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09 しばしの休息

 ざわつく避難場所の劇場で、ラトゥリアはぽそりと言葉を漏らした。


「レギリィ……フィンレー……」


 まだ彼らは来ていない。避難が終わっていないのか、それとも……

 締め付けられるような胸をぎゅっと押さえる。


「大丈夫だ。フィンレーの“結界”は固い」


 隣から声がする。ルバートだ。じっとラトゥリアの目を見て頷きかける。「大丈夫」。もう一度呟いた。その声はかすれていた。


 すると、劇場内の喧騒がさらにけたたましくなった。叫ぶもの、泣きながら抱き合うもの、様々だ。


「……? な、に?」


 ぽかんと立ち尽くすラトゥリア達の元に、アルダがやってくる。その顔は、安堵に笑みを湛えていた


「終わったよ。街から魔物が出ていった!」



 


 それから数分して、レギリィたちも劇場に到着した。道中、魔物と遭遇することもあったが、戦闘にはならなかった。魔物たちはただ、レギリィたちを無視して巨大な魔物に追従していたからだ。


「レギリィ!! フィンレー!!」


 ラトゥリアが二人に駆け寄る。涙目のラトゥリアに、フィンレーが「へへ」、と笑う。なんだかくすぐったくて、レギリィは目をそらした。

 

「よかった。無事か。……よかった」


 低い冷静な声がかけられる。ルバートがかすかに微笑んでいた。普段表情を動かすことのない彼だが、仲間の無事には心から安堵したようだ。


「ああよかった。戻ってきたんだね」


「おうよ! へへ、ただいま!」


 特徴的なハスキーボイスは、そちらを見なくても誰か把握させた。フィンレーははにかんで答える。……あの巨大な魔物については話さなかった。




 ことは少し前に遡る。


「スッゲーじゃんかよレギリィよ! あのでっかいのを眼力だけで帰らせちまったよ! ヤベーよ、スゲーよ!」


 あの直後。巨大な魔物が帰った直後。フィンレーはレギリィに駆け寄り、手を強く握った。

 どうやら、フィンレーはそう解釈したようだ。すごいすごい、と子供のようにはしゃいで、繋いだレギリィの手をブンブンと振り回す。


「アルダたちビックリするゼ! だってオイラたちで帰らせちゃったんだもんなー!!」


 ……まずい。レギリィは直感的にそう感じた。

 なぜあの魔物が帰ったのかはわからないが、なんだかまずい。このことを知られてはいけない。そんな気がしたのだ。うまく説明はできないが、とにかく、それが“人間ではないことの証明”になってしまうような気がして。


「フィンレー、この事は誰にも話すな」


 できるだけ低い声でフィンレーに伝える。真剣な目でフィンレーを見る。


「……俺にも、何が起きたかわかっていない。当てにされると困るのだ。わかるな?」


 怪訝な顔で口を尖らせるフィンレーに言い聞かせる。

 ここで話されれば終わる。そんな気がしていた。フィンレーにかかっている。

 

「そんなに言うなら……良いゼ。でも、交換条件がある」


 ギクリ、と冷や汗が流れる。今、この状況は……レギリィの弱みをフィンレーが握っていると言える。どんな交換条件だろうか……唾を飲み込む。

 そんなレギリィに、フィンレーはにまっと笑いかけた。交換条件。それは、まるで子供の約束だった。


「その代わり、今からオイラたち、相棒な!」


 へ? と、レギリィが目を丸くしたのは言うまでもない。



 

 フィンレーはその簡単な交換条件のために、約束を守っていた。変なやつ、とレギリィは思う。変なやつだ。もし自分だったら、せっかく弱みを握ったならもっと……


 ……いや、この感じ、既視感があった。頭によぎったのは、今でも忘れることはない、大切な親友だ。


 そう言えばいたな。血を分ける代わりに一緒にいてくれ、なんて言っていたバカがもう一人。……こいつは、フィンレーはユーリィと少し似ているのかもしれない。


「さあ、少し休憩できるね。知ってると思うけど、あのデカブツ、街から出ていったんだ」


 何も知らないアルダが快活な声で告げる。そうだね、とラトゥリアたちも同意する。アルダが地べたに座ったのを見て、他の全員も倣った。


「そういえば、チノとあの性悪がいないな」


「……嫌ってるんだな」


 ふと、ネフリティスとマチゲリーノがいないことに気付き、レギリィが口にした言葉にルバートが苦笑いする。

 実際、悪意はあった。さんざん煽られたのだからもう好きになれというほうが難しい。

 

「あっはは、ネフリティスくんは見栄っ張りだからねぇ。でもレギリィくん、君たちは仲間だ。……わかってあげておくれ」


 快活に笑い飛ばすアルダ。相手次第だ、と心の中でレギリィは答えた。


「あ、彼、ネフリティスなら、劇場の外……だよ。なんか、その、『魔物が来ないか見張る』って……。チノもね、一緒」


 小さな声で、ラトゥリアがレギリィに耳打ちする。

 「アイツらしーな」と、聞こえていたらしいフィンレーが呟いた。ネフリティスは普段から単独行動が多いらしい。


 劇場は騒がしくなっていた。避難民と、到着したイーターたちでごった返していた。アルダたちが休憩できているのも、他のイーターが仕事をしてくれているかららしい。

 サボりか? と問うと、「一時的な休息」とアルダは答えた。



「いや、サボりだよねぇアルダ。何座ってんのさ。井戸端会議中?」


 頭上からの声に顔をあげると、翡翠の瞳と目があった。チノは十センチほどの大きさになって、ネフリティスの肩に座っている。

 なるほど、身長を自在に変えられるのは本当らしい。こういう使い方もあるのか。


「やあネフリティスくん、チノちゃん。君たちも駄弁るかい?」


「ああそうだね。言わなきゃいけないことがある。でもキミたちのお喋りと違って大事なことだから、立ったままで失礼するよ」


 のんきなアルダの声に顔をしかめ、少し大きな声で皮肉るネフリティス。マチゲリーノはネフリティスの肩から飛び降り、身長を一メートル弱に戻す。ふわりと短い銀髪が揺れる。


「さっき、ヨハンセンさんって十二委員会の人が来ててねー! 報告! ……今からあのでっかいの、討伐するって」


 ネフリティスは、説明役をマチゲリーノに取られたことに一瞬不服な顔をするが、「そういうこと」と吐き捨てた。

 ……疑問が浮かぶ。危機は脱したのではないのか。レギリィは、気づけば口にしていた。


「あれは街を出ていっただろう! なぜ討伐する必要が……」


「キミ、馬鹿?」


 呆れたようなネフリティスの顔。つい殴りかかりそうになり、拳を振り上げたのを、ルバートとフィンレーが止めた。


「街を出ていったとしても、脅威には変わらないからね。また同じことが起きてはいけないだろう? だから、今のうちに倒しておこうという話だろうね」


 それだけ説明すると、アルダは立ち上がる。そして、いつもののんきな笑みで、号令をかけた


「それじゃ行くよ。お仕事だ」



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