12話 『動き出す闇』
ユイはシュウに魔術を説いたように、エリサにも同じ要領で魔術について赤裸々に語った。真正の魔術師について、人間爆弾について、現在の世界事情について全てだ。
「うーん、全くわからん」
「まぁ、俺も魔術って代物があると知っているだけで、詳しくはわからん」
顎に手を当てがり、エリサが理解不能だと訴えかける。それに対し、シュウは自分も同様だと言うが、何かに対して信じる信じないという差異は想像以上に大きい。
幽霊を信じない者に、幽霊とは何たるかを説いたとしても、それは無駄骨というものだ。
「そういえば……俺が気絶した後、この家に押し掛けた時、おじさん達にはどう説明してくれたんだ?」
「私が、緊急事態って言っておじさんに家に泊めてもらえるように頼んだよ。ユイちゃんにそう言ってって言われて……」
「そうか……助かったユイ。エリサもありがとう」
シュウが微笑みながら感謝を述べると、ユイは目線を下に逸らして、「あ、いえ……お安いご用です」と畏まった。エリサは「えへへぇ……」と吐息して、陶然としたようにこめかみをぽりぽりと掻いた。
一通り話し終えた三人の間に、静寂が訪れる。
部屋の壁に掛けてある時計を見ると、時刻は十五時前。現地から夷町まで車で約六時間というところ。遅くても九時過ぎには着けるが、夜に迎え入れてもらえるかは怪しい。
「出るなら、夜中の二時前ってとこか。朝方、向こうに着く予定にしよう」
「そうですね。今から出たとしても、夜遅くに着くことになりますからね……異論なしです」
「私は、どうすれば……?」
「エリサは今日もおじさんの家に泊めてもらえ……」
そう言うとシュウは立ち上がり、座布団代わりにしていた布団を折りたたむ。それから、強張る身体を伸ばして弛緩させる。ユイとエリサはシュウに視線を送り、何処へ行くのだろうかと、見合って小首を傾げた。
「何やってんだ……次はおじさん達に説明だ。黙ってるってのは気が引けるし、嘘を吐くのは、仲間にすることじゃねぇ」
「あ、はい! そうですね」
「了解!!」
襖を開けて階段を降りるシュウを追って二人の娘がついて行く。
この憩いの場は温かく、やわらかく、負感情を払拭するほどの包容力がある。ここ数年、久しく味わわなかった心地の良さは、シュウに、ユイに、仲間達に幸せを運んでくる。
それはシュウが一番手に入れたくて、もう届かない存在と思っていた存在だ。それを守ろうと思える気持ちは、かつてシュウが慕っていた母と師匠が抱いていた気持なのかもしれない。
「お!! シュウ君! 目が覚めたのかい! 安心したよ……エリサ君と、その銀髪の娘がシュウ君がまた倒れたって言った時はどうなるかと……」
眼鏡を掛けた黒髪に中肉中背の男——ユウジがシュウを見て安息したように息を吐く。彼の『シュウ』という単語に反応したのか、部屋の奥から「シュウにぃ!?」と快活の声が聴こえた。
どたばたと慌ただしい足音と共に、廊下に少年と少女が飛び出してくる。ユウジと似た雰囲気を持つ黒髪のタツに、長すぎず短すぎない杏色の髪を、後ろで纏めたポニーテールのルリだ。
「シュウにぃ! 心配したんだから!! 昨日二回も倒れたって聞いた時は、ううぅ……」
双眸をうるうると滲ませながらシュウの胸にルリが飛び込む。胸の中で彼女は「よかった、よかった」と、甘えるように抱き着く。その二人の姿を、周囲の仲間は暖かい目で見守った。
「本当に、よかった。その様子じゃあ大丈夫そうだな……シュウにぃ。あんまり心配かけんなよ」
「悪い……」
仲間には心配を掛けてばかりだ。そして、それは自分が愛されているという証拠。それを侵そうとする者は誰であろうと許しはしない。救えなかった母。救えるはずだった師匠。今度こそは失いはしない。この命に掛けてでも、絶対に。
「三人とも、聞いてくれ……今から話すこと、信じられないかもしれないが……いいや、違うな。俺を……彼女を信じてくれ」
シュウは頭を下げ、懇願した。
「私から、そのことについて……話させてもらいます」
タイミングを見計い、シュウに付随するように、その銀髪を靡かせながらユイが前へ出る。毅然とその瞳には剣が宿っていて、彼女の貴族然とした可憐さが顕れる。その姿にユウジ一家は「綺麗だ……」と口を揃えて呟いた。
「私が信じるお兄さん。そのお兄さんが信じる仲間の方に、信用してもらえる機会を、私にください……」
ユイの言葉に、シュウは少女ではなく、自立した一人の大人。いや、それ以上の強みを彼女から感じた。自分とは、端から端まで反対の性質だ。
シュウ以外の者は戸惑いの表情を見せながらも、彼女の真摯に向き合おうとする思いを無下にはしないように静観する。
彼らにとって、ユイは顔と名前しか知らない謎の多い人物だ。だが、彼らが信じる男が「彼女を信じてくれ」と頭を下げてまで懇願したのだ。
その彼女が、悪であるわけがない。
「わかったよ……ここじゃあ話づらいし、みんなリビングで集まって話そう!」
「そ、そうだな! 立ってんのも何だしな!!」
場の空気を和ませようと、ユウジとタツがおろおろと応じる。何とも拙い演技であったが、それでもユイを一方的に排斥しないように思っての配慮だ。
その二人の演技に、ルリは「わかりやすすぎ!」と言ってクスクスと微笑んだ。ユイも釣られてクスクスと、口元を片手で覆って笑う。
二人に続いて、ルリとエリサが、シュウとユイがリビングへと向かう。
「丁度六人分の椅子があってよかった……さぁ、二人とも、座った座った!」
既に、椅子に鎮座していたユウジが、シュウとユイを見て座るように示唆する。ルリとタツにエリサも二人を見据えて、「ほら早く」と促してきた。
「だとさ……」
「はい! が、頑張ります!!」
シュウに肩を叩かれ、鼓舞を受けたユイは意気軒昂と背筋を伸ばして返事をした。ぎこちない仕草で、シュウとエリサの間の椅子に彼女は座り、
「よ、よろしくお願いします!!」
と、かなりの大声を出し、頭を机にぶつけた。それも、結構痛そうな音がなった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
遡ること、朝八時。
場所は博物館跡。鮮血のミズキ及び、その仲間たちの死体に気絶した者たち。そんな凄惨な場所に、一人の男が居た。
「これは、また、ククク。実に興味深い。魔術師を退けるとは……捨て駒にする駒を見誤っていましたねぇ、デラス殿」
栗皮色の髪を耳が隠れる程度まで伸ばし、前髪は邪魔にならないようにと上げてある。全身に黒いコートを纏い、髭をしごきながら男は無線機越しの何者かに声を掛けた。
「悔しいが、君の言う通りだよキール。私もまだまだ、上に立つものとしての力が不足しているようだ。善処しなければな……」
「善処!! そうですねぇ……自身の過ちを悔い、贖うことはとても大事なことです!! 流石私が、御認めになった御仁!」
「暗殺者の家はもぬけの殻だ。部屋が荒らされていた形跡があるから、遠くに逃げた……と考えるべきだ。しかし……」
「はい……魔術師を退けるような男です! それと、どうやら噂によれば、昔はあのイクサが生業としていた回収屋、その唯一の仲間だったとか……きっと、荒らしは偽装でしょうねぇ」
「だからこその、君だがね……暗殺者は生け捕りで頼むよ……奴には実験台になってもらうからね」
それを最後に無線機による会話は途絶えた。
「嗚呼!! 神よ!! 私が仕える主に言及せず、盲従することしかできなかった私の罪を! 不徳をお許しください!!」
道化じみた演技をする男——キールは、奇怪な動きを取って天を仰ぐ。その彼を中心に、周囲にいる黒装束の者達も同じく天を仰いだ。それが聖職者としての嵯峨なのか、狂信者のように滂沱の涙を流し、何処にいるかもわからない神に許しを請う。
「嗚呼、人とはなんて醜くて、救いようのない生き物なのか! 慢心し、たった一人の男に敗北を期してしまうとは!!」
キールは息のある倒れた男を慈母のように優しく包み、
「愚か! 怠慢!! 無精!! 即ち大罪!! 貴方はその命を以って!! その罪を贖わなければなりません!!」
男を頭から何度も、何度も地面へと叩きつける。血しぶきが舞い、地面に付着する。頭蓋が粉砕される音が鳴り、赤黒い血液溜まりが出来た。顔は見るも絶えない無残な姿になり、眼窩がくっきりと見えた。
キールは転がる眼球を捻りつぶし、
「嗚呼!! これでまた、一人の者が神の身元へ向かったのです……何という感動!! 何という感嘆!! 死んだ彼も、天国で感涙しているでしょう!! さぁ、皆さん喝采を!!」
涙を流しながら神に救いを求めるその姿は異常そのものだ。自分自身が殺しておいて、それを然も神に報いた善行かのように整然と言い募っていく。まさに狂人の所作と言わずして何と言うか。
「キール様。これを」
「嗚呼!! そうですねぇ……そうしましょう!! 善は急げとも言いますし! このような信徒が私に仕えてくれるとは、私は何と幸せ者なのかぁ!!」
キールの雰囲気は、既に仲間の男を殺したことを忘却しているかのように思えた。はたまた、当たり前のことであるために頓着していないのか。
果たして、両方であった。
魔術師など、どれも常軌を逸する存在である。だがこのキールという男の悪辣さは魔術師の云々関係なく、人間性の部分での狂気が上回っている。
男が手に持っていた瓶詰をキールは手に取り、じろりと双眸を開く。彼は口から涎を垂れ流すと、それを滋味するようにペロリと舐め回す。そして、あらゆる角度から観察し、納得がいったと哄笑し、赤子の様に服を唾液で濡らしていく。
「これは、暗殺者の血液ですか……いいですねぇ!! これがあれば、奴を! 更に、逃げた魔術師の娘も捕まえることが可能ですね!!」
キールは指で「パン」と乾いた音を出すと、忽然と茂みの中から三匹の黒い犬が出現した。隠れていたのではない。本当に忽然と、次元が歪んだように姿を現したのだ。
犬たちは陶然としたように主であるキールに歩み寄り、彼の前で座り込んだ。
キールは屈み、犬たちを撫で、
「いつ見ても、惚れ惚れしますねぇ。生物を生み出し、それを眷属として使役することが可能とは……流石デラス殿!! 私の能力は生物への洗脳……私の感情を他者へと介入させることにより、疑似的な洗脳が可能となるのです!! 生物を生み! その生物を操る!! これほどまでに相性の良い関係が他にあるでしょうか!! 否!!」
キールは犬の眼前に指を立て、
「さあ、この臭いを覚えるのです」
瓶詰の中にあった血液を三匹の犬に嗅がせていく。嗅覚の強い犬ならば、暗殺者の居場所は直ぐにバレてしまうだろう。
「行きなさい! 我が眷属たち……忌まわしくも、薄弱とした英雄譚などに溺れる暗殺者の在処を、見つけるのです!!」
三匹の犬はキールの合図を受けると各々、違う方角へと散開する。
洗脳の条件は三つ、
条件 一
洗脳対象の名前、性別、年齢を知ること。対象の名前はその対象にとって一番なじみ深い呼び名でもよい。
条件 二
洗脳対象から洗脳の許可を受けること。これの仕組みとしては、『信用』『信頼』が大きく関わっている。故に信頼の重きを置いている間柄なら、口頭での許可を受ける必要はない。無意識化の許可で洗脳可能だ。
条件 三
以下の条件をクリアして、洗脳対象に触れること。
「素晴らしい技量ですね……キール様」
「イエイエ、この能力自体、さして、珍しいモノではございません。それとシンさん『様付け』はしないでくださいと、言ったはずですよ?」
身体を左側に仰け反らせながら、キールはシンという男の顔を覗き込む。
「申し訳ない、キールさん」
「そう! それでいいのです! 私たちはデラス殿と肩を並べ、誓いを交わした身! 謂わば、義兄弟のよぉーなもの!!」
両手を広げ、唾をまき散らしながらキールは声高に演説する。
「徒党を組み、戦うというならば、お互いに信頼関係を築かなければなりません!! 魔術師であるにもかかわらず、無様にも惨敗してしまった、あの鮮血のミズキと我々は違うのです!」
キールは唇についた涎を舌なめずりして、ケタケタと哄笑する。滴る涎を舐めては、また舐める。
彼のその行動原理は愛を捧げる神への供物だ。他者よりも自身が『有能』『優秀』『有益』であることを証明することにより、承認欲求を満たしているのだ。
それこそがキールの生き甲斐であり、人生であり、世界なのだ。故にそれが満たされた時、キールは耐え切れない程の快楽と愉悦に満たされる。
「ヒヒヒヒヒヒ!! 痛快無比なりぃぃぃぃ!! 神よ!! 私の愛をどうか受け取ってください!!」
溢れ出す滂沱の涎をポケットに仕舞ってあったハンカチで拭きとるキール。
「すいません。取り乱してしまいました……では我々は、我々でやるべきことをやりましょう。培ってきたモノや最終的に目指す場所は違いますが、今の目的は同じです……誓い合った『世界の裁定』、それに向けての第一歩を歩むと致しましょう」
醜き世界を浄化させようと、その役割は自分とその仲間であると嘲笑う。男はケタケタと哄笑し続けた。




