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アンリーズナブル(序)【リメイク版】  作者: 犬犬尾
始まりの一端
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7話 『借り物の力』

「さて、始まりだ」


 ガラスが割れるような破砕音がシュウの耳に入る。目の前の男二人は中に集中するあまりにこちらに全く気づく様子はないようだ。

 今、自分が置かれている状況はチャンスと言えた。そして、その千載一遇のチャンスを取り損ねるほど、シュウは馬鹿ではない。


 本能的に『好機』感じ取ったシュウは、その考えが頭の中に過ると同時——行動へと出ていた。


 忍者が足音を立てず移動するかのように物陰から物陰へ、展示物から展示物へ、そして手前に呆然と資料室を眺め、立ち尽くしていた男の首に小型のナイフを掻き立てる。


「あがぁ、ぐぁきあァ……」


 吐血、血が噴水のように辺りに飛び散った。

 男は誰に首を切られたか、理解もできずに死へと至った。死体は人形のように力なく地面へと倒れ込む。


 シュウは奇襲の勢いを余すことなく突貫。もう一人の男は状況把握が出来ずに逡巡しゅんじゅんしてしまう。その隙をシュウは見逃す事なく男を体当たりで突き倒し、首元にナイフを突き立てた。予行練習していたかの如く、俊敏しゅんびんな行動は鮮やかの一言に尽きた。


「今からお前に質問をする。死にたくなければ嘘偽りなく答えろ」

「お、お前……暗殺者か」

「ここで嘘をついても無駄だからな」

「なら、答えは『NO』だな、話したところで、お前は俺を殺すんだろ? なら言うだけ損ってもんだ……」

「わかってるじゃないか、なら……」


 シュウは男の顔に頭突きを入れ、腰から拳銃を奪い取る。鉄の塊である拳銃を鈍器として用いて、男の頭蓋へと叩きつけた。鈍い打撃音は俗人であれば目を背けたくなるほど残酷で生々しくあった。

 額からタラタラと滴る血が石床へと垂れ落ちている。


 こと対人戦に於いては逡巡こそが命取りである。相手を殺すか殺すまいか、無力化するか無力化しまいか、その選択を迷い、命を落とした者は数知れない。お人好しな考えなど以ての外だ。


 シュウは気絶した男を雑嚢ざつのうから取り出した太い縄で両手両足を縛りあげ、むくろとなったもう一人の男を担ぎ、気絶している男の傍らへと置いた。

 二人から装備品を鹵獲ろかくし、シュウは自分の所持品と符合。そして検め、資料室内にいる刺客をどうやって出し抜くか頭の中で思案する。


 鹵獲した装備品はスタングレネードにスモークグレネードだ。自分が持ち合わせていた中にはゴーグルがある。


 ——これは中々にい組み合わせではないか。


 先ず、スタングレネードで相手の目と耳を奪う。次にスモークグレネードにて部屋全体を煙で充満させる。これで自身の位置を刺客は把握できなくり、撹乱かくらんにも繋がる。ゴーグルがあれば、こちらは煙を気にすることなく行動できる。


「師匠……」


 師匠の事を思い出すたびに、シュウの身体が拒絶を訴えかける。全身が絶叫を上げ、引き裂かれるような感覚に忌避感きひかんを覚えてしまう。未だ、彼の顔はもやが掛ったままで、容貌を窺う事は叶わない。


 ——逃げたい、にげたい、ニゲタイ。


「俺に……力を貸してくれ。危険因子は徹底的に排除する……殺しを躊躇うな……善悪などはない。あるのはただ一つ、己の信じる道のみ」


 膝を付き、首を垂れる形で師匠の言葉を借りる。貰った力。授かった力。受け取った力。どれも、自分が生み出した力ではなく、借り物の力。

 だが、それでも現在いまは渇望してでも、意地汚くても欲する力だ。強さだ。


「やってやるさ、この状況……打開してやる」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「なんだ、目が!! クソッたれが!!」


 資料室に閃光が走り、白の世界が瞬時に広がる。コロコロと石床に転がったスモークグレネードからは白煙がまき散らされる。それは濃い霧が広がる森林さながらだ。


 シュウは扉を開け、光に目を奪われた敵を迅速に無力化する。その行動からは全くの慈悲などは感じられず、淡々と作業をこなす姿は殺戮者さつりくしゃだ。


「オラァ!!」


 白煙が広がる部屋。視界が最悪の中であるにも関わらず、当てずっぽうではない、シュウを確実に狙った攻撃。身を翻し、間一髪その攻撃を避けるシュウ。

 的を失った攻撃は勢いがなくなることなく壁に激突。


「なにっ!?」


 轟音が鳴り、腕が壁を貫通する。衝撃によって粉々になった壁が崩れ落ちた。

 建物が老朽化していた事とは関係のない膂力りょりょく。しかし、シュウは敵の馬鹿力に慄くことはあれ、戦意を喪失したわけではない。


 今まで、自分よりも確実に格上の敵と戦ったことは数知れない。

 そのシュウにとって、『そんなこと』は些事であった。


 よろめいた身体を、地面へと落ちる身体を、そのまま重力に任せる。身体が地面と接触する直前、シュウは左手を付く。その左手を軸に足払いの要領で、シュウは敵に攻撃を仕掛けた。だが、


「防ぎやがった!?」

「いい反応じゃねぇか!! アタシの攻撃を見て、咄嗟に反撃をしてきたのはお前が初めてだぜぇ!!」


 渾身の足払いは敵の両足どころか、片足さえも崩すことができなかった。まるで岩の柱を蹴ったかのような感覚にシュウは又しても慄く。

 過去、自身の何倍もある巨漢に足払いを決めた時は難なく敵の体制を崩すことができた。だのに、眼前の敵——女は明らかにシュウよりも矮躯わいくだ。


「どぉらぁ!!」


 シュウは左手に力を入れて飛び退き、振り下ろされる拳を回避。続けて繰り出される脚と拳を避け、隙を突いて反撃する。だが、


「どうした!? そんな軟弱な攻撃じゃあ勝てねぇぜ!! オラァよぉ!!」


 女は足元にあった鉄製の机をボールのように蹴り上げ、シュウへと飛ばした。反射的に身体をひねり、シュウの頬を机が掠める。


 悪感と共に、シュウは自身の中にあった違和感が確実なモノへと変化していた。

 初めて師匠の回収屋の仕事を手伝った時の話だ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『魔術師?』

『眉唾だと思うかも知れないが、こいつは本当の話だ。そいつらは見た目は俺たちと同じ人間だ……だが、奴らは普通の人間にはない、特殊な能力がある』


 いつもとは明らかに違う、真剣な表情で師匠はシュウを見やる。


『能力は千差万別で、どれも尋常ならざる異常そのものだ。だから、もし直感的にヤバイと感じたら俺に知らせろ。俺が近くに居ないときは逃げろ。一人で戦って勝てるような相手じゃない……わかったな?』



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ——直感的にシュウの精神が叫んでいる。『こいつはやばい』と……


「なんて、馬鹿力なんだ!? く、シマッ!?」

「しねやぁ!!」


 シュウの動きを予測していた女は、シュウごと鉄製の机を容易く蹴り飛ばす。

 身体は博物館内から外へと放り出され、シュウは上手く受け身を取って地面へと着地した。幸い、机は窓枠に引っ掛かり、身体が圧潰あっかいされることは無かった。


「中じゃ思う存分戦えねぇしな……それに、アタシは差しの勝負がしたいんだぁ。女が起きる可能性もあるからなぁ……」

「お、んな……」

「あぁ、思わず口走っちまったよ。まぁいいか……死人に口なしって言うしなぁ」


 室内から漏出する煙の中から、軍服を返り血によって染めた紅毛の女が現れる。女は指に着いた血をペロリと一舐めし、両手で両頬に血の跡を付けた。


「お前、魔術師だな?」

「ご名答! アタシはアンタと同じでデラスに雇われた暗殺者だ。通り名は『鮮血のミズキ』さ」


 暗殺者として生きている以上、同業者の名前は嫌にでも耳に入ってくる。紅毛の長髪に敵を殺した時に着いた返り血によってそう名付けられたと。

 紅毛の女——ミズキは窓に足を掛けると、颯爽と跳躍して外へと出る。異様なまでに逆立ち波打っている紅毛は、まさに赤い蛇だ。


「こいつは、一筋縄ではいかなさそうだな……」

「いいねぇ、その目つき。殺気がこっちまで伝わって来るぜ!! たまらねぇ!!」


『ニタァ』と笑う口元、これから殺し合うというのに、まるで現状を——シュウと戦う事を楽しみにしていたと言わんばかりの表情が如実にょじつに現れていた。

 知っている。シュウはこの表情を知っている。こいつは戦闘狂だ。


 ミズキは有無も言わさず、地面を蹴ってシュウへと突貫。抉られる地面は彼女の膂力を物語っていた。

 数メートルあった間合いは縮まり、両者が接触するまで僅か二秒——に、思えた。

 シュウは右脚を背後に回す。そして、弦を描くようにして繰り出された右脚はミズキの左頬に直撃。


 起死回生の技。相手の力と自身の力を足した一撃。弱者が強者を負かすための必殺技。


 ——クリティカルヒット!! 渾身のカウンター技が決まった瞬間であった。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 相手の不意を突いた攻撃、シュウは右脚の力を持て余すことなく振り切った。

『ゴキッ』という鈍い音。更に、諸に顔面へと入った感触。


 ——しかし、後方へ三メートル程飛ばされたミズキは、空中で身を翻した。


 カウンター技はタイミング、力共に申し分ない威力だった事はシュウ自身が一番理解できていた。相手は立つことは疎か、気を保つことでさえ無理なはずだ。


「まさか今の突進にカウンターを食らうとはな……少し効いたぜぇ」

「なんて、タフな奴なんだ……」

「タフ、ね……ちげぇよ!! 弱いんだ……アンタの攻撃は弱い! 脆弱だ!! それじゃあアタシには届かない!!」


 ミズキは先程の突貫する姿勢よりも低く、そして平たく、構えて跳躍する。

 シュウが『しまった』と思った時には既に、ミズキはシュウへと接近していた。シュウの反射神経よりも一瞬、素早く出された攻撃——果たして、腹部に重い鉛玉のような感触が広まった。


「グ……くぁ!!」


 痛みが全身を迸り、脳の神経にまで激痛が伝達される。内腑ないふを抉られるような感覚に襲われ、シュウの身体は後方へ吹き飛び、木に激突した。


「あぁ……がぁ!!」


 当然、受け身が取れるわけもなく、シュウは重ねてダメージを負ってしまった。


「どうだい……アタシの攻撃は? 魔術による身体能力の向上に、筋肉の強化。目覚ましにはいい効き目だろ? えぇ?」


 木の根元で痛楚つうそによって悶えるシュウの姿を、ミズキは嘲るようにして歩み寄る。表情は卑しく捻じ曲がり、頬は朱色に染まっている。目線はシュウに釘付けで、股に手を当てて嬌態きょうたいする。


「その表情、あ、あぁ……濡れてきちまったぁ……」

「クソ異常者が……」

「そんな、つれないこと言ってくれるなよ。それに異常者って点じゃお前もそうだろ?」


 ミズキはシュウの首を掴み、木に凭れさせ、


「アンタのこと気に入ったよ……アタシの仲間にならないか? 歓迎するぜ?」

「ふざけるな、よ……この状況で、『うん』と頷けるわけがねぇだろうがよ」

「あぁ、悪い悪い。苦しかったか?」


 ミズキはシュウに言外で放せと言われたと察したのか、シュウの首から手を放す。

 酸欠状態の脳に酸素を巡らせようと、シュウはせながら呼吸をする。


「別に悪い話じゃないと思うぜ? アタシの仲間になれば、アンタが死ぬ必要はなくなる。デラスさんにはアタシから説得してやるよ……それだけのポテンシャルとセンスを持ってれば、大幅な戦力増加になるしなぁ」

「戦力増加? はぁ、はぁ……まるで、何処かと戦争するような物言いだな?」


 呼吸を整える中、シュウは密かに腰からナイフを取り出せまいかと気を窺っていた。打撃が効かないのならば刃物、或いは銃による攻撃しかないと考えついたのだ。

 相手の慢心まんしんからくる仲間の勧誘を乗る振りをして、虚を突いて始末するという魂胆だ。


「なんだ、お前、二勢力の事も知らないのか? まぁ、でもそうか……いや、何でもない」


 含蓄のある言葉にシュウは眉をひそめるが、状況が状況であるがために切り捨てた。最重要事項は現状の打破だ。後先を考えすぎて足元をすくわれるなど、冥途めいどの笑い話にもならない。


「どうなんだ? アタシの仲間になるか、ならないか?」

「そうだな……お前、この仕事で子供に邪魔されただろ?」

「あぁ、そうだが……どうした?」

「——はは、やっぱりな。地道に積み重ねた功績って、わけだ」

「何が言いたいか、さっぱ——」

「何もかもが繋がってたってことだよ!!」


 ミズキの言葉を遮り、シュウは腰からナイフを取り出す。ナイフをミズキの首元に向けて振りかざし、喉元を掻き切ろうと飛び出す。切っ先が皮膚を通り、肉を切り裂く。血が滲み、ミズキの白い肌に一本の赤い線を引いた。


「こいつ、左手を犠牲に!?」


 シュウの虚を突いた反撃に、ミズキは左腕を犠牲にすることによって致命傷を避けたのだ。更に、筋肉によってナイフは留められ、左腕の傷はかなり浅い。ナイフで致命傷を与えるならば、直接心臓か脳を狙うしかない。

 距離を取ったミズキはその顔を赫怒に染め上げながら、


「やってくれるじゃねぇか!! せっかく親切心で仲間にしてやろうってのによぉ!!」

「お前の仲間になったところで、俺の仲間がお前の仲間になる訳じゃないんだってのはわかっていた!! なら、そんなもん最初から願い下げだ!!」


 例え仲間になったとしても、自分の仲間であるエリサやユウジ達、況してや敵の仕事を邪魔した張本人であるタツが無事でいられる保証はない。故に選択肢など無く、拒否以外のカードを、シュウはとることはできない。


「殺す!! それも楽に殺すんじゃなく!! 引き裂いて! 苦痛を浴び、後悔を抱かせながら殺してやる!! このクソカスがぁぁぁぁぁ!!!」


 猛然もうぜんと怒りの奔流ほんりゅうを述懐し、理性という頸木くびきを外した獣が獲物に飛び掛かる。その攻撃を跳躍して避け、シュウは木々が広がる森の中へと走り出した。

 シュウは一定の距離を保ちつつ、鹵獲した拳銃をミズキに向かって発砲する。しかし、ミズキは銃口の向きから弾丸の軌跡を予測して弾を避けた。


「チッ!! 銃口の向きで弾道を予測されたか!」

「怖い、怖い。筋力を強化しても弾丸は防げないからなぁ」


 とはいえ、まだシュウの切り出せるカードがないわけではない。森の中は木によって死角が作りやすい。寸毫すんごうな隙ではあるが、シュウはそのチャンスを掌握しょうあくすると胸中で決心した。


「逃がさねぇよ!!」


 疾走する森の中、シュウが二本の木に重なると同時に姿が消えた。

 身を隠した木はシュウの走っていた位置からして、奥の木だ。「馬鹿め」と声を漏らすミズキは、疾走の勢いを殺さずに跳躍し、


「この木ごとあんたの頭蓋を砕いてやるよ!!」


 飛び膝蹴りをした。木がミズキの攻撃を受け『バキバキ』と軋む音が辺りに広がった。衝撃に耐えうる術のない木は倒木し、周囲には木粉が舞い上がった。

 木ごとシュウはやられたかに思えた。


「こいつ!? わざとか!!」


 対人戦で相手が一番油断するとき、それは相手が勝利を確信した時である。


 人は目の前に労力の見合った成果があれば、わらにも縋る思いでそれに食いついてしまう。これがもし、生死を掛けた戦いなら尚の事だ。

 目の前の確実なる勝利、それを掴み取る事が出来るのならば無謀な行動をとることもいとわない、それが人間である。

 そして、後悔するのだ。あの時、もっと慎重に行動しておけばよかったと。


「油断したな」


 シュウは拳銃をミズキにむけて発砲、地面に足が着いていないミズキは身体の軌道を変えることは不可能。

 ミズキは右腕を犠牲にすることによって辛うじて致命傷をさけた。弾丸が腕に食い込み、血しぶきが舞う。致命傷を避けたとはいえ、激痛によってミズキは顔をしかめた。


 シュウは弾丸を受け、怯んだミズキの隙を逃すことなく接近戦に持ち込む。


「フン!!」


 左右から上下の攻撃の応酬おうしゅう。次の攻撃を相手に読まれないようにするための不規則な動きはまさに予測不可能。一発、二発とダメージを負っていくミズキ。シュウはミズキの弱ったところへ追い込みをかけた。


 バク転の遠心力を使った足の攻撃、ぬかるんだ土がシュウの足と連鎖するように宙に飛ぶ。

 ミズキの顎に攻撃を食らわせ、シュウは最後の攻撃にかかる。下がった顔面に向かってシュウは後ろ回し蹴りを、


「ナニ!?」


 しかし現実は違った。シュウの後ろ回し蹴りは、ミズキの右腕によっていとも容易く受け止められてしまったのだ。


「だからよぉ!! アンタの攻撃は脆弱ぜいじゃくだって言っただろうが!!」

「しまった!!」


 左腹部に稲妻が走ったような激痛が広がる。

 ミズキの蹴りをシュウは左腹部に受けてしまったのだ。シュウの身体は元居た博物館の方向へと弾き飛ばされ、壁にぶつかって制止。

 無防備に攻撃を食らってしまったシュウは、噎せ返りながら吐血。左腹部には痛みの感覚がなく、細胞という細胞が死滅したことが触れなくても分かった。

 痛みの衝撃に視界は霞むが、意識があるだけまだましである。


「ボールみたいに吹き飛びやがった!! アハハハハ!! 左の肋骨は今ので確実に粉砕した! 痛みに藻掻苦しむ姿は滑稽だなァ!!」


 醜悪に満ちた顔で、ミズキはシュウの首元を左手で掴み持ち上げた。


「安心しろよ……すぐには殺さない。先ずはその腸を引き裂いてやる!」


 右手を後ろに回し、ミズキは刺突の構えになる。これから行われる行為は残忍で、残虐で、残酷で、悲惨で、悲痛で、最低最悪な行為だ。腸を腕で引き裂き、シュウが苦しむ姿を愉しむつもりなのだ。

 死ねない。こんな場所で死ぬことは出来ない。自分の過去を思い出すこともできず、何もできないまま最後を迎えることは赦されない。


「さあ、終わりだぁ……イテェ!!」


 シュウは靴の仕込みナイフを、ミズキの脚の肉に刺した。苦し紛れの抵抗だ。寧ろ、相手を激昂させ、死という終幕へと急加速したともいえるだろう。

 それでもシュウは抵抗することを止めなかった。それが、過去を知ろうと考えるシュウの意地なのか、ただ生にしがみ付くだけの哀れな本能なのか、それは本人であるシュウでさえわからない。


「テメェ!! 余程、早く死にたいらしいな!! なら、思い通りに殺してやる!!」


 <ミズキ 視点>


 博物館の資料室の中にシュウは投げ飛ばされた。

 投げたボールを取りに行こうとする子供のように、ミズキも資料室の中へ入った。


「後悔の念を抱くことも、許さ……あ、ぁぁ……な、にが、おこッ……」


 唐突な酩酊感に襲われる膝をつくミズキ。視界が覚束おぼつかず、倦怠感と嘔吐感がミズキの精神をよどませる。ミズキは魔術による身体強化によって立ち上がろうとするが、魔術を行使することができないのに気づいた。


「ば、かな……右手の魔法陣も、きか、ねぇ……ま、まさか、こいつは……」


 ——確固たる原因に手を振れた時、ミズキの命は幕を閉じた。




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