22話 『憧れの男』
「そんな……事情が変わりました。話は後で」
渡された紙切れを観たミオの顔が焦燥感によって焦がれる。紙切れを投げ捨て、彼女は小走りに部屋を出ていった。
「あれ? どうしたのミオちゃん! 急に!!」
ミオの突然の行動にはアキヤマも予想していなかったらしく、飲みかけのお茶を足に零した。熱さに耐えながら、アキヤマはハンカチでお茶がかかった部分を拭きながら、
「すいません旦那! すぐに戻るんで! 少しだけ待っておいてください!!」
「お、おう。わかった」
アキヤマはミオの背中を追って部屋を出ていった。
そんなこんなのやり取りを経て、休憩室にはシュウとユイ、後から入室してきた精鋭部隊の青年一人のみだ。突然の出来事による疾走感。更にいえば男と、シュウとユイとの面識はたった今交わされたばかりだ。正直なところ、やりづらい雰囲気にやりづらい仲が合わされば、やりづらさ世界チャンピオンだ。
ソファの上に座っていたシュウとユイ。そして、アキヤマの従者である青年の三人は呆然とする。その居心地の悪さを誤魔化すために、シュウはミオが床に落とした紙切れを立ち上がって手に取った。
「こ、こいつは……?」
興味本位で観た紙切れにはこう書かれてあった。
『我々の研究の集大成である細胞分裂の活性化させる薬物が完成した。急遽、実験用のマウスに薬物を投与したところ、マウスが急速な細胞分裂を起こした。
数秒も経たずにしてマウスは成人の男よりも肥大化。一人の男がマウスによって食い殺された。あれはまさしく餌を目の前にした猛獣だった。
すぐにマウスは殺処分され、死人が出たことにより実験の中止を余儀なくされた。その後、妙な事を同僚から聞かされた。殺処分したマウス。その切り離した一部を観察していたところ、ひとりでに動き出したと言うのだ。
私はそれを聞かされた途端、是が非でも実験を再開させようとしたが、同僚や上長たちは挙ってこれを拒否した。
どうしてだ。お前たちは研究者ではないのか。目の前に未知なるものが存在すれば、身を粉にして研究に励むのではないのか。
気に食わん。どいつもこいつも腑抜けどもだ。
私が研究施設の最高責任者であるならば、中止などという愚かな指示は下さない。私がこの研究を完成させなければ。
数日が立ち私は研究所から追放され、修士も剥奪された。私の考えが理解できない愚民どもめ。私という存在を追放したことを後悔させてやる。
あれから十年が経った現在。私は画竜点睛を欠くことなく、私自身の知識で薬物を完成させた。それも完成させた薬物は活性化だけではなく、鎮静化も可能となった。復讐を誓いここまで来たが、もはや奴らのことなど、もうどうでもよい。
そして、今度は私自らが実験台となり新たなる人類へと昇華する。先ずは愚民を生み出すこの世界の裁定からだ』
そうやってA5サイズ程度の皺くちゃな紙切れに文字が引き締められていた。改行を挟むごとに文体の違いが見受けられるのは、恐らく月日を跨いで書いたからであろう。実際、紙切れに黄ばみを生じているのが、その証左だ。
シュウは紙切れを机の上に置き、
「ユイ、俺はアキヤマ達の後を追う……嫌な予感がしてならない」
「え!? な、なら私も行きます! 私も何か、お役に立てるはずです! お願いしますお兄さん!」
ユイは立ち上がりながら胸に手を当て、目に決意を滾らせて言った。危険ではある。だが、彼女は自分という立場を理解し、そのうえで同行の許可を求めているのだ。その厚意を無為にするつもりもなければ、断る理由もない。
「わかった、でも何かあれば直ぐに逃げるんだ。それは約束できるな?」
「当たり前です。私はもう子供じゃないですし、それくらいは自分で判断できますとも!」
「そうか、なら大丈夫だな」
シュウは部屋の隅にいる青年に「そこのアンタ」と呟いて手招きをする。眉を上げて歩み寄ってくる青年に、シュウは耳の元で囁くように、
「悪いがアンタに頼みがある。この娘がもし動けなくなった場合はアンタが連れて逃げてくれ……」
「お、俺がですか……?」
「あぁ、そうだ。説明はしている暇はない、頼んだぞ……」
もし、仮に戦闘が起こるのであればシュウは戦闘員として戦うことになる。アキヤマ達が率いる精鋭部隊は実践の積んだ者達の集いだが、魔術師はミオの一人だけだ。その彼女も非戦闘員の魔術師。魔術師との戦闘なら言うまでもなく戦えるのはシュウのみ。それ以上の激戦となるなら尚更だ。
シュウが盾となり、その隙に青年にユイを連れて逃げてもらうという魂胆だ。適材適所。自分の役割は分かっている。
「わかりました。アキヤマ様の師匠様からの頼みですからね……」
「アイツ、俺のことを師匠って紹介してんのかよ……」
シュウは男の耳元から顔を離し、恥ずかしさを覆い隠すように手を自身の顔にあてがう。やはりアキヤマはキザなヤロウだ。
シュウはそんな彼の幻視をただ笑って投げ飛ばした。シュウの突然の笑いにユイと男は首を傾げる。何がおかしいのだろうか、と疑問符を浮かべる。
二人の反応によって我に返ったシュウは「すまん、悪い」とぼやき、青年に目線を送った。
「俺はシュウだ。アンタの名前はなんだ?」
「俺ですか? 俺はアストです」
「アストか、わかった」
名前は知った。言葉を交わした。顔を見合わせた。そして頼みごとをした。だからこの男——アストはもう仲間であり、信頼を置くに足りる。何より、アキヤマ達の仲間だ。信じるしかないし、信じるべきだ。
そうと決まればシュウの行動は早い。足を動かして部屋を出るシュウを、ユイとアストも背中に随伴するように追った。
廊下を小走りにシュウが向かう場所はデラスが拘束されている部屋だ。
元々、おかしいところは姿を現していた。アキヤマの裏切りによってデラスは完全に敗北したが、思った以上に呑み込みが早かったことにシュウは違和を感じていた。潔いと言った方がいいだろうか。一目でわかる程、取り乱していた人物としては前後があべこべだったのだ。
その深慮を後押ししたのが先程の紙切れだ。自らを薬物の実験台にし、こちらが緩んだ時に一網打尽にする。そう捉えればデラスの潔さにも合点がいくというもの。
「————!!」
その時、シュウ達の耳には発砲音が聴こえた。その音の発生源は三人が目指す拘束部屋からだ。音を聴いた全員が一斉に悪感を肌に感じる。
「拘束部屋の方からだ!! 急ぐぞ!」
シュウの掛け声とともに、ユイとアトスも小走りから疾走へと移り変わる。廊下には三人分の足音が木霊し、そして止まった。
拘束者を監視する監視室に入った時。シュウの目には蠢動する肌色の長いものが映った。監視室を抜け、拘束部屋へと足を踏み入れ——、
「——ミオちゃん!!」
それはアキヤマがミオを押し飛ばす光景であった。時間換算をすれば、約二秒といったところ。が、シュウの目にはその二秒が一区切り、一区切りのコマ送りに見えた。即ちスローモーションであり、それは最悪が起こる前兆と言えた。
——デラスの腕が伸び、アキヤマの身体を貫く瞬間をシュウは黙視することしかできなかった。
「アキヤマ!!」
思考よりも体が先行した。激情がシュウの全身を迸り、電流が流された体のように反射的に足が動く。手を伸ばし、アキヤマの身体に触れようとした時、肌色の物体が膨張するところをシュウの双眸は捉えた。
膨張した物体はアキヤマより後ろにいた者たちを、文字通りに全てを飲み込んだ。肉が擦り切れ、血と臓物がミンチにされるような不快音が拘束部屋に鳴り響く。
膨張した物体の間からはどす黒い血がダラダラと滴り落ち、凄惨を物語っていた。
「旦那!! 逃げてください!! こいつはまずいです! がぁ、はぁ……奴は既に自身の中に細胞分裂を操る薬を仕込んでいました! 一旦形成を立て直さなければぜんめ、ぁうっ!! 全滅してしまいます!」
血反吐を吐き、激痛に耐えながらアキヤマは叫んだ。胴体を貫く物体はアキヤマに巻き付くように動き、獲物を逃がさないと締め付ける。
「わかった!! 待ってろ今すぐお前を助け——」
「俺はもう助からないです!! 旦那! 俺が時間を稼ぎます! だからミオちゃんを連れて逃げてください!!」
「馬鹿野郎!! 置いていけるか!!! まだ助けられ——」
「甘ったれたこといってんじゃねぇっす!! 今アンタが動かなければ、本当に全滅しちまう! それはアンタが一番望んでいない結末だろうが!! なら行動しろ! アンタは強い人間だ! 俺はそれを知ってる! だから頼む!! 旦那!!!」
決然とアキヤマがシュウを叱咤激励する。先と変わらず激痛が彼を苛んでいる筈なのに、留まることなく続けようとしている。
自分自身のことは自分が一番理解している。死ぬことを、誰でもないアキヤマが一番理解しているのだ。
「旦那だけは! アンタだけは最後まで、俺の憧れでいてくれぇぇ!!」
シュウはそこで、アキヤマという人物の本質を初めて知った。普段へらへらと道化を演じる彼からは想像もできない一面。それは紛れもなく彼の素だった。最後の最後で見せた本音だった。
——心を冷徹にしろ。ただ勝つために己の闘志を燃やせ。
それが死を悟りながらも、仲間の為に死ぬことを選んだ彼への、唯一の救いだと信じて。
シュウは心の中で踏ん切りをつけ、未だに部屋を侵食する物体からミオを抱えて逃げ出す。呆然と静観することしかできなかったアストも、シュウが先駆者となることによって足を動かした。そして、彼は足を振るわせて動けないユイの手を掴み、強引に引っ張った。
メキメキと石造りの壁が亀裂を生じる。振り返らず拘束部屋を抜け、監視部屋を抜け、廊下を疾走し、出口へと向かう。
「は、な、し、て……」
「ん?」
「放してください……もう、一人で動けます」
ぽつり、ぽつりとシュウの肩の上で吐息をこぼしながらミオが呟いた。シュウの上腕を彼女は力強くつかみ、主張激しく身体を揺さぶる。眦に涙を浮かべ、その涙をこぼすまいと、咽び泣いている。
それを背中で受け取るシュウは悔恨や執着というものが彼女を包んでいるのがわかった。だから、
「駄目だ、放せばお前が何をするのか、わかっている!」
「わかっているって、何がですか!?」
「そういうとこだよ。お前は絶対に離さない。あいつの願いを蔑ろにするつもりはないからな」
「先輩の、ねが、い——ッ!」
アキヤマの願いと言われ、ミオは激情を抑え込むように唇を強く引き結んだ。
顔を見なくてもわかる程に、彼女の力強い両手から万感が伝わってくる。ここでミオを離せば、確実に彼女はアキヤマの元へと戻るだろう。もう死んでいると、心の中で理解していても、絶対にそうするはずだ。だから絶対に離すわけにはいかない。
それはアキヤマの死の侮辱であり、シュウが望まない結末だ。
中央通路を抜け階段を掛け下ったその瞬間、階段の上空から巨大な岩が飛んできた。岩の勢いは殺されることなくシュウとミオ、ユイとアストの間に落下。そのまま出口である自動ドアを岩が完全に塞いだ。
激突の衝撃によって地面が大きく振動。ガラス片が周囲に飛び散り、近場にいたユイの太ももへと突き刺さった。
「きゃぁぁ!!」
「大丈夫か!」
背中でミオがゴソゴソと動いていることに気づきながらも、シュウは無視を続行。
四人が二人ずつに分断され、ユイ側の状況が読めないシュウは岩を迂回。彼女の傍に駆け寄った。太ももにはかなり大きな破片が食い込んでいて、傷口からは赤い血がタラタラと滴っている。
「は、い……少し足をやられましたが、大丈夫です!」
「俺が破片を取り除きます!!」
「頼む!! ユイ、痛いのは一瞬だからな……大丈夫だ。安心しろ」
「は、はい」
アストはユイの太ももに刺さっている破片を掴み、
「力を抜いてください。行きますよ、3、2、1、はい!!」
「————ッ!!」
「どうだ、抜けたか!?」
「駄目です!! 破片が途中で折れました!」
「すいません。私が力んだせいで……」
合図があったとはいえ、ガラス片を引き抜く時に激痛が彼女を苛めることには変わりはない。反射的に力が入ってしまったことは仕方のないことだ。彼女が責められる謂われもなければ、責める時間もない。
先決なのは、肉の中で折れてしまったガラス片をどう取り除くかだ。
「傷は深くないが、治療魔術は刺さった破片を取り除いてからだ。破片が残ったままで傷を塞ぐのは危険だ」
傷が塞がるとはいえ、破片を取り除かなければ危険である。
傷口から入った破片を取り残さず、そのまま放置すれば、破片が血管内に侵入して死んでしまうと可能性もある。あくまで可能性の話だが、可能性があるとなれば取り除くしか他ない。少しでも、勝算のある方へと行動しなくては。
「ナイフはあるか!?」
「は、はい!」
シュウの質問にアストが即答。腰からナイフを取り出し、歯形の方を手に持ってシュウへと渡す。
「布が欲しいな……」
痛覚を緩和させるため、そして舌を噛んでしまわないための布。これも万が一のための対策だ。二次被害が起きてしまえば元も子もない。
「布ではないですが、タオルなら車の中にあります!」
「わかった、ならここを出ないとな……」
シュウはそう呟きながら、出口を塞ぐ岩を一瞥する。人の身で、約七、八メートルもある岩を撤去することは困難だ。いや、今魔術師であるシュウには撤去とまではいかなくても、持ち上げる程度なら可能ではないか。
ふと、シュウの胸中にはそのような考えが浮上する。普段のシュウでは考えもつかないアイデア。それは、このような土壇場であったからこそ浮かび上がった考えだった。
シュウは粉骨砕身を名のもとに、
「今から、迂回して違う出口に向かっていると、遅くなっちまう。俺がこの岩を持ち上げる! その隙にお前ら三人は車に迎え!」
「そ、そんな!? 駄目です! 私はまだ大丈夫です!! 迂回して、違う出口へと向かうべきです!」
「それじゃもう遅いんだ!! 恐らくデラスがもう……」
シュウは続けることをやめた。ここでその言葉を告げるということは、アキヤマが死んだと示唆することになる。土壇場だったとはいえ、考えなしであったことは確かだ。
「そうですよね……私もその考えがなかったわけではないです。でも、大丈夫です。私も覚悟は決めました」
しかし、ミオはシュウの考えを肯定した。心の中で湧き上がるであろう葛藤を、感情の渦をその表情の裏側に隠して、強くあろうとしている。仲間の死を、大切な人の死を無駄にはしないと、逆境に立ち向かおうとしている。
ミオはシュウの肩から降り、
「外にいる仲間に調べてもらいましたが、東、南出口共に封鎖されているようです。どの出口に向かって行っても状況は変わりません。それと、旦那さんの戦闘は、不肖ながら拝見させていただきました。そこから鑑みるに、岩を持ち上げ、支える程度なら可能かと……」
抑揚のない口調でミオは状況説明と対抗策を瞬時に考案。
なるほど、アレクシスという人物が彼女に精鋭部隊の指揮を握らせることの納得がいった。ここにきて、ミオの聡明さにシュウは安堵を感じてしまう。
だが、ユイはミオの指示に手を振り、
「なら、お兄さんをここに置いていけと! うぐぅ……そう言うのですか!! 却下です!」
ユイが力んだ拍子に太ももの傷が開き、傷口から血が滲み出る。しかし、苦痛を顔に表しながらも彼女は言葉を続けた。
「何も置いていくとは言っていません!! 一時的です! その代わりに私もここに残ります!」
「ミオ様!? それは了承しかねます! それなら俺がここに……」
ミオの逗留宣言にアストが割って入った。その姿は主を守らなければならない従者だ。
彼には彼の考えがある。とはいえ、それは他者にも当てはまることだ。ユイにはユイの考えが。ミオにはミオの考えが。そして、シュウにはシュウの考えがある。
それを今、最悪の状況下で一緒くたに交わせばどうなるか——わかりきったことである。
「うだうだ言ってる暇わねぇーんだ!! こういう時こそ冷静にならなきゃ全員やられちまう」
「だからってお兄さんがここに残り、危険な目に遭う事を承知で私には逃げろと!? そんなの嫌です! 死んでしまったら、何もかも終わりなんです!!」
「だからこそだ! ここで意見を交わし合って、言い争って、それこそ全員が死んじまったら何もかも終わりだ!! だからそうするしかねぇ!」
「それ! ずるいです! 私は認められ——」
激情を露わにするユイをアストが軽く手刀を入れ、気絶させる。ぐったりとするユイをアストが手で支えた。彼のその行動は意外ではあったが、事ここに至っては適切な処置とも言えた。
「アスト……助かった」
「いえ、俺もお二人の提案に納得がいったわけではございません。ですが、シュウ様が仰られることもまた事実。ならば、ここは己を抑え、俺の信じる主。そして、主の信頼する人を信じ、行動するのみ」
「流石、精鋭部隊だ! そうしてもらえるとありがたい」
膝をついて首を垂れ、瞑目して主に忠誠を誓うアスト。
「お前は本当に残るのか?」
「すいません。先程は勢いで言ってしまったんです。それに私がここに残っても足手まといになるだけですから……ですが、これを」
「——これは、魔石か?」
ミオがシュウに渡した物は唐紅色の鉱石——魔石だ。魔術師が手にすることによって真価を発揮する代物だ。
「俺は魔石を使った事なんて無いぞ」
シュウには魔石を使って魔術を行使したことはない。使い方も分からなければ、どのような魔術が扱えるかもわからない。魔術師になったといっても現状、魔石はシュウにとって長物だ。
「その点に関しては心配は無用です。この魔石の用途は念話ですので」
「念話ってそれすらも、俺は分からないぞ?」
「大丈夫です。魔石に力を籠めるようなイメージです」
「かなり大雑把だな!?」
新たなる情報の開示に、シュウは自身の脳の記憶容量がオーバーしないかと苦笑する。
引っ切り無しに事件が起き、情報の取捨選択が出来ていないシュウが当惑してしまうのも仕方のないことではある。が、だからといってシュウが自身を責めない理由にはならない。
「申し訳ないです。ですが論理より、感情の方がいいかと」
「——わかった。やってみる!」
魔術とは、シュウが思う以上に奥が深いらしい。生まれたての魔術師であるシュウには知るべきことが多いようだ。
「それと、私も魔術師の端くれです。なので、直接ではないですが力にはなれます。今から私の力を使って旦那さんの未来を視ます」
「未来?」
「そうです。ほんの数分先の未来までですが、私が見た旦那さん未来を、念話によって伝えます。それなら、助力程度にはなると思います」
訝しむシュウにミオは慮った言葉を告げた。彼女にはシュウの苦笑はやせ我慢だと見抜かれていたらしい。何とも不甲斐ないことだ。
自身を叱責しつつ、シュウはミオの力に頼ることにした。
「わかった、やってくれ」
ミオはシュウの胸まで手を伸ばし、目を瞑って精神統一を図る。凡そ、十秒程度の静寂。ミオは目を開け「見ました」と言ってシュウから離れた。
その間、アストはユイを抱え、脱出の準備を整えていた。シュウはそれを合図と受け取り、出口を塞ぐ岩を己が膂力を使って持ち上げた。
予想よりも軽いと感じてしまう自分に、シュウは驚嘆する。かなり重たくはあるが、この感覚の齟齬は日常生活に於いてかなり致命的かもしれない。
「通れそうか……?」
「はい、行けそうです」
温柔な未来を頭の中で描きながら、シュウはアストに通過できるかどうかを問うた。膝を付き、持ち上がっている岩の隙間を見たアストが返答。
「旦那さん、頼みました」
「あぁ、分かってる……」
空いた隙間からアストがユイを抱えたまま、ガラス破片で彼女を怪我をしないようにと気を配りながら腰を低くして入っていく。それに続いてミオは、シュウを憂慮の瞳で見届け、隙間に入っていった。
『三人とも通過しました。岩、下ろしてもらっても構いません』
突如、脳内にミオの声が聴こえてきたことに、シュウは不思議な感覚を覚えた。希薄ではあるが、彼女の声は自然と聴き取ることはできた。取り敢えず、シュウは指示通りに持ち上げた岩を下ろす。
それにしても、こういった摩訶不思議な現象が創作上ではなく、実際の現実で起きている事には感嘆しかないシュウ。
『私に話しかける時は、魔石に魔力を込め、脳内で直接私に話かけるようにしてください』
「わかった、なるべくそうしてみる」
ミオに指摘されたことを意識しながら、シュウは声に出して応答する。
なんとも馬鹿にできたことではない、とシュウは思った。ユウジの家でユイが魔術を感覚で説明してしまうのにも、今なら共感できる。
『慣れにくいかもですが、今の要領で話しかけてもらえれば』
「そう、だな。これは、言葉では言い表しにくいな」
『ですね……では、今から計画の大まかな流れを話します』
「わかった」とシュウは承諾する。
『私たちは今からデラスを生き埋めにするために、この施設を爆破する準備をします。その間、旦那さんにはデラスを引き付けてもらいます。施設を爆発する前に、東出口を通過できるようにするので、合図とともにそちらに向かってください。危険な役割を押し付けること、本当に申し訳ないです』
念話の希薄な声でもわかる程、ミオの胸中で罪悪感といった感情が去来していることがシュウにはわかった。その罪悪感を煽らないように、
「いや、大丈夫だ。適材適所ってのは、俺も理解してる」
『——そう言ってくださり、ありがとうございます。では、約十秒後にデラスが姿を現します。ご武運を』
シュウは「ああ」と相槌を打って魔石から集中を解く。そして、階段上から登場したデラスを混迷せずに見据え、
「さぁ、ここからが正念場だぜ」




