23話 『小さな器』
「十年、いや十五年か? まぁ、どちらでもよいか。身体に力が漲るようだ。細胞分裂を自由自在に操れる私は、謂わば成長期の子供の活力を取り戻したと言える。肉体的な衰えが無くなり、知識のみが研鑽されていく……即ち、常に最高の状態を維持し続けることができるのだ。不老不死と言っても、何ら間違いはないはずだ……」
シュウ達が駆け下りた階段。その上に、髪を両手でオールバックに整えながらデラスが姿を現した。拘束部屋の時とは相反するような小柄の体躯には『幻覚でも見せられているのではないか』と現実を受け入れきれない。
そんなシュウの胸中を知ってか知らずか、デラスは階段を一つ一つ丁寧に下る。まるで、罠に嵌ったネズミを仕留めるような要領の動きには一層、気味の悪さが伝わってくるものがある。
しかしだ。今のシュウにはミオの支持と、時間稼ぎという後ろ盾が存在している。五分五分どころか雲泥の差——シュウ側が優勢なのは確実だ。
「一度ならぬ、三度までも……私の計画は、貴様のせいで失敗に終わった」
「三度……?」
『三度』という言葉にシュウは引っ掛かりを覚えた。一度目と二度目は自分を殺し損ねた失敗だ。では、三度目とはなんであろうか。言葉に起こすこと事態、憚れることではあるが、デラスはアキヤマと精鋭部隊の何人かを殺した。
それを失敗と言うには、聊か見当違いではないか。寧ろ、計画は上首尾と言える。
「しらばっくれるつもりか? 貴様らは私の思惑を知ったからこそ、私を殺そうとしたのだろう?」
シュウの脳内は益々《ますます》、理解ができなくなっていく。デラスは最初から薬物を自身に投与していた。だから、
——いや、何かがおかしい。
シュウは自身の早すぎる決めつけを投げ捨てた。
デラスが最初から薬物を自身へ投与していたのならば、拘束される前に細胞分裂によって、こちら側を全滅させられた筈だ。
それをしないという事は、他に何か目的があると考えるべきだ。それも、アキヤマ側を全滅させるよりも、もっと大きな目的を果たすため、雌伏しながら待っている。
「解せぬ、といった面持ちだな。私の勘違いか? まぁ、いいか。今から死ぬ貴様にとって、解釈するもしないも関係ない。暗殺者! 貴様を殺し、貴様の全てを壊し尽くすことを、今ここに宣言しよう!! そうしなければ、この腹の虫はおさまらない!!」
デラスは階段の中央で足を止め、下にいるシュウに向かって指を差し、軽蔑の眼差しを向ける。
シュウ自身考えても無駄だと思い、切り替えを挟み、
「——随分と俺にご執心なんだな。俺だけに執着してちゃ、足元を掬われるぜ」
鋭い目つきでデラスを睨みつけた。
「思い上がるなよ、鼠ごときが。仲間を逃がし、自分はここに残って英雄気取りとは……クッ、あの裏切り者といい、勘違いも甚だしいぞ。貴様らがやっていることは、その場凌ぎの延命にすぎん。閉じ込められた鼠なら、生き汚く、仲間を蹴落としながら逃げ惑った方が、遊戯会としては幾分かましだ」
シュウの挑発に、デラスは額に青筋を浮かべながら一蹴した。怒りの現れ所としてデラスの右腕が顫動。一拍の苦慮を、その顔に浮かべたところをシュウは見逃さなかった。
これは憶測だが、デラスが未だに細胞分裂の制御に習熟していないためだとシュウは考えた。感情の波によって思わず力を出してしまうことと同じであろう。
とかく、緒戦は上々。デラスの注意を引くという第一関門は突破とみてよいだろう。
「遊戯会かどうかはわからねぇだろ。何でもかんでも、お前の思い通りに物事が動くと思うのは、それこそ勘違いが甚だしいんじゃねぇーの?」
「ほざけ」
デラスの腕が奇怪な動きをとり、グルグルと鈍い音を発しながら触手のように伸びた。
『正面からフェイント! 右から攻撃、来ます!』
ミオからの念話の指示通り、正面から伸びた腕が軌道を右へと変えて、攻撃をしてくる。シュウはそれを避けて身を翻した。シュウを突き刺そうとした腕は、そのまま壁面へと衝突。固い壁面は音を立てて崩れ落ち、破壊を示唆するように周囲には噴煙が舞った。
「当たったら終わりだな……」
そうぼやきながら、シュウは雑嚢から拳銃を取り出し、デラスに向けて発砲する。デラスは左腕を伸ばし、弾丸を包み込むようにして防いだ。しかし、弾丸は腕を貫通、デラスの肩へと被弾した。
「クッ、まだ細胞分裂がこの体に馴染んでいないか。よし決めたぞ……少し遊んでやる。逃げ場はないぞ、暗殺者。死なないよう精々、抗ってみせよ!」
『四方向から、攻撃来ます!』
今度は両手を伸ばし、完全に攻撃態勢へと入ったデラス。更に、二本から四本へと分裂した腕は四方向から攻撃を仕掛けてくる。シュウは大きく後方へ跳躍して回避。そのまま壁を蹴り飛ばし、次なる攻撃に備えた。
ホーミング弾のように自身を追随する腕を、針の隙間を縫うように床を滑走して回避。弾丸を撃って反撃。後方回転でタイミングが異なる攻撃を回避。
平たい地面を踏みつけ、シュウは隆起した岩を持ってデラスへと投げつける。岩がデラスに直撃する寸前、伸びた腕が岩を斜めから射抜き、粉々に粉砕された。続けてシュウは岩を手で投擲し、次は足で蹴り飛ばす。
飛ばす岩をデラスは同じ要領で砕き落とし、シュウを狙おうとするが、
「ええい!! ちょこまかと!! ん? 奴は何処へ」
岩を使ってシュウは死角を作り、姿を隠したのだ。コツコツとデラスから見て階段の右端から、小石が転がる音が聴こえた。デラスは見つけたと、笑みを浮かべて獲物の居る場所まで腕を伸ばした。
「かかったな」
獲物が串刺しになったかと思った瞬間、左側の階段の端からシュウが飛び出し、完全に無防備になったデラスの顔へと発砲する。弾丸はデラスの左目に被弾。脳を貫通し、デラスを殺したと思ったが、
「ぐぬぬぅ! 弾丸など効くか!! その対策は練ってあるのだ!!」
『伸びた腕が四散!! 抜け目は……右下!! 次は右上です!!』
ミオの指示を信用し、スライディングで右下を抜け、腕の膂力で身体を押し飛ばして右上に抜ける。シュウを仕留めきれなかった無数の伸びた腕は、針山の如く地面に突き刺さり、くり抜かれたような細かい穴が軌跡となって地面に現れた。
空中で、今度はデラスの右目を狙って弾丸を発砲するシュウ。細胞分裂で目を再生できるとはいえ、多少の時間稼ぎにはなるはずだ。
身体を捻って地面に着地し、シュウは体勢を立て直した。
そうやって時間稼ぎを名目にした行動は段々と実を成し——その時がやってきた。
『こちら爆弾の準備整いました。3、2、1……走ってください!!』
ミオの合図を聴き、走り出した同時刻に地響きと共に爆発音がシュウの耳をかすめる。
「何の音だ!? 爆発音? 何をしたのだ!? まだ視界が掃けん!!」
予行演習をやっていたかのようなシュウの行動に、デラスは苛立ちを顔に浮かべた。それはまるで、大人が子供だからと侮り、出し抜かれるソレに似つかわしい。
そんなデラスの呟きを意に介さず、シュウはミオの指示に従い、東出口へと疾走する。置物を倒し、念のための障害物作製を繰り返しながら移動。
そうしていると、背後にはシュウを追う腕の姿はなくなり、廊下には己の吐息と足音だけが木霊していた。
突き当りを曲がった先は爆発による土煙が蔓延していて、視界はかなり悪い。
『そのまま、走ってください! もうすぐ視界が開けます!』
ミオの言った通り、出口に近づくと土煙はなくなり、瓦礫の上に立つ、アストの姿があった。
「こちらに!」
シュウの姿に気づいたアストが外に向かって指を差す。「ああ!」と声高に返事をして、瓦礫群を素早く登って外へと脱出。
「デラスが出てこれないよう、爆弾で建物ごと崩壊させます!! 車まで案内するので、ご同行を!」
「わかった!」
そのままアストの背中を追い、一台の車がシュウの視界へと入る。灰色の自家用小型貨物車——シュウが日頃目にしていたユウジの仕事車だ。
ユウジの仕事車が何故、ここにあるかという疑問はさておき。アストは助手席へ、シュウは予め開いていた後部座席へと乗りこむ。車内はアスト以外に後部座席で寝かされたユイ、運転席にミオが乗っていた。
「怪我の方は?」
ミオは自身の金髪を忙しなく揺らしながら、シュウの様子を窺った。
「大丈夫だ。どうやら、奴自体、まだ思うように身体を動かすことができないらしい」
「なら、良かったです。直ぐに施設を爆発するので、安全な場所に移動します」
「わかった」と、シュウは肯定の意を込めて頭を小さく上下させる。ミオはそれを見届けるとアクセルを強く踏んだ。
タイヤが地面を擦り減らし、土煙を舞い上がらせながら車が発車。急発車で寝ているユイの身体が揺らされないようにと、シュウは彼女の肩を左手で抑える。
「しっかし、魔術ってのは本当に便利だな……念話といい、力の加算といい、夢に牡丹餅だ」
「何ですか、夢に牡丹餅って……?」
「いいことが起きすぎて、夢なんじゃないかって意味ですね。多分……」
アストはシュウが言ったことわざの意味を知らなかったのか、首を傾けた。それに、返答したのはミオ。意味合いとしては間違っていない。
百メートル程離れたところでミオが車を停車させた。
「これだけ離れれば安全ですね。アスト……」
ほんの数コマではあったが、シュウはミオとアキヤマとの間にある絆を確かに感じていた。敵の本拠地といっても、その場所はアキヤマの死地だ。その場所を爆発させる行為に何も感じないわけがない。
「起爆を、頼みます」
ミオはその双眸の奥に痛切といった感情を宿らせながら、アストに起爆の許可を降ろす。その彼女の姿は精鋭部隊を仕切る者としての、強い姿であった。強く、ただ仲間の為に行動する姿は、彼女の万感をより強く露呈させている。
「わかりました」
アストもそのことに気づいていたらしく、遺憾を顔に浮かべて起爆用のボタンを押した。
車内に轟音が伝わってくる。後ろを振り向けば爆発によって崩れ去る施設が見えた。ほどなくして爆風が車にまで届き、車内にいる全員の陰鬱な感情を慰撫すように吹き荒れる。
「行きましょう。我々の勝利です。デラスは確実に生き埋めになりました。例え奴が自在に細胞分裂が出来るといっても、死んでしまえばそれで終わりです」
「そうですよね。これで終わったんですね……」
倦怠感を訴えかけるようにミオは身体を座席に預けた。肩の力を抜き、顎を引いて目を瞑る。彼女のため息が静寂の車内に音の波を刻んだ。その音に伝染するように、シュウとアストも脱力によって小さく息を吐く。『終った』というような終了の合図を聴き、心の奥底で安泰を感じる。
「ミオ様、お疲れのところ、水をさすようで申し訳ございません」
一人の男が運転席の窓を二度叩いた。男を窓から見下ろしながらミオはこくっと頷き、ドアを開けて下車する。彼女は弛緩させた表情をもう一度引き締めなおす。やはり、その姿は指揮官然とした風格だ。
すっと静かに男は膝をつき、
「精鋭部隊二十名中、四名の死亡。そのうち、副指揮官のアキヤマ様の死亡。この状況をアレクシス様にご報告致しますが、よろしいですか?」
「構いません。必要な事です」
「——感謝を……」
男はそう言うと腰を上げて小走りに、元居た車へと戻っていった。ミオは空を見上げて座席に腰を落とす。唇を引き結び、眉を寄せて、瞳から一粒の涙が彼女の頬を伝った。
必要不可欠なこととはいえ、アキヤマの死を再確認させられたミオの心情は想像に難い。言葉などでは表現できない負感情が彼女を苛んでいるはずだ。
「せん、ぱい……ごめんなさい。私のせいで、私がもっと、もっともっと強く気が回っていれば、こんなことには……助けられたのに、私が素直に話しておけば、もっと、きっと、ぅ、ずっと」
彼女の重篤を表現するように、後悔の言葉が、悔悟の涙が溢れ出していく。至らなかった自身への嫌悪と呵責を、感情の波に飲まれながらも言葉を紡いでいく。瞳孔は涙によって波打っており、首を横に振って、握りこぶしに血を滲ませる。
顔を涙と鼻水で汚しながら『怒り』と『悲しみ』を綯い交ぜにしたミオの表情は、見ているだけで耐え切れない辛さがあった。
「————」
シュウは慰める言葉をミオに掛けようとしたが、言葉を発することなく嚥下した。
ここで仮に彼女を慰める言葉を掛けたとしても、それは上っ面だけの中身のない薄弱な言葉にしかならないからだ。何も知らないシュウの言葉は、彼女の思いを逆撫でするだけだ。それは出来ない。
「少し席を外す」
シュウはそう言って座席から腰を上げ、下車しようとした時。シュウの双眸に複数の箱が映った。
「ん? すまん、アスト。この箱はなんだ?」
「箱ですか……?」
唐突な質問に、釈然としない表情でアストは後方確認。助手席を降り、彼はシュウの元へと歩く。片足を車床に乗せてトランク内を覗き、
「いや、こいつは私にもわかりかねますね。少なくとも、私たちが用意したものではないです。それに、この車は出口のすぐそばにあったのを拝借したので……」
「そうか、わかった……」
精鋭部隊の一人であるアストが知らないとなれば、デラス側が用意した何か。或いは、ユウジの仕事車であることから、小麦粉が入っているかだ。
デラス側が用意した物となっては、何が入っているかわからない。危険物の可能性も否定しきれない。
シュウは少しでも危険因子を排斥させようと、箱の開閉口を開ける。
——中身は小麦粉であった。
「ふぅ」と安堵感によってシュウは嘆息する。
ユウジが仕事の依頼で小麦粉を輸送しようとしていたのだろう。シュウはそのまま二箱、三箱と箱を開け、中身が小麦粉であることを確認。
「全部小麦粉ですね。しかし、何故小麦粉が?」
「拘束部屋にいた人の中に、おっさんがいただろ、その人が小麦農家を営んでいてな。仕事で小麦粉を運送しようとしていたんだと思う……それよりも、人を隠すなら人の中、か……」
デラスが自分やユイ達をどうやって運んだのか気にはなってはいた。キールという男はアレクシスに組織が露見してしまうことを危惧していた。
近隣ではユウジの知名は高い。夜中とはいえ、仕事上の事を考慮すれば、不自然さはない。だから、敢えてユウジの仕事車に乗って移動したのだろう。
とはいえ、全てが事後の話である。蒸し返したところで時間の無駄だ。
「俺が気絶している時に乗せられた車は、おじさんの車だったのか……」
「どうかしたのですか?」
シュウは顎に手を当てて思案顔。謂わばシュウが思惟に耽る時の決めポーズ——癖なのだが、シュウ自身には自覚がない。
「いや、こっちの話だ。それに今となってはどうでもいい事だ」
アストの声で現に戻ったシュウは、怪訝な表情を浮かべる彼を受け流す。話の土台を振り出しに戻し、シュウは開けた箱を閉じた。
「——今度、こそ、は……お兄さん」
ふと、シュウの耳に小さな声が聴こえた。哀切に苛まれている、少女の掠れた声。何かを掴もうと、必死に藻掻き苦しんでいるユイの声。
振り返ると、ユイが沈鬱に顔を歪ませていたのだ。夢に魘されるように彼女の表情が苛烈さを増していくことに、シュウは自身の奥底で火花が散るのを感じた。
もしかすれば、デラスがユイに何か仕掛けたのではないかと、そんなありもしないことを考えてしまう。
「おい、大丈夫かユイ!?」
シュウはユイの肩を持ち、彼女の身体を正面に向かせる。変哲な部分がないか、異常な箇所がないかと血眼になる。足から胴体、腕から顔を診るが異常を如実に物語っている箇所はない。
「これは、紙切れか?」
唯一、ユイの身体に気になる部分。それは彼女の右手に握られた一枚の紙切れだ。シュウは紙切れを彼女の手から掴み取って広げた。
それは休憩室で読んだ、デラスの過去と今後の企みが羅列されていた紙切れだ。その中で『殺処分したマウス。切り離した一部。ひとりでに動き出した』に赤い線が引かれていた。
最初は何故その箇所だけ、とシュウは意味が理解できなかった。だが、その赤い線の指す理由に、絡み合った糸くずが解れるように、愚鈍な感覚が痺れを訴えながら元に戻るように、段々とシュウの脳内に理解が席巻していく。
「死んだマウス、切り離した一部が動く……まさか、死んでも奴は復活するってことなのか!?」
紙切れを車床に落とし、呆然と立ち竦むシュウ。もし、本当にそうなら——このまま動かないのは得策ではない。しかし、殺しても復活するというのは何ともし難いものだ。
「どうすりゃ……」
額に手を当て、シュウは不平を漏らす。
理性がそれはあり得ない、何かの勘違いではないかと、シュウに訴え掛けている。憂慮を顔に浮かべるアストを横目に、シュウは下車して施設の方に向かって走り出した。
——だが、理性と現実の結末は違った。
崩れたはずの施設。瓦礫が隆起し、岩が吹き飛ぶ。そして、シュウの理性を全否定する存在が復活する。それは皮膚が腫れあがったように膨張していて、周りを侵食しながら肥大化していっていた。
「……クソ!」
身体を反転させて、すぐにミオ達の場所へとシュウは戻る。焦燥感を宿したシュウに、ミオとアストは視線を送った。
「まずいことになった!! デラスの野郎が復活しやがった!」
「な!? ふ、復活したってどういうことですか!? あれだけの瓦礫に押し潰されて、人間が生きていられるわけが!?」
「人間ならな……それに紙切れにも書いてあったことだ。殺処分したはずのマウスが、生き返ったってな」
少し話を捏造したが、ニュアンスとしては間違っていない。なにより緊急状態である今は、手っ取り早く結果を伝えることが先決だ。
シュウは唾を飲みこみ、未だ打ちひしがれているミオの眼前に立つ。目の下を朱に染め、現実を受けきれない状態の彼女の肩を持ち、
「奴を倒すには、生き埋めにする程度じゃ足りない。それこそ、骨すらも残さないような高火力な爆発。或いは、復活にも限度があるはずだ。その限度まで何度も殺し尽くす。それしかねぇ」
後者は実現不可能だ。渾身の一撃である『生き埋め攻撃』でやっとデラスを一度死なせることができた。だが、これはデラスが己の力に陶然と慢心したからだ。デラスが二度も慢心することは考え難い。逆に警戒している節もある。
前者はどうであろうか。シュウが考えるに、前者は後者よりも可能性はまだ高い。それに、今こちらには切れるカードが存在している。
「後者は率直に言って無理だ。だが、前者ならあり得る」
「前者。でも、こっちに高火力の爆発を引き起こせるような物は……」
「単体ならな。だが組み合わせれば可能だ——ッ」
シュウはトランクの方に親指を差し、顎を引いて答えを促す。
「小麦粉ですか……まさか!? 粉塵爆発ですか!?」
シュウの出題した問題にミオは少しだけ深慮。すぐさま答えへと至り、答案を提示した。
「そうだ、ここの近くに粉塵爆発に適した場所がある。博物館跡、そこに何もない地下があるんだ。そこに奴を誘い込み、一網打尽にする。当然、囮役は俺が買って出る。俺が時間を稼せぐから、その間に、この小麦粉を地下に運んでおいてくれ」
粉塵爆発を用いて、二度と復活できないように骨の髄まで焼き尽くす。これが、自分たちが出せる最大のカード——切り札である。
「それは現実的では、いえ。わかりました……旦那さんの指示に従います。ですが、お気をつけて」
勝算はお世辞にも高いとは言えない。それは重々理解できている。だが、現状を反転させる士気や戦力すらも乏しい自分たちにとって、勝算が低いのは当然。なら、少しでも勝算の高い選択肢を選ぶしかないのだ。逆境上等だ。
一時の逡巡をミオは見せたが、首を小さく振ってシュウの提案を呑んだ。「当然だ」と頷いて、シュウは彼女の肩から手を退ける。
「あ、あの……ユイさんは精鋭部隊の誇りに掛けて、お守りすると誓います。と、その前に名前を訊かしてもらっても……? もうご存知だと思いますが、私の名はミオです」
「俺の名前はシュウだ。よろしくな」
「はい! よろしくお願いします。では、ここに手を……」
ミオは自身の右手に魔石を乗せて差し出し、シュウに手を翳すように指示する。シュウは彼女の掌の上に左手を乗せ、怪訝に眉を寄せた。
「我が盟約の元。汝との契りを、ここに締結する」
ミオとシュウの掌の間で、魔石が赤い光を帯びて熱を生じさせる。肌を焼くような熱はシュウの手を通り、肩を抜け、そして心臓へ。そのままシュウの心胆にまで到達。魂に信頼の熱が刻まれていくのがわかった。身体の内側から暖められる感覚は、どこか懐かしい郷愁がある。
「魔術師同士が契りを、魂と魂を結ぶ時に使う風習です。と、いっても……これをお決めにったのはアレクシスさんですが……いずれ、全世界にその名を轟かせる人の名です。この風習は世界共通のモノとなるでしょう」
「——生きて帰れたら、そのアレクシスさんに会ってみたいもんだ」
ミオはシュウの覚悟を真に受け止め、その決意を蔑ろにしまいと見つめてくれている。指揮官である彼女が決め、契りを締結したのならば、何も心配することは無い。
シュウは振り返り、寝ているユイの所へと歩み寄る。そして、
「ごめんユイ。また、お前を怒らせるようなことしちまう。でもわかってくれ、俺っていう器はどうしようもなく小さいんだ……だから、必ず何かが零れ落ちちまう。全てを掬いあげるなんて無理なんだ。だがな、俺だって人間だ。考える能はある。取捨選択は出来る。なら、何を掬いあげ、何を零すかは決められる……」
ユイの寂しそうな右手を握り、シュウは訥々《とつとつ》と呟く。これは愚かにも、過去から逃げた自身への罰なのだ。そして、その贖罪のチャンスでもある。
ならば、贖おう。この身一つでソレが可能ならば、選択肢など無いに等しい。過去に犯した罪は消えないが、それでも今と未来なら変えられる。恐れはなく、高揚すらも感じられる。
シュウは決然と振り返る。因果応報、今の今までが幸せ過ぎた。なら、その報いが今振りかかる惨状だ。
「都合がいいのは承知で頼む。母さん。師匠。俺の我儘に力を貸してくれ!」
——これっぽっちで贖罪が果たせるとは思えないが、どうか、どうかお願いします。




