03 最初の難関
親友の姿を得た魔物、レギリィ。街に引き取られ、宿舎で生活することになったが、今は……絶賛フラれ中であった。
「あいつめ……かならずわたしを認めさせてやる……!」
……ことは、数日前に遡る。
見知らぬ少女との会話のなかで、“蘇生”のアビリティだか薬だかなんだかがあると知ったレギリィは、まず真っ先にアプローチをかけたのが例の女、この街に連れてきた女だった。
蘇生のなにがしには魔物が関係していると言う。身近な、というか知っている人物で、魔物に関われそうなのは彼女くらいしかいないだろう。むしろ、彼女に会えたのがラッキーだった。
それからレギリィはあの女について調べに調べた。どうやら、名前は“アルダ・ルチーノ”。“イーター”の“第五チームリーダー”らしい。調べるうちにわかってきたのは、魔物と主に接触し、魔物の研究をするのはイーターであるということだ。
そうなればことは早い。アルダに、自分をイーターに入れるよう説得するのみだ。
……だが、ここまで読んだ読者の方ならわかるだろう。イーターはいわゆる自警団。そんな組織に、どこの馬の骨とも知れないレギリィを入れるはずがない。
「うん! 面白い冗談だね!」
「あー、うん、ダメ!」
「君のその熱意を他のことに向けてほしいなぁー?」
「あはは、懲りないねぇ、ダメだけど!」
……当然、毎回見事玉砕である。
もうあれから一週間が経とうとしていたが、毎日アルダに張り付いていたためか、若干鬱陶しがられているのにも気づいていた。それもそうだ。一日に十回以上は頼んでいるのだから。
この根比べは、どうやらレギリィに軍配が上がった。
「こぉりないねぇ……君……不法侵入だよ? どうやって私の家まで調べたんだい?」
そこはアルダの寝室だった。アルダとしても、目が覚めてふと隣を見たら他人に土下座されているのだからいい気分はしないだろう。苦笑いだ。
「つけた」
「あはは、ストーカーかな? 君は」
したり顔を見せるレギリィに、肩をすくめて笑うアルダ。そして、ベッドから降り、人差し指を立ててニヤリと笑いかけるのだった。
「よし! そこまで熱心な君にチャンスをあげるよ。私には部下がいてね。その部下に勝ったら、実力があると認めて入れてあげるよ。ただし! 負けたらこの話題はおしまい! いいね?」
もちろん、レギリィの答えなど決まっている。
「望むところだ」
……試合の舞台は、前に少女と話した丘だった。そこにレギリィとアルダの二人がいる。……二五分経つが、対戦相手はまだ来ない。
「……」
苛立ちから何度も靴を地面に叩きつけていた。こつこつと音が響くなかで、アルダはのんきに笑っている
「許してやっておくれよ。そういうやつなんだ、あの子は」
……と、アルダの赤髪が風に揺れる。天使のような白い羽が宙を舞い、二人に大きな影が重なる。
「……あれは…………」
「そう。あの子。君の対戦相手だよ」
現れたのは、天使だった。
白い大きな翼は神々しく、後ろで三つ編みにまとめた茶髪はさらさらとしている。睫は長く、大きな翡翠の瞳が強気に輝いている。かなり美形だ。
「へぇえ? ちゃんと来てたんだ。てっきり、怯えて逃げ出すものとでも思っていたよ」
天使は丘に降り立つと、その綺麗な口から皮肉を紡いだ。中性的な声だ。
「なんだおまえ」
それがレギリィの第一声だった。時間に遅れて来ておいての皮肉。良い気はしない。第一印象は最悪だった。
「まあいいや。さっさと終わらせようか。わざわざこのボクを呼び出したんだからねぇ? ま、キミはとてもそんな実力持ってるとは思えないけど」
やれやれ、と頭を振る天使。だが、その頭をぽこんとアルダが叩く
「無意味な挑発は君の悪い癖だと何度も言ってるじゃないか、ネフリティスくん」
天使の名前は、ネフリティスと言うらしい。アルダに咎められるも、ちらり、とレギリィを見ては鼻で笑う。
……レギリィは無言だった。認められなければならない。怒る理由はない。……もっとも、その苛立ちは明らかに顔に出ていたが。
そんな様子を見てだろうか。アルダがレギリィに近づき、耳元でこっそり囁く
「気を付けたまえよ? ネフリティスくんは見ての通り、“アビリティ”を持っている」
「アビリティ……?」
聞き返すが、アルダには聞こえなかったようだ。声高々に宣言する。
「それじゃあ、このコインが落ちたら開始だ。用意は良い? いくよ? はい! いっせーのーせっ!」
快活なハスキーボイスが響き、コインが宙に投げられる。そして、そのコインが落ちた音と同時だった。
先手必勝。地面を蹴り、ぐん、とネフリティスに近づくレギリィ。地面にはヒビが入っている。そしてそのまま、握りしめた拳で顔面に右ストレートを繰り出す。
「な……っ?!」
ネフリティスもこれは予期できなかったようだ。左の頬に拳がめり込み、吹き飛ばされる。
「……なるほどね。ナメてたよ」
ぺっ、と血を吐き捨てるネフリティス。鼻血を拭い、背中の弓を取り出す。
「アルダ! 勝利条件は?」
「あー、言ってなかったね。うん、じゃあこうしようか。降参するか、この丘から外に出た方が負け」
「了解。死なないように調整しないとね!」
上空に飛び上がり、上から弓に矢をつがえるネフリティス。放ってきた矢は……八本だった。逃げ場をなくすように、囲むように飛んでくる矢。だが、レギリィは避けも隠れもしなかった。
当たらない、逃げ場をなくすための矢は無視した。ただ、自分に向かってくる矢の側面を蹴り落としたのだ。
……あの、途轍もないスピードで飛んでくる矢の側面を。
そしてそのまま流れるように石を拾い、ネフリティスに投げつける。チリ、とネフリティスの右頬を掠めた。
「……これでまだ、調整しようなんて思うか?」
半分、レギリィには私怨が入っていた。さんざんバカにされた私怨。ムカついた私怨。
「……じゃあ、本気で潰してあげるよ」
ネフリティスの低い声が聞こえた瞬間だった。辺り一面に、周りの景色が見えないほど羽根が舞い散る。たかが羽根……? と考えたレギリィだったが、その考えはすぐに打ち消された。
……羽根が刺さった地面がバターのように切れている。
「ちょ、ま……!……っ!」
待て。そう言いそうになり、言葉を飲み込む。ダメだ。降参すれば、ユーリィを生き返らせられない!
考えろ。考えろ。この羽根を撒き散らした意味は? この羽根によって自分は今どんな状況に立たされている?
……この場から動けなくなっている。まさか、ネフリティスも殺そうとはしないだろう。なら弓矢を放ってくるのも考えづらい……なら!
ふわ、と羽根が避けて、ネフリティスはレギリィに蹴りを入れようとする。このまま場外に押し出せばネフリティスの勝ちだ! だが、その時……
ネフリティスの足をレギリィが掴んだ。そう、予測していたように。
そしてそのままその腕力で場外に放り投げようとするが……
「はい! 勝負ついたね」
ぽん、と手を叩く音。羽根が全て地面に落ちる。にこにことしたアルダが歩いてレギリィに近づいてくる。チッ、とネフリティスの舌打ちの音。
アルダはレギリィの目の前まで来ると、ぽん、と肩を叩いて、こう言った。
「残念、負けちゃったね」
「っはぁあ?!」
その声はネフリティスのものだった。ポカンとしていたレギリィの隣で、ネフリティスは叫ぶ。
「どういうことさ! アルダ、ボクがそういう身内贔屓、好みじゃないのは知ってるよねぇ?!」
「足」
と、アルダはレギリィの片足を指差す。……本のわずかに、ネフリティスを投げ飛ばすために踏ん張った時に、丘から外に出たのだ
「……ッチ! もう良いだろ? ボクは帰るよ!」
不機嫌にそっぽを向き、翼を広げて大空へ戻っていくネフリティス。
だが、そんなのレギリィは見ていなかった。ただ、ただ……
「……終わった…………」
その場に崩れ落ちるレギリィ。最大のチャンスを、チャンスを……! だが、アルダは笑っている
「あっはは! ナメクジにキノコが生えたみたいな顔してるね! それじゃ、これからよろしく頼むよ、レギリィくん」
「……え?」
よろしく頼む。そう言ってアルダは笑った。
「合格ってことだよ」