冬の鳥
これは四季の国の、冬の鳥にまつわるおはなし。
四季の国は、とても遠い遠いところにあります。そこには立派な宮殿があって、四季のおひめさまが暮らしています。
春のおひめさま、夏のおひめさま、秋のおひめさま、冬のおひめさま。その四人は、決して一同に会することはありません。なぜなら、春のおひめさまは春の間だけ、夏のおひめさまは夏の間だけしか起きていないものですから。
それぞれのおひめさまは目が覚めると、お城のおくにある玉座へ行って、前の季節のおひめさまから冠を受けとります。それをかぶって玉座に座ったときから、季節は変わるのです。
きょうは丁度、冬から春へ変わる日でした。
春のおひめさまが玉座に行くと、そこには冬のおひめさまはいませんでした。
お城をくまなく探すと、冬のおひめさまは、雪に埋もれた中庭にいました。堆く積もった雪も、春のおひめさまが歩くごとにとけて行きます。
「こんなところで、なにをしているの」
「見て、卵が孵るわ」
何かをのぞきこんでいる冬のおひめさまに促され、春のおひめさまもそれをのぞきます。
そこには雪に包まれて、雪の影のような、ほんのりとした青色の卵がありました。それは冬と春のおひめさましか見ることのできない、冬の鳥の卵でした。
その卵は、ふたりの見ている前で、すこしずつすこしずつ、そして最後は一気に割れました。
出てきたのは、卵の殻と同じ、薄い青色の雛でした。おひめさまたちは冬の鳥が生まれたことを喜び、
冬のおひめさまは春のおひめさまに雛を託して眠りにつきました。
また次の冬に会いましょう、と言って。
冬の鳥はすぐに飛べるようになり、春のおひめさまに見送られて飛び立ちました。
冬の鳥には、「せかいに雨を降らす」という大きな役割が与えられているからです。まだ小さいからだながら、冬の鳥は一生懸命、乾いた大地に雨をふらせます。
冬の鳥が通ったあとは、若葉が繁り、花が咲き誇ります。水の玉を弾く、みずみずしい草花。なんて美しいのでしょう。
冬の鳥のからだが大きくなり、ふらせる雨のつぶも大きくなったころ、美しい羽根が一枚、ひらひらと地上に落ちていきました。
その羽根は、ある国の王様のあしもとにひらりと落ちました。
「なんと美しい羽根だろう」
さわるとひんやりしていてすべすべで、透き通るような薄い青色。王様は一目でその羽根がすきになりました。
「わたしはこの鳥を飼いたい。この羽根を持っている鳥をつかまえるのだ」
王様の命令は国中に出されました。つかまえたものには褒美がでます。そこで、おとなもこどもも冬の鳥をつかまえようとしました。
「いたぞ、そっちだ」
「えいっ」
「だめだ、にげられたあ」
人の手が届きそうになると、ひらり、ひらり。冬の鳥は身をかわしてのがれました。
どうしてみんな、ぼくをつかまえようとするのかしら。みんなぼくが嫌いなのかしら。
冬の鳥はかなしくなって、それに追いかけられて疲れてしまって、ひとけのない森のきりかぶにとまりました。冬の鳥がとまったきりかぶの根元から、水がこんこんとわき出てきました。それはすぐに小川になって、きらきら輝きながら流れていきました。
ちょうどそのとき、その森には狩りをするために王子が来ていました。王子は小川を見つけて喜びました。ずっと獲物をさがしていて、のどが渇いていたのです。
「なんてきれいで、おいしい水だろう」
王子は、この清流がどこから流れてくるのかふしぎに思って、流れをさかのぼっていきました。すると流れはきりかぶの根元から始まっていて、そのきりかぶには冬の鳥がとまっていました。
「あれは父上が欲しがっていた鳥ではないか」
王子はそっとその鳥に近づくと、あみを投げてつかまえてしまいました。
「きっと父上も喜ばれるだろう」
王子は嬉しくなって、あみを担いでお城へと戻ります。
「ぼくをどこへつれていくの」
あみの中で冬の鳥がクルルル、クー。冬の鳥は何度も王子にたずねますが、王子には聞こえません。
王子の後ろには、黒い雨雲がしずかに近づいていました。
王子がつかまえた鳥を見て、王様はたいそう喜びました。
「なんとすばらしい鳥だろうか。これのために金とダイヤモンドと真珠で鳥籠をつくるのだ」
王様は国一番の職人を呼び立て、すばらしい鳥籠を作らせました。
「そんな籠をつくってどうするの。ぼくをここからだして!」
あみの中で冬の鳥がクルルル、クー。だれも気づいてくれません。
すばらしい鳥籠はきらきら輝いています。けれど、そこに入れられた冬の鳥は、宝石に負けないくらい、透き通るように輝いていました。
「なんと美しい鳥だろうか。さえずりまで美しい」
「どうしてぼくをとじこめるの。ぼくをここからだして!」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。だれも気づいてくれません。
「冬のおひめさまに会いたい」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。涙がひとつぶ落ちました。
「冬のおひめさまとは、だれかしら」
鳥籠のとなりに、女の子が立っていました。女の子は、この国の姫でした。王様が大事にしている鳥を、こっそり見に来たのです。
ここに来てから初めて声をかけてもらって、嬉しくなった冬の鳥はその美しい声で話しました。
「冬のおひめさまは、このせかいに冬をあたえるおひめさま。このせかいをいちどゆっくり眠らせて、癒しをあたえるおひめさま。ぼくのだいすきなおひめさま」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。姫はとても賢い女の子でしたので、冬の鳥のお話でなにもかもわかりました。
「この国にゆたかな春がきて、生きるものすべてが元気になる夏がきて、実りのおおい秋がきて、わたしたちがしあわせに暮らしているのは、その冬のおひめさまのおかげなのね」
「そう、そう、そのとおり!」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。嬉しくて鳥籠の中でくるりと宙返り。けれどその気持ちも、すぐにしぼんでしまいました。
「ああ、冬のおひめさまに会いたい」
姫は冬の鳥がかわいそうになって、王様に鳥を逃がしてくれるようお願いしました。
「お父さま、あの青い鳥を籠の外にだしてくださいな」
「なんだって、そんなことを言うのだい」
「あの鳥がないているのだもの。冬のおひめさまに会いたいって。帰してあげないと」
姫がそう言っても、王様の耳にはクルルル、クーと鳥の鳴き声が聞こえるばかり。きっと姫は空想の世界の物語を言っているにちがいない。王様はそう考えました。
「いくらおまえの頼みでもそれはできない。あれはわたしの大切な鳥なのだ」
姫の頼みは聞き入れてもらえず、冬の鳥はいまだ籠の中。
外は、しとしと、雨が降りつづいています。
しばらくして、王様の国のひとびとはあることに気づきました。
「雨がぜんぜんやまないぞ」
「いったい、いつまで降りつづくんだ」
空には分厚い雨雲がたれこめ、太陽のすがたなど久しくおがんでいません。季節は夏もさかりだというのに肌寒く、作物はまったく育ちません。
「食べるものがなくなってしまう」
「となりの国にわけてもらおう」
しかしとなりの国は、雨がまったく降らず作物が実っていません。冬の鳥が飛んでいかないのですから、当然です。
「ああ困った、どうしよう」
雨は、ざあざあ。畑はぜんぶ水たまり。
「雨がぜんぜんやまないぞ」
「いったいいつまで降りつづくんだ」
雨は秋になっても降りつづきます。川の水かさも増え、下流の町は水の底にしずんでしまいました。
「雨がぜんぜんやまないぞ」
「いったいいつまで降りつづくんだ」
どんどん寒くなり、みぞれになってきました。つめたい風もびゅうびゅう吹いて、水たまりはぜんぶ氷になりました。ぬれた建物もぜんぶ氷づけになりました。
少し前、四季の国では冬のおひめさまが目覚めました。冬のおひめさまは、玉座で冬の鳥が帰ってくるのを待っています。けれど待てど暮らせど帰ってきません。
「小鳥、小鳥、わたしの小鳥。どこにいるの、はやく帰っておいで」
冬のおひめさまの声はつめたい風となり、せかい中に吹きわたります。その風で、王様の国は氷づけ。
「小鳥、小鳥、わたしの小鳥。どこにいるの、はやく帰っておいで」
「ああ、冬のおひめさまがぼくの帰りをまっている。ぼくもはやくかえりたい」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。その声は、冬のおひめさままで届きません。
「雨がぜんぜんやまないぞ」
「いったい、いつから降っているんだ」
王様の国のひとびとは、話しているうちに気づいてしまいました。王様が青い鳥をつかまえてから降りつづいている!
ひとびとは、お城へと向かいました。
「王様の鳥が雨を降らせている!」
「呪いの鳥だ!」
「わるい鳥だ!」
門番はひとびとを入れるまいとしましたが、寒いし、食べるものも充分にない生活のせいで力が入らず、ついに押しきられてしまいました。
「王様の鳥が雨を降らせている!」
「呪いの鳥だ!」
「わるい鳥だ!」
鳥籠のまえで、王様はうなだれます。
「おお、わたしの青い鳥。おまえが雨を降らせているなんて嘘にきまっている」
「いいえ、いいえ。ぼくは冬の鳥。せかいに雨を降らせる冬の鳥。ぼくがいるから雨が降る。ああ、冬のおひめさまに会いたい」
鳥籠の中で冬の鳥がクルルル、クー。そこに王子と姫がやってきました。
「父上、その鳥を民衆におわたしください。みな怒りにふるえています」
「だめだだめだ。そんなことをしたら鳥のいのちがなくなってしまう」
「お父さま、その鳥を逃がしてくださいな。冬のおひめさまが待っているわ」
「だめだだめだ。これはわたしの鳥だ。どこへも行かせん」
そのうちに、ひとびとも鳥籠のところへやってきました。
「その鳥をよこせ!」
「その鳥が雨を降らせている!」
「呪いの鳥だ! わるい鳥だ!」
ひとびとの中には猟師がいました。猟師は猟銃をかまえると、冬の鳥にねらいを定めました。
「お願い、やめて!」
引き金が引かれる瞬間、姫が鳥籠のまえに立ちふさがりました。猟師はびっくりしてねらいがずれ、弾丸は鳥籠をつるしている鎖にあたりました。
がしゃん、と大きな音をたてて鳥籠が落ち、金の柵がひしゃげ、籠の中の冬の鳥は外へでることができたのです。
「ああ、やっと冬のおひめさまに会いにいける!」
空に飛びたった冬の鳥がクルルル、クー。大きくなったつばさを空いっぱいに広げ、四季の国へともどっていきました。
「おお、わたしの小鳥。やっと帰ってきたのね」
冬のおひめさまはやっと冬の鳥のすがたがみえて、ほっと一安心。ふわりとほほえむと、つめたい風が吹きやみました。
「冬のおひめさま、ぼく、ずっと会いたかった」
「わたしもずっと会いたかったわ」
冬のおひめさまは、ひざにとまった冬の鳥をなでながら、だんだんと眠くなってきたのを感じました。
「ああ、そろそろ春ね……」
春のおひめさまが起きてくれば、せかいはあたたかくなるでしょう。
「わたしの小鳥ちゃん、つぎの冬は、ちゃんと帰ってこなければだめよ」
冬のおひめさまはそう約束すると、春のおひめさまに冠をわたして眠りにつきました。
そうしてせかいに春がやってきました。冬の鳥はまたせかいを巡って雨を降らせ、草木が青々としげります。
さて、冬の鳥をつかまえていた国はどうなったでしょう。
春がきて次第に氷はとけましたが、冬の鳥が近よらなかったため、雨がふりませんでした。水びたしだった大地もどんどん乾き、草も花も芽吹きません。ひとびとは国を去り、国はなくなってしまいました。