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人死にの部屋

作者: T-time

 他人からはわりと几帳面な性格だと良く言われる。

 確かにトイレットペーパーは買溜めを切らすことはないし、冷蔵庫のタッパーにはちゃんと付箋がしてある。


 そんな私にもつい最近まで婚約者がいたのだけど、別れてしまった。

 付き合っている時にはむしろその几帳面さを誉めてくれたし「嫁に欲しい」という囁きについ心を許してしまったが。

 実際に同棲生活を始めると、便座を下げなかったり、カーペットに食べこぼしをする彼に対して、ついつい口を出してしまった。私の几帳面さに辟易(へきえき)してしまったのだろう……婚約は破棄。家を追い出されてしまった。


 勝手な話だと思う、私の性格は知っていた筈なのに。

 とまぁ、そんなわけで彼と別れ、宿無しになってしまった。


 同棲前のアパートは引き払っていたが、婚約者と別れたからと実家に転がり込むのは(いささ)か抵抗があった。


 そこで私は不動産屋で、仕事場に近くて、家賃ができるだけ安い場所を探すことにした……。


「どんな部屋をお探しですか?」

 という問いに、開口一番。

 「瑕疵(かし)が有ったり、いわく付きでも良いんです。私、幽霊とか信じてないので!」

 と言った私に、コーヒーをもってきた不動産屋は苦笑いをする。


 瑕疵という言葉の意味は知っていたが、それは私にとってそれはメリットに思えた。実質的な生活に支障がなければ、安いに越したことはない。そういう考え方だった。


 不動産屋も、店内で「瑕疵、瑕疵」連呼されるのはイヤだったのだろうか。渋々条件に合う部屋をいくつか出してくれた。


 築年数や間取りを細かく見ていく私が目にしたのは、壁紙も白く、日当たりも良さそうなアパートの一室。

 立地も申し分ないし、セキュリティもしっかりしているようだが、値段の欄が未記入だった。


「清掃が終わったばっかりなので……」

 言い淀む不動産屋。

 そういう部屋をお願いしているのだ、まぁなにかしら有るのだろう。


 私は未記入であることを良いことに値段交渉にかかる。

 決め手は「瑕疵物件は一度人が入ってしまえば、次の人の時には記入しなくて良くなるんでしょ?」という言葉だった。


 実際ここの大屋さんも困っているであろう感情に付け込んだ。



__新しい家は大満足だった。

 ワンルームで良いと言ったものの、やはり食事の部屋と寝室は分けておきたかったので、もうひとつ部屋があるのは正直嬉しい。

 心理的瑕疵があるだけで、ここがワンルームより安く借りれるなんてツイているとしか思えない。


 早速新調した家具を配置するが、これにもこだわった。

 私は服も枚数を決めてあり、下着だって基本的には引き出しにぴったり入るくらいで揃えている。

 その大きさをそのまま叶えてくれる大きさのタンスが、予定どおりぴったりと壁に収まるように計算してあるのだ。

 だから、クローゼットから溢れることもない。


 洋服のような生活の上で使うものは手前に置くが。

 部屋を借りた際の契約書類や合鍵のような、普段使わないものは生活に支障の無い場所にまとめておく。こういうものはどうせ契約時しか見ないのだから。


「よし、これでいいかな」


 収まるべき場所に収まった部屋は、スッキリとした印象になった。

 私はこの計算された無駄の無い部屋が好きだ。


 あとは、次のゴミ出し日に引っ越しの段ボールを片付ければ、全て問題なく生活ができるのだ。


 彼氏と別れた事を引き()ってはいたが、腹立たしさの方が勝っており、寂しさよりも「見返してやる」という気持ちの方が強かったからかもしれない。

 私は新しい生活に、希望すら感じていたのだ……。




 二日後、ゴミ出しの日に段ボールを捨てに行くと、同じマンションの方が居たので、軽く会釈をした。


「ちょっとあなた、502号室に越して来た方?」


「はぁ……」


 私は別段人当たりの悪い方ではない。

 そんな私が(いぶか)しげな返事をしたのは、問い掛けた隣人の顔が、歓迎しているように思えなかったからだ。


「大丈夫? これから住むのに何も言われなかった?」


 どうやら心配してくれているようだ。

 当然、前の住人の話だろう。


「ええ、前の方が近くの公園で殺されたそうですね」


 私はあまり興味がないという風に軽く答えた。


「知ってて入ってるの? 気持ち悪くない?」


 初対面の話題にしてはストレート過ぎる気もするが、彼女にとってとても気になることなのだろう。


「いえ、部屋で亡くなった訳でもありませんし、前の方もキレイに使ってらっしゃったようで、とても快適ですよ」


 壁に押しピンの跡もなく、お風呂やトイレの、清掃でキレイになりにくい部分にも目立つ汚れはない。作り戸棚にすら殆ど傷がない。

 亡くなっては居るが、前の方の性格のお陰だろう。


「前の人、ストーカーの被害にあってるって噂も聞いてたし、犯人はそのストーカーなんじゃないかしら?」


 ストーカーにあう程美人だったのだろうか?

 その上性格も良いなんて、まるで私のようだ……なんて、私はトラブルはごめんだけれど。


「私は来たばかりですし、前の方とも面識はないので」


「そうよね、前の人が恨むって言っても、貴女に対してじゃお門違いだものね」


「ええ、全くです」


 私はもう一度会釈をすると、段ボールを捨て、部屋へと戻った。



 好奇の目で見られるくらいは覚悟している。

 毎月数万円の家賃が浮くのであれば、その金額分くらいは我慢しても問題はない。


 それにああいう隣人は、数ヵ月もすると他の話題に飛び付いて、すっかりここの事は忘れてしまう。そういうものなのだ。


 私は仕事に向かう準備をして、髪を後ろで結ぶと、颯爽と家を出るのだった。





 その日は少し遅くなった。


 急いで帰宅すると、すぐに食事の支度をする。

 と言っても、下ごしらえは終わっているため、火を通すだけで大抵は出来上がる状態にしてある。

「よし、出来上がりっと」


 10分程度で夕食が出来上がる。

 ハンバーグと一緒に、角切りにした人参やポテトを焼いて、そのまま皿に盛っただけだが、独り暮らしなら充分だろう。


 調理した食事をテーブルへと運ぶ際、小指を椅子の脚にぶつけてしまった。

「……ぐっ!!」

 息を吸い込むと一瞬だけ痛みを我慢して、テーブルに食事を置いてから、小指を擦りながら床に転がった。


 どうして足の小指はこんなに痛いのだろう。

 大の大人が床に寝転ぶ程痛いなんて他にない。


 転がりながら、床の綺麗さにうっとりする。汚いと思わないのは私の日々の掃除の賜物だ。塵一つ無いのが嬉しい。ここまでくると変態かもしれないとチラッと思ったりする。


 ようやく痛みが引いて立ち上がった私は、ひとつの疑問を感じる。

 なんで足をぶつけたんだろう?


 元来私はとてもおっちょこちょいな性格で、今日みたいな事はしょっちゅうだった。

 だからこそ家具の位置を揃え、はみ出さずに整頓することを始めたのだ。


「朝、出掛けるときにちゃんと椅子を戻してなかったのかな?」


 その時はそう軽く捉えて気にも留めなかった。


 食事を終えると、明日の朝ごはん、昼の弁当、夕食の食材の準備をする。

 これといった趣味の無い私は、夜の時間をもて余すことが多い。

 だったら活動できる昼間の時間帯をしっかり取るためにも、この空き時間に全て済ませておくのが日課だ。


「よし、これでいいわ」


 誰に話しかけるでもなく、一人でそう言うと日課終了の合図。

 お風呂に入れば、あとは寝るだけ。

 そうやって今日も終わりを迎えた。




 翌日も帰るのが遅くなった。

 彼氏と別れた事を話すと、上司が気を利かせて残業をくれるようになったからだ。


 仕事をしている間は余計なことを考えなくていいし、帰ってもやることがないなら、少しでも効率よくお金を稼ぎたいと思う気持ちを理解しているのだろうか?

 とにかくありがたいと私は思っている。


 その代わり、家の玄関を開けると気が抜けるのか、どっと疲れが押し寄せる。


 ハイヒールを脱ぐために片足立した際にフラりとよろけたので、一旦脚を下ろす。


「あれ? 今当たったかな」


 足に感覚はなかったが、キレイに揃えてある他の靴が乱れている。


 きちんと揃っていないっていう、この状態が気に入らない……

 靴を脱ぐと、ハイヒールと一緒にずれた靴もしっかり揃えた。これでよし!


 部屋着に着替えると、早速夕食の調理のために冷蔵庫を開ける。


「あれ……お茶、減ってる?」


 昨日の夜に水出し麦茶を作ったのだが。

 朝に一杯飲んだ程度のはずなのに、減っている。


 

 さすがにこれはあり得ない。

 一応ポットの底にヒビがないか、漏れていないかを確認したが、そんな事はなかった。


 となると……誰かがこの部屋に入ってお茶を飲んだというのだろうか?


 私は慌てて預金通帳などを入れた引き出しを開ける。


「良かった盗られてないみたい」


 問題なく金銭に関わるものは触られていないようだ。

 他にも、下着なども綺麗に揃っているままだ。

 だとしたら何故お茶が減っているのか……


「お茶だけ飲んでいく泥棒ってのも居ないだろうし……勘違いなのかな?」


 理解が出来なかったので、取り敢えずお茶の件は私の勘違いかもしれないと、無理矢理納得させた。




 翌日も私は残業した。

 私に残業をさせていることに、上司も責任を感じているのか、残ってくれている。


「係長、これで終わりです」


 計算ミスもタイプミスも無い筈だ。

 係長もそれを理解しているのか、軽く目を通しただけで受け取ってくれた。


 私はついでに、新しい部屋の話をしてみる。10歳ほど上の係長なら人生経験で知っていることも有るかもしれない。


「それは、霊の仕業なんじゃないか?」


 私が瑕疵物件に住んでいることを知っているからか、ついついそっちの方向に考えが行くのだろうと、苦笑を隠せなかった。


「お墓に生前好きだった食べ物や飲み物を上げるだろう? あれが減っている事があるんだ」


「そんなの、誰かがつまみ食いしたんじゃないですか?」


「いや、ペットボトルの蓋を空けないまま飲める人間は居ないだろ?」


 確かに、それが本当なら人間の仕業じゃないと思えるが……


「あまり怖い思いをするようなら、うちに泊まっても良いんだよ?」


「あ、わかった。私を怖がらせようとしてるんですね? その手には乗りませんよ」


 冗談だと思って流す。

 係長は10程歳上だが、独身であり、わりと良いマンションに住んでいると聞く。

 もしかしたらこの残業も半分は下心なのかもしれない。悪い気はしないが。




 今日も帰宅は外が暗くなってからになった。


 居間の電気をつけると、違和感が飛び込んできた。

 それは大きなものではないが、椅子にひいているクッションが少しずれているのだ。

 それは誤算1cm程度かもしれないが、私にとっては気持ち悪いズレ方だ。すぐに直してから部屋を見渡す。


 人がいるわけでもないし、もちろん霊も見えなかったが、喋らずにじっとしていると……「ミシッ」っと家鳴りが聞こえる。


 この程度の音であれば、昼間と夜の温度差で建物自体が出す音かもしれなかったが。「カチャ」っと、今度は金属系の小さな物が触れる音がする。


「誰か居るの!?」


 私は少し不安になって声を上げてみる。

 もちろん返事などはない。


 しばらく耳を済ましていたが、それっきり音は聞こえなかった。




 私は仕方なく現実を受け止める事にした。

 スマホを取り出すと、霊的現象について勉強をする。


 家鳴りに聞こえる音は「ラップ音」といい、物が動くのは「ポルターガイスト」と呼ぶものだろう。

 家主に対して不満がある場合はどんどん酷くなるが、何かを伝えたいなどの場合は実害がない程度だとどのサイトにも書いてある。


 もちろん先住の女性とは接点もないし、恨まれる覚えもない。


 有るとすれば、殺人犯はまだ特定されていないため、私にメッセージを送ってきているという所だろうか。


「ごめんね、私は貴女に構っている暇はないの」


 居るかもわからない霊に向かって、取り敢えずの謝罪をして、少しのことは許容しようと心に決めた。

 ぶっちゃけ、元カレよりは部屋を汚さないわけだし。




 しかし、考えが甘かったと思う出来事が私を悩ませることになる。


 はじめはお茶がなくなる程度だったが、次第に作り置きの食事まで無くなっている事があった。

 椅子はまるで誰かが座ったかのように動いていたりする。



 上司に相談すると「御祓をしてもらいなさい」と言うわけで、御祓をして貰う。


「はぁ、流石に実害が出てくると、霊を信じないから安い方がいいなんて言ってられないわね」

 この部屋を借りた時には考えなかった、予想外の出費にため息が出る。

 しかもその上あまり効果を感じることはなく、相変わらずラップ音やポルターガイスト現象は起っていた。


 実際体に変調が有るわけでも、呪い殺されそうになるわけでもないが。私が居ない間に霊が好き勝手していると思うと腹が立ってきた。


 対策出来ることは大体やったのだが、あとは我慢しかないのだろうか……


 ついに私が居る時間帯でも、天井や壁から「カラカラン」と石ころが落ちるような音がしたりすることも多くなってきた。


「ほんと……頭に来るわ」

 前の住人を殺した犯人にもだが、関係ない私に対して怨みをぶつけてくる女性に対しても。


「カチン」

 小さな金属がぶつかるような音に、堪忍袋の緒が切れた私は、突っ張り棒を手に取ると天井に向かって突き立てた。

 刺さる訳でもなく「ドン」と音がしただけで何も起こらない。

 幽霊や呪いに物理攻撃が効くとは思っていないが、ただの腹いせだ。


「ドスン! ズルッ ズルッ!!」


 その瞬間、今までより激しい音が突き上げた天井から発される。

 とても重苦しい物が引き摺られるような音。

 驚いて声が出ない私は、やってはいけない事をしてしまったのだと、直感する……


「わかったわよ、出ていくから! だから静かにして!」


 恐怖に声を上げ、しゃがみこむ。

 霊は静かになったが、それは数秒だけだった。

 また「ズルズル」と引き摺る音がして「カラコロ、カツン」と音がして、最後に静かになった。


 完全に音が消えたのを確認して私は立ち上がる。

 ゆっくりしていては呪い殺されるかもしれない。

 私は急いでここの不動産屋の連絡先を探した。

「そうだ、契約書!」


 私は急いで普段使わないものを入れている引き出しを開ける。


「えっ……なんで?」


 契約書はあった。

 しかし、合鍵がなくなっている。


 私はガサガサと引き出しの中を探すが出てくる筈がない。契約書を取り出すと、それ以外は何も入っていないのだから。


「どういう……」


 その問いに答えるように、玄関の方から音がする。


__ガチャン。


 鍵の開く音だった……。

 お読みいただきありがとうございます!

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(^з^)=σ☆ぽちっとな

 また、ジャンルの違う長編小説、ホラーの短編もいくつかありますので、是非作家ページをご覧ください♪

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― 新着の感想 ―
[一言] 霊なら玄関から入んないし、どっちなのかなぁ(੭ ˃̣̣̥ ω˂̣̣̥)੭ु⁾⁾ でも天井裏のは? ああー! 謎が怖い!
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