14 大切な人
日の光が花壇の花に注がれ、その上を蝶が楽しげに待っている。小鳥のさえずりがあちこちで聞こえ、子供たちが無邪気に走り回る。
今日はいい日。とてもステキな日だ。だが……約束の場所へ向かうレギリィの心には暗雲が立ち込めていた。
あれから五日。今は十時を少し過ぎたくらい。タイル張りの大通りを通って、噴水広場に向かう。
今日の格好はアルダに買い与えられたファンキーなものではなく、どちらかと言えばクラシックな装いだ。
白いシャツにグレーのベスト、タイ。ルバートの服を借りた。
マチゲリーノとフィンレー曰く、「あの服じゃとてもデートとは言えない」らしい。
……デート。その言葉もさらに気を重くさせた。仲間でもない、友人でもない相手と、なぜそんなことをしなければならないのか。デートというのも、よく聞けば恋人がやるものだと言うではないか!
そのうえ、仲間たちがニヤついて見ているのを想像するとさらに苛立った。
「お待ちしておりましたよ、My princess。さあ、お手を」
噴水広場には、すでにジェットは来ていた。シルクハットに紳士服、お上品さが鼻についた。
穏やかな紳士的な笑みを浮かべ、手を差し出すジェット。だが。
「……ふん」
レギリィは手をとることなく、不機嫌そうに鼻を鳴らす。約束だから来ることは来ただけだ、とそう表明するように。
ジェットはそんな様子にさえ笑みを崩すことなく、にこにこと微笑んでいる。……感情が読めない。
「ふふふ、それでは参りましょうか。ええ。きっと楽しませて差し上げますよ」
レギリィは小さく舌打ちを鳴らした。胡散臭い奴め。
…………だが。だが、それから半日後のことである。
「……美味しい、これ。美味しいな!」
カフェのテラス席で、レギリィはワイルドベリーのクレープを片手に目を輝かせていた。こんなに美味しいものは食べたことがない。
最初は「見た目だけの、流行に魂を売った食べ物とも言えない食べ物」と思っていたが、ところがどっこい、食べてみると信じられないほどに美味しい。なによりこの甘酸っぱさが完全にレギリィの好みだった。
「それは良かった。なによりです」
ジェットはそんなレギリィを愛おしげに見つめ、微笑んでいる。どこまでも優しい、愛おしくてたまらないといった笑みだ。
この三時間で、レギリィの警戒心は簡単に解かれていた。行く場所買うもの全てレギリィは気に入った。芸楽団のダンスと音楽も楽しげだったし、初めて行ったテニスというゲームも、ジェットが手加減しなかったのも含めて面白かった。
最高に楽しかった。このクレープもとても美味しい。いつのまにか、レギリィは最初の嫌悪感を忘れていた。
一方、少し離れた席にて。
「た、た、タラシだよ……ぜ、絶対慣れてるんだ……!」
仲間たちは変装して尾行していた。ラトゥリアの非難に、ルバートが苦笑いをする。
「相手は幹部だぞ……」
「いーなー! 楽しそー! ねえティス、チノもクレープ食べたいー!」
「買わないよ。そもそもなんでボクまで駆り出されたのさ、こんなくだらないことのためにさぁ?」
「くだらなくねーよ! レギリィの貞操がかかってる!!」
好き勝手に喋る仲間たち。もしレギリィに聞こえていたら、レギリィはぶん殴ることだろう。
それを察したのか察していないのか、しばらくするとジェットがレギリィを連れて店を出ていく。五人も目配せして、二人を追うのだった。
すっかり日は落ち、暗い空に散りばめられた星々が輝いている。青い月がゆらゆらと街を照らしている。
ジェットとレギリィは街の高台に来ていた。眼下の無数の明かりが、地上の星空のようだ。
少し遠くで、牛の乳を凍らせた冷たいお菓子、アイスクリンの移動販売が店を閉めようとしている。
「あー! 楽しかった!」
「楽しんで頂けてなにより。私も、楽しそうな貴方の側にいられて幸せでした」
あの後もいろんな所を回った。どれも、レギリィの気に入る所だった。まるで、レギリィの好みを熟知しているように……
……疑問が浮かぶ。こういうものなのだろうか? こんなにも、行くところ行くところ全て気に入るというのがあるのだろうか?
「……おまえ、なぜ俺の好みを知っているんだ?」
ジェットは少し考えて、街を眺めながら、ポツリポツリとおもむろに語った。
「……私には、大切な方がいました。この命に代えても守ろうと誓ったお方です。ですが、私はあの方を守れなかった。……貴方にそっくりなのですよ、My princess。私は、あの方にして差し上げたかったことをしているのです」
「……そうか」
そうなのか、と小さく納得する。愛しているという言葉も、愛おしげな視線も、自分とその人を重ねているから……。どこか複雑に思ったのは、口にはしないことにした。
と、ジェットが軽く手を叩く。にっこりと、若干黒い笑みを浮かべて。
「では、そろそろオーディエンスの皆さんにも出てきて頂きましょうかね。フィンレー・ライリー、マチゲリーノ・ホープ、ネフリティス・プラスィノ、ラトゥリア・エレン、ルバート・マンチェスト。そこにいらっしゃるのでしょう?」
茂みがガサっと揺れる。そういえばつけてきていたな、と思い出すレギリィ。つけてきていた……今までの行動全て筒抜けだった?! 途端に恥ずかしくなり、頭が熱くなる。
茂みはしばらくガサガサと揺れていたが、しばらくして気まずそうに五人が出てくる。苦笑いを浮かべる五人にジェットが笑いかける。
「尾行とは感心しませんね。にしても困った。ええ、困りました。私と愛しの君との逢引を見られてしまった……さて、どうしたものか」
冷や汗を流す五人。相手は幹部、簡単に自分達をクビにできる立場だ。だが……予想よりも、ジェットは優しかった。
「ここは、アイスクリンひとつで口止めと致しましょうか」
店じまい寸前のアイスクリン屋に声をかけ、七つアイスクリンを買った。高台のベンチに並んで座り、スプーンで掬って口に運ぶ。
濃厚な甘味がすうっと口のなかで溶けていく。
「んー!! おいひー!!」
マチゲリーノが無邪気に頬を押さえる。その声は全員の意見を代弁していた。それはなにより、とジェットが微笑む。
「もう尾行はいけませんよ? 皆さん。プライバシーというものがあるのですから」
「う……はい」
人差し指を立ててにっこりと忠告するジェットに、フィンレーは気まずそうに目をそらした。
月が煌々と街を照らしている。ジェットは変人だが悪い奴ではない。たまには、こんな日があってもいいのかもな、とレギリィは思うのだった。
アイスクリンの空のカップが七つ、ゴミ箱に捨てられていた。




