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アンリーズナブル(序)【リメイク版】  作者: 犬犬尾
始まりの一端
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15話 『裏切り』

「そうっすよ! 二日ぶりっすね……元気にしてましたか、旦那……?」

「な、なんで……そこにおま、え、が……? アキヤマぁ!!」


 そんなことは認められない。認めたくない。認めてしまえばシュウの中にある大切な何かが壊れてしまう。


「アキヤマ君、そん、な……裏切ったの!!」

「そんな人聞きの悪いこと言わないでくださいよぉ……裏切った裏切られたって言葉は、信頼し合う仲間同士に発生するイベントっすよ……?」


 エリサの嘲弄するように、理路整然りろせいぜんと裏切り行為を男は否定してみせた。


 目の前の出来事。シュウの正面にあるモニター、そこにいる筈がない前髪の隙間から双眸を覗かせる男——アキヤマの突然の出現。青天の霹靂へきれきに、彼の顔を見知っているシュウとエリサは辟易へきえきとしてしまう。


「言ってる意味がわからねぇよ! お前は確か、あの時用事で——」


 シュウは途中で自身の深慮を否定しきれず、言葉を嚥下えんげして留める。

 アキヤマと最後に顔を合した日。二日前から、彼とは会っていなかった。もし、仮にアキヤマがスパイとしてあの日、自分たちを裏切り、デラスに情報を漏洩ろうえいさせていたのだとしたら、早急に敵がこちらの居場所を突き詰めたのも合点がいく。


「スパイだったのかよ! アキヤマ!! お前が俺たちに見せた表情や言葉ってのは、全部嘘だったっていうのかよ!!」


 半ばそれを理解したくない自分が胸中にいた。いつも惚けた顔で諧謔かいぎゃくを口にするアキヤマに違うと、一言だけでも言ってほしい。その言葉にシュウは縋るようにアキヤマを見やる。


「そうっすよ旦那……アンタと知り合ったのも、仲を深めたのも、全部この時の為だったんすよ。全部演技だったんす……全部アンタが勝手に生んだ捏造ねつぞうなんすよ……」


 しかし、アキヤマはそれを口にせず、肯定だけを口にした。

 悄然しょうぜんとしたアキヤマの表情が恣意的しいてきなのか、当惑しているシュウにはソレを見抜くことなどできない。今、彼の表情すらも、欺瞞ぎまんであるのかもしれない。


「残念だったな暗殺者。アキヤマは元々こちら側だったのだよ……」

「許さねぇ……アキヤマテメェェ!!」


 シュウは自身の心境を述懐じゅっかいした。狡猾こうかつで自分の為に人を騙し、もてあそぶ姿はまさに道化師。アキヤマの飄々(ひょうひょう)とした態度が途轍とてつもなく苛立たしい。


「う、そ……」


 シュウの次に一番親しみが深かったエリサは茫然自失と、その双眸には光が宿っていない。アキヤマの性格を知る彼女にとって、彼の裏切りは予想だにしていない出来事だったのだ。シュウの為に保っていた気概は頓挫とんざされ、エリサはその場で気を失ってしまった。


「まぁまぁ旦那……俺に対して憎しみ抱くよりも、先ずはNo.3との対戦に勤しんでもらわないと、旦那の大切な仲間が傷つくことになりますよ……?」


 激昂するシュウをアキヤマは脅しを入れることによって牽制した。

 シュウ自身も、その重要さを理解して後方へ飛び退き、No.3から距離を取る。


「開始の合図は私が勤めるとしよう、3、2、1、開始だ」


 デラスは開始の合図と共に身体を反転させ、椅子まで足を運び、重い腰を降ろした。一方、シュウとNo.3はお互いの出だしを伺うかのように、一歩二歩と円を描きながら動く。


 戦闘の火蓋を切ったのはNo.3だ。床に落ちていた布を拾おうとするシュウの動きを見て『好機をいっすべからず』と、突進したのだ。

 悪手を踏んだシュウ。隙が多きすぎる行動。二人の間は一瞬の間に埋まり、瞬時。肉がひしゃげるような轟音が室内に木霊する。刹那の出来事に全員が唖然あぜんとし、一同がシュウの敗北を悟った——かに思えた。


 ——全てはカウンター技を成功させるための布石であった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 怒りによって己の制御ができず、感情に任せ、デラスの元へと飛び込もうとした時。No.3はシュウの動きを赤子の手をひねるが如く、制止させた。そこから察するに、力量は雲泥の差と考えられる。

 慧眼けいがん聡明そうめいといった言葉が相応しいと言えるだろう。故に、シュウは敢えて隙の大きい素振りを演出したのだ。そこから生まれる盲点を狙って。


 シュウはNo.3が術中にはまった事を目で確認すると、自身の履いている靴を滑らせて、足から切り離し、相手の目に向かって射出する。

 勢いよく飛び出した靴はNo.3の視界を遮り、繰り出される拳は空を切った。シュウを一発KOで撃沈させようとする力。更にシュウ自身の力を乗せたボディブローが無防備なNo.3に入る。


「少しは効いたかよ……」


 その威力はシュウの拳が痺れていることで如実に物語っていた。その快哉を噛み締めながら、続けてNo.3の顎を蹴りあげる。ボディ狙いからの顎と、ボクサーじみた戦法で相手を翻弄ほんろうしていく。


「素晴らしい! ここまでとは!! これは良い戦闘データが取れるぞ!!!」


 感嘆を示すデラス。が、シュウはそれを意に介することなく、態勢を崩し、膝を着くNo.3のがら空きの顔面に薙ぎ蹴りをいれようとするが、


「な! しまった!?」


 現実は違う結果を生じていた。


「————ぁ、ガァ!!」


 シュウの攻撃を受けたにも関わらず、No.3はシュウの右脚を掴み取り、反撃をしてきたのだ。不意を突かれた攻撃にシュウは対応不能。無防備になったシュウの横腹にNo.3の拳が叩き込まれる。

 あばら骨が軋むと同時にシュウの全身に大砲がぶつかったような激痛がほとばしった。

 当然、空中では勢いを殺すことなど不可能で、即ち、シュウの身体は壁へと激突する。


「ぁ……がぁ!」

「いや、お兄さん!!」


 慮外すぎる出来事と攻撃を受け、朦朧とする思考が、シュウに銀髪の少女の声を届かせようとしない。


「まだ、だ……俺はまだやれる……」


 シュウは暗示を吐露とろしながら、膝に手を乗せて立ち上がる。No.3は外れた顎を強引に戻し、人造人間らしい素振りを見せつけると、床を蹴り跳躍。拳をシュウへと向けて放つ。

 瞬時、愚鈍ぐどんな四肢に、動けという指令を送って身を翻し、シュウは紙一重で避けた。


「なんて、馬鹿力だ!?」


 抉れる壁面を見てシュウは悪感を覚える。だが、すぐにそれを払拭すると、態勢を立て直し、反撃を試みる。シュウの脚と拳を使った不規則の攻撃にNo.3は天才的な反射神経によって対応。シュウを撃沈させようと拳を振るっていく。


 ほぼ互角と捉えられる戦闘。しかし、シュウとNo.3には大きな相違点があった。それは攻撃を回避するか、防御するかの違いだ。

 前者にシュウが当たり、後者にNo.3が当たった。そして、その相違は次第に疲労となって現れ始め、


「————ッ!!」


 No.3の拳がシュウを捕らえる結果となった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「素晴らしい、まさかここまでNo.3と渡り合える人間がいたとは!! 期待以上の戦闘データが取れるぞ……」


 椅子にふんぞり返って自身の髪を整え、陶然とうぜんとしながらデラスは言った。デラスは自身が造り上げた人造人間がシュウとの闘いで成長するのを、親が子供の成長を見るような感覚で喜んでいるのだ。といっても、デラスのその感慨は度し難い闇の性質である。


「私の目に狂いはなかった。忌々しいが、奴の力量は本物だ……この戦闘データを元に、対魔術師用の人造人間を量産すれば……私を裏切った、あの小物どもに復讐することも夢ではない!!」


 机に置いてあるコーヒーの入ったコップを持ち、デラスは一飲みだけする。それから、手に顔をあてがって、クスクスと気味の悪い笑みを浮かべた。


「私の研究の集大成。それが実る時が近い……」


 手を腰へと落とし、再びモニターへと目を向けるデラス。モニターにはNo.3の拳シュウを捕らえる瞬間が映し出されていた。


「そろそろ、限界と言ったところか。例えアサシンの力量が本物だったとしても、奴は人間……身体の疲労は切っても切り離せない因果だ。それとは別に、No.3にはソレが無い。当然の帰結だ……」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 シュウの身体は巨人の様な拳によって吹き飛ばされ、天井へと叩きつけられた。内臓が破裂しそうな衝撃にシュウは強烈な嘔吐感を覚える。血と胃液が混ざった液体を吐き出さないように口元に手を当て、必死に堪える。


 唾と一緒に、喉元まで来た液体を飲み下し、気持ち悪い、平衡感覚を失った脳を躍起になって奮い立たせ、きもち悪い、痙攣けいれんする足を空いた手で叩き、きもちわるい、怒りを糧に闘争心を燃や——し、て、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ。


 ——シュウは嘔吐感に負けて、吐いてしまった。


 赤黒い液体が床にぶちまけられた。シュウはそれを吐き出したのが自分であるのか、とおののいてしまう。今まで、ありとあらゆる人間の死にざまを見てきた。それはシュウ自身が暗殺した人間の数だけに収まらない。

 それらからの情報を鑑みると、シュウの吐き出した血の量は死に直結するほど多くあった。


「まずったな……こいつは、オレ、ノ……チカヨ、あぁあがぁ!!」


 突っ伏せながら、己の血を眺めるシュウの頭をNo.3が片手で掴み上げる。じりじりと強まっていく握力が、シュウの顔を苦痛によって歪める。


 両手の力を振り絞って、シュウはNo.3の手を引き離そうと苦慮くりょするが、人間の力では引き離すことは無意味に等しい。

 そして、それはシュウの意識を削ぐだけの時間を有しており、


「く、クソ、が、ぁ……助け、なぁ」


 虚しく、儚く、無慈悲に消えていく。あれほどシュウを突き動かしていた激情すらも生存本能の抑止力によって消えていく。理性などでは太刀打ちできない生命の減衰。命の熾火おきびが消えていく。


「やめ、ろ。いぐ、な」


 その感覚はシュウが二度と味わいたくない、あの時に酷似していた。既視感。黒が、闇が、暗黒が、視界を、思考を覆っていく。


 ——シュウの全てを絶望の闇が飲み込み、意識が消えた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 シュウの身体がピクリとも動かなくなっていた。手足は人形のように垂れ下がっていて、生を感じさせない。


「いや……いやぁ! そんな、嫌だよ!! お兄さん……やめて! やめてください!! 本当に死んでしまいます!!!」


 血塗れになった服はシュウの亡骸を見ているようで——ユイはそんな考えに至ってしまう自分に反吐が出てしまいそうになる。彼は死んでいない。まだ生きている。


「お願いです。お兄さんをこれ以上……」


 床に顔を付け、ユイは滂沱ぼうだの涙を流す。


 シュウが何故、傷つかなくてはならないのか。全て自分がいた禍根かこんの種だというのに、どうして、彼ばかりが痛い思いを強いられなければならないのか。

 酷い目に遭っていいのは自分だけでいいのだ。自分以外が傷つくことなどあってはならない。だのに、現実は自分ではなく、シュウを選んでいる。


 わからない、理解できない。彼は勤勉で仲間思いで、強く優しい人物なだけなのに、わからない。

 自分だけが痛い目に遭うなら甘んじて受けよう。寧ろ、苦痛を味わって初めて、自身の罪が償われた気がするのだ。

 そんな自分本位な懇願こんがんにさえ、今は嫌気が差してくる。


「やめて!! 私が償います!! だから、ダカラァァァァ!!!」


 人形になったシュウの身体が地面へと投げ捨てられる。


 嫌だよ。やめてよ。そんなことしないで。もう彼が死ぬ姿は見たくない。彼には笑っていてほしい。彼は報われなければならない。

 やり直す世界の中で、彼は何度だって私を助けてくれた。自身の危険も顧みず、顔も名前も知らない私を救ってくれた。それがどんな理由だったとしても、救われたんだ。救われて、救われて、救われ続けたんだ。


 ——その結末が、全て彼の死だなんて、こんな理不尽なんて赦せない。


 シュウの頭蓋を踏み砕こうと、男の足が上がり、


「起きてください……お兄さん……お兄さん!! お願い!! 起きてェェェ!!」


 ——直後、No.3の胴体が消し飛び、惨憺さんたんな姿へと変わるのをユイは見た。



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