番外編 無口姫とナンパ王子3
第7話と第8話の間のお話です。
馬車に揺られ船を漕ぐピンクブロンドの王弟殿下。向かい側に座る護衛はこっちに倒れてくるんじゃないかとハラハラした。
「止まれー!!」
ガタッ
馬車の外から野太い叫びが聞こえると同時に馬車が音をたてて急停止する。熟睡していた貴人は護衛の胸に盛大な頭突きを意図せずにおみまいした。護衛は流れ星が見えたそうだ。
「この方をどなたと心得る! ヴィント国の王太子クローヴィス様であらせられるぞ!」
小太りの貴族の格好をしたおじさんが威張ってきた。まさに虎の威を借る狐。
「頭痛い……」
頭を抑えながら馬車から出てきたのは18歳の青年とは思えない可愛らしい顔つきのジーノ王弟殿下であった。
小太りの貴族は豪奢な馬車の前でふんぞり変える。ジーノの事は知っているが、クローヴィスの方が身分が上だとタカを括っている。それを察したジーノはにこりと可愛く笑う。
「この事は姉上に伝えるから覚悟してね?」
「ひぇえええ!? お許しをっ!!」
このおじさんは高い身分に弱いらしい。王太子よりも明らかに偉い女王に恐れをなしたようだ。ジーノの事を可愛がっている訳でもない女王がこの事を聞いても「……ああそう」と素っ気ないだろうが、おじさんはそれを知らない。
土下座するおじさんをニコニコと見るジーノ。
豪奢な馬車から気位の高そうな女達がぞろぞろと出てきた。
ジーノは女達を見てピシャャャッ!と電撃に似た衝撃が走った。悲しいがな。ナンパ男の習性が働いた。
「やあ。君たち揃いも揃って何処に行くのかな?」
ニコニコと取りすまし、ジリジリと女性に近づくジーノ。そんなジーノを怪訝な顔で見る女達。その背後から存在感というか偉そうなオーラが出た王太子殿下が現れた。
「ちょうど良い所に会ったな。ルーナに何様だ?」
クローヴィスは好意的な態度であった。
そう。ここはルーナの王族達が住むお城の門前だ。ジーノはルーナの姫からの縁談の話を断る為に馬車でここまで来た。
クローヴィスが好意的な態度であろうが、ジーノはこの男が嫌いなので理由を教える気にならなかった。因みに嫌いな理由は姉がクローヴィスを毛嫌いしてるから弟もそれに習って毛嫌いしているだけである。
ジーノは後頭部で腕を組んで如何にもふざけてる体を装う。
「教えな〜い」
「ほお? そうか。それは残念だ。ルーナに滞在するのなら妻達の面倒を頼もうかと「はい! は〜い! 見ます見ます何でも見ま〜す!」
両手を上げて全力で頼みに応じた。悲しいがなナンパ男の習性だ。
クローヴィスは「ちょろい奴だ」と小声で笑った。
「頼む。だが、気難しい者が多いから気を悪くするかもしれない。それでも良いか?」
「良いよ! 気難しい女性も大好きっ! それよりも皆僕にメロメロになっても文句言わないでね!」
「ああ。構わない。頼んだぞ」
クローヴィスは去り際に妻達に手を振る。
「「「きゃ〜〜っ!!」」」
黄色い声を上げる妻達の目は♡になっていた。
ふふふふ。一体何人僕に首っ丈になるかと思うと楽しみだなぁ。
自分はモテる可愛いと常に思ってる自意識過剰なジーノであった。
「イケメン王子様。ようこそおいで下さいました」
ルーナのお城に入ると縁談相手である末姫が出迎えてくれた。
「うん。また来たよ。今日はクローヴィスの妻達も一緒。ここに暫く僕と滞在する事になったよ」
前に来たのは姉とヘンリーとの縁談を断る為だった。そしたら、この末姫は「なら私が貴方と縁談します!」と意味不明な事になったのだ。
縁談相手が人妻をぞろぞろ連れ歩く様は異様な光景であろう。周りの使用人達が顔を引きつらせている。末姫は気にしない様でにこにこと対応した。
「そうでしたか。では、お部屋をご用意させます。ごゆるりとお過ごし下さい」
その様子からはジーノへの恋心など微塵も感じない。ジーノもこの末姫は可愛いけど特別好きという訳でもないので特に気にしなかった。
ジーノは頑張った。ひたすら頑張った。
おっかしぃなぁ? 皆一途なのかなぁ?
ジーノがいくら妻達を口説こうと相手にしてくれない。
ちょっと自信無くしちゃいそうだよ。
ちょっとどころかその自信はごっそり無くなった方が世の為人の為である。
クローヴィスの妻達でお茶会を開くようだったのでジーノは勿論強引に参加した。
お茶の席に座る妻達はニコニコと喋りかけてくるジーノを怪訝な顔で見る。いくら冷たくしても気にしないジーノにとうとう堪忍袋の緒が切れた1人の妻がジーノに嫌味たらしく話しかけた。
「王弟殿下。私達はクローヴィス様に嫁ぎました。他所の殿方と仲良くする訳にはいきません。ましてや、ナンパ大国と名高いピアチェーヴォレの者とは話したくないのです」
ジーノは気にしなかった。
「僕は構わないよ」
……そもそも話にならなかった。誰もナンパ大国の王弟殿下の意思なんて聞いていない。
妻は当然不機嫌になり眉を潜めた。
「……貴方がロクでもない人間だと良くわかりました。女王である姉はもっとロクでもないのでしょうね。クローヴィス様はなぜその様な国を助けようとするのでしょうか。理解に苦しみます」
至極当然な意見だった。常識的に考えればナンパ大国なんてロクでもないだろう。
だが、そのロクでもないナンパ男代表のジーノは別の事に腹を立てた。最愛の姉を貶された。それは女性を尊ぶ精神が根強いピアチェーヴォレで育ったジーノにとっては許せない事だった。だが、貶したのは女性。葛藤の末ジーノの拳骨は自分の頬にのめり込んだ。
唖然とするクローヴィスの妻達。因みにルーナの末姫もお茶会に参加している。輝く目をジーノに向けている。心の声が聴こえる末姫もピアチェーヴォレの女王が大好きだからジーノの気持ちがよく分かるらしい。
ジーノは自分の赤く腫れた頬をさする。
「痛かった……」
当たり前だ。
「えーと。ピアチェーヴォレの男達を貶すのは全く構わないよ。むしろもっと貶すべき存在だ。何せちっとも気にしないからね。でも、姉上は女性。全く僕らと関係ないから一緒にしないでほしい」
ジーノはそう告げるとお茶会を後にした。
無性に泣きたくなった。
庭の隅に座り込む。
末姫が後を追ってきた。何故か目が輝いている。
「イケメン王子様のアンナ様への愛! 感服致しました! 素晴らしい!」
えっ? 何それ? そう捉えたの?
「私の目に狂いはなかった! やはり貴方を夫にしたい!」
えっ? 意味わかんない。
「ですから、アンナ様を見守る為に貴方の妻になります!」
「そ、そう。頑張って」
「ええ! 頑張ります」
勢いに気圧され縁談を断るという当初の予定を忘れた。
「ジーノ様は叶わぬ想いを抱えてますね。私と一緒です」
末姫は目を細めて微笑む。ジーノは心を見透かす目に居心地が悪くなった。
「何のこと?」
「ですから、アンナ様への愛です」
「何それ? 僕の心を読んでるつもり?」
「事実読んでます」
「……嘘だぁ」
「嘘ではありません」
「ええー? まあ良いけどさ。ちょっと向こう行っててくれない? 今は1人になりたい」
「嘘ですね。誰かに側にいてほしいのでしょう。特にアンナ様に」
「君はどうして…………」
「代わりになるか分かりませんが私の胸を貸します。だから思いっきり泣いて下さい」
女性だから愛するのは当然だ。でも、本当にそれだけだったのだろうか? 姉を貶された時に感じた怒りの違和感は何だ?
「やだなぁ。こんな筈じゃなかったのにっ」
涙が出るのはナンパがちっとも成功しないからだ。そうとしか考えられない。じゃないと説明がつかない。
末姫が僕をそっと抱きしめた。




