05 フィンレー先生の授業
「りぴーと、あふたー、みー」
他にチームメンバーのいなくなった喫茶店で、レギリィとフィンレーは向き合っていた。レギリィはひどく退屈そうに。フィンレーはえらく真剣に。
「先生。さんはい?」
「…………」
フィンレーはどうしてもレギリィに先生と呼ばせたいようだった。さっきから同じ会話がループしている。しびれを切らしたレギリィは、フィンレーに問い掛けることにした
「そんなに重要か? ここのくだり」
「重要だぁ! 超! 超超超超!!!」
テーブルをまたも強く叩き、凄むフィンレー。これはもう、レギリィは折れるしかないと判断した。
はぁー、と大きくため息をつき、頬杖をつく。
「……センセー」
「だああああっ!」
今度は頭を抱えるフィンレー。違うんだぁ、などとぼやきながらテーブルに突っ伏す。
……だが、なぜだろう。嫌な感じはしなかった。どこか、ひどく懐かしい……
……そうだ、と思い出す。そういえばユーリィも、こいつのように強制こそしなかったが、褒めてやると喜んでいた。きっと、こいつもそれと同じなのだろう。
「で、説明してくれるのではないのか? “先生”」
と、まるで石弓に弾かれたように起き上がるフィンレーをこぼれんほどに空色の瞳を輝かせている。
……よっぽど嬉しかったようだ。
「うおっほん、えっほん」
わざとらしい咳払いをすると、フィンレーは胸ポケットの万年筆を取り出し、その先端でレギリィを差す。キラキラと輝くどや顔もとても楽しそうだ。
「まずレギリィ君。オマエはどこまで知ってる? 魔物についてとか、イーターのこととか、アビリティとかは流石に知ってるよな?」
フィンレーは雰囲気作りの一貫のつもりで言ったのだろう。だが、レギリィは……
「いや全然」
……記憶喪失というのは、あながち嘘ではないのだ。
フィンレーのキラキラした表情が、一気にげんなりする。これは大役を押し付けられたと理解したようだ。
「あー……あー……結構! 結構結構! じゃあまず! 魔物について!」
こつん、と万年筆でテーブルをつつき、すうっと息を吸うフィンレー。
「魔物って言うのは人間とは違う、いわゆる……なんだろう、別の生き物? 猛獣みたいに襲ってきて、でも猛獣とは違う。ヤツらはみんな人間とは比べ物にならない身体能力と再生力、寿命、おまけにアビリティを持ってるんだ。アビリティも……知らないんだよな」
「ああ」
「アビリティってのは、バチクソ簡単に言うと……超能力ってやつだ。魔物は一人一つ持ってる。人間には使えない。ここまでオーケー? ドゥーユーアンダースタン?」
そこで、疑問が沸く。たしか、ネフリティスは使っていたはずだ。あの背中の翼……もしかして、ネフリティスは……
「ネフリティスは魔物なのか?」
「……はい? ……あー、あー! あーはいはい、アビリティ使ってるからってことな」
一瞬ポカンとしたフィンレーだったが、理解したようだ。ぽん、と手を打って納得したように頷く。そして、話を続ける。
「アビリティを生まれつき持ってんのは魔物だけ。でも、魔物の魔力を体内に取り込むことで、人間もアビリティを使えるようになったりする……それが魔物喰いだ。オイラたちは……って、どうしたどうした!」
「……っ?! ……、……いや、続けろ」
つい、その話を聞いて立ち上がってしまったレギリィ。つまり、つまりつまり、あいつは……魔物を食べたのか?!
まるっきり自分がやったことと逆だ。だが、魔物だからだろうか……言い表しがたい気持ちが胸元でグラグラと煮え立っていた。
「お、おう、続けるかんな。……んで、イーターになれるのは主に二種類。めちゃめちゃ優秀なやつがスカウトされるか、魔物喰いで生き延びるかだ」
「生き延び、る……?」
「ああ。魔物の魔力はメチャデカイ。それを体内に無理矢理入れるんだから……六割は死ぬわな」
……絶句。絶句だった。死んでまで魔物を食べる精神が理解できなかった。それをフィンレーも悟ったようだ。あー、と言い訳のように続ける
「まー……オイラも最初はビビったわな。でもイーターは魔物と戦うんだ。そんだけの覚悟がなきゃ、どのみち死ぬ」
…………。そこにいたのは、ただのティーンエイジャーではなかった。一人の、覚悟の決まった戦士に見えた。
……背筋に氷が伝う感覚があった。これが、これが人間なのか!
「ああ、良かった! まだいたね」
と、快活なハスキーボイスが響く。レギリィのなかに、どこか安心してしまう自分がいた。
アルダは二人に歩み寄ると、二人の頭にぽん、と手をのせた。
「召集だよ。中央街ケントロンに、全イーター集合。総督からのご命令。……街については説明したかい?」
「いや、聞いていない」
「そっか。じゃあ手短に説明するね」
アルダは空のティーカップを二つを並べた。
「例えばこのティーカップがあの壁だとする。そしたら、このカップのなかが街。けれど街は一つじゃなくて、たくさんのティーカップがある。ここはアルケーの街で、今回私達が行くのは中央街ケントロン。……この大陸の中心の街だよ」
それだけ説明すると、くるりと背中を向けるアルダ。いつもののんきな笑みで、指示をする
「あと三十分以内に街を出るよ。馬を連れてくること。フィンレーくん、どの馬かレギリィくんに教えてあげてね」
「ま、待て、馬なんて……!」
馬。知識としては知っている。だが、そんなもの、乗ったことなど……! 慌てるレギリィに、アルダは強気に微笑んだ
「習うより慣れろだよ、レギリィくん。君はイーターなんだ。“ウマ”くらい“ウマ”く操って見せておくれよ」
その後、なんとか馬に乗れたのは、奇跡としか言いようがないだろう。




