕を必要としてくれる人達はあの人達だけだからさ。それに僕がいなくなると、あの村には医者がいなくなる。」
ロイドは私を見据えだし続ける。
「それに、僕の命はあの子のものだ。いつかあの子が復讐しようと思った時、一番困るのは、僕が行方をくらませることだ。それは避けたい」
「あなたに見出されたその子が気の毒ですね」
半眼で私は告げるが、スルーされた。
「君が何のために旅をしてるか知らないが、何かを探しているのかな?君はこの時代における数少ない強者だ。それ故に、その旅の過程でいらぬ恨みを買って災難に見舞われるかも知れない。わかっているとは思うが、気を付けて」
話は終わりのようだから、移動しようと思う。
ニアからは敵の報告は来ない。どうやら、本当に罠ではなかったようだ。
そういえば……
「あの何でここにいたんですか?」
「ここは僕が息抜きできるお気に入りの場所さ。僕が気を吐いてる時に、君の方から来ただけだよ。まあ、君ともしかしたら会えるかもという予感はあったけどね」
特に深い意味はなかったようだ。
「さようなら、ロイドさん。一応忠告ありがとうございますと礼は言っておきます。……もう会うことはなさそうですし、その方が幸いです」
「ああ、さようなら。君の旅に幸あらんことを」
私は、川の浅い場所を見つけ、渡り、今度こそあの村の圏内を脱出する。
しばらく走ったら、ニアは問いかけてきた。
「ねえ、あの村での出来事は最後の魔法のアイディアの役に立った?」
「全然。役に全く立たなかったわ」
私の返事にホッとした反応を見せるニア。解せぬ。
「よかったあ。あの村のような奴らを粛正に使うとか言い出したらどうしようと思っちゃった」
「何であんな奴らのためにお父さん達からの大事なプレゼントを使わなきゃならないのよ。お父さん達の思いを汚すようなものでしょ、それって。絶対あんな奴らの事では使わない」
そして、私は改めて決意する。
「見てなさい。満足できる使い道、見つけてみせるから。約束するわ、ニア」
そして、あなたの救済方法もね。
その思いを胸に、星々の光を一心に受けながら、私は進むのだった。
読んでいただきありがとうございました。
喋る猫って使い魔としてはテンプレだけど、やっぱり素晴らしい。