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アンリーズナブル(序)【リメイク版】  作者: 犬犬尾
始まりの一端
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20話 『キザなヤロウ』

 ——精神が現実へと回帰していく。


 シュウの双眸が最初に捉えたものは真っ白な床だった。肌は妙に熱く火照っていて、床の冷たさがより一層感じられた。鼻孔びこうからは漂う血の匂いが入ってきて、最後に耳からは、


「起きてください……お兄さん……お兄さん!! お願い!! 起きてェェェ!!」


 ——必死に呼びかけてくる銀髪の少女の声によって、シュウの精神は完全に覚醒した。


 両手によって床を押し退け、シュウは身体を翻す。間一髪のところで、シュウは自身に襲い掛かる鉄の拳を避けた。固い床はプリンの様に砕け散り、周囲に噴煙が散る。

 赤子の手をひねる要領で繰り出された攻撃は、まさしく慢心だ。No.3の膂力りょりょくは地面を抉るには容易過ぎる力——それは、地面から拳を引き抜くという隙を生み出す。

 シュウはその隙を見逃さない。No.3のがら空きになった胴体に、シュウの拳が炸裂した。


「————!!」


 鉄がひしゃげるような破砕音と同時に、人造人間であるNo.3の胴体が消し飛ぶ。正確には上半身と下半身が分離し、吹き飛んだ上半身は壁に直撃。シュウの膂力を物語るように、No.3の上半身を中心に壁は陥没している。下半身は力なく床に倒れ込んだ。攻撃を受けたNo.3は言うまでもなく損壊。壊れた体からは、ビリビリと静電気を放出していた。

 

 結果が決したと思われた戦闘は、シュウの超人的な意趣返しにより逆転へと急転直下した。


「…………」


 それを見ていた者は敵味方も関係なく、全員が愕然と息を呑んだ。それに一番驚いていたのは、シュウをその中で一番強く思っていたユイだ。そして、彼女は遅れてくる感情の波濤を噛み締めるようにして、


「お兄さん、お兄さん……よかった、本当によかった……心配させないでください!!」

「心配かけて悪かった! どうやら、戻ってこれたらしい! それも、魔術師ってやつになってな!!」


 シュウは首のコリを解す動作をしながら、歓喜と安堵が混在した表情を浮かべるユイに返事を返した。

 直感的にシュウは自分が魔術師になったことを悟った。湧き上がる感情。体中をほとばる力。正の感覚がシュウの丹田たんでんから火山のように噴出し、爆発するようにみなぎっていく。それらがシュウを魔術師だと実感させるのだ。


「魔術師? まさか!? 予備軍から昇華したと!?」

「そのまさからしい! 実感がある! それに……色々、受け取っちまったからな」


ユイがシュウの完全復帰に喝采かっさいを浮かべた。


 鮮明とまではいかないが、シュウはツグハと師匠から背中を押され、魔術師という力を貰って現実へと舞い戻った。

 瀕死状態に陥った時、原理は分からないが、シュウの精神のみが理想郷に飛ばされた。そこでシュウがトラウマを乗り越え、『ありがとう』と感謝を伝えることがシュウを魔術師へと昇華させる方法だったのだ。


「ば、馬鹿な!! あ、あのNo.3が、私の最高傑作が一撃で負けただと!? それも奴は魔術師になっただと!?」


 敵の首魁であるデラスは、ユイとは違う怒りと焦りによって、その表情を歪める。椅子と机を押し倒しながら、デラスは自身の髪をぐちゃぐちゃにかき乱した。

 今まで、シュウ達を見下していた態度とは打って変わり、感情的になる姿は哀れである。


「忌々しい!! おい! シンよ、貴様の力で奴を殺せ!!」

「了解しましたぜ! デラスさん!!」


 シュウの覚醒にデラスは動揺を隠すことが出来ず、小物感を露呈ろていさせたが、彼とて指揮を担っている。経験則を元にデラスは目には目を歯には歯を、魔術師には魔術師をという指示を出した。

 とはいえ、人質として捕らえていたユイ達に目を向けず、シュウばかりに集中している時点でデラスは冷静さを失っている訳だが。


「しっかし、ヒーロー登場とは……なかなか、面白い筋書じゃねーか! でもな、これは物語じゃねーよ、現実だ!!」


 扉から、藍色髪で額に戦いの傷跡を残す男——シンが出てくる。それからシンは肩を竦め、シュウを嘲るように言葉を連ねていく。


「確かに暗殺者……理由はわからねぇーが、お前は魔術師になった。No.3が破壊されたのがその証拠だ! だがだ!! 結局のところは、俺と同じ土台に立っただけなんだよぉぉ!!!」


 シンは額の傷を嬲りながら、シュウに理屈という言葉の刃を突き付けた。まさにその通りである。それはシュウも自覚はしている。故に抜かりはしない。

 シンの理屈を無言という解釈をとって、シュウは臨戦態勢に入った。勝敗の決め手は一撃目。


 ——即ち、先手必勝!!


「やる気か、いいぜ。思い上がったこと……死んで身の程を弁えるんだな!」


 シンが突貫することによって開戦の合図が上がった。猪突猛進ではあるが、風を切るような素早さは馬鹿にはできない。言い表すなら『疾風』だ。


「一気に終わらせてやるぜ、俺の魔術は一対一じゃ圧倒的有利だからな!!」


 シンの魔術の能力は範囲内に入った対象の認識を阻害する能力だ。その彼との戦闘で考えられる戦法は、遠距離からの攻撃。人数による一斉攻撃。罠にかけるなどが挙げられる。

 一番の愚行ぐこうは近距離を有した真っ向勝負だ。当然だが、これは認識を阻害されてしまえば圧倒的不利に陥ってしまうためだ。


 ——しかし、シュウは動かなかった。


 距離は一瞬に狭まり、両者の火蓋が切ろうとしていた。

 シュウの視界が瞬時に歪み、シンの姿は消失。耳はノイズによって阻害され、音を捕らえることは叶わない。


「馬鹿目!! 自分の力に酩酊したか? とったぁぁぁぁ!!!」


 勝敗は一瞬。一撃を以って戦闘は幕を閉じた。


「馬鹿、な……何故、だ? なぜ、俺が壁に背を預けている。確かに認識阻害は——ぁあがぁ……くぁ」


 先制攻撃を決めたのはシュウだった。


 起こった出来事を客観視点で語るならば、接近したシンがシュウに認識阻害の魔術を行使。そのまま、シンはシュウの左半身から攻撃を仕掛ける。

 それに相対するシュウは瞑目した後、右脚を上げて身体を右に大きく回転。遠心力を使って右脚を大きく振り、シンの横腹に向けて蹴りを一閃した。

 客観視すれば、なんとも呆気ない幕引きだが、両者の間では数百の戦略が脳内を行き交っていた。


 戦闘に於いて相手が一番油断をする時、それは相手が勝を確信した時だ。

 シンの能力から、シュウは彼が接近戦を持ちかけてくることは理解できていた。そして、接近戦に絶対的な自身があるシンは、自分との距離を辟易せずに接近することもわかっていた。そこがシンの一番の欠点であることも。

 これはシンの能力を一度味わったシュウだからこそできる対策だ。


「正確に言えば、お前の認識阻害の魔術は目と耳の感覚を狂わせているだけだ。そこに触覚の介入はない。足から生まれた振動は消せない」

「そんな……なら、お前は、俺の足の振動だけで、居場所を、正確に割り当てたというのか? そんな、こと、が……」


 床に倒れているシンは納得がいかないと、言葉を吐露した。だが、シュウの攻撃によって内臓を破壊された彼は、理解する前に口から大量に吐血して絶命してしまった。

 壁に張り付いていた身体は崩れ落ち、白い床は血によって赤に染まる。


「だが、それ以外に説明のしようがないからな……もう、死んでいるか」

「あ……ありえない!? 奴は何をしたんだ!? くそ!! クソ!! こ、これは悪い夢だ……」


 思惑を覆し尽くされたデラスは到頭、精神の均衡を保てなくなり、目には光が失われていた。自信作のNo.3の敗北に、魔術師シンの敗北。敗北に敗北を重ね、デラスは恐慌状態へと陥っていた。指揮は鈍り、自我さえも失いかけている。


「デラス!! これで終わりだ。俺を殺しそこなったことを後悔するんだな!」


 シュウはモニターを介してデラスを一瞥する。彼はシュウの言葉に圧倒されないようにと激憤し、


「な、くき、にぬぬぅ……ええい! No.2! 人質を殺せ! そうすれば、然しもの奴も——」


 唾を吐き散らしながら、躍起になったデラスが拘束部屋にいるNo.2へと指示を煽る。


「させるか!!」


 シュウもそれを執行されてしまえば、理想郷ゆめから帰ってきた意味がなくなってしまう。それだけは阻止せねばならない。ユイ達がいる部屋に向かおうと、シュウは右の扉に向かって走り出した。だが、当然シュウの行動よりも拘束部屋にいるNo.2の方が早いのは火を見るよりも明らかだ。

 肝心な部分での詰めの甘さに、『何をしているんだ』とシュウは慚愧が絶えなくなる。


「まってくだせぇよ。そうは、させませんぜ」

「——なッ!?」


 ——最終手段に移行しようとするデラスを止めたのは、寝返ったはずのアキヤマだった。


 零れているコーヒーと一緒に、床に落ちているいるリモコンをアキヤマは掴み取る。彼はそのままリモコンの停止ボタンを押すと、腰に隠していた拳銃でリモコンを撃ち、破壊した。

 唖然という言葉が正しいだろう。事実、その場に居合わせたアキヤマ以外の者達の表情が凍る。そして氷が段々と溶けていくように、理解の波濤りかいが押し寄せた。


「さてと、総員! 敵の無力化を図れ!!」


 アキヤマの合図と同時に、各扉から武装を施した者たちが出現し、瞬時に黒装束の敵たちを囲んだ。デラスを拳銃で脅し、迅速な判断と対応。それはまるで、最初からアキヤマが仕組んでいたように見え、


「アキヤマ! お前、最初から……」

「すいやせん、旦那……アンタをだしに使ったのは本当に申し訳ないっす。でも、どうか理解してもらいたい。全員が切り抜けるため、全部この時の為なんです。許してくだせぇ」


 シュウは安堵感と虚脱感によって腰を落とし、額に手を当てて嘆息する。それから、突っ伏せるように仰向けになって、白い天井を眺めた。

 裏切られたと思いきや、実は最初から裏切られてなどいなく、仕組まれていただけだった。となれば、脱力もしたくなるものだ。


「駄目だ、のべつ幕無しすぎて、力が入らねぇ」


 そうぼやきながら、シュウは白い天井によってチカチカする目を手で覆い隠した。それからすぐに、


「お兄さぁぁぁぁん!!」


 アキヤマが連れて来た仲間達に解放されたユイが、銀髪をせわしなく揺らしながらシュウの元へと小走りに駆け寄ってくる。表情を悲哀ひあいに染め上げながら、彼女は寝転ぶシュウへとダイブ。シュウの胸板で顔面を強打した彼女は「へぷッ」と間の抜けた声を出した。

 ユイは顔を上げ、子供のように瞳をウルウルと涙で滲ませ、


「本当に心配したんですからぁぁ!! うわぁぁぁん!! よかったぁぁぁ!!」

「痛い! ユイそこは!! あばら折れてるから!!」

「よかったです……死んじゃったかと思ったんですよ? 血もあんなに出て、本当に、本当に……よかった」


 途中で鼻水をすすりながら、ユイは訥々と呟いた。

 本当に心配をかけすぎた。ユイやエリサ。ユウジ達に——ツグハや師匠にもだ。自分はこれほど愛されている。そんな仲間達にシュウは支えられているのだ。その愛を、友情を、絆を失わなくて本当によかった。


 ——全く、自分は幸せ者だ。


「悪かった……それと、ありがとうユイ……これで終わりだ。もう、ここにお前を苦しめる者はいない。だから安心しろ」


 その言葉にユイはもう一度、シュウの胸に顔を預けた。万感によって肩を揺らし、涙を堪えて嗚咽おえつする彼女を、シュウは無言で受け止める。

 銀髪を撫で、シュウは浅いため息を零す。ユイが泣き止むまで、シュウは彼女を宥めるように頭を撫でながら背中を眺めていた。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 事態が収束し、火照っていた身体も抑制された後。現在、シュウとユイ、そしてアキヤマの三人は休憩所にいた。シュウとアキヤマは対面するように椅子に腰かけていて、シュウの横には瞼を朱に染めるユイがちょこんと座っていた。


 この場所はアキヤマ曰く、デラスが生物研究の息抜き、研究者同士の交流の場として用いていた場所らしい。アキヤマの仲間は残党がいないかの確認。デラスとその従者であるキールの尋問を行っているとのことだ。


「大丈夫っすか、旦那? エリサさん達とはぐれて……」

「大丈夫だ。それに、あいつらも気持ちの整理が必要だろうし、エリサに関しては木を失ったままだ」

「本当に、その節は申し訳ないです。デラスが人造人間にエリサさんの腕を折るように指示するとは思っていなくて……本当に申し訳ないです。旦那!!」

「俺に謝っても意味がないだろ。謝るなら、あいつが起きてからにしろ……」


 ユイが治療魔術を施したお陰で治ったとはいえ、エリサ腕を折られてしまったのは事実だ。辛く痛い思いはなくならない。仕方なかった、などという逃げの言葉を吐くことなど許されない。


「わかりやした……旦那、話が切り替わりますが、いいすっか?」


 髪の間から知的な双眸を覗かせながらアキヤマは呟く。シュウは隣に座っているユイに目配せをし、可否を言外に問うた。

 ユイはシュウの視線に気づくと、微笑みながら顎を小さく下げて肯定の意を示唆しさした。


「わかった。どんな話だ……?」

「では……単刀直入に言うと、俺はこの隊の指揮官ではないです。俺の後輩にミオって子がいまして、そしてその子は、旦那……二日前にアレクシスという存在について話しましたよね……?」

「あぁ、覚えている」

「そのアレクシスの下で雇われている魔術師、もとい俺の後輩がこの精鋭部隊の指揮官です」


 横にいるユイが「あ、あの」とシュウの裾を引っ張りながら、何かを話したそうにもじもじしていた。耳を傾けたシュウにユイは口の横で手を立てて、


「恐らくアレクシスという人は、今日のお昼に話した、港町に訪れている一勢力の重鎮です……」

「なに!?」

「ひゃ!?」


 ユイは囁きながらシュウに注釈ちゅうしゃくした。シュウがそのことに声を荒げると、触れる距離にいたユイはビクッと反応した。


 タツが廃街に訪れたこと、シュウがユイにあったこと、雌伏しふくしていたアキヤマの裏切りに、その彼が魔術師二勢力の穏健側の部下。その徹頭徹尾、繋がり続けていた事実にはシュウも驚きを隠せない。物語の様な筋書には『奇跡』という言葉が相応しいだろう。


「まぁ、そんなところです……次はそのアレクシスについて話を——」

「よくも、抜け抜けと。仲間でもない相手に口を滑らせられるものですね」


 言葉を紡ごうとするアキヤマを一刀両断するように、扉の奥から抑揚よくようのない声が聴こえた。その声が聴こえた途端、アキヤマは明らかな煩慮はんりょを顔に浮かる。

 その姿は母親からお叱りを受ける子供、といったところだ。


「言っておきますが、私が指揮官なので先輩を切ることなんて、いつでもできるんですよ……?」


 扉の奥から出てきたのは、金髪を腰まで伸ばし、緑眼の双眸を覗かせる少女だった。モコモコのパーカーは少女の顔半分を隠していて、完璧な防寒対策だ。

 彼女はスタスタとアキヤマの前まで近づくと、彼の右足のつま先を踵でグリグリと力強く踏んだ。


「うぎゃあああ!! 痛い痛い! 今ガチで踏んだでしょ!!」


 アキヤマは背筋をピンと伸ばしながら悶絶する。少女は汚物を見るような目つきで彼を見下げて、


「当然です。それとも、その饒舌な舌を切り取ってあげましょうか?」

「それは勘弁! あーでも、そんな毒舌なミオちゃんも可愛いなぁ。もっと罵ってもいいんだよ?」

「キ……はいはい、もう付き合ってられませんね」


 ミオと呼ばれる金髪の少女はアキヤマの執拗な絡みに、肩を落として嘆息する。流石のシュウも今の発言には生理的な嫌悪は拭えない。隣のユイも、白い目で彼を眺めている。


「今、キモって言いかけたよね!?」

「はい、言いました。キ! モ! イ!! と」

「言い直したよ!! 屈託のない率直なお言葉だよ!!」


 アキヤマは少女の反応を見て、頭を抱えてお手上げアピール。それから申し訳なさそうに両手を顔の前で添え、苦笑した。

 たった数コマのやり取りであったが、シュウはこの二人がどういった仲なのか理解できた。どうやら、ユイもその事を理解したらしく、二人を見てクスクスと小さく微笑んだ。


「まぁミオちゃん。旦那は義理高いお人だから、今は仲間とは言えない仲でも、話し合えば仲良くなる。ですよね? 旦那!」


 アキヤマの急な話題振りにシュウは上体を前によせた。

 話し合いで仲良くなれるかは別として、シュウ自身彼らと情報交換ができるのは嬉しいことだ。事件は消沈したが、真正の魔術師であるユイを狙う組織は多いはずだ。その彼女を守るために、情報は大いに越したことはない。必ず守り抜いてみせる。


「こっちもわからないことだらけだからな……話を進めてもらえるのは有難い」

「ちょっと勝手に話を——」

「ミオちゃん、旦那は俺の信頼している人だ。信じてくれないかい?」


 三人の間に割って入ろうとした少女——ミオの唇の前に指を置き、言葉を続けることを中断させるアキヤマ。彼の日頃の道化じみた行動とは相反する真剣な行動に、ミオは口をつぐむことで合意を示した。

 知的な表情のまま、アキヤマは前髪の間から細めた双眸でシュウを見る。彼は「では」と牽制を入れ、


「旦那、こちらアレクシス陣営との同盟を前提とした平衡性のある交渉……それを今から始めましょう!!」

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