五月
五月(1)
四月はいわゆるチュートリアル期間である。
五月からは、本格的にゲームが始まる。
主人公は、午前中の授業パートで自由に授業を選択して、自分のステータスを上げることができる。
主人公に設定されているステータスは、次の四つだ。
知力、体力、魔力、礼儀作法。
また、攻略キャラと一緒の授業を選択すると好感度が上昇したり、イベントが発生する効果がある。
今日は、社交ダンスの授業を選択した。
主に礼儀作法と体力の数値が上昇する。
ホールには、第三王子のアーサー様、親友のケイ。
そして、公爵令嬢のディアナ嬢と主人公のマリア嬢がいた。
ダンスのお相手は、担当の講師によって選択される。
アーサー様とディアナ嬢。
ケイと私。
主人公のマリア嬢は、一般生徒と組んでいた。
ケイが私に向かって、頭を下げた。
「グインネヴィア嬢、よろしくお願いします」
ケイは、アーサー様ほどではないが、高スペックのキャラとして設定されている。
礼儀作法の数値も高く、ダンスのエスコートも無難にこなした。
「一緒に踊っていただいて光栄でした」
そう言って、ケイは微笑んだ。
私は、時間を忘れて踊っていた。
ちょっとだけ、胸がときめいてしまった。
だっ、ダメよグインネヴィア。
私がケイに攻略されてどうするの?
私の推しはランスロット様。
婚約者なのよ!
そのとき、ディアナ嬢が主人公のマリア嬢を叱責する声が聞こえた。
「マリアさん、社交ダンスは貴族の基本技能。そのような無様なダンスでは周りの方々の迷惑ですわ!」
マリア嬢が、驚いたような顔で硬直していた。
マリア嬢のパートナーだった一般生徒は、いつの間にか逃げ出していた。
「アーサー様。どうやらマリアさんは、社交ダンスの初心者。もっと簡単な曲から始めた方がいいと思いますの」
「そうだね。僕がパートナーを務めるよ。マリア嬢一緒に踊っていただけますか?」
そう言って、アーサー様がマリア嬢に手を差し伸べた。
これは、イベントが発生したということかしら。
マリア嬢がアーサールートに進んでくれると安心できるのだけど。
しばらく二人の様子を見守ることにしましょう。
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五月(2)
午後は、課外活動の時間だ。
授業パートと違って、学年に関係なく活動に参加できる。
ランスロット様は、実践魔術を選択していた。
「ごきげんようランスロット様」
当然、私も実践魔術を選択した。
実践魔術は、ある程度魔術を使いこなせる、上級者向けの部活動だ。
魔力が一定値以上無いと参加できない。
だが、グインネヴィアは『魔女』という設定なので、魔力がとび抜けて高いステータス設定になっている。
ふふふ。入部試験は、余裕でクリアできましたわ。
「グインネヴィア嬢。最近よく会うな」
ランスロット様は、そう言って微笑んだ。
四月のチュートリアル期間をすべてランスロット様に費やして、好感度を上げたかいがありましたわ。
「私は婚約者ですもの。気が合うに決まっていますわ」
そして私は、前世でゲームをやりこんだ記憶を持っている。
そのため、ランスロット様の行動が簡単に予想できる。
あれ?
これってストーカー……。
はっ。
余計な事を考えてはいけませんわ。
これはあくまでも推しのため。
ランスロット様と仲良くなるためですわ!
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実践魔術は、特殊な結界が張られた屋外の広い練習場で行われる。
この練習場は、午前の魔法の授業でも使用されていた。
『湖の騎士』ランスロット様は、水系魔術を得意とする。
ランスロット様は、練習場に設置された的に向かって手を伸ばし、古代魔法語を詠唱した。
『私は、ここに水の弾丸を生成し、あの的に向かって射出する。私はこの魔術に魔力を五消費する』
ランスロット様の手の先に、魔力が集中するエフェクトが発生した。
水の弾丸が生成され、的に向かってすごい速度で飛び出して、ど真ん中に命中した。
「ランスロット様、すごいです!」
私は思わず拍手をすると、なんでもなさそうな表情で振り向いた。
「今の魔術は肩慣らしだ。グインネヴィア嬢も練習をするといい」
「はいっ」
私は、ランスロット様の隣に立って、的に向かって手を伸ばした。
グインネヴィアは、『祈祷と呪い』の魔術を得意とする。
いわゆる、強化と弱体化の支援魔術師だ。
でも、攻撃魔術もそれなりに使用できる。
さぁ、ランスロット様。私の華麗な魔術をご覧ください。
私は、古代魔法語を詠唱した。
『私は、ここに水の弾丸を生成し、あの的に向かって射出する。私はこの魔術に魔力を五消費すりゅ』
あ、噛んだ。
私の手の平の先に、魔力が集中するエフェクトが発生した。
水の弾丸が生成される過程で魔力の制御ができずに、水の玉が一メートルほどの大きさに膨れ上がった。
「危ない!」
ランスロット様の声が聞こえた。
そして、魔力が暴走して水玉が爆発した。
――気が付くと、私はランスロット様に床に押し倒されていた。
「グインネヴィア嬢、大丈夫か?」
ランスロット様はびしょ濡れで、金色の髪から水の雫を滴らせていた。
それでもランスロット様は、とても美しかった。
青い瞳で見つめられて、私の心臓が高鳴った。
「立てるか?」
私が、びっくりして口をぱくぱくさせていると、ランスロット様が手を差し伸べてくれた。
「いえ、無理そうです……」
本当に身体に力が入らなかった。
「そうか、仕方ないな」
ランスロット様は、私を両手で優しく抱え上げて医務室まで運んでくれた。
こっこれは、前世でも経験が無かった『お姫様だっこ』ですわ!
幸せな時間は、あっという間に終わった。
私は、医務室のベットに寝かされて、ランスロット様に氷のような目付きで見下ろされていた。
「魔力が大きい者は慎重に魔術を使用しなければならない。授業でそう教わらなかったのか?」
ランスロット様の言うとおりだった。
私は、乙女ゲームの世界に生きていることを自覚してから、ずっと浮かれていたのかもしれない。
「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
どれだけグインネヴィアが高スペックなキャラだとしても、怪我もするし、死ぬときは死ぬ。
私が反省して、小さくなっていると、ランスロット様がため息をついた。
「すまん、言い過ぎた。失敗を責めるつもりは無かったんだ」
えっ?悪いのは私ですよ?
「グインネヴィア嬢。実践魔術の練習をするときは、私のそばでやってくれ」
それは、どう言う意味ですの?
「君は私の婚約者だろう?勝手に練習して、怪我をされては困る」
ランスロット様はそれだけ言うと、医務室を立ち去った。
自分の頬が熱くなるのを感じる。
いつの間にかイベントが発生していたようですわ。
まだ、胸がどきどきして苦しい。
私がランスロット様に、攻略されそうです。