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02 淡い希望

 街は活気に満ち、当然だが、至るところに人間がいた。

 赤レンガの家々が立ち並ぶ中を、二人の人物が歩いていく。一人は赤髪の背の高い女、もう一人はくすんだ緑の髪の少年だ。……とはいえ、少年の方の中身は人間ではないのだが。


「物珍しそうだね。やっぱり思い出せないかな?」


「あ、ああ……」


 ハスキーな女の声が通る。それに対して、少年……いや、魔物は、苦笑いしか出来なかった。


 あの後。ユーリィの姿になったレーギーナは、自身をレギリィと名乗った。ユーリィの姿でレーギーナと名乗るのもどこか不自然だったし、ユーリィの名前を騙るのも気が引けたからだ。


 記憶喪失という設定は都合がよかった。この女の、すべての「なぜ?」に「覚えていない」で返せたからだ。……若干、罪悪感があったが、背に腹は変えられない。


 レギリィは今、ずいぶんと派手な格好をしていた。わざとかなんなのか穴の空いたズボンに黒いタンクトップ。黒に緑のラインの入った、破れたコート。この状態で売りに出ていたのだから、きっとこういうデザインなのだろう。

 ……女はカッコいいとはしゃいでいたが、第三者から見れば、どう考えても“着せられて”いた。


「それで、レギリィくん。君はなにも思い出せないようだから、こちらで進路を決めちゃいました」


 角を曲がったところで、女が振り返る。質素な、けれど大きな建物の前だった。


「ここは身寄りのない人たちが暮らしてる街運営の宿舎だよ。君は今日からここで暮らすんだ」


 首を傾け、笑いかける女。


 ……レギリィにとっては心底興味が持てなかった。これからの自分など。

 曖昧に返事をしたのだろうが、内容は覚えていない。女は手続きとやらをしに入っていった。


 しばらく、レギリィはその場に立ち尽くしていた。だが、ふと頭によぎる。


『俺さ、レーギーナに街を見せたいんだよ』


 どっ、と風が吹いた。そうだ。もうユーリィはいない。でも、でも、ユーリィは……

 ユーリィは、わたしに街の景色を見せたかったんだ……!


 気がついたときには、レギリィは街に走り出していた。



 ……そしてみごとに迷った。街はまるで迷路のように入り組んでいる。目印を探そうにも、そもそも知らないものしかなく、途方にくれるしかなかった。


「ユーリィ……見たか……これが街だぞ……」


 たどり着いた小高い丘で、小さく呟く。これが街の洗礼だ。

 ……ユーリィ、ユーリィ……


 つう、となにかがレギリィの頬を伝った。その雫はやがて大粒に変わり、地面に染みを作っていく。嗚咽が漏れる。抑えようとしても、抑えられない。


 ユーリィがいなくなったことを、受け入れられてなどいなかったのだ。後から後から涙が零れていく。ユーリィの優しい声が、心を締め付けていく。


「……っ、ゆぅ、りぃ……!」


「あ……えっと……だ、大丈夫……?」


 聞こえてきたのは透き通った、けれどか細い声だった。見上げると、紫の髪の色をした少女がこちらを覗き込んでいる。

 気弱なのだろう。顔に書いてある。


「……見るな」


「わ、わかった、目、瞑るね」


 泣いているところを見られるなど屈辱でしかない。小さく呟くと、少女はぎゅっと目を瞑っていた。……いや、うん。……うん。


「も、あの、も、もう、いい……かな?」


 恐る恐るといった様子で、少女は目を開ける。灰色の瞳がレギリィを写す。にへら、と笑う。


 ……まるで、ユーリィだった。


「あ、あ! ご、ごめんね、なんか、変……だったかな? ……っあ! な、泣か、泣かないで! ね、大丈夫、大丈夫……」


 少女はただ、背中をさすってくれた。レギリィは振り払う気にもなれず、ただ、泣きじゃくった。


 泣いて泣いて、涙も枯れた頃には、空は橙色に染まっていた。ふー、と小さく息を吐く。


「……大丈夫、かな?」


 少女の心配そうな声が聞こえる。辛うじて、それに頷いた。頷くだけのつもりが、気づけば、言葉が口から滑り落ちていた。


「……死んだ。一緒に生きてきた友達が、死んだ。わたしの……せいで……」


 さすがにそれ以上言わないだけの理性はあった。だが、自分でもどうかしていた。こんな、見ず知らずの相手に打ち明けるなんて……

 少女は静かに聞いていたが、ぎゅっ、と抱き寄せ、背中に手を回す。……優しい体温が伝わってくる


「……大丈夫。あなたのこと、恨んでない」


 優しい声だった。包み込むような声だった。ぎゅっと手を握りしめるレギリィ。


 そうだ。もう帰ろう。もうどうなったっていい。あの女の言う通り、宿舎で生きていくんだ。

 


 少女は宿舎まで案内してくれた。だが、この後用事があるらしく、“近道”と称して路地裏を通っていった。


 ……もし、この時この路地裏を通らなければ。そうすれば、レギリィの運命は大きく変わっていただろう。


「こんのクソが!!」


 夜の帳に怒号が響く。そして、殴打の音も。何度も。何度も。

 縮こまり、袖を引く少女を脇に、レギリィは向かった。特に何かを考えたわけではない。ただの、いわゆる“突っ走った正義感”だ。


「……やめろ」


 気がつけばレギリィの細い手は、男の手を掴んでいた。男は胡散臭げな老人の胸ぐらを掴んでいる


「なんだてめぇ! 文句あんのか?! あぁ?!」


 定型のような台詞を吐き、レギリィに顔を近づける男。老人は血を吐いている。

 血。血。ユーリィの死を連想させた。


「それ以上は死んでしまう」


 死。もう、二度と見たくなかった。


 男は手を震わせ、何かをがなろうと口を大きく開けたが、結局何も言うことなく、その場にへたりこむ。


「死んだって良いだろうがよ……こんなクズヤロウ……!」


 震えた声を絞り出す男。レギリィは手を離した。と、少女も物陰から顔をだし、微かな声で尋ねる


「な、なに、あの、えっと、なにが……? あったんですか……?」


 男は悔しげに息を吐き、小さく、刻み込むような声で答えた


「そいつは売ってたんだよ……ただの水を……。“魔物由来の蘇生薬”って嘯いてな……!」



 ……結局、その場は駆けつけた自警団に任せることにした。彼らはイーターと呼ばれているらしい。大丈夫だよ、と少女は言った。イーターは優秀な組織だから、と。


 だが、だが、レギリィの心を揺さぶったのは、それではなかった。


「……あるのか? ……“蘇生薬”……」


「え? あ、ああ、うん、無くはないけど……」


 無くはない。その言葉は、レギリィを飛び付かせるには充分だった。少女の肩を掴み、揺さぶる。


「あるのか?! どこに! いったいどんな!」


「うぁ! あ、あう……! あ、あくまで、むかーしに記録が残ってるだけ……だけど……!」


 ある。記録に残っている! レギリィは唾を飲み込んだ。もし見つかれば……ユーリィを!


「で、でもね!」


 慌てて少女が口を出す。でも……そう。でも。それは。


「蘇生薬って言っても……その……く、薬と言うより、アビリティ、なんだ……それに! そんなの実際には見つかってないし……そもそも、蘇生とか……」


「知らん! 記録には残っているんだろう!」


 アビリティ。知らない単語だ。だが、そんなことはどうでもよかった。ユーリィを生き返らせる方法がある……なら、それにすがるしかない!


「そ、そうだけど、でも……」


 だが、少女の歯切れは悪かった。……現実的でないのだ。だって、“アビリティ”を手に入れられるのは……限られた人間だけだ。

 罪悪感が少女の背中を伝った。……淡い希望を持たせてしまった。


 宿舎は、もう目の前にあったが、空には青い三日月が浮かんでいた。

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