2章 第1話 王女に戻ったら暇である。
ここはルーナ国のエーデルシュタイン城。私は女王を辞任し今は王女。女王を辞めてみると、仕事に追われる事もなく、気を張る場面も減り、行動の制限も減り、自由な時間が増えた。……正直に言うと暇だ。とても暇だ。書類の山が恋しい。女王に戻りたいという訳ではないのだが、これからの身の振り方がまだ決めれないというか分からないのだ。まだ、ヘンリー様と婚約しただけだが、ルーナ国の事を知るためにも、この城に滞在している。
今は、エーデルシュタイン城を散策しているところだ。一応説明しとくと、私一人ではない。ピアチェーヴォレから連れてきた、もともとの私の侍女と護衛も一緒だ。ピアチェーヴォレでは死んだ魚の様な目をしていた私の侍女と暇そうな護衛。私もだが、侍女と護衛はルーナ国に来てから、何だか落ち着かない。ルーナ人が不思議で仕方ないのだ。現に目の前で不思議な光景が繰り広げられていた。ヘンリー王子が険しい表情のルーナの貴族達に囲まれていた。
ヘンリー様は人気なのね。
と私は珍しく呑気に思っていた。ヘンリー様やララ姫が良い人なので、ルーナの人もそうだと思い込んでしまった。
「……のこのことどのツラ下げて戻ってきたんですか?」
ん? 今何て?
「出来損ないでも王子だと楽できて良いですね。羨ましい限りです。まさか、国王陛下代理のご命令を無視するとは」
「無視はしてないませんよね? 無事にアンナ様と婚約しましたから。ただ、女王では無くなっただけでしょう。価値が落ちては意味があるかは分かりませぬが」
「それは違いない」
ルーナの貴族達は楽しそうに笑った。
侍女と護衛が不穏な空気を纏い、何やら発言しそうだったので止めた。
「黙ってないで何か言っては?」
ヘンリー王子を挑発する貴族の発言に私の眉間にシワがよる。
ヘンリー王子は怒るわけでもなく、悲しむ事もなく、静かに受け止めていた。
「俺達……いや私達は誇りを忘れてはいないか? 大国を恐れて、高い身分に恐れて、妬むばかりで、何もしようとしない。叔父上がここを去った理由が分かった気がする」
ルーナの貴族達は図星を指されたのか不機嫌だ。叔父上と聞いた辺りで「行方不明だった王弟殿下がいたのか?」と騒がしくなった。
「あの様な王族の誇りを捨てた人が去った理由など、知った事ではない!」
頭に血が上った貴族の一人がヘンリー王子の胸ぐらを掴みそうだった。
「待ちなさい」
私は我慢の限界だった。
「あなた達、私の価値が下がったと言ったかしら? 今何をしようとしたの? まさか、暴力を振るおうと浅ましい事を考えてないわよね?」
ヘンリー様が私を見て苦笑いする。「また、助けられた」と呟いてますが、何の事だか分からないわね。
「私の目が黒いうちは、ヘンリー様を傷付ける事は許さない。肝に銘じなさい」
ルーナの貴族達は青い顔して「「「すいませんでしたっ!!」」」と謝ってきた。
本当に反省してるのかしら? 自国では謝ったからと反省してるとは限らない男ばかりだったので半信半疑だった。
一応、念のために痛めつけといた方が……
「アンナ様。その、気持ちは嬉しいのですが、それぐらいにしてあげて下さい。うちの国民はピアチェーヴォレ人と違ってメンタル強くありませんから」
「え?」
ピアチェーヴォレ人ってメンタル強かったかしら?
よく分からないが、ヘンリー様の言う事なので、従う事にした。
するとそこに拍手するルーナの王妃が現れた。何故か男装している。
「ええもん見させてもろたわ。アンナ様は強いわ。それに比べてうちの男達は情け無い。いやあ、良い嫁はん貰えたヘンリーは幸せもんやな」
王妃はヘンリー様の首に腕を回して人差し指で頬っぺたをちょんちょんと突く。
私はこの王妃様の男装を初めてみた。親しく頬っぺたを突っつく姿にカルチャーショックを覚えた。私の思いつく母親という存在は、常に完璧を求める超人で厳しかった。
……これが、世間の母親の姿かっ!?
迷惑そうな顔のヘンリー王子が心を読めたら、「違います」とツッコんだだろう。
「という訳で、アンナ様にお願いがあるんよ。ピアチェーヴォレの化粧品をこっちで売ってるわけやけど、アンナ様がその広告塔になってくれると嬉しいんやけど」
「お断りします」
「そう言わず、そこを曲げ」
「お断りします」
「ど、どないして? お化粧の宣伝って女なら、苦にならんと思うんやけど……お茶会で貴族達に商品を紹介すれば良いだけやで? しかも自国の商品やないか」
「お断りします」
お茶会何て参加しても良い事なかったから、断固として拒否します。散々な想いをした社交界なんて参加したくない。
「いけずぅ。そんな嫁には罰として書類仕事を手伝ってもら」
「喜んで!」
「な、なんやて?」
「喜んでします!」
暇だったので、それはもう嬉しかった。
「ヘンリー。今までアンナ様のこの笑顔見た事あるか? うちは初めて見たわ」
「……ない気がする」




