2章 第2話 侍女とヘンリーの戦い。
アンナ王女の侍女はルーナのメイド達に囲まれていた。
アンナ様にお茶を出そうと厨房に来たのだけど……。メイド達が邪魔ね。
メイド達は何故か知らないけど、一方的に話してきた。
「私の旦那様は、大商家の1人息子なんですの。お父様の才能と家督受け継いだ旦那様はそれはもう素敵な方でして、本当は私は仕事を辞めて旦那様のお手伝いをするべきなのですが、私の意志を尊重して、仕事は続けるべきと気を遣って下さいますのよ」
最後に「ほほほほほ」と口に手を当てて笑った。そのメイドに「羨ましい」だの「素敵な旦那様ねー」と褒めるメイド達。
じっと黙って話を聴いていた侍女は素直に感嘆した。
「仕事をする旦那様とは羨ましい限りです。きっと貴女が仕事をしている時に浮気をしてますが、仕事はきっちりとこなしてるなら問題はありませんね」
「へ?」
「は?」
「え?」
「……何を驚いているのですか? 男は浮気する何て常識ではありませんか? それよりも、大事なのは仕事をしてるかどうかでしょう」
「私の旦那様は浮気しません! 私だけを愛してると言って下さいました」
「なるほど、その台詞は別の女性にも平然と言いますよ。貴女の旦那様ではありませんが、私はかつて浮気相手になった事があり、その台詞を飽きるほど聞きましたから」
「「「!?」」」
「あなた方。よっぽどお育ちがよろしいのですね。では私が知ってる常識を教えましょう。これは同僚との話です。彼女は結婚しており、相手は騎士の男でした。その騎士の男は彼女に「最近できたカフェで可愛い娘がいたんだ。僕の話にニコニコ笑ってくれたんだ。絶対に僕に気があるよね。今度デートにでも誘おっかなぁ」と言いました。これを聞いてどう思いましたか?」
「え!? えええええ!? 妻にそんな事言いませんよね!? 嘘でしょ。適当な事言わないで下さい!」
「……やはりお育ちがよろしい。悲しいですが、本当の話です。私と同僚は思いました。そりゃ仕事だから、例え迷惑な客でも愛想良く振る舞うわ。直ぐにカフェの娘に会いに行きました」
「え!? 殴り込みですかっ!?」
「……私達よりも野蛮ですね。茶菓子片手にカフェの娘に謝りに言ったのです。「馬鹿な旦那が調子に乗ってごめんなさい。後で締めておきます」と」
「何故!?」
「そりゃ、迷惑をかけたのは目に見えてましたからね。あっちは接客だからと対応してるのに、それを都合よく解釈するだろう男。ああ。何て悲しい。あなた方も気をつけて下さいね」
「「「…………」」」
あら? 道を無言で譲ってくれたわ。結局、何が言いたかったのか分かりませんね。ではでは、愛しのアンナ様の元にお茶を届けに行きましょう。
コック見習いの男が紅茶の入ったポットとティーカップが載ったお盆を手渡してきた。
「あの恐ろしいメイド達に良く堂々と対応してたねぇ。凄いなぁ」
どうやらあの一部始終が見られていた様だ。
「恐ろしい? 何処が?」
「……凄いなぁ。僕も君みたいに堂々としていたいよ」
「すれば良いのでは?」
コック見習いは終始感心していた。良く分からない人であった。
ヘンリーは溜息を吐いた。
アンナ様に嫌なとこ見られたなぁ。うちの貴族達は相変わらず心が狭い。うちの国土の面積に比例する様に心も狭い。アンナ様に危害が及ばないと良いんだけどね。
アンナ様は俺の母こと王妃の執務部屋で、書類仕事の手伝いをさせられていた。
「……もう終わってしまいました。他に書類はないのですか?」
……違った。率先して仕事をしていた。
「なんやって!? もう終わったんかい!? しかも字が綺麗っ! 内容も完璧やっ! 何モンや!?」
「これでも元女王ですが?」
「そうやった!! こっちの国でも女王になったらええ!!」
「面白い冗談ですね。この国の王位継承権を持ち合わせた覚えはございません」
「それもそうやなっ!! でもな、そっちの国がこの国を乗っ取れば可能やで? どうや? 興味あるか?」
……うちの母がアンナ様に探りを入れてるし。軽いノリで恐ろしい事をよく訊くよね。
アンナ様は困った様に苦笑いを浮かべた。
「ルーナの女性をナンパ男の餌食にしたくはありません。それに……私は女王よりヘンリー様の妻になりたいのです」
ゴンッ
俺は思わず壁に頭を打ち付けていた。
……今脳内に花畑が広がった様な気がした。うぅ。アンナ様が可愛すぎて直視出来ない。
「ヘンリーおったんかい。聞いたか? うちまで恥ずかしくなってきたわ。若いモンに後は任せて邪魔なおばはんは退散するわ。ほなさいなら」
母は新たな書類をアンナ様にちゃっかり渡すと手を振って部屋から出て行った。俺は思わず母を止めようと手を上げていた。
嘘だろ。この気まずい空気で普通二人きりにする? アンナ様はきっと平然と仕事を……している様に見せ掛けて顔が真っ赤。え!? 何それ可愛いんだけど!?
「……ヘンリー様。分からない問題があります。教えてくれませんか?」
「え? ええ」
アンナ様が分からない問題を俺が答えれるか分からないけど……。
アンナ様は俺を真っ直ぐに見ようとして、結局耐えきれなかった様で目を逸らした。
「ヘンリー様は私の事が好きですか?」
へ? 言ってなかったっけ?
可愛い質問に俺の顔面が緩んだ。
「うん。好きだよ」
あっ。アンナ様に対してタメ口になってしまった。
口を押さえて、そっとアンナ様の様子を伺うと……泣いていた。
え!? 俺嫌われていた!? 気持ち悪かった!? どうしよう!?
アンナ様は涙を拭わずに流したままだった。俺はハンカチを取り出してそっと拭った。
「どうしました? 俺の事嫌いでした? タメ口が気持ち悪かったですか? 目にゴミが入りましたか?」
呼びかけてないとショックなあまりに沈みそうだ。アンナ様は「ごめんなさい。違うの」と首を振るが、気を遣ってる可能性が捨てきれない。
「謝らないで下さい。思えば俺……俺もダメか。私達はお互いの事を良く知らずに婚約を結んでしまいました。きちんとお互いの事を話すべきです。私は貴女の事を知りたいのです。どうかその涙の訳を話して下さいませんか?」
アンナ様は弱気な感じだった。可愛いなと思った自分を心の中で殴っておいた。
「そ、そうですね。私が逃げてばかりいたから何ですけどね。私はずっと家族以外の男性は私の事が嫌いなんだと思っていました。だから、男が信用出来ないとずっと思ってました。でも、ヘンリー様は……ヘンリー様だけは優しくて、そのもしかして好きになってくれるんじゃないかと期待してたんです。そしたら、本当に好きになってくださ」
恐れ多くも口を塞がせて頂きました。よりにもよって自分の口で……俺は悪くない。悪いのは可愛い事を言うアンナ様だと思いませんか?
キスは塩辛いのに甘くて何度もしたくなる。熱に浮かされた目で見つめると彼女もまた……
ガンガン!!
扉が喧しく叩かれた。
「アンナ様!! 入ります!! 許可なく入ります!! お叱りはいくらでも受けます!!」
ドンッ! と扉が開く。
俺と乱暴な侵入者こと侍女は火花を散らし睨み合った。
「コイツ邪魔だな」とお互い思ったのであった。




