第29話 ヘンリー王子。
(ヘンリー王子視点)
……アンナ様が仕事だからと部屋に向かって行った。
きちんと姉の命について話すつもりだったのに、話を聞く暇が無かった様で暗い顔で断られてしまった。
興味がある話だと思ったのに残念だ。
学生の頃も女の子から同じ様な反応を返された気がする。
あれは手紙で放課後の教室に呼び出された時だったな。その女の子はハンカチを落とした時に拾ってあげて渡した事がある程度でしか面識は無かった。
同級生の仲間の男子が確かその女の子の名前を出して気にしていたから、ああなるほど、好きなんだなぁ。と思った。女の子もその男子が好きだから俺に仲立ちして欲しいんだと思って、「君の気持ちは分かってるよ」と言ったら女の子は感激してた。俺の予想は合ってると確信してその男子を呼びに行ったのだけど、その後男子に怒られて、女の子には暗い顔されて大変だった。
……何がいけなかったのか未だに判らない。やはり俺は馬鹿なのかもしれない。人の気持ちがよく分からない。だからかしょっちゅう怒られる。
一番言われてキツかったのは「天才で王族って良いですよね。下下の者の気持ちなんて判らないでしょう?」だったな。
ちっとも良くない。天才? 馬鹿の大間違いでしょう。成績が良いからって何だ? 人の気持ちが判らない方が辛いのだが?
しかし、人の心の声が聴こえるはずの妹は苦しんでいた。結局、何が正解なのか全く判らない。王族だからいけないのか? そう思った事もあった。だが、いくら自分の価値を下げようとも人からの認識は僻みから蔑みに変わっただけだった。
そうか。ならそう思う人がおかしい。いつしか家族以外のルーナ人が嫌いになった。
アンナ様に出会ったのはもう心が疲弊しきっていた頃だった。引きこもりの妹がアンナ様は「素敵な方です」と教えてくれた。王妃様が「国の宝です」と教えてくれた。ピアチェーヴォレの貴族の男達が「どうぞどうぞ。ご遠慮なく」と薦めてきた。
こんなに沢山の人から愛されてるなんて(ちょっと待て最後のはおかしい)どんなに素敵な人なのだろうとワクワクした。
あの時はアンナ様だと気付かなかった。今にも消えそうな儚さに愛しさを感じた。一目惚れだった。
「はぁ。片想いかなぁ」
アンナ様に出会うまで恋なんてした事がなかった。妹が母経由で入手する恋物語を読んだ事はあるが、いまいち何が楽しいのかが分からなかった。
フィデリオによるとアンナ様に恋人がいた事が無いらしい。一緒だと嬉しくなった。でも、何で恋人がいなかったのかな? 身分が高すぎて、自由に恋愛が出来なかった? この国の人を見ていると自由に恋愛が出来そうな気がする。元国王陛下が浮気して離婚したというのは有名な話だし。
そうか。元王妃様が周りの男を牽制してたんだ。くれぐれも惚れない様にと。何故牽制する必要があったのだ?
俺にはさっぱり分からなかった。
「ヘンリー」
背後から声がかかりびっくりした。慌てて振り向くと叔父がそこに居た。昔の記憶と変わらない眠そうな表情と姿に、自分が少年に戻った様な感覚になった。
「久しぶりに一緒に絵描こう」
無表情に誘ってきた。叔父と一緒に絵を描いていた頃は楽しかった。周りを気にせずにあるがままの自分でいて良いのだと叔父は何も言わないが教えてくれた。
すっかり忘れていた事に少しだけ泣けてきた。
「叔父さんは変わらないですね」
叔父は首を傾げた。
「そうかな。……ヘンリーは大きくなった」
無表情からまさかの花が綻ぶ笑顔に度肝を抜かれた。
叔父さんならアンナ様を幸せに出来るのかもしれない。でも、それは何だか嫌だな。俺ってこんなに心が狭かったっけ?
「……ヘンリーは面白くなったな」
無表情に叔父はそう呟くと俺の服を引っ張り歩き出した。




