第29話 お絵描き。
着いたのはカステッロ城の芝生広場だった。描きかけのキャンバスの前には青い顔をしたイケメンがロープでぐるぐる巻きの状態で寝転がされていた。背後にはゴミを見る様な目でイケメンを見下ろす衛兵がいた。
「お、お助けを……」
イケメンは俺を見て半泣きで助けを求めて来た。
……ごめん。やっぱり俺は他の人とは違うのかもしれない。この状況が全くわからない。誰か説明してほしい。
唯一の顔見知りである筈の叔父に助けを求めた。
「叔父さん。何故彼はロープで縛られているの?」
叔父は描きかけのキャンバスを指差した。そこにはイケメンと美女が戯れている様子が木炭で描かれていた。
「浮気調査」
「……なるほど」
叔父は人の内面を見る事が出来るらしい。それはルーナ国ではとても重宝される能力だ。
……なのにたかだか浮気調査にその能力が使われていると思うとなんとも言えない気分になった。
そして、叔父は「ヘンリーも描こう」とキャンバスと油絵の道具を俺に差し出してきた。
この浮気確定の男を描けと?
眉を潜めた自覚はある。しかし、叔父は気にせずにキャンバスと油絵の道具を俺に押し付ける。ここで断っても、「そう」と言って終わるのだろう。
題材がロープで縛られたイケメンの浮気野郎だとは最悪だが叔父と話してみる良い機会だ。キャンバスと油絵の道具を受け取る事にした。
「この男が思っている事を描いてみて」
絵の先生はお題を出した。意図がちっとも分からなかったけど、素直に従う事にした。
赤い絵具を取り出してキャンバスに塗りたぐった。次に青の絵具を取り出して赤に塗り潰した場所より上に塗りたぐる。
「……下書き無しっ」
「へ?」
叔父が僅かに目を見開いてる姿に、何かを間違えたのだと焦った。そっか。絵は下書きがいるんだ。……今更なのでそのまま描く。
そして出来上がったのは……抽象的なものであった。対して叔父の絵は……人が活きいきと描かれた素晴らしいものだった。
……プロと比べるべきじゃ無い。
暇そうな衛兵と浮気男が叔父の絵を見て感動している。凄いだの流石だの称賛の嵐だ。浮気男は「俺この先の人生真っ暗だけど、この作品のモデルになれて嬉しく思います」と涙と鼻水を垂らした。
残念ながら、その作品は多分飾られる事はありませんよ。
次に次いでとばかりに俺の作品を見た二人。衝撃のあまりに目を見開いて固まった。口も開けたままだ。叔父だけは目を輝かせて楽しそうだ。「なるほどなるほど」と言って関心しているが、自分の絵だけど酷いと思う出来栄えだった。
「この絵の何が良いのですか? 叔父さんの絵の方が圧倒的に素晴らしいじゃないですか」
叔父は首を傾げた。
「こんなに感情豊かなのに、何が不満なの?」
「不満ですか?」
俺は不満だった。絵では叔父に敵わないから。それは当然の感情では?
「……昔は対抗しようと思わなかったでしょ」
対抗しなかった? 10年以上前の事だからよく覚えていない。でも、こんな嫌な気分で絵を描いてなかった気がした。常に楽しかった気がする。何かがあの頃とは違う?
……そもそも題材が悪いのでは?
「どうせ。貶される。……そうか。ヘンリーは人の評価を恐れているのか」
見透かす目が少しわずわらしくなった。
「……褒められたいと思うのは普通ですよね?」
誰しも人から称賛を受けたいと思っているのでは?
「……普通。俺やこの男を見てもそう言えるヘンリーは凄いね」
浮気男に奇人変人と言われる叔父。今の俺は彼らは普通じゃないと言うだろう。
昔はそうじゃなかった。普通とか常識とか考えなかった。
……そうか。そうだったんだ。自分が何より人を差別していたんだ。自分や他人の物差しで測って勝手に決め付けて評価して何が楽しいのか? そんなの楽しい筈がない。
俺はルーナの彼等と共に何かを見失っていたんだ。
「叔父さん。俺はどうやら大事なものを見失っていた様です。気付かせてくれてありがとうございました」
叔父は俺の感謝の言葉に「こちらこそ」と無表情に頷いた。
足取りは随分と軽かった。それは心も同様だった。俺は愛しい彼女の元へと向かった。焦る必要はない。この気持ちは決して逃げる事は無いのだから。
「仕事に生きる女王」は絵にして見てみるとイケメンパラダイス……
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(__)m




