21話 『一難去ってまた一難』
「同盟に於ける交渉として、こちらから出せるモノは情報と、旦那とその仲間であるエリサさん達の身柄の安全の保障です。そちらの出すモノは条件の遵守」
「——条件の遵守?」
「はい。その条件は、そこのお嬢ちゃんをアレクシス陣営の戦力として招き入れることと、情報の郊外をしないことですね」
アキヤマはユイに指を差した。彼の指を追うように、シュウの瞳はユイへと遷移する。
現状、地に足が着かず、先が見通せていないことはシュウの懸念する事柄でもあった。デラスの組織が壊滅したとはいえ、ユイが真正の魔術師である不評をもみ消すのは砂上の楼閣だ。
それこそユイを守ることに邁進するならば、彼女を守ってくれるような組織に預けるのは願ってもいないことだ。しかし、真に彼女を守るだけの組織があるだろうか。
始めは善意であっても、時間が経つにつれて『魔が差した』ということはよくあることだ。メリットだけに目を向けていれば、足元を掬われるのは自分たちだ。見極めが肝心だ。
「やはり、そうですよね。そう来ると、思っていました」
ユイはその小さく華奢な手を胸に当て、整然とアキヤマの指摘を受け取った。
シュウは『大きな力には大きな責任が伴う』と何処かの本に、その言葉が書かれてあった事を思い出した。
彼女の覚悟を決めた顔を見て、シュウはそのことを理解しているのがわかった。だが、それを彼女が理解しているからこそ、シュウの心は罪悪感に苛まれてしまう。
「お嬢ちゃんは、どうやら理解しているようっすね……幼いながらも自分の置かれている状況が把握できているのは、素直に尊敬です」
「お世辞はいいです。私を確保して、どうするんですか」
ユイはアキヤマの言葉を払うように手を振って話を進めることを促す。
「まぁ簡単なことっすよ。お嬢ちゃんは真正の魔術師っすよね……?」
「はい、そうです」
「なら、お嬢ちゃんはそれだけで強力な存在です。それがアレクシス陣営の手元に入ったと知られれば、それだけで他戦力の牽制になりやす。要するにっすよ。お嬢ちゃんをただこっちのお客、仲間として招き入れるだけです」
アキヤマは艶めかしい笑みを浮かべて、ユイを仲間として迎え入れることを提示した。彼の慮外な物言いに、シュウとユイは思わず顔を見合わせてしまう。
それは都合が良すぎるのではないか。シュウはそう続けようとしたが、口を噤んだ。理由はユイの質問がシュウの言よりも先行したからだ。
「本当にそれだけなんですか?」
「外面は戦力補給、内面は客人として招くってことです」
アキヤマのおめでたい話にユイは彼を睨み付ける。
美しい花には棘があるように、上手い話にの裏には何か陰鬱なものが付随しているものだ。世の中騙された方が悪い。だから、騙されてたまるか。
「ではそれを証明できるような根拠は?」
「そうっすねぇ……ミオちゃん頼める?」
アキヤマは隣で立っているミオに目で指示を送り、彼女はそれを無言で受け取る。彼女は一度だけ「こほん」と口元に手を当ててせき込み、三人の前に出た。
「私から、そのことについてご説明を。先輩はアレクシス様に直接面識があったわけではございません。なので私が説明した方が整合性もあると思いますし、そこは悪し——」
「失礼します。お話を頓挫させてしまったこと深くお詫びを申し上げます」
突如、扉の奥から一人の茶髪の青年が紙束を持って休憩室に入室してきた。部屋に居た全員が、何かあったのだろうかと彼を注視する。
「先程、研究室を調べていたところ興味深い資料集を見つけまして、どうぞこれを……」
青年はそう言うと、手に持っていた紙束——資料集を一番近くにいたミオへと手渡す。紙の端にはホッチキスで綴じた跡があり、彼女は表紙から一枚づつペラペラと速読していく。
「生物学についての資料集、といったところですね……人造人間についても綿密に書かれています。デラスの几帳面な部分が裏目に出ましたね」
そう言いながら、ミオはアキヤマに資料集を渡し、自身の長い髪を指でクルクルと纏める。速攻で読み終えてしまったためか、彼女は少し手持無沙汰そうに「ふぅ」と小さく吐息した。
アキヤマはというと、受け取った資料集を透徹とした双眸で黙読していく。三分程度の経過の後、アキヤマはシュウを見やると、
「すいやせん、旦那……さっきの話は後になりやすが、いいですかい?」
「あぁ、時間が無いわけではないからな……俺は構わん、ユイはどうだ?」
「あ、はい! 私も大丈夫です」
「では、これを……」
渡された資料集をユイにも見えるように、シュウは紙の端部分を持ち、彼女は反対部分の端を手に持った。流れ作業の手つきで、資料を見ては流し、見ては流しと繰り返していくシュウとユイ。
内容は動物学や植物学、微生物学など、どれもシュウには長物の資料だ。資料を見ること自体に忌避感はないが、やはりどれも理解しかねる内容。
「こいつは……」
資料集の最後のページに人造人間のことについての資料が羅列されていた。他の資料と比べ、一枚に簡潔に纏められた人造人間の資料は、生物学の素人であるシュウでも理解できる内容であった。
機械を九割使用した人造人間は成功例が極小である。
100回目にて実験の仮成功。仮成功した被検体をNo.1と名付ける。
三日後、No.1に異常を発見。之を直ちに保護し、次なる実験のテンプレートとする。
110回目にて二体目の実験成功。被検体をNo.2と名付ける。
続いて実験成功。被検体をNo.3と名付ける。
被検体の残数が枯渇。これからは人間を五割使用した被検体を用いることにする。
要約するとこうなる。
「デラスが旦那を殺さずここに呼び寄せたのは、人間をそのまま被検体にした人造人間。謂わば、量産型の人造人間に旦那の戦闘データを書き写すためです。戦闘特化の魔術師を倒した旦那の戦闘データを元に、人造人間を造れば、魔術師との戦争にも気兼ねなく迎えられるって魂胆です」
「戦争……終戦から六年しか経っていないのに、また戦争が始まるのか。インターバルが短すぎるな」
アキヤマの言った『戦争』というワードにシュウは疑念を隠し切れなかった。己が知識を捻出すればするほど、答えからかけ離れていく感覚には過去のトラウマを彷彿とさせるものがある。
倫理観や感情的なものを無くし、物事を超然と判断するのであれば、たった六年程度で戦争で出た死者数を出生数が大幅に上回るとは考え難い。
仮に上回ったとしても、全てが幼い子供である時点で破綻している。それとも、女と子供だけで戦争をしようというのか。なら、稚拙すぎるお頭だ。
「ごもっともな質問だと思います。ですが、全世界の国々で戦争をしていたわけではないですよね。戦争に参加せず、平穏に暮らしていた国も少ない訳じゃありません」
「おい! まさか……その国の人々を人造人間の被検体として——」
——今、途轍もない事を口にしようとしていた。
シュウは自身の達観を吐き捨て、途中で口にすることをやめた。それは、悪辣極まる所業からくる嫌悪感もあった。しかし、それ以上に本質を見抜けてしまう自身への呵責が大きかったからだ。
理解できるということは、自分にもその考えに至る可能性があるということだ。
「口にすることすら、憚られるのはわかります。ですが、旦那。これが現実なんです」
アキヤマはシュウを曇りのない双眸で見やる。
現実とは得てして、そういうものだ。起こる全ての事象が綺麗事だけではない。それはシュウとて分かっている。だが、それを認めて、そうだと納得することはシュウにはできなかった。余りにも惨い。
「わかって、いる……」
「あ、あの……お兄さん、少し休まれた方が」
「いや、休むほどじゃない……大丈夫だ」
疲れによって崩壊しそうなシュウをユイは支えた。それからシュウは資料集をアキヤマへと投げ渡し、ソファの背もたれに背を預ける。やわらかいソファは、心身共に強張っているシュウには安らぎを与えてくれた。白い天井を仰ぎ、少しだけ心を落ち着かせるシュウ。
「これ……何でしょうか?」
上を見上げるシュウの横で、ユイが怪訝に声を漏らした。
ユイは床に落ちていた紙切れを掴み上げると、折りたたまれた紙を広げて中身を確認。どうやら中に挟まっていた紙切れが、シュウとユイが資料集を広げて読むことによって、滑落したのだろう。
「字が小さくて読みにくいですが、細胞分裂……? って書かれてありますね。生物学についての研究のメモ用紙でしょうか?」
「ちょっと、いいですか?」
「あ、はい」
それまで、泰然と立ち尽くしていたミオがユイへと近づき、半ば強引にメモ用紙を取り上げた。彼女は、そのメモ用紙を今度は速読ではなく、ゆっくりと時間をかけて読んでいく。
綴られた文字を再確認するように、彼女は読み終わっては最初に、読み終わっては最初にとループを繰り返す。
そして、現実を受け入れるようにミオの表情は悲愴に引きつった。何かに悔恨するように、双眸には怒りと焦りが錯綜しような感情が孕んでいた。
「そんな……事情が変わりました。話は後で」
ミオは一言呟くと、急いで扉から出て行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ミオちゃん。ちょっと待ってって!」
アキヤマはひとりでに休憩室から出ていくミオの背中を追っていた。いつも謹厳実直としている、彼女らしからぬ行動。そんな彼女を見たアキヤマは道化という殻を繕うことなく、暖房の効いていない長い廊下を走り抜ける。
嫌な予感や虫の知らせといったものが、アキヤマの胸中に浮かび上がった。そんな悪感情を半ば強引に払拭しながら、ミオが入っていった部屋——デラスとその従者達が拘束されている部屋にアキヤマは入室。
「何も説明せずに、はぁ、はぁ、急に部屋から出て、はぁ、どうしたの……?」
「先輩……」
肩を揺らしながら入ってきたアキヤマをミオは一瞥した。遅れて入って来たアキヤマに目を移らせると、彼女は何かに怯えるように服を力強く掴んだ。
「私の未来視の能力の詳細……先輩は知っていますよね?」
「詳細……? え、あぁ知ってるよ。確か、対象人物の未来は一度しか見れない。未来視による予言の当たる確率は『五分五分』この、二つだよね?」
「はい。ですが五分五分というのは、確定してしまった未来を変えようと奔走した場合の確率です。見た未来に対して、何も対策を練らなければ、ほぼ百パーセント未来は確定してしまう……」
ミオの言葉の意図が読み取れず、アキヤマは疑問符を浮かべる。彼女が予言したものは『アレクシスの精鋭部隊の敗北』だ。それはデラスの組織を鎮圧させた時点で、予言は失敗に終わっている。
彼女の言を汲むなら、確定した未来を変えようと奔走し、変えた結果が現在なのでないのか。勝利ではないのか。
しかし、予言者本人であるミオの考えも否定しきれないとアキヤマは思い、
「何か、考えがあるのは分かった。取り敢えず、それを聞かしてくれないかい? 旦那たちには待機しててって、言っちゃったし……」
「わか、りました。根拠となる程の考えがあるわけではないです。でも、先ほどのメモ用紙を観て、疑念が拭いきれなくなって、そ、その……」
動悸を荒げ、平常心を保てずにミオは言葉を濁してしまう。敢然とした彼女を観かねて、アキヤマは「落ち着いて」と一言告げた。
「実は、先輩に告げた予言。あれが全てではないのです」
「ど、どういうこと?」
「告げた予言は、能力で観た未来の一部だけです……能力によって観れる未来は全てが泡沫で、一貫性もなければ順序もごちゃごちゃで……私の気の間違いで、こんな、こんな……」
自身の行いを慚愧するように顔を引き歪ませて、ミオは鬱屈に呟く。拳を強く握りながら、彼女は己の愚かさを払うように上げた手を振り下ろした。
「落ち着くんだミオちゃん! 能力でどんな未来を見たんだ! 教えてくれ!! 俺は別にミオちゃんが隠していたことに対して怒ったりはしない。だから、ね? 落ち着いて話すんだ」
アキヤマは自身の右手をミオへと差し出し、気持ちの丈を吐露してほしいと訴えかける。ミオがここまで心を恐慌で曇らせたのは、アキヤマが知る限り初めてだ。付き合いはそれなりに長いし、普段から取り乱さない彼女だからこそ、その辛い思いが共感できる。
ミオにとって小さい問題ではないことは馬鹿でもわかることだ。ならば、彼女の仲間としてその問題を一緒に苦慮して、解決に導くのが筋ではないのか。
「で、でも……」
「でもじゃない! 答えろ! ミオ!!」
ミオへと真っ向から睨み合い、アキヤマは怒声を上げ、気持ちの強さを彼女へと伝えた。
女の子が悩みを抱えて縮こまっている時は、親身になって辛い思いを聞いてあげる。そうしなくては、可哀想で見ていられない。そうでなければ男が廃る。
アキヤマの真剣さを身に染みて感じさせられたミオは恐る恐ると、差し出された手を握る。アキヤマは手を握ってくれたミオを引き寄せ、精神的にも肉体的にも逃げ出さないように、彼女の腰をしっかりと掴んだ。
「ほ、本当に怒ったりはしませんか?」
「当たり前だよ。俺はミオちゃんの味方だ……それに、今は俺の信頼する旦那がいる。あの人は俺の憧れで、目標でもある人だ。俺たち二人で解決できない問題でも、旦那がきっと力を貸してくれる」
「——あ、あの……」
口ごもるミオをアキヤマは意思強く見守る。彼女の心を少しでも乱さないように細心の注意を払い、握ぎる手の力を強める。
「見たんです……デラスが先輩を殺すシーンを。伸びた腕のような物が、先輩の身体を貫いているシーンを」
「デラスが俺を? それも伸びた腕が……」
何とも現実味のない言葉にアキヤマは眉を顰めた。
「私も、最初は何かの見間違いかと思いました。でも、先ほど見たメモに書いてあったんです……細胞分裂の自制、活性化と鎮静化の制御。生物兵器の薬物を完成させたと」
「——生物兵器?」
アキヤマはミオの言葉を聞いても判然とせず、怪訝に呻ってみせた。
そうやって、アキヤマを無理解へと至らせたのは、この研究施設で曲がりなりにも生物学について調べていたからだ。
生物が死ぬ理由はいくつもあり『病死』『事故死』『寿命』などがメジャーだ。病死と事故死は当然だが、身体に大きな損傷や悪影響が及ぼしたためだ。
寿命はその名の通り生物の生命限界に達したためだ。もっとわかりやすく言えば、細胞分裂が衰え及び、細胞分裂が出来なくなったためだ。
つまり、細胞分裂の活性化と鎮静化が制御できるということは——仮にも、死を超越したことに他ならない。
「そ、そんなのバカげてる……」
「でも、私は見たんです。これを夢だと捉えるのは、思考放棄です」
「——なら、どうすれば……? そうか!? デラスを殺れば、その問題は解決される!」
デラスがその薬物を自身へと投与し、細胞分裂を制御しようというのなら、先に始末してしまえばいいのだ。そうすれば、この問題は解決される。
「奴が薬物を奴自身へと投与する前に殺してしまえば、未然に防げる。簡単なことだ」
解決策がわかったのなら、今すぐにでも行動に出なければならない。解決できる問題を後回して、後に後悔するのは自分自身だ。
それに夏休みの宿題を最初にやるか、最後にやるかと言われればアキヤマは前者だ。最後の方になって早く宿題を済ませなくては、と焦燥感に駆られてストレスを抱え込むなど、短気なアキヤマには忌避したくなるような要素ばかりだ。
「アレクシス様からの承諾を得ずに行動するのは……」
「そう言ってる場合じゃないよ! 拘束されているとはいえ、危険がない訳じゃない!! それにアレクシスさんは現場の指揮は俺たちに任せるって言ったんだ! 今まさに、俺たちが自分の意志で動く時だよ!」
「でも……」
「ミオちゃんが決断できないなら、俺がやる!」
決断できず、逡巡しているミオから手を放し、アキヤマは拘束部屋へと入った。そして、部屋の奥。拘束されるデラスの元へと足を運び、監視役の三人の男を強引に押し退けた。
「アレクシスさんからの緊急命令だ! デラスはここで始末する!」
唐突な死刑宣告に拘束部屋にいた一同が驚嘆する。それは拘束されているデラスや、その従者であるキールも例外ではない。
「左様ですか!? しかし、まだ訊かなくてはいけないことが——」
「説明してる暇はない!! 至急だ! そうじゃなきゃ間に合わない!」
注釈を求める男たちを、アキヤマは鋭い言葉によって窘める。事態は一刻を争うのだ。状況説明などは後回しでいい。そうしている間にも刻一刻と、デラスは策を練っているのだ。
「——私を殺す、か……? ころしてどうなる? 私は貴様に出し抜かれ、敗北して拘束されている。何もできないのだぞ? それに私を殺さず、私から有益な情報を漏洩させた方が貴様らにとって良い事のはずだ。それでも私を殺すのか?」
「ざっけんじゃねぇっす!!」
デラスの軽薄な弁論にアキヤマは激昂する。デラスの目論見を知っているアキヤマとって、言葉の一つ一つが嘘で塗り固められていることなど分かりきっていることだ。
抑々《そもそも》、敵であるデラスがこちらにとって利益のある提案をすること自体がおかしなことなのだ。それに、アキヤマの知っている限り、デラスはプライドの高い男といえた。そのデラスが負かされた相手に激憤しないとなれば、やはりその通りではないか。
アキヤマは監視役の男の腰から拳銃を奪い取り、デラスの口の中へと銃口を向けた。
「ほ、ほんろぉに、わらぁひをころすのはぁ?」
「あたりめぇっす!! アンタの考えてることは分かってるっすよ!」
顫動するデラスの首を持ち、拳銃の撃鉄起こす。
躊躇いはない。デラスを殺せばミオの見た未来は回避ができる。アキヤマの胸中はその考えだけが席巻していた。殺してしまえば、何もかも丸く収まるはずだ、と。
「先輩!! 待って!!」
背後からミオの叫び声が聴こえたが、関係は無い。やらなければこちらがやられるのだ。アキヤマはその一心で引き金を引いた。発砲音が鳴り響く。弾丸はデラスの脳天を貫き、血と脳漿が壁へとへばりついた。
「——!!」
——一瞬の出来事であった。
拳銃から放たれた弾丸は周囲の者の心情などに知る由もなく、ただ己が役割を主の支持のままに遂行した。非道といった言葉が相応しい。しかし、アキヤマにとってその非道さは快哉であった。
「これで終わりだ。こうするしか方法はなかったんだ」
駆け寄ってきたミオをアキヤマは透徹とした目で見やり、顔を伏せる。
「終わったんだ」
肩を降ろし、拳銃を床に置いてアキヤマは立ち上がった。
無抵抗の人間を殺すのは初めてだった。だが存外、悪い気はしなかった。逆に、自分が禍根の根を絶ったのだと、達成感で胸中を埋め尽くされる。
元々、汚れていた手だ。汚れた手が洗えないと理解できているのなら、洗う事を諦めて、その手を汚し続けた方が余程、能率的で周りの役に立てるというものだ。
「イヒ、イヒヒヒヒ!! クキキキキ!! まさか、ここまで間抜けとは、甘い、短慮、思慮浅い。これはもう……嗤うしかありませんね! 欣喜!! ウヒヒヒ!アヒャヒャヒャヒャ!!」
突如、キールが嘲弄するように奇怪に哄笑してみせた。それは、まるでアキヤマが行った行為を蔑むかのように思えて、悪感となって思考に激情を生み出させた。
「————ミオちゃん!!」
咄嗟に危険を察知したアキヤマは、ミオの身体を押し飛ばす。
鈍い音が聴こえた直後、激痛が胴体から身体全体へと伝わる。
アキヤマは自身の腹の辺りを見やり、身体を貫いている謎の物体を視認した。何が起きたのかわからないが、自分が刺されたことだけはわかった。
それは、愚鈍な思考にラグとなって迸った激痛がアキヤマをそうだと理解させたからだ。
「ごふッ! あがぁ……う、ぁ」
口から血を吹き出しながら、アキヤマは自身の身体を貫いている謎の物体に振れる。それは妙に生暖かく、生物の肌に触れているような感覚だった。さらに言及するなら、人の体温。
アキヤマは墜ちかける意識の中、伸びた腕のようなモノが突き刺さっていることに気づいた。




