01 わたしがおまえになった日
複数の作品の中からこの作品を選んでくださりありがとうございます。チートやハーレムのような華やかな要素はありませんが、少年漫画のようなドキドキを届けられれば幸いです。タイトルはたぶん後から変えます。少しダークな世界観をお楽しみください
「なあなあ、知ってる? レーギーナ」
湯がいたジャガイモを片手に、くすんだ緑髪の少年が話しかけた相手は、明らかな異形であった。
黒く鋭い爪のついた三本の指。手は長く、地面から数センチのところを揺れている。全身は黒く、口は裂け、髪の代わりに触手が伸びていた。身長はだいたい少年の二倍程度だろうか。
レーギーナと呼ばれた異形もまた、ジャガイモを齧りながら少年に目を向ける。レーギーナのジャガイモはまだしっかり茹でられていないようで、がり、と固い音がした。
「レーギーナ、ずっと遠くの方には街があってさ、そこではいろんな人がいるらしいぜ! お店とかもあってな、すっごい楽しいんだってよ!」
少年はソバカス顔で笑う。が、レーギーナは不満げに鼻をならした。いつも少年の話は唐突に始まる。だが、それにしてもなんだか唐突な気がした。
「くだらんな、ユーリィ。どうせそこに、わたしは入れんのだろう?」
「わかんねーじゃん」
「いいや、わかりきっているね」
少年……ユーリィがしょげたように肩を落とす。ジャガイモを齧ろうと口許まで持っていくが、少し眺めて、食べるのをやめていた。ふー、と大きく息を吐くユーリィの側で、レーギーナはまたジャガイモを頬張った。
街。街。確かにレーギーナの言う通りだった。「魔物」であるレーギーナは、「人間」の街には入れない。
……魔物は、脅威なのだから。
魔物。それは、人間を襲う害獣。自我はなく、ただ、大陸を彷徨い歩く亡霊。人の血を飲めば自我を手に入れられるが、自ら魔物に血を提供する人間などいないだろう。実際、レーギーナもユーリィの血を飲むまでは自我などなかった。
しばらく口をつぐんでいたユーリィだったが、また、その人懐っこい灰色の目を輝かせ、にっと歯を見せて笑う。……夏の暑さ故だろうか、汗ばみ、どこか窶れて見えたが、レーギーナは気にしないことにした。……気づかなかった。
「どうした、ユーリィ」
「じゃあさ、レーギーナ、忍び込めば良いんだよ! こっそり魔物ってばれないようにさ!」
「……頭が湧いたか? なんでそこまでする」
呆れたようなレーギーナに、ユーリィはむっと口を尖らせる。
「沸いてねーよ! 本気! 俺さ、俺さ、レーギーナに街を見せたいんだよ。街ならレーギーナも安泰だろ?」
「……おまえも街を見たことはないだろう」
最後のジャガイモの一欠片を飲み込むレーギーナ。ユーリィのジャガイモはまだ丸々残っていた。
確かにな、と寂しげな目をしてユーリィはレーギーナに微笑んだ。普段のように言い返すことなく、頼りなく。どこか、その表情は暗かった。
……二人がいるのは小さなあばら家。もう壁には穴が空き、屋根は半分剥がれ落ち、蔦が生い茂っていた。何を隠そう、二人の家だ。
「なー、覚えてる? レーギーナ。初めて会ったとき」
「藪から棒だな」
ユーリィは流れていく雲を見上げ、草の生い茂った床に寝転がる。それはどこか、倒れるというにも近かった。ジャガイモはまだ残っている。
「レーギーナ、俺を襲おうとしたんだよな。そんで俺の腕を噛んで」
「謝ったろう何度も。それとも、まだ傷が癒えてないのか?」
「うん、もう、ダメみたいだ」
「……は?」
空を見上げたまま、なんてことないように呟くユーリィ。レーギーナは、冷や水をかけられたようだった。
ダメ? どういうことだ? あのあと、レーギーナが傷を治療し……今では腕も動いている。なのに……
ユーリィが包帯をくるくるとほどく。と、腕には……稲妻のような、刺青のような模様が入っていた。いや、腕だけではない。腕から伸びて、右半身に。
「……は?」
また、小さく声が宙を舞う。ユーリィの手からジャガイモが逃げ出す。
「ごめん、レーギーナ。本当は、もう……体が痛くて、キツくて仕方がないんだ」
寂しげに笑うユーリィ。うそ、と吐息が頼りなく漏れる。
「……死ぬのか? ユーリィ」
「……うん」
いつも通りののんきな声だ。だが、その目元の雫に、レーギーナは気づいていた。
ああ、こいつはずっと我慢していたのだ。痛みを、恐怖を。
「……わたしの、せい」
「違うぜ」
うつむくレーギーナをすぐに否定するユーリィ。いつものように優しく、頼りなく微笑む
「意識なかったのに、レーギーナのせいってことないだろ」
……それが、彼の最後の言葉だった。
もっとなにか、かっこつけたような、遺言めいたような、そんな言葉は残さなかった。
……最後まで、いつも通りのユーリィだった。
……それから数日間、レーギーナはユーリィの亡骸を抱いてただぼんやりとしていた。
人間の弔い方など知らない。なにもできない。
雨が降り始めた。屋根のないあばら家に、雨は容赦なく降り注ぐ。ああ、ダメだ。これではユーリィが可哀想だ。だから……
レーギーナは、彼女なりの弔い方をすることにした。
ユーリィを食べたのだ。骨から、髪の毛から、目玉から、心臓から、全部、全部。
遺体を残して腐らせるのは嫌だった。土に埋めて害獣に掘り出されるのも嫌だった。だから……誰にもとられないために、食べた。
……味なんて感じなかった。
それから、数日後のことだ。よく晴れた、トンビの鳴き声の響く日のこと
「……人の痕跡があるね。畑が作られてる。辺りを捜索して」
「はいっ!」
人の声があばら家に届いていた。凛とした女と、何人かの男女。
……ああ、人間か。ならちょうどよかった。ついでにこのわたしも討伐してもらおうか。自暴自棄な、なげやりな気持ちがレーギーナの心に浮かび上がった。
ゆっくりと立ち上がった時だった。バランスが取りづらくて体がよろけた。空腹のせいだろうか、視界が狭窄している。
……やけに視界が低い。だがそんなことはすぐにレーギーナの心から消えた。そんなことどうでもいいか、と。
あばら家を出る。今日はいい日だ。ふらふらと歩き、女に近づく。
……不用心なやつだ。レーギーナに武装もしない。なんだ? 近づいてくる……
「やあ“少年”。どうも大丈夫じゃなさそうだね」
……少年?
「なにがあったのか覚えてるかい? そんな格好で……大丈夫。私たちが保護するよ」
待て、待て、待て! おかしい! レーギーナは言葉につまる。なぜこの女は自分を人間のように……
と、視界の端でなにかが揺れる。くすんだ緑髪だ。はっとして自分の手を見る。柔らかい肌色の手。
理解するのに時間はかからなかった。レーギーナはその場に崩れ落ちる。女に抱き抱えられるその体は、ユーリィのものだった。
読んでくださりありがとうございます。まだ第一話、隠されている部分が多いですが、次回からは仲間の一人も登場します。本格的に動き始めるのは三話以降ですが、お付き合いいただけると幸いです。
最後に、もし面白ければ、レビュー、ブックマーク、感想評価お願い致します




