七月
朝顔の花が咲く季節になった。
放課後、生徒会室に行くと普段見かけない人物がいた。
主人公のマリア・メイヤー嬢である。
「ど、どうして、マリアさんが生徒会室にいますの!?」
マリア嬢が生徒会長ランスロット様と恋仲になると、私が卒業式で断罪追放されてしまう!
幸い、まだ生徒会室にランスロット様の姿は無かった。
「僕が彼女を連れてきたんだ」
生徒会書記のトリスタン様が書類を抱えて立っていた。
トリスタン様は、赤い髪の美形男子で、誰にでも親切な人情家だ。
乙女ゲームの攻略キャラとして、すぐに好感度が上がるのでゲーム初心者におすすめされていたくらいだった。
だが、この展開はまずい。
マリア嬢がトリスタン様と親密になると、何かと生徒会の仕事を手伝うようになってしまう。
ランスロット様の攻略ルートとして、分岐する可能性がある。
「トリスタン様、生徒会室は部外者の立ち入り禁止ですわ。ご存じでしょう?」
さぁ、マリア嬢を連れてさっさと帰るのです!
「実は、マリア嬢は生徒会への参加を希望しているんだ」
な、なんですって!
最悪なパターンですわ。
「マリアさん、本気ですの?」
「えぇ、生徒会の業務が多忙でとても困っている。と言うものですから」
まったく悪気が無い、善意による言葉であることがわかった。
でも私は、心を鬼にしてマリア嬢を追い返す。
「生徒会の仕事は、極めて高度で難解ですわ。正直あなたには荷が重いと思いますわ」
「えっ、そうなんですか?」
よし!
マリア嬢は、明らかに腰が引けている。
このまま押せば、諦めて帰ることだろう。
だが、総務担当のモードレット嬢がこう言った。
「グインネヴィア、あなた生徒会の雑務を引き受けてくれる、女性スタッフが欲しいって前から言って無かった?」
えっ?
ちょっと待って。
どうして今、その話を持ち出すんですの!
「そうなんですか?グインネヴィアさん。私なんでもお手伝いしますよ?」
マリア嬢に、きらきらとした目で見つめられた。
こっ、これが主人公効果というやつですの!?
このままではいけない。
思わず頷きたくなってくる。
「マ、マリア嬢の生徒会参加は、絶対に、絶っ対に認められませんわ!」
「えっ、どうしてですの?」
生徒会スタッフの注目が集まってきた。
ランスロット様が生徒会室に来るまでに時間が無い。
私は、速やかにマリア嬢を生徒会室から追い返さなければならない。
『魔眼:人心操作』を使うべきだろうか。
だが、今は人目が多い。
ランスロット様に魔眼の使用がばれると、私が断罪追放されてしまう。
どうしよう。
どう言ったら良いのだろうか……。
そうだ、先日のことを話そう。
「えーと、その……ランスロット様は、公平公正な生徒会長です。これまでに個人の感情や主観など、誤った基準で判断をしたことがありません」
全員頷いている。
まぁ、そこがステキなんですけど……って。
いや、逃避している場合ではなかった。
「ここで私が、個人的に楽をしたいがためにマリア嬢を採用したら、学園生徒の皆さんはどう考えるでしょうか?」
全員、はっとした表情をしていた。
「あぁ、それは良くないな」
副会長のガウェイン様が同意してくれた。
ランスロット様が真面目なお方で良かった。
これで、マリア嬢の生徒会入りは回避できたと安心した。
だが、そのとき生徒会室の扉が開いた。
「話は聞かせてもらったよ」
生徒会長ランスロットの登場であった。
「グインネヴィア嬢、君がそんな風に私を評価してくれていたなんて、知らなかったよ」
「いえ、そんな……」
ランスロット様の好感度が上昇しているような気がする。
私は、手を握られて気持ちが舞い上がってしまった。
「よし、グインネヴィア嬢のためでなく、生徒会の円滑な運営のために新スタッフを追加公募しようじゃないか。それなら公平公正だよね?」
しまった。
嬉しくなって気を抜いてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!それはいけませんわ」
このままでは、マリア嬢が正式に生徒会に参加できる可能性が残ってしまう。
「そういうことなら、僕が公募書類を作成しようじゃないか」
「あぁ、よろしく頼む」
トリスタン様が名乗り出て、ランスロット様が頷いている。
もうダメと言えない空気になった。
ここから逆転するのは難しいですわ。
「グインネヴィア嬢。君の負担に気付かなくて済まなかったな」
「はい、ありがとうございます……」
結局、ランスロット様の言葉に頷くことしかできなかった。
その後、生徒会長ランスロット様と副会長ガウェイン様による厳正中立な書類審査によって、マリア嬢が正式に総務担当の補佐係として生徒会に参加することになった。