第34話 お父様。
手入れのされていない山。辛うじて道は馬車が通れる様に整備されていた。その道を私を乗せた馬車が通り抜ける。小石や段差でガタガタ揺れる馬車。その揺れで少し酔った。
山奥に入るとツタが絡まる古い邸が見えた。去年までは夏になるとここに良く避暑地として訪れたがお父様とお母様が離婚してからは来なくなった。
お父様とジーノが「「美女がいない!! つまらない!!」」と愚図ってはお父様はお母様に嫌味を言われ、ジーノはお母様に宥められていたのが懐かしい。
お父様に無性に逢いたくなった自分が不思議だ。
優しく微笑むあの人の顔が頭に横切ったが頭を振って追い出した。
苦しいから考えたくない。なのに油断すると考えてしまう。
人とはなんと不便な生き物何だと悲しくなった。
邸に着き、玄関へと向かう。扉の前にくたびれた様子のお父様がいた。赤い髪はくすんでボサついている。無精髭が生えて不衛生に見える。
お母様の事、本当に好きだったんだ。
「こんな場所で何をぼーっとしてるのですか?」
はっとお父様は顔を上げたが、私の顔を見ると「なんだ。アンナか」とまた下を向く。
娘を見てこの反応とは随分だな。
「せっかく、お父様の顔を見に来たのに冷たいですね」
「何しに来た? 女王の仕事はどうした? 忙しいのだろ?」
「……さぼりました」
「はぁ?」
「だから、さぼりました」
「……お前。どうした? 仕事が好きだろ? まさか、俺と一緒で愛に生きる事に目覚めたのか?」
……一緒にしないで欲しい。
「……婚約しようと考えていた王子に逃げられたの」
お父様は「ほほう」と嬉しそうに笑う。
娘の不幸を笑うとは酷い。
「それで、その王子を追いかけないのか?」
「……追いかけてどうするのよ」
「そりゃ。口説くに決まってるだろう」
「女なのに? 私は女王よ?」
「女だから口説いたらいかんのか? 女王だからダメだと言われたのか?」
「……いいえ。言われた事ない」
「見栄を捨てろ。がむしゃらに求めろ。じゃなきゃ、一生後悔するぞ。それは死んだ状態と変わらん」
「今のお父様の様に?」
「……そうだ。大事なものは大切にしろよ。きちんと向き合え。俺の年齢までくるとな、修正が難しいんだ。体力が無いからな」
「でも、無理よ」
「どうして?」
「だって、女王だもの。情け無い姿は晒せない。周りに示しがつかない」
いつだって、周りの視線が全てだった。周りの評価に振り回された。自分なんてなかった。
「ならば、女王を辞めれば良い。それだけの話だ」
女王を辞める? そんな事考えた事無かった。当たり前の様に女王になったし、これからもそうだと当たり前のように思っていた。
「無理よ。お父様は国王に戻れるの?」
「別に構わない。可愛い娘の為ならばな。ここは愛の国だぞ? 苦しむ女性の為ならばな男は全力で助ける。それが義務なのさ」
助ける? 助けてもらえる私が?
とてもじゃないが、信じられない。私はいつだって除け者扱いだった。
「俺たちは馬鹿に見えるかもしれない。いつだって女性に振り回されている。でも、決して女性を嫌いにならない。信じろ。お前の民達だろ?」
確かに、彼らは決して女性を恨む事は無かった。どんなに酷い振られようでも、女性を愛する事を諦めない。私は男性を恐ろしいと思った事がない。何故なら、彼らは女性に弱いからだ。怯えられた事は沢山あるが、彼らは私に害をもたらした事は無かった。
信じても良いのだろうか。
きつく結ばれていた紐が少し緩んだ気持ちになった。




