八月
八月(1)
向日葵のような花が咲く季節になった。
総務担当補佐として生徒会に正式に参加することになったマリア嬢。
明るく元気に良く働くので生徒会全員に愛されていた。
今のところ、マリア嬢がランスロット様と好感度を上昇させて恋仲になる様子は無い。
雑用を頼んでも嬉しそうに働いてくれるので、正直私も助かっている。
「マリアさんは、トリスタン様の事が好きなんですよね?」
生徒会室で二人っきりになったので聞いてみた。
「優しくてステキな方だと思いますが、別にそういう気持ちは無いですね」
ま、まさか、ランスロット様狙い!?
ついに『魔眼:人心操作』を使う時!
ランスロット様のためなら、このグインネヴィア容赦しませんわよ!
「ランスロット様とグインネヴィアさんのことは、お似合いのカップルだなと思って、いつも羨ましく見ているんですよ」
えっ?
本当に?
「それに生徒会の皆さんは、すごい方々ばかりで尊敬しています。もちろん、グインネヴィアさんの事もです」
この日、マリア嬢と少し仲良くなれた。
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八月(2)
放課後、生徒会室に行くとマリア嬢が駆け寄ってきた。
「グインネヴィアさん。大変です。お客様です!」
前世の乙女ゲームでは、見たことの無い人物がいた。
魔法学園ではない、灰色の制服を着ていた。
肩までの長さの白髪で赤い瞳の美少女だった。どなた?
「初めまして。私は、王立天文台計算局の天体技術士カルディアです。この論文を書いたのはあなたですか?」
手には、表計算ソフトの概念について、私が書いた論文の写しを持っていた。
「こんなものが実用化されたら、私たちはお払い箱です。どうしてくれるんですか!」
えっ?
ちょっと待って。
この世界で、表計算ソフトが実用化されるのは、おそらくずっと先の話しだ。
この論文を最後まで読めば、そう書いてあるはずだった。
「カルディアさん。この論文を最後まで全部読みました?これ、架空の理論の話しですよ」
「えっ?」
どうやら読んでいなかったらしい。
表計算ソフトを実用化させるためには、ざっくりと言って三つの要素が必要だ。
1.データシート
2.計算ルール
3.高速な万能計算機
この世界で、万能計算機が普及するのは、ずっと先の話だと説明した。
「すみません。大変お騒がせしました」
カルディアさんは、頭を下げてくれた。
「ところで、天体技術士ってどんなお仕事なんですか?」
マリア嬢がお茶を入れてくれたので、話しのネタに聞いてみた。
「そうですね。簡単に言うと天文台で星の軌道計算をしています」
この世界の天文台は、星の動きで未来予想する魔術『占星術』に関連する重要施設だ。
未来予想の精度を高めるためには、高い計算精度が求められる。
「私、数値計算が『特異』なんです。これ、内容を拝見しても?」
そう言って、たまたま机の上に置いてあった、部活動に関する予算帳簿を手に取った。
ん? 言葉のニュアンスが若干違っていたような?
彼女は、ぱらぱらと帳簿をめくると、私に帳簿を返してくれた。
「とても良く整理されていて感心しました。でも茶道部と馬術部と水泳部の収支計算を間違えていますよ」
あっ本当だ!?
昨日、どうしても収支が合わなかった計算の間違いをこの短時間で?
このひとが居れば、天文台は万能計算機なんて不要なはずだ。
「あの、カルディアさん。実は、収支が合わない帳簿がまだ複数ありまして……」
「どうぞ、いくらでも持ってきて下さい」
「やった!ありがとうございます!」
この日、長年の懸案事項だった生徒会予算の計算不備を完全に解決した。
「それにしても、困ったな」
カルディアさんが帰ったあと、ランスロット様は頭を抱えていた。
過去の生徒会予算の収支が合わない理由のいくつかは、生徒会役員の不正が原因だった。
「今さら告発しても、大変なことになるな」
生徒会のOBたちはいずれも、国の上部機関の職員だ。
なかには重要なポストに就いている者もいるだろう。
「学園長に相談してくるよ……」
そう言って、ランスロット様は生徒会室を出て行った。
余計なお仕事を増やしてしまってごめんなさい。