第16話 ピアチェーヴォレ人は凄い。
現実逃避したヴィント国王に更なる現実を突きつけられる。
「父上。今戻りました」
突然の愛息子の帰還に玉座の間の空気が和らいだ。
息子の顔を見て私はほっと小さく息を吐いた。
どうやら上手くいったみたいだ。
ヴィント国王は思わず立ち上がりクローヴィスにゆっくりと近づく。
「待っておった。して首尾はどうだ?」
ヴィント国王の明るい表情に胸が疼いた。これから、この顔が曇るだろうと思うと僅かに罪悪感を覚えた。
クローヴィスは流石というべきか王子として教育を受けてきた賜物なのか、完璧な笑顔を浮かべた。
「はい。無事ルーナの王子を連れて着ました。連れて来い」
「らじゃ〜」
ドスの効いた息子の命令により、気の抜けた声と共に現れたのは、数十人のピアチェーヴォレの男達とヘンリー王子であった。ヘンリー王子は男達にがっちり肩を掴まれている。
「お、俺はピアチェーヴォレの味方だ! ヴィントの好きにはさせない!」
蒼ざめてるのに必死にピアチェーヴォレを守ろうとしてる王子。
青いな。私も昔はあんなんだった。
小国の分際で楯突くつもりかと不気味な笑みを浮かべるヴィント国王。正直、悪魔にしか見えなかった。
ところでだ。何故ここにピアチェーヴォレ人がこんなにいるんだ? まさか、ヴィント国王を狙ってきた?
ヴィントの騎士達がヴィント国王を守ろうとピアチェーヴォレ人に槍を向けて囲った。流石に不審に思った国王がクローヴィスにこれはどういう事かと視線で訴える。
クローヴィスは鼻で笑った。
「お喜び下さい。この者達はヴィントに寝返ったのです」
「ほお。…………こんなに?」
胡乱げに国王はピアチェーヴォレ人を見る。
ピアチェーヴォレ人の何人かが裏切るだろうと思っていたが、まだ戦争になっていない状況で数十人もこちらに寝返るとは思わなかったらしい。
ピアチェーヴォレのイケメンどもはなんかカッコよく跪く。
「ヴィント国王陛下! 我々をどうか鬼女王から守って下さい! あの絶対零度の視線にはもう耐えられません!」
「はぁ?」
ヴィント国王は呆れ過ぎて思わず素が出たらしい。気持ちはわかる。こいつら何言ってんだ?
「美しい男に生まれたのなら多くの女性を幸せにする義務があります。それをあの鬼は全くわかっていない! ハーレムをもつヴィント国王陛下にならこの気持ち分かりますよね!?」
「……」
「ブハッ」
愛息子は堪え切れなくなったのか吹き出した。口元を手で隠してるが笑ってるのは私にはバレバレだ。
あの常につまらなそうにしていた息子が笑うとはピアチェーヴォレのナンパ男達…………なかなかやるな。
「おぬしらな。鬼女王が気に食わなくてこちらに寝返るのか? その幸せにする女性に女王は入ってないのか?」
王様が珍しくまともな事を言っている。
「そうです!」
なんかムカムカしてきた。こいつらを張っ倒したくなってきた。私は息子に近づいて、こいつらをぶん殴っても良いかと尋ねた。すると「暫くの辛抱だ」と小刻みに震えながら止められた。相当ツボにはまったらしい。
そしてなるほど、その意味が直ぐに分かった。
「……儂はこんな情け無い連中を相手に戦争などしようとしていたのか? こんな……こんな屑を相手に? 儂は……儂は……」
ヴィント国王はがっくしと項垂れた。真っ白になった。
「もう……もう良い。やめだやめ。こんな惨めな気持ちになったのは生まれて初めてだ」
私は耳を疑った。まさかこんな方法で戦意を挫く事が出来るとは思わなかった。
そうか! ピアチェーヴォレ人の男は演技であんな事を言っていたのか!
私は凄い! とピアチェーヴォレ人達を尊敬の意を込めて見つめた。
だが、ピアチェーヴォレ人達は戸惑っていた。
こそこそ「屑って誰のことだ?」
こそこそ「なんで急に落ち込んだ? 意味わからん」
こそこそ「おいおい。俺たち頑張って寝返ったのに戦争は結局無しかよ」
前言撤回。こいつら屑だわ。一発殴らせろ。