王妃トニアはその瞬間を見た。
ここはピアチェーヴォレのカステッロ城。ここの城主であり、ピアチェーヴォレの女王アンナ・フィオーレがヘンリー・ファン・ハピスブルクに嫁ぐ為に先月、女王を辞任した。代わりにアンナ・フィオーレの父でピアチェーヴォレ国の前国王であったルド・フィオーレが国王に復帰した。そもそもルドが国王を辞任した理由は妃であるトニアが離婚届けをルドにつきつけた事が理由だった。トニアは由緒正しきベッツィーニ家という公爵家の令嬢であった為にプライド高かった。常に眉間に皺がより、何でも出来る完璧超人。鉄の女と社交界で恐れられていた。実のところ、可愛いモノが大好きなのはここだけの話だ。しかも、トニアは決して完璧超人なわけではない。完璧超人の様に振る舞っているが、それは日頃の並々ならぬ努力の賜物である。彼女は身分以外は至って平凡な人間だ。彼女が何故、完璧超人に振る舞うかと言うと……ピアチェーヴォレの実情が原因であった。男達はほぼ年中ナンパに走る。そんな頼りない男達が多いピアチェーヴォレを支えるのは実のところ女性達である。ピアチェーヴォレでは女性達に認められなければ、社会的にやっていけない。逆に女性の支持を得られれば輝かしい未来が約束される。そして、女性達の目はナンパに走る男達と違い大変厳しい。表面上の仮面など直ぐに見破られるのである。公爵家という立場でも、油断が許さないのであった。王妃になっても、完璧超人に振る舞わなければならない。むしろ、王妃になった事で、舐められてしまうと国の威信に関わる。トニアは頑張った。ひたすらに頑張った。そんな努力に気付いたのか、女性達は皆トニアを支持した。心酔する者さえいた。しかし、事件は突然起こった。ルドが浮気したのだ。トニアは失望した。ルドに失望したわけではない。そもそも、ルドには何も期待していないから失望しようがない。問題は女性がルドの誘いに応じた事だった。トニアに支持しない女性がいたという証明であった。ショックのあまりトニアは実家に帰ったのである。ルドを嫌いになったわけではない。そもそも、最初からロクでなしだと知っていたので嫌いになり様がない。実家に帰って、常に気に掛かったのは娘アンナの事だった。アンナはトニアと同じく努力形の人間だ。しかし、悲しいがなルドの娘でもある。しかも、まだ若いから恋愛への憧れもとい男への憧れがある。世の中そんな甘くないと教えてきた。しかし、ルドの血がある限り油断は出来ない。厳しくしないとこの先危いと心を鬼にして接してきた。ルドがショックのあまりに国王を辞任したと聞き驚いた。浮気相手を妃にすると思った。まぁ、正直なところどうでも良い話だ。娘が宮中伯の推薦により女王に就任すると聞き誇らしく思った。女王になれば男の心配はない。……ない筈だった。我が娘は、何でモテない? 娘は可愛いのだが……。アイツらの目は節穴か? 密偵に頼んで調査したところ、身分が高いと色々大変だからという、実にアイツららしい理由だった。……まぁ、そこら辺は王命を使えば良い話だ。うちの娘は優しいのか王命をなかなか使わない。……純粋な恋愛にまだ期待してると予想した。トニアは恋愛はした事ないが、娘がしたいと言うのならば親として、支えていこう。そんなこんなで、トニアは可愛い娘の為に再婚し、頼りない夫の代わりに今執務を行なっている。
トニアはアンナが使っていた執務室のデスクで書類仕事をしていた。目の前の机では貴族達も書類仕事をしていた。
見たところカルマの血を引いてもいないピアチェーヴォレの貴族が仕事を黙々とこなすとは珍しい。アンナの教育の賜物かしら?
トニアは羽ペンの動きを止めて思わず、目の前の貴族達を観察していた。
それにしても、顔色が悪い。モテたい為に日焼けに勤しむピアチェーヴォレ人とは思えない顔色。
貴族の男達はアンナが仕事を放棄してから、黙々と仕事をこなしていた。……もはやホラー現象に近い状態だ。今まで、真面目に仕事をした事がない人間が珍しく仕事をこなすとどうなかというと……。
パタリ
…………。
「フィデリオいるかしら?」
王妃の声に宮中伯フィデリオはティーセットをお盆に載せてニコニコと扉から現れた。
「お呼びですか? ……遂に限界に達したか」
フィデリオは机に突っ伏して倒れた貴族達を睥睨する。
「これがいつもなの?」
「いいえ。まさか。とんでもない。彼らは仕事を珍しく続けたから、今限界に達したのですよ。……珍しく長く続いた方ですね。そこら辺は褒めてあげて良いでしょう」
「これは大丈夫なの?」
「……一生使い物にならないかもしれません。私が後の仕事は引き受けますのでご心配なく」
「……そう」
もしかすると、限界に達するまで傍観していたってわけじゃないわよね? 鬼じゃあるまいし、まさかね。城を留守にすると分からない事だらけね。このフィデリオという宮中伯は役に立ちそうだ。
「王妃様は……いえ、やはり何でもありません」
「……言いかけたのなら、最後まで言いなさい」
「はい。アンナ様に似て仕事をきちんとこなすので助かります。ルド様がてっきり行うと思っていましたから、心配してましたよ」
「私にアンナが似たのよ」
そう。私とアンナは似てるのね。
思わず口角が上がるトニアであった。
フィデリオ「そのまさかですが何か?」




