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アンリーズナブル(序)【リメイク版】  作者: 犬犬尾
始まりの一端
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14話 『突然の再開』

 小さい揺れや、時折、全身を振動させるような大きな揺れ。頭の中を反芻はんすうする重低音。半強制的に覚醒させられたシュウは今、自身が何処にいるのか聴覚と肌で吟味ぎんみし、ここが車内であると予想をした。


 事ここに至ってシュウがそう判断せざるを得なかったのは視覚が遮られているためであった。猿轡さるぐつわによって口は塞がれ、手足は縛られており、身体を転がす程度しか——いや、身体を転がす程の幅がなかった。

 寝返りを打ってみたところ、どうやら壁にぶつかったらしい。つまり、少なからずここは車のトランクの中だ。


「————!!」


 ひとえに大声を上げてはみるが、その意気は虚しく消える。今度は自身の手足を拘束している縄らしき物を振りほどこうとするが、雁字搦がんじがらめに結ばれた縄の締め付けを強めるばかりであった。


「ちぃきすぅ……」


 苦心を口にした。文字通り手も足も出ず、己の命の生死すら選べないのは今のシュウにとって最大の苦難であった。故に今、シュウの胸中にあるモノはその場からの脱出。地に這いつくばってでも、意地汚い蛆虫うじむしのようになってでも抜け出さなくてはならない。


 壁に後頭部を擦り付け、目隠し用の布を解こうと、必死に藻掻もがく。

 首の筋肉がつりそうになるが、構わず、愚直に試行回数を増やす。しかし、布が解かれる片鱗へんりんはなく、ただ時間を無為に費やすのみだった。

 次第に無意味だと解ったシュウはトランクの中をもんどりうって『何か刃物に変わるような物はないか』と手探り、足探りする。

 そんなシュウの行動が実ったのか、大きな物体と手が接触した。


「————?」


 判然としない自身の脳を、その物体にのみに集中させる。それをシュウは手繰り寄せ、ナニであるかを手の感触のみで推し量る。


 触り、撫で、引っかき、叩く。

 それらから得られる情報を加味して物体が何であるか——果たして、それは箱であった。


「はぁ、おはぁ……?」


 指に金属のような冷たい触感を味わいながら、シュウはソレが箱の開閉に使われる取手であると推測した。


 指を掛けて箱を開けようとするが、突如、訪れた謎の衝撃によってシュウは転がり、無防備に壁へと衝突する。シュウと同様、箱も転がり、手元から離れてしまった。


「————ッ!! こぉんはぁほぉひにぃ!?」


焦燥感に苛まれながらもシュウはもう一度、箱を手繰り寄せようとするが、


「さてと、暗殺者起きたようだな。猿轡と足枷だけは外してやるよ」


 トランクの扉を開け、シュウを嘲弄ちょうろうする男の声によって制止させられた。その声はシュウの大切な存在。愛すべき存在。掛け替えのない存在。その全てを蹂躙し、凌辱りょうじょくしようとする低俗者の声だ。


「目隠し越しにもわかるぜ……その親の仇みたいな怒りが、犇々と肌に伝わって来るぜぇ」

「シンさん、無駄話はよしましょう……どのみち数分で潰える命です」

「あぁ、申し訳ない……キールさん。俺の性質上こうやって卑下したくなっちまうんだ」

「それは仕方がありませんねぇ……貴方の他者を卑下する行為を剥奪する権利は私にありません。非礼を詫びます」


 シンと呼ばれる男は口にした通りにシュウの猿轡を外し、足枷となっている縄を解く。

 死の宣告をされたにも関わらず、シュウの脳はそれを不必要な情報とみなす。いらない情報を唾棄だきして、


「ユイとエリサ達は何処にいる?」


 シュウの思惟を取り巻いていたのは仲間の安否確認であった。自分ではなく、仲間の身を案じるシュウの物言いに、シンは怪訝に目を尖らせて唾を地面へと吐き捨る。


「おいおい、今しがた殺害予告されたのに、自分ではなく……仲間の心配かよぉ。つくづく反吐が出る野郎だぜ……偽善者がよぉ。まぁ、心配すんなや……まだ生きてる。それもピンピンしてるぜ? 少なくともお前の仲間は、お前より先に死ぬことはない……」


 顎に手を当てて喉を鳴らした。その双眸は嬉々としており、そこにあるのは上位種が下位種を見下すような蔑視べっしのみだ。哀切や憂慮ゆうりょといった要素は混じっていない。


「あいつらに手を出したら——ッ!!」

「手を出したらなんだ? あ? なんだ? まさかぁ……許さないとか、ほざくんじゃないんだろうな……? こんな状況で、こんな仕打ちで、強がっちゃうの?」

「クッ……」


 シュウの言葉を予測し、遮ってみせるシン。

 苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。それを悟られないようにと顔を俯かせるが、その行動は寧ろ、シンの加虐心をくすぐる結果に繋がってしまう。

 彼はシュウの髪の毛を腕で掴み上げ、恍惚こうこつな顔のまま、


「いいねぇ、嗚呼いいぜぇ……その表情。気持ちよくなってきちまったぁ」

「この畜生が……」


 己の爆発寸前の憤慨をかみ砕き、シュウは髪が引きちぎれる痛みを耐えながらシンの腕を振りほどく。


「威勢だけはいいな……」


 玩具おもちゃに呆れ果てたのか、シンは立ち上がると両手を頭の後ろで組み「さてと」と前置きをして、キールの背中を追っていく。


「お前らぁ、アサシンが妙な動きをしないか見ておけよ……もし、反抗して逃げるような素振りをしたら、気絶させてでも連れて来い」


 その言葉に、シュウは幾許いくばくかの疑念を抱いた。そも、自分が生かされていること自体がおかしい事であった。彼の任務にて、シュウは暗殺者の鮮血のミズキに殺されかけた。そして、その暗殺者を仕向けたのは彼らであり、首魁しゅかいのデラスという男だ。

 それが今や、シュウを殺さず、自身の元へと呼び寄せようとしている。冷静に考えれば不可解な点が多すぎだ。


「早く歩け……」


 しかし、シュウの達観たっかんの思考は、背中を押されることによってシャットアウトされた。

 そして、シュウ自身も『今、考えるべきはもっと他にある』と自己暗示し、疑念と思考を乖離かいりさせた。


 押されるがまま、シュウは一歩ずつ足を動かす。一歩一歩と階段を上がり、扉が開く音を聴き、


「目隠しを取ってやれ」


 二日ぶりに聞いたその声をシュウは並々ならぬ感情で頭に入れた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「二日ぶりだな暗殺者……どうやら、貴様のその目は、獰猛どうもうであるな」


 上半身を巨躯の男にシュウは組み伏せられた状態で、目隠しを外される。


「ユイとエリサ達は何処にいる……?」

「それは後で答えてあげよう……先ずは、素晴らしい!! と言っておこう。どんな理由があれ、魔術師でもない貴様があの鮮血のミズキを斃したのだ」

「何が言いたい……?」


 シュウは不快な笑みを浮かべる男——黒い修道服の上に白衣を羽織り、柚葉ゆずは色の髪をオールバックで纏めたデラスを睨みつける。

 要領を得られていないシュウをモニター越しにデラスは俯瞰ふかんすると、


「貴様には実験台として、栄誉ある死を与えよう!! 喜べ! 貴様は未来の為に死ねるのだ!!」

「————ッ!!」


 シュウはデラスのその言葉の真意を理解できず、呻き声を小さく漏らした。


「貴様には、今貴様と一緒にいるNo.3と戦ってもらうぞ。これからの戦に向けての戦闘データを取るのだ!!」

「誰が、お前の言いなりなってやるか……それなら死を選んでやるよ……」

「そうか……まぁ、貴様が否定を口にするのは分かっていたがな。右のモニターを見ろ!!」


 デラスの声に呼応するように、シュウの瞳は長方形型の部屋の右側——電源の点いていない、黒で統一されたモニターへと移る。ノイズと共にモニターには光が宿った。


 理解したくないと、シュウの脳が拒否反応を示す。感情の渦がシュウの体中を席巻せっけんし、理解したくないと訴え掛けてくる。


「見ろ……暗殺者。貴様もよく知っている大切な仲間達だ」

「あ、ぁぁ……っ」


——そこには手かせを付けられ、跪いているユイたちの姿であった。


「ユイ! エリサ! おじさん! ルリ! タツ! 大丈夫か!?」


 シュウの声に気づいたユイたちは各々に顔を上げ出す。そして、全員がシュウの顔を目視すると、その双眸に安堵と情愛の奔流ほんりゅうを浮かばせた。


 仲間が人質として捕らえられていることを知っていたシュウではあるが、彼らの安否を自身の目で確認できた影響はかなり大きい。

 殺されていないだけで、傷つけられているのではないかと、そういった最悪の予想が、仲間達の顔を見れたことによって完全否定されたのだ。

 心を乱す不安は沈下し、シュウの心に大きな安堵をもたらした。

 

「シュウ!! ちょっと! シュウに何かしたんじゃないでしょうね!?」

「お兄さんを今すぐ離してください! 狙いは私のはずです! 私だけで十分な——」


 シュウの状態を見て、一目散に声を発したのはエリサだ。それに続いてユイが心配げに発言。そのまま彼女は言葉を紡ごうとするが、


「黙れ、貴様らに発言の権利は出していないぞ……」


 その勢いはデラスの言葉によって圧倒され、消沈してしまった。


「は? 誰がアンタの指示になんか——!」

「わかっていないようだな。貴様らは人質だ」


 エリサはデラスの超然とした態度に怒りの言葉を発する。だが、これもまたデラスはクスクスと笑いながら、彼女の発言が場違いだと主張した。


「人質である貴様らに異議を唱える権利などない。あるのはただ一つ……奴隷のように、我々に従うのみだ。それ以外には何もない……」

「そ、そんな!?」


 至極もっともな指摘であった。勝者には至高の財を、敗者には最悪の絶望を。これが自然の摂理だ。それは人間であろうが動物であろうが関係はない。弱者は淘汰とうたされるのみだ。

 シュウやユイ達もそのことは、心の奥底で理解していた。だが、今この場では理屈などどうでもいい、それを理解したうえで否定したのだ。


「私は認めない!! シュウを離して!」

「そうか、それが貴様の選択か……No.2。躾けのなっていない女にちゅうを与えてやれ」


 快哉かいさいとばかりにデラスは抑揚よくようをつけた声で、巨躯の男へと命令を送る。


 それを聞いてシュウの肌には寒気が走った。その言は紛れもなくエリサに向けられた言葉。今すぐ止めなければならない。

 これ以上、自分の目の前で大切な仲間が傷つくところなど見たくはない。


「ま、待て!」


 シュウは胸の中で稲妻が迸るような激痛を感じながら、動悸を荒げて声高に叫ぶ。そんなシュウの怒号を意に介ない巨躯の男は、エリサへと近づいていく。


『止めなくては』と、身体を奮い立たせ、自身に掛かる重圧を押し退けようするが、重圧は退くことを認めない。

 それはまるで、妄執もうしゅうの悪魔がシュウ自身の愚かさを嘲笑するように思えた。今まで払うことを拒み続けてきたシュウへのツケの代償だと、そう悪魔が言っている。


「やめろ!!」


 ——止めなくては、止めなくてはとめなくてはトメナクテハは止めるとめるトメル止めろとめろトメロ止まれとまれトマレ。


「その女の腕を折れ、No.2……」


 ——止めてくれやめてくれヤメテクレ止めろやめろヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!!!


「ヤメロォォォォォォォ!!!」


——エリサの右腕が巨躯の男によって、軽々しく折られた。


 悲痛に顔を歪め、必死に痛みを堪えているエリサ。その彼女をユイやユウジ達は痛ましそうに目も逸らしてしまった。余りにも、残酷すぎる所業。赦せない。赦せるわけがない。


 エリサの凄惨な姿を双眸に写して、シュウの掠れた憤怒の咆哮ほうこう——慟哭どうこくが室内に響き渡る。地面に顔面を叩きつけ、己の矛先を今か今かと獰猛に滾らせる。体中から湧き上がる、どす黒い激憤の炎を力へと変え、


「でらすぅぁぁぁぁぁぁ!! お前だけはぁぁぁぁ!!!」


 重圧を押し退け、立ち上がり、デラスの居場所へと、突貫する。手枷となっている縄を己が腕の膂力を以って引きちぎり、投げ捨てる。

 そして、固く閉ざされているドアを蹴り飛ばし粉砕する——かに思えた。


「やはり、怒りとはこれほどまでに人の力を引き出すものなのか!!」


 そこにはシュウの首を掴み上げ、天井へと掲げる巨躯の男が居た。その男は一度、シュウの膂力に押し負けはしたが、愕然がくぜんとするわけでもなく、己の命を執行せんと飛び出し、無力化を図ったのだ。


「No.3は貴様の力に押し負け、拘束を解いてしまった……数百キロある力だぞ……? それを貴様は人の領域で超えたのだ。やはり私の目に狂いはなかった」

「放しやがれ!!」


 両手でNo.3と呼ばれる男の腕を首から振りほどこうと抵抗するが、児戯じぎとばかりに窘められた。力はより一層強まるばかりで、シュウの意識が混迷していく。

 酸素不足に陥り、倦怠感けんたいかんに襲われ、頭痛や耳鳴りが激しくなる。


「No.3そこまでにしておけ。本題に入る前に死んでもらっては困るからな……」


 No.3の力が緩まると同時にシュウは足りなくなった酸素を、沖に打ち上げられた魚のように取り込む。沈みかけた意識をシュウは無理矢理に覚醒させた。


「ぁ……はぁ、ホ、ン、ダイだと……?」

「そうだ。暗殺者。今から貴様に選択肢をやろう……二つだ」


 デラスは指を一本上げ、


「一つ……そこの人造人間と貴様が戦うか」


 更にもう一本の指を上げ、

 

「二つ……貴様の仲間が傷つくか? さぁどちらだ……?」


 両手で髪を整え、瞑目して答えを待つデラス。


「シュウ……私は大丈夫だから! こんな怪我、へっちゃらだよ——ッ!! だか、らシュウが……傷つくような、選択はしないで……」


 訥々とした声で、その顔を痛みによって引きつらせながらも、エリサは慈愛をシュウへと向ける。


「早く選択しろ、さもなくば女の左腕も折るぞ……?」


 今にも辛く泣きそうな顔をして、痛みを堪え、それでもシュウの事を一番に考えているエリサを見て、逡巡しゅんじゅんなどシュウが出来るはずがない。ならば、選択肢など、ないのも同然だ。


「当然だ!! 俺は人造人間と戦う! エリサには手を出すな!!!」

「貴様なら、そう言うと思ったぞ暗殺者……」

「まって! シュウ何で!!」

「すまねぇ……エリサ」


 シュウは立ち上がり、冷徹とした瞳でただ一言だけ謝罪した。仲間を救いたいという強い気持ちが裏目に出ることによって、シュウの冷静さを見失わせてしまったのだ。

 エリサの痛みの声を聴いて、シュウの心は擦り減って正常性を保てなくなり、目的すらも見えなくなっていた。


「さぁ、早くしやがれ……」


 罪悪感と焦燥感に苛まれながら、シュウはデラスに戦闘開始の合図を示唆しさした。が、シュウの物言いをあざけるようにデラスはつむっていた瞳を開き、


「まぁ、そう焦るな暗殺者。貴様にもう一つサプライズだ……」

「そんなのいらねぇーよ!」


 デラスは理解不能な言葉を告げた。それは、焦がれる考えを更に強め、憤りとなってシュウの額に青筋を浮かべさせる。握りこぶしを横に振り、怒りの矛を空に向けて放つ。


「そういってやるな……こやつとて貴様との再会を楽しみにしていたのだぞ。なぁアキヤマ……」

「そうっすよ! 二日ぶりっすね……元気にしてましたか、旦那……?」

「な、なんで……そこにおま、え、が……? アキヤマぁ!!」


——そこにいるはずのない人物によって、シュウは中身は張り裂けそうになっていた。

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