11 捨て身の作戦
総督のアビリティ魔物を守っていた無数の魔物たちは谷底に落ちた。だが……これからが問題であった。
巨大な魔物は、頭から生えた髪の毛のような触手をうねらせ、無数のそれらがイーターに襲い来る! そのせいで、そのあまりの猛攻に近づけないのは同じだった。
無差別に、無思慮に振り回される強靭な鞭のような触手に、あちこちで吹き飛ばされるのが見える。
「当たったら即死だゼこれ……!」
フィンレーの意見は正しかった。凄まじい遠心力で吹き飛ばされ、ミートパイのように潰れるのが目に見えている。
「フィンレー、間合いに入り込むぞ」
それだけ告げて、前方に走っていこうとするレギリィ。間合いの内側に入れば、攻撃はあまり当たらないのではないか……! そう考えての行動だった。だが、フィンレーはレギリィの服を引く
「無理だってのレギリィ! だってさ、だってさ……間合いに入ったところで、どう攻撃すんだよ!」
魔物の大きさは五十メートル。多少切りつけた程度では、意味を成さないだろう。その時……ふと、ふと思い付いた。これなら、うまく行けばだが、ひょっとするかもしれない。
「フィンレー、頼みがある」
人の波のなか縫って、レギリィは走っていた。魔物としての身体能力は残っている。その優れた動体視力で、目当ての人物を探す。……見つけた。飛んでいたから、分かりやすかった。……ネフリティスだ。
ネフリティスは上空からあのナイフのような羽を振り撒いて攻撃を仕掛けていたが、あまり意味を成さないようだった。触手はあまりにも太く、丈夫であった。
「……チッ!」
ことごとく羽根が弾かれ、矢も防がれる。それはまるで、針でカボチャを割ろうとしているようだった。と、ネフリティスの方にも触手が伸びる。急降下してその凶刃から逃れるが、ちり、と翼が掠めた。
その瞬間、ネフリティスの右頬を弾丸のように石が掠めて飛んでいく。触手による攻撃ではない。そして、“この攻撃の仕方をネフリティスは知っている”。
「邪魔するなら引っ込んでなよ、レギリィ」
石を投げたのはレギリィだった。この大勢の中では、声をかけても届かない。なら、こちらに気づかせるために……
「ネフリティス! 頼みが__」
こちらに気づいたネフリティスに、大声を張り上げるレギリィ。だが、それが終わらないうちに、ネフリティスはレギリィをかっさらって上空へと飛び上がる
「ボクへの頼みってこういうことでしょ? なに? 一時離脱?」
「戯け、逆だ。……あの魔物の頭まで連れていけ」
「はぁ?!」
ネフリティスは目を見開く。冗談じゃない。あれだけの触手を捌いて近づくのは至難の技だ。それに……どう攻撃するつもりなのか。
「キミ、死ぬ気? だいたい、あそこまで行くのも難しいってのに……」
「行けないのか? ネフリティス」
……ズルい、とネフリティスは内心舌打ちをする。だが、口許に浮かんだのは、笑みだ
「行ってやるよ」
人の波を逆走し、走るフィンレー。
人使い荒いゼ、と小さく呟き、辺りを見渡す。
自分が見つけなければ、レギリィの捨て身は無駄になる。なんとか、なんとか見つけなければ……
「フィンレー! 無事?!」
と、聞き慣れた高いキンキン声で、少し低いところから話しかけられる。
……ラッキーだ。彼女がいれば、探しやすい。
「チノ! アルダを探してくれ!」
マチゲリーノの小さな肩を揺さぶる。マチゲリーノも、その様子に切羽詰まっていることを理解したようだ。小さく頷き、耳を澄ます。
……怒号と打撃音が響く。様々な音を聞き分けていく……
「参ったね……大きすぎるんだよ君は。燃やせないじゃないか」
その中から、チノは見事あの特徴的なハスキーボイスを聞き分けた。彼女の方も、状況は芳しくないようだ。
「こっち!!」
マチゲリーノはフィンレーを連れて走っていく。小さな彼女を見失わないよう、フィンレーも必死で着いていく。
頼んだぞ……! そんな思いを、一歩一歩に込めながら。
「キミ、正気?! キミの心配をするわけじゃないけどさぁ?!」
レギリィの作戦は、至ってシンプルで、誰でも思い付くようなことで、それでいて、誰もやろうとしないことだった。
レギリィを背中に乗せ、触手を掻い潜りながら、ネフリティスは信じられないとばかりに声をあげる。
「あいにく、わた……俺は頭が悪いのでな。これしか思いつかん」
「ほんっと、バカにも程があるよ、キミは!」
はあ、とこれ見よがしに大きなため息をつき、巨大な魔物に近づいていく。狙ったのは魔物の背後だった。ここからなら、魔物の死角だ。
「まあ、キミは止めても意味なんてないんだろ? まったく、大変なのはボクじゃないか!」
一言文句をこぼすと、羽をすぼめ、気流に乗って高速移動するネフリティス。伸びてくる触手を器用に避けながら飛ぶ。
背中のレギリィのことなど考えていない飛び方だった。レギリィは必死にしがみつき、落ちないようにするのがやっとだった。
そして二人がたどり着いたのは……魔物の顔面だった。は虫類のような割けた口が、がぱっと開き、触手が二人に襲い来る。
ネフリティスは、くるりと大きく一回転して触手を撒き、高速で魔物から離れていく。ここにいては自分まで命が持たない。
そう、“自分まで”。ネフリティスの背中に、レギリィはいなかった。
「しくじるなよ……!」
ネフリティスは小さく呟くのだった。
上空でレギリィはネフリティスから飛び降りた。当然、触手に巻き付かれる。ミシミシと、強く、絞め殺さんとするほどに強く。巻き付いた触手はそのまま口に放り込もうと……
「そう、それを待っていた」
レギリィは穏やかな笑みを浮かべる。そして、持っていた、アルダから譲り受けた大剣を魔物の口に放り込む。
……小さな大剣だ。それだけでは意味を成さない。だが……
突如響いたのはけたたましい叫び声。地が轟くような、天が割れるような、そんなおぞましい声。
レギリィに巻き付いていた触手が大きくうねり、レギリィを吹き飛ばす。そして、魔物はそのままうめきながら触手を大きく振り回す。
レギリィが放り込んだ大剣。あれは、元々アルダが持っていた物だった。
アルダは蹴りあげた砂を発火させたり、持っているレイピアを発火させたりしている。つまり、アルダのアビリティは、“触れたものを発火させる”。
そして、大剣。あれの元々の持ち主はアルダだ。つまり……魔物の体内に放り込まれた大剣は、強く、強く発火する!
巨大な魔物はその場に崩れ落ちた。いくら巨体であれど、いくら頑丈であれど、体内まで丈夫とは限らない。
魔物はゆっくりとたおれこみ、谷の底へと落ちていった。
だがその立役者、レギリィは宙を舞いながら焦っていた。まずい、大剣を放り込んだあとを考えていなかった……!
五十メートルの高さから、勢いよく吹き飛ばされ、しかもすでに肋が折れているのがわかる。これはもう……
レギリィは目を閉じる。ぎゅっと目を閉じる。
「……死ぬ気か!!」
大きな低い声に目を開ける。ルバートの顔が見えた。
「……生きてる」
小さく呟き、起き上がろうとして……激痛が走り、また姿勢を戻す。肋が折れているのだ。痛くない方がおかしい。
ルバートのアビリティは“停止”。物体の時を止める力。それでレギリィの時を止めて助けたのだ。
「運が良かった。もう二度と、こういうことはするな。……だが、あんたのおかげだ」
歓声の中、ルバートはレギリィを背負うと、後方へと向かう。ラトゥリアのところだ。
……こうして、巨大な魔物……後に、“ドローマの王”と呼ばれる魔物は討伐された。だが、これは……後に、大きく波紋を呼ぶこととなる。
これにてドローマ編終了です!
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