12 戦いの終わり、そして手紙
今回の討伐は、ドローマの街にも、イーターにも大きな被害を出した。
だが、そんなことは些細なことなのだ。彼はほくそ笑む。
“倒せた”。それが大事なのだ。何よりも大事な、たったひとつの事実。
彼はタバコの吸い殻を谷に落とした。あの巨大な魔物……ドローマの王が落ちていった谷の底にだ。
……ドローマの王。なかなか皮肉めいた名前じゃないか。
彼は谷に背を向ける。さあ、もうこいつには用はない。
……そういえば。
そういえば、変なのがいたな、と思い当たる。
あの猛攻のなか、ドローマの王に決定打を与えた者がいた。
確か……第五チームの新入りだったか。勇敢というか、無謀というか……
まあ、どうでもいいことではあるな。
彼は止めていた馬へと足を進める。もうここに用はない。
「……レ……ギ……ナ……」
地の底が唸るような声が、谷底から聞こえた気がした。それは幻聴か、はたまたまだ生きているのか。
彼は嘲るように笑う。どちらにせよ、ドローマの王の玉座はもはや砕かれた。そしておそらく彼女ももう……
彼はひらりと馬に跨がる。その口許には、上機嫌な笑みが消えなかった。
「もう……! 無茶、しすぎ……だよ……!」
中央街ケントロンには、イーター専用の宿舎があった。その一室にて、ラトゥリアがベッドのレギリィに手をかざしていた。
ラトゥリアのアビリティ。“治癒”。手をかざしたものを、人、物、限らず元の状態に戻すことができる。
優しい暖かさと共に、ゆっくりと痛みが引いていく。
「おお……身体が動くようになった」
「まだダメ! お、起き上がらないで!」
珍しくラトゥリアが大声をあげる。すっかり短くなったろうそくの火が揺れた。
ぽーん、ぽーん、と八回、時計が鳴る。あれから、もう一日が経ったようだ。
「ねぇ……レギリィ……」
ラトゥリアがぽつりと呟く。その声には、暗い響きが伴われていた。
「あたし……戦えなかった。た、戦いに、行くことさえ……」
ラトゥリアはぎゅっと手を握る。握りしめる。回復役である彼女は、ずっと戦場の後ろにいた。それが、辛かったのだろう。
「みんな、み、みんなが……戦ってるのに……あ、あたしだけ、安全なところで……」
ぽつりぽつりと溢していく。目を伏せ、次第に声が小さくか細くなっていく。
「ご、ごめん、ね、こんな話……困る、よね」
「生きてる」
ラトゥリアの言葉に、ただ一言、けれど強く返す。レギリィはまっすぐにラトゥリアの目を見た。
「生きてる。ラティが俺を治癒したからだ」
「あ……」
「誇れ、ラティ。おまえが生かした命だ」
それはレギリィの本心だった。心からの言葉だった。もし……もし、自分がラトゥリアのような力を持っていたなら……ユーリィを助けられたかもしれないのだから。
ラトゥリアは小さく頷いた。その目には、かすかに光が宿っていた。
「ありがとう……レギリィ」
軽く首を傾けてへにゃりと笑うラトゥリア。優しいその笑みは、ユーリィによく似ていた。
「あー、お邪魔だったかな?」
弾かれたように扉を振り返るラトゥリア。特徴的なハスキーボイスの持ち主は、もはや見なくてもわかるだろう。
「あ、あ、あ、アルダ?!」
「いや、いいよいいよ、続けて」
「そ、そんなんじゃ……!」
真っ赤になってしぼむラトゥリア。にやにやと下世話な笑みを浮かべるアルダ。レギリィは首をかしげる。
「続ける……? 何を?」
「わー!! わー! わー! わーわー! い、良いの良いの! レギリィは、そ、そのままで良いの!!」
「あー……そっかそっか。レギリィくんはそういうのまだわかんないかー」
二人の態度に訝しげに首を傾けるも、大したことではないのだろうと聞くのをやめた。……なんだろう。アルダのにやけた視線が不快だ。
「そ、れ、よ、り、も。レギリィくん、君に手紙だよ」
こほん、と小さく咳払いをして、いつもののんきな笑みに変わるアルダ。レギリィは手紙を受けとる。羊皮紙に赤い封蝋。ずいぶんと洒落ている。
「……誰から?」
「読んでごらん」
とはいっても、どう開けるのかがわからない。しばらく逆さまにしたりもて余していると、隣からラトゥリアが手を伸ばした。
封蝋を剥がし、手紙を取り出す。中に入っていた一枚の紙をラトゥリアから受け取り……そこで気づく。文字が読めない。
「ラティ、読んでくれ」
「え?! い、良いの?!」
ドキドキしながら手紙を開くラトゥリア。だが……文字を見た瞬間、石のように固まってしまう。明らかに目が点になっているのがわかるだろう。
そう、手紙の内容はあまりにも突飛だった。首を傾げるレギリィの向こうで、アルダが快活に笑う。
「あっはは、驚くだろう? 幹部の方から来たんだから、大方想像はつくよ。寂しいねぇ、せっかく可愛いチームメンバーが増えたと思ったのに、もう昇格なんて」
だが、この予想は外れていた。
「ち、違うの……その、ね、内容……読むね」
ラトゥリアは手紙を読み上げる。その内容に、二人もラトゥリアと同じ反応をした。部屋に微妙な空気が漂う。
「……はい?」
アルダが顔をひきつらせる。レギリィはもはや言葉さえ出なかった。
手紙には、こう書いてあった。
〈親愛なるMy princessへ。
明日、貴方に花束を届けに伺います。
体調のほどはいかがでしょうか。私に何もできないことを、とても悔しく思っております。
この愛が貴方の傷を癒せるのなら、そのためならば私は心臓を切り裂いて貴方への愛を取りだし、貴方に手渡すでしょう。
貴方を愛しております。明日、貴方に会えるのがとても楽しみです。
貴方のKnight、ジェット・ブラックより〉
「……宛先、間違ってないか?」
悪寒が走る。その言葉を絞り出すので、レギリィはやっとだった。
今回から新章に入ります! よろしくお願いします!