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後編

第7話 良いニュース? 悪いニュース?

 ピンポーン!

 階段を上りかけたとき、古風な音のドアホンが鳴った。

 オレの居る場所が一番玄関から近い。オレは階段に上げた足を下ろして、玄関へ行きドアノブに手をかけた。

 そのとき、ふと考えた。

 ドアホンを鳴らしてから襲ってくる襲撃者が居るだろうか?

 う~ん。居るかもしれないなあ。なんせ、別世界人だからなあ。まあ、どっちにしても、オレをいきなり殺すつもりも殺す方法もないだろうから、オレが開けるぶんには危険はないだろう。

 あ、カメラ画像で確認してから開ければよかった、と思いついたときには、もうドアノブを回して押し開けてしまっていた。

 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 同い年くらいか、すこし下に見える。身長は百四十台だろう。明るい色の長い髪をツインテールにしてる。デニムのオーバーオールショートパンツ姿が下手をすると小学生に見えかねない。しかし、着こなしは中性的っていうよりボーイッシュな女性って感じで、小学生じゃなくて女子高生くらいなのだと思わせる。つまり、体型は小学生じゃなかったのだ。出るとこは色っぽく出てる。

「はじめまして。あなたが竜王の息子ね。マリッサたちは居るのかしら?」

 おや、マリッサたちの仲間か。なるほど、いよいよあの三人では足りないと思っていた妹属性かロリータ属性の投下か?

「どっちもイエスだけど、君は?」

 しまった、ちょっといつもよりキザっぽい喋りになっちまった。

 初対面の女の子にこういう喋り方したら、今後も同じように話さなきゃいけなくなったりしないか?

「わたしはフュージュ。伝えなきゃいけないことがあるの」

 オレの後ろの方でだれかの足音がした。

 正面のフュージュが、背伸びをして、オレの肩越しに家の奥にいる人物を覗き見ようとしたが、ただでさえ身長差がある上、ドアの前の段差の下に立ってるフュージュの目は、いくら背伸びしてもオレの肩を越えない。彼女は今度は横に上体を伸ばして覗き込み、目標の人物を見つけたようだ。

「クラニス~!」

 両手を振ってアピールしていると、背後から、甲高い声がした。

「きゃー! フュージュ! あんたなんでここに来てんの~?」

 どうやらオレは会話の邪魔らしい。クラニスたちの知り合いだということもはっきりしたので、横によけてフュージュを家の中に入れてやることにした。


 オレの部屋のガラステーブルは壊れちまったので、あそこで円卓会議ってわけにもいかない。一同はリビングに集まった。オレがひとり掛けのソファで、その左右で向き合うふたつのふたり掛けソファには、クラニス、フュージュとトミックさん、マリッサが座った。

「わたしがみなさんに持ってきたのはふたつのニュースとひとつの指令です。一つ目のニュースは悪いニュースです。バイルーの独裁者カシュームが、ドラゴンスレイヤーを手に入れてしまいました」

 フュージュはいきなり核心を語った。

 オレに紹介もないのでどういう立場だかわからないが、あちらから伝令に来たらしい。結局オレは無視して話をするっていうのが、こいつらの会議スタイルらしい。

「これで彼は、竜王を倒すこともできるし、竜王の息子があちらの世界に戻ってきても対抗できると宣伝してまわっています。バイルー国軍の士気は上がり、アテヴィア国を絶望が支配しようとしています。もともと国の兵力はバイルーが上。そこへ来てカシュームの独裁体制で兵力を増強。アテヴィアの頼みの綱は守護者たる竜王の力。それがあるから、抑止力となって戦争にならなかったのに。国境付近に集結中だったバイルー軍は、もう国境を越えたかもしれません」

 アンブレイカブルボディを持つ竜王に瀕死の重傷を負わせたという剣は、竜王が守護する国と戦おうとする国にとっては、必須アイテムってとこだったんだろうな。すでに開戦したかもしれないという情報に、マリッサたちは言葉も出ないようだ。

「そしてもうひとつのニュース。これは、良いニュースになると思うのです」

 フュージュはもったいぶった表現をした。

「それにはまず、確認なんですが……バイルー側が宣伝しはじめた話は本当なんですか? 竜王の息子はアンブレイカブルボディの持ち主であるが故に、向こうの世界へ戻れないっていう話」

 ライアスかその家来が誰か伝えに戻ったんだな。竜王の息子が竜王の力を受け継いでいるという話が、敵側に有利に働いてしまうなんて皮肉な話だ。

「その話が本当だとしたら、良いニュースになるんですの?」

 トミックさんが訊ねた。

「はい。竜王のゲートを使わずにバイルーの兵がこちらの世界へ来ている方法は、竜王以外の竜によるゲートを通ること。そのゲートはあちらの世界とこちらの世界にひとつづつあるということです」

 フュージュは一同の顔を見回し、つづけてニュース解説した。

「ご存知のとおり、一度こちらの世界で仮の身体を得たものが、その仮の身体の死をもってあちらの世界へ戻った場合、もう一度ゲートをくぐっても、この世界では仮の身体を得られず、魂だけの存在になってしまいます。ところが、バイルーの兵士のなかには、何度もこの世界とあちらの世界を行き来している者が居たのです。それが可能なのは、つまり、こちらから向こうへ戻るときに、仮の身体を殺さないように、ゲートで戻っているからです」

 そうだとして、どこが良いニュースになるんだ。ん?

 オレ以外の三人は、たしかに良いニュースだと思っているような反応だ。理由がわかっていないオレにもわかるような言葉を発したのはクラニスだった。別にオレに解説するために、ではなかったようだが。

「つまり、そのゲートをなんとかして使えば、竜王の息子を殺せなくてもあちらの世界へ送れるっていうことだね!」

 そういうことか。 

 竜王のゲートはあっちの世界からこっちの世界へ向けての一方通行だから、帰りはいちいち仮の身体を殺さなきゃいけない。で、その方法で帰ったものは、もう一度ゲートでこっちに来ても、仮の身体が死んでるので身体なしになってしまう。

 ところがバイルーのやつらが作ったゲートは両方の世界にひとつづつあるんだ。あっちからこっちへ来るときは竜王のものと同じだが、違うのは帰り。バイルーのやつらはいちいち身体を殺したりしない。殺さずに、こっちの世界に作ったもうひとつのゲートを通る。そのゲートはあっちの世界へ通じていて、それをくぐると、仮の身体を殺さずに向こうへ戻れるのだ。

 こっちの世界の仮の身体を殺さずに戻るから、二度目にこっちへ来たときも、そのまま同じ仮の身体が使えるようになる。

 バイルーのやつらが作った、こっちの世界からあっちの世界へ通ずるゲートをくぐれば、アンブレイカブルボディを持ったオレでもあっちへ移動できるってわけだ。

 これは確かに、良いニュースかもしれない。

「そして、あなたがたへの指令です。あなたたちは全員、竜王の息子とともにバイルーのゲートをくぐってあちらの世界へ戻り、なんとしても無事に彼を祖国へ連れ帰ること。以上です」

 マリッサたちは力強く頷いた。

 四人はもう、その気になっているようで、準備を始めようと動き出した。

「おい、待てよ、こっちの世界にあるゲートの場所はわかっているのか?」

「それを探すためにわたしが送られてきたんです。わたしの探索魔法を使えば探し出すことができますから」

 ほほ~。フュージュは魔法使いなのか。

「あっちに戻ったら、今持ってるものはどうなるんだ?」

「何も持っていけないわ。来るときもそうだったの」

 クラニスが当然でしょ、と言いたげな顔でこたえる。オレは覚えていないんだぞ。

「服は?」

「向こうに戻れば、向こうに残した身体の装備品が戻ってくるはずよ。わたしたち、こっちに来るときは裸になっちゃったけど、あちらでは大丈夫ね」

 そうなのか。ちょっと残念だな。いや、作戦的にはいいことなんだろうけど。

「そういえば、武器は持ってないぞ、あっちの身体」

 マリッサが言った。

「あなたが向こうの兵士を殴り倒せば奪えるでしょ?」

 クラニスの言うとおりだな。

 ん、まてよ。

「おい、オレの身体はどんな格好なんだ?」

 四人はオレを見た。半秒ほど間があった。

「あなた、赤ん坊でお母様に抱かれてたのよ」

「たしか腰巻くらい巻いていたような気がしますわねぇ」

「適当な布に包まれてただけじゃなかったっけ?」

 二ヶ月ほど前にひと目見ただけの三人は記憶をたどっていい加減なことを言った。で、今日ゲートを通って来たばかりのフュージュの方を見た。視線が集中して、フュージュはどぎまぎしながら答えた。

「ごめんなさい、よく見てないわ、わたし」

 オレを守るために派遣された三人は赤ん坊のオレのことが気になったかもしれないが、フュージュの目的は伝令と襲撃だからな。赤ん坊のオレになんか興味はなかったってことなんだろうな。

「いいじゃない。マリッサが殴り倒した向こうの兵士から奪えばいいのよ」

 どうやらマリッサが向こうでまず最初に兵士を殴り倒すことは、既定事項になっているようだ。

 

 準備が終わって家を出るとき、置き手紙を置こうとして、思い直して携帯を手に取った。仕事中は電源を切っているかもしれないが、一応掛けてみた。意外にも呼び出し音が鳴り、二回目が鳴り終わる前に相手が出た。

「かーちゃん、仕事中すまねぇ。オレ、あっちへ行ってくるわ」

『へえ』

 それだけかよ!

「バイルーの独裁者がドラゴンスレイヤーを手に入れて、オヤジを殺すつもりらしいんだ。おまけにオレはアンブレイカブルボディを受け継いでて、こっちで死ねない。だもんだから敵のゲートで帰るんだ」

『ドラゴンスレイヤーねぇ』

 緊張感のない答えが返ってきた。

「ああ。かーちゃんがオヤジを切っちまった刀なんだろ?」

『あれね。あれ、多分、ただのそこらへんの剣だよ』

「?!……」

 オレは次の言葉を失った。ドラゴンスレイヤーが、ただのそこらへんの剣?

『たしかに、たまたますごい剣だったっていう可能性もゼロじゃないけどね。普通に買った剣だよ。と~ちゃんを切れちゃった理由は、多分、剣の力じゃないんだ。心が通じ合ってたからね。それが理由さ。あんたも彼女ができたら、切られちゃわないように気をつけなさいよ~』

 な、なに?

 電話は切られてしまった。息子の旅立ちを送る言葉が「気をつけなさいよ~」って緊張感のない話か? それより、その前の話は何だ? 心が通じ合ったら切れちゃう? しかも、「多分」って何だ「多分」って。こっちはその言葉に命かかっちゃうんだぞ。

 出発するって玄関に呼ばれたときは、電話をしたことを半分後悔していた。あんな話、クラニスやマリッサに聞かせられるかよ。


 玄関に集合すると、フュージュが魔法を使って探査をはじめた。

 しゃがみこんだフュージュが、そのへんで拾ってきたようにしか見えない小石と葉っぱをタイルの上に並べて、よくわからない呪文を詠唱しはじめる。小石の上の空間に、LEDのように目に刺さる白い光が生まれ、それが強くなると、小石や葉っぱが重力から開放されて宙に浮かび、やがて、太陽をまわる惑星のように光のまわりを同心円の軌道でまわり始めた。

 フュージュの詠唱が終わると、唐突に光が消えて、小石と葉っぱがタイルの上に落ちた。これで終わりらしい。トミックさんが、うちの周辺の地図を広げてフュージュに渡すと、彼女は小石の上にそれをかざした。小石や葉っぱの配置が、探しているものを示しているらしい。しばらく魔法の結果を読み解いていたフュージュが、地図の一点を指差す。

「ここよ」

 川沿いの廃工場の倉庫だった。


 襲撃のための動きやすい服装ってことで、一同の服装はまるでピクニックへ行くような格好だった。フュージュは着替えがなくてそのままだったが。まわりからはどういう一団に見えたやら。いっそリュックでも背負ってピクニックを演出したほうが目立たなかったかもしれないな。

 オレが子どものころからすでに操業していなかった廃工場は、立ち入り禁止の札があり、鉄条網でふさいであった。鉄条網には、どうやら子供とかが出入りしているらしい隙間があった。

 あたりの人目を気にしつつ、中に入る。大きな工作機械とかが並んでいたのだろうと思われる廃工場は、機械を取り外されていてがらんどうだった。

「こっちよ」

と、フュージュが先導する。

 前方にコンクリート製の倉庫が見える。ちょっとした一戸建て住宅くらいのサイズかな? あの中にゲートがあるっていうことらしいな。

「見張りは、外にはいないようね」

 クラニスがフュージュを振り返る。フュージュが呪文を唱え、両手を胸の前で広げると、両手の間で例の白い光が発生し、それにかぶさって倉庫の中の様子が浮かび上がる。

「見張りはふたり。あとはゲートと……子供の竜だわ。囚われているみたい」

「ふたりだけ? やけに少ないわね」

 クラニスの言うとおりだ。どこかへ出かけているんだろうか。

「ひょっとして、あっちで戦闘が始まるから戻ったんじゃないのか? こっちではもう、竜王の息子を確保する必要はないってわかっているから」

 マリッサの推察は理にかなっていそうだ。

「ゲートを作らされているのはその子供の竜ね。向こうからゲートで送られてきて、こっちで帰りのゲートを作らされて。この子はこっちで死ぬ以外に帰る手段はない」

 トミックさんの言葉には怒りがこもっていた。

「ゲートをくぐるとき、ひとり残って、この子を殺してあっちに帰らせてあげれば? 残った一人はこっちで命を絶てばもと来たゲートの位置へ帰れるし」

「だめよ!」

 マリッサの提案は速攻でトミックさんに否定された。多分自分でも同じことを検討したあとだったんだ。トミックさんはフュージュが映し出す映像の竜の子供を見つめて搾り出すような声で言った。

「このゲート向こうは多分、敵の真っ只中。でも、死んで戻った者は竜王の禁足の洞窟についてしまう。戦力は割けません。全員でこのゲートをくぐるの。すべてが終わったら、この世界に戻って、竜の子を殺してあげましょう」

 フュージュの魔法が終わった。

「では、倉庫の扉を開けるのはフュージュ、マリッサとクラニスは見張りを倒して。いいですか、殺してはだめですよ。殺すとあちらの世界に戻られて、襲撃を報告されてしまいます。奇襲にならなくなってしまう。かならず生かしたまま倒すのです」

 ふたりがこくりと頷いた。


 倉庫にはトラックが出入りできるような大きな両開きの扉があった。その正面にフュージュが立った。扉が開いた場合に扉に当たらずにすぐ飛び込める位置に、マリッサとクラニスが構えた。ふたりは打撃系の武器を持って来ていて、それを構えている。

 フュージュが右手を扉に向かって振った。例の白い光が右手から扉へ向かって飛び、扉に吸い込まれるように消えた。

 大きな鉄の扉が、はと時計の窓のようにパッと開く。開いたドアからマリッサとクラニスが飛び込む。

 「バキ!」とか「うう!」とかいう音やら声やらがしたのは一瞬だった。フュージュの後ろにいたトミックさんといっしょに中に飛び込んだときには、ヤンキーふうの見張り二人はマリッサとクラニスに押さえ込まれ、縛り上げられているところだった。

 壁のところに直径二メートルほどの大きな円形の鏡のようなものが立っている。鏡面のように見える丸い銀色の部分にはなにも映っていない。

 その横には、サイくらいの大きさの西洋ふうの竜がいた。これで子供か? まあ、オレなんかよりよっぽど竜の子供っぽいが。

 鎖で台に縛り付けられ、身体には何本か杭のようなものをつきたてられている。この竜はアンブレイカブルじゃないんだな。その杭から伸びた電線のような紐が白い箱に続いている。

「この魔具によって、竜の思惑にかかわらずゲートの接続先を指定しているんだと思います」

 フュージュが竜の子と箱を見て言った。

「この竜の子は生まれたばかり。自分で力をコントロールできないでしょう。竜の力だけを利用されているんだわ。むごいけれど、このままにしてゲートを使わせてもらうしかないわ。そしてやつらに指定された場所へ行くしかないわね」

「ごめんよ。……次に戻ったら、助けてやるからな」

 トミックさんはさらに怒りを蓄積し、マリッサは涙を浮かべていた。

 オレたち五人は鏡面の前に立った。

「お願いです、竜の子よ。わたしたちを通して!」

 トミックさんの言葉が通じたのか、竜の子が羽を震わせると、鏡面が輝きだした。

「さあ! 今よ!」


第8話 ワナには人間ハンマー(オレ?)

 どんな感じなのかと、直前までドキドキとしてたんだが、ゲートをくぐっている間、というのは存在しなかった。

 単に景色が切り替わったように見えただけだった。いや、景色だけじゃない。気温やら湿度やらがいきなり変わったのか、ひんやり感が別の場所に着いたことを感じさせる。

 ゲートの先は一辺十メートルほどの立方体の部屋の中で、まわりは壁も床も天井もぴっちり隙間なく組まれたつるつるの石だった。正面の壁の真ん中には、金属製の扉がある。これがまた、これでもかといわんばかりにRPG感にあふれる『鉄の扉』だ。ほかに出入り口はなさそうだ。扉の対面の壁の高い位置に光取りの穴が三つ。鳩が通れるほどのサイズしかない。こっち側のゲートがあるのはこの部屋ではないようだ。この部屋は帰り道オンリーの部屋らしい。

 いや、というよりこれは、閉じ込められたんじゃないのかな?

 クラニスたちも同じ不安に陥ったらしく、部屋を見回していた。

 彼女たちは、古代ローマのチュニックのような服を身に着けている。裾に刺繍かざりがある布で、太ももがほとんどあらわになってしまうミニスカートだ。おそろしく薄くて軽い素材のようで、肌色が透けて見える。腹や胸、肩などに、皮製らしい防具がチュニックの上から縛り付けられており、靴はひざ上まで編み上げのサンダルのようだった。戦闘能力というよりも色気や悩殺力が強力な装備だ。

 そうだ、オレの格好は?!

 赤ん坊は長さ二メートル足らずの布を、適当に巻かれていたらしい。

 身体にかろうじて巻きついていた布が、はらり、と床に落ちそうなところを、あわてて受け止め、腰の横あたりで縛って、なんとかふんどしみたいなもこもこパンツを自作した。

 かなり恥ずかしい格好だが、だれもこっちは見てないからいいだろう。

 正面の扉に耳をつけて外の気配をうかがっていたクラニスが、マリッサに頷いてOKを出す。マリッサが扉を開けようとしたが、彼女のバカ力でも動かないようだ。 

 出口の問題は彼女たちにまかせて、オレは別のことが気になっていた。

 こっちの世界に来て、ひょっとしてアンブレイカブルボディの力を失ってたりしてないか?

 これは、素朴な疑問だった。こっちに来たら最初に試しておきたかったことだ。手近な壁を見ると、それなりに厚みがありそうな石を組み合わせたもので頑丈そうだ。まず、軽くこぶしで殴ってみた。

 ガン

 痛くない。

 少し強く殴ってみる。

 ゴン!

 大丈夫だ。石壁のほうにヒビが入った。

 おもいっきり殴ってみる。

 ガキン!

 ポロリと石壁の一部が砕けて落ちた。まるで硬い金属のハンマーで殴ったように石が割れていた。なんだか、あっちに居たときよりも硬くなっていないか? 見た目は普通の腕だが、超合金ハンマー! って叫びたくなるような必殺パンチだ。仮の肉体だったあっちにくらべて、こっちの世界にあった本物の身体のほうが丈夫なのかもしれない。

 正面に向き直ると、一同はまだ扉と格闘中だった。鍵が外からかかっているか、かんぬきかなにかが外にかけられているのだ。

「フュージュは?」

 トミックさんが言った。部屋には四人しかいない。フュージュは着いていないんだ。

「ゲートを最後にくぐったのは誰?」

 先頭でくぐったトミックさんが問いかけた。あ、ひとごとじゃない、オレは最後のほうだったんだっけ。

「オレが三人のあとだった。フュージュはオレの後ろだったんじゃないかな」

「あっちで何かあったのかも。竜の子の力が途絶えたとか」

 マリッサが言った。フュージュが居れば、開錠の魔法があったんだ、たぶん。

 マリッサが体当たりするが、頑丈そうな扉はびくともしない。

「ちょっとどきな。オレにまかせろ。この腕は超合金ハンマーだぜ」

 よっしゃ。単なる防御力MAX男じゃなく、攻撃力もイケてるところを見せるチャンス到来ってとこだな。

 女どもは、怪訝そうな表情ではあるが、オレに場所を空けた。オレは自信たっぷりに(見えるように大股で進んで)扉の前に立ち、拳をおもいっきり取っ手の上あたりに叩きつけた。

 ゴン!

 扉は・・・・・・びくともしなかった。こっちも痛くはなかったが。

 そうだったよ。オレは別に怪力男に変身したってわけじゃない。拳が硬くたって、オレの力じゃ扉は壊れたりしないんだ。

 肩の力を落としてすごすごと無言で下がって場所を明け渡そうとしたら、マリッサが真顔で言った。

「ふむ。考え方は悪くない。こいつの身体はハンマーとして使えるな」

 彼女は、まだ意味がつかめていないオレの前にかがみこんだ。

 何する気だ?

 彼女の黒髪がさらさらと肩からすべり落ちるのを上から見て、きれいだなあ、と、見とれていたら、いきなり両足首をがっしりつかまれた。

 え?

 マリッサはそのまんま立ち上がる。

「うわ! なんだ! なんだ!」

 オレの両足は浮き上がる。頭が床にぶつかる、と思って手をつこうとしたが、手は床に触れない。オレの身体は、そのまんま大きく振り回されて遠心力で伸び切ってバンザイポーズになった。

「ふぅむ!!」

 マリッサの力がこもった声といっしょに、ブ~ンという風切り音がしたと思ったら、オレの頭が扉に叩きつけられた。

 どかん!!

 痛くはない。痛くはないが、不条理だ。こんなことが許されていいのか? 人の身体をハンマーがわりに振り回すなんて。

 長さ174センチ重さ68キロの超合金ハンマーでぶん殴られて、頑丈な扉も、右側の蝶番が壊れて完全にはずれ、中央部にオレの頭大の陥没跡を晒していた。

 成果に満足したマリッサは、オレの足首をつかんでいた手を、ポイッと離した。

「なかなか、良いハンマーだったな」

 床に投げ出されたオレを跨ぐようにマリッサが大きく足を振り上げて、足の裏で頭の高さのあたりを蹴りつけると、未練がましく枠にひっかかっていた扉はバタンと倒れた。


 扉の向こう側は二十メートル四方ほどの広い部屋になっていた。やはり石で構成されている。講義を行う階段教室のようなつくりだ。

 オレたちが出てきたのは講師の控え室のような位置。机はないが、オレたちがいるのは講師の立ち位置で階段教室の底。背面を除く三方向へ向かって床が階段状にせりあがっていて、いちばん高いところは二メートルほどの高さだ。五メートルほどの高さの天井近くには、明かり取りの窓もいくつか開いていた。

 出口は三方向の壁にひとつづつ。

 クン、とクラニスが鼻を鳴らした。

「河の匂いがするわ。おそらくイブル河。そのほとりのバイルーの拠点と言えば、チドの砦だわ」

「なんとか河に下りることができれば……」

 トミックさんの言葉が終わる前に、三つの扉が同時に開いた。

 完全武装の兵士たちが、最上段に展開する。槍や弓を持った兵もいる。右の扉のところには知った顔の男がいた。ライアスだ。

 中央と左の扉にもそれぞれ偉そうな飾りつきのやつがいた。どっちかが親玉なのか?

 兵士は五十人近くいた。

 中央の偉ぶった男がしゃべった。

「おとなしくしろ。逃げられやせんぞ。まさか、鉄の扉を壊して出てくるとは予想しなかったがな」

 マリッサたちはまだ武器は手に入れていない。人数も十分の一ってとこだ。身構えちゃいるが、勝負になりそうにない。どうやら待ち伏せされたらしい。こっちの考えはお見通しだったか。

 女の子たちの後ろに隠れてるっていうのも恥だ。しかも、オレの身体はアンブレイカブルなんだし。オレは前に進み出て、両手を大きく広げた。

「ふふふ。竜王の子か」

 中央の偉男が笑った。オレをバカにした笑いだ。さらに、まわりの兵士に向かって言う。

「臆するな、竜王の血を継いだのは身体の硬さだけだ。取り押さえればなにもできん」

 オレの前にトミックさんが進み出た。

「フェト将軍、王家を蔑ろにする奸賊カシュームの犬に成り下がり、どこまで自分を貶めれば気が済むのですか?!」

「フン」

 将軍野郎は鼻で笑った。なんだこいつも親玉じゃなく小物か。

「敵国の兵に言われても、何とも思いませぬな。おおっと、いやいや、間もなく他国ではなくなるのでしたな」

「なんですって?!」

「ふふふふふ。情報に疎いようですな。あなたがおかしな世界へ行っている間に、歴史は進んでしまったのですよ。先日の会戦はわが軍の大勝利。主力を失ったアテヴィア国はバイルー国への併合という終戦の条件を飲み、調印式がおこなわれる運びです。あなたとわたしも同国人になるわけですな。立場は、隷属と支配ですがね」

 将軍と呼ばれた中央の偉男は、『隷属』という言葉に妙に力を込め、いやらしい顔つきでトミックさんのスケスケ衣装に包まれた身体を舐め回すように見る。

「そんな!」

「竜王の力なぞ、カシューム閣下の前では無力。併合が成れば、カシューム閣下直々に禁足の洞窟の竜王に止めを刺し、そこの竜王の息子も処刑だ。あなたがたは、いずれ劣らぬ美女揃いだから、カシューム閣下のハーレムでご寵愛を受けられるかもしれませんな」

 トミックさんが将軍と話している間に、オレの後ろにマリッサが来ていて、オレの首のあたりでささやいた。

「すまぬ。また、ハンマーにさせてもらうぞ」

 げげ。まあ、ほかに武器はないから、仕方ないけど、もうちょっと格好良く役に立ちたいものだ。

 右後ろにいたクラニスも顔を近づけてささやいた。

「左へ抜けます。なんとか外まで出たら、河に飛び込んで。あなたは落ちても溺れても死なないから、そのまま河を下ったらアテヴィアの城が見えるところまで行けます」

 左。たしかに、正方形に近い部屋の三方を囲われているので、正面に行けば三方すべての兵に囲まれる。左右のどちらかと言うなら、右のライアスに挑むのは避けたいということか。

「ライアス様!」

 突然、トミックさんは、正面の将軍を無視して右側のライアスに呼びかけた。なるほど、左へ走るときに後ろからはさまれないように、ライアスがひるむようなことを言っちゃうわけですね。

「このような暴挙に、なぜ加担しておられるのです! 王をお守りするはずのあなたにとって、王を捕らえて廃位に追い込もうとしているカシュームは敵ではないのですか?! 王をお救いするのが親衛隊長たるあなたの務めではないのですか?」

 ライアスの表情が曇った。

「今もわたしは王の僕です。これが、王家を守る道なのです」

「あなたがそんな方だったなんて」

 トミックさんは涙声だ。そんなに感情込めて演技しなくっても。それじゃあ、過剰演技じゃないでしょうか。

「今のわたしが本当の姿です。あなたが勝手に買いかぶっていただけでしょう」

 おや? ライアスも同じノリの演技で受けてる?

「密かに……お慕い申し上げておりましたのに……!!」

 ええっ!? トミックさん、マジですか? っとツッコミを入れるチャンスはなかった。マリッサがオレの両足首をつかんで持ち上げ、振り回しはじめたからだ!

「おおりゃあああ! どけどけ!」

 回転していてよくわからなかったが、人間ハンマーを振り回すマリッサを先頭に左の扉へ向かって階段をみんなで駆け上がる。

 飛んでくる矢や槍をなぎ払い、鎧を着た兵士を三人ほど殴り飛ばしたのを感じた。そのあと、オレは縦に大きく振り下ろされた。左の扉がターゲットだ。

 ガコン!

 今度は一発で扉が吹き飛んだ。

 マリッサが扉の向こうへオレを投げ捨てる。マリッサたちは、さっき殴り倒した兵士の武器を拾って戦いはじめた。

 扉の外は通路で、兵は居なかった。ゲート到着の小部屋にオレたちを閉じ込めるつもりだったやつらは、そこまで備えてはいなかったらしい。

「走れ! 上だ、外に出て、河へ飛べ!」

 マリッサたちは踏みとどまって扉を死守するつもりらしい。

「いっしょに来いよ!」

 おれの呼びかけに、クラニスが一瞬振り向いて、切なそうな笑顔を見せた。すぐ向き直って敵兵と戦いながら言う。

「そこから行けるのはあなただけなの! アテヴィアをお願い!」

 畜生! わけがわからないが、とにかく上だな!

 通路を進んで分かれ道に出ると左手が上りの階段だ。その上が左に折れて六十メートルほどの廊下で、右手に窓が並んでいる。窓は小さくて出られないが、河の音がしている。廊下の真ん中まで行けば右へ出られる出口があった。

 あそこだ!

 しかし、廊下の前方、反対のつきあたりから走ってくるやつがいる。

 ライアスだ!

 左右対照に作られた建物なんだ。やつは自分がいた扉からオレと同じように反対向きにたどって回りこんだんだ。しかもオレより先回りしている。

 やつは外への出口をこっち側へ通り過ぎたところで立ち止まって身構えた。

 やつの鎧は、ほかの敵と一風変わっていた。

 ほかの兵士のそれは、いかにも人工的だった。金属板か皮で部品の形を作り、それを組み合わせたものだ。ところがライアスの野郎が身に付けているのはそうではなかった。

 もちろん、人工物ではないと言いたいのではない。自然に出来上がった鎧型のモノを身にまとってるとかいう意味ではなく、素材の形をそのまま生かしたモノだという意味だ。素材は、大きな二枚貝かなにからしい。そいつを縫い合わせて鎧の形にしたモノを着ているのだ。ヤバイ感じがプンプンする。

 なんだかわからないが、こいつを突破しなければ、外には出られない。

「どりゃあああああ!」

 とにかく、がむしゃらに突っ込む。こっちに効く武器はないんだ。

 やつの太刀が肩に向かって降り下ろされるが、ガチン! と金属的な音がして、オレのバランスが崩れただけで、痛くもないし傷もつかないぜ!

 胸を突かれたり、横になぎ払われたんじゃなくてよかった。オレの突進の勢いはそのままで、やつの懐にまで飛び込めた。喰らえ! 右拳でやつの胸を思いっきり殴りつける。

 痛てぇ!!!?

 バキン!という音がして、拳が跳ね返された。

 どういうことだ?!

 こっちの拳は平気で、あっちの鎧はベコベコになるか、バッキン! と割れるかのはずなのに?

「ぐっ!」

 しかし、呻いたのはオレじゃなくライアスの方だった。

 やつは二歩ほど退いて、太刀を構え直した。

「さすが本物のアンブレイカブルボディだな。この竜王のスケイルメイルを着ていても、ダメージを負うとは……はじめての屈辱だ」

 やつの口の端からは、血が滴っていた。こぶしが完全に跳ね返されたと思ったが、あちらにもダメージはあったらしい。

 竜王のスケイルメイル? って、つまり、やつの鎧の板は竜王のうろこってことなのか?

 とりあえずあっちは流血しているが、こっちは拳を怪我したわけじゃない。物を殴って痛い思いをしたのは驚いたが、こっちの生身の拳の方が、本体から剥がれたうろこよりは強いってことらしいな。

 やつはオレに向けて構えていた太刀を腰の鞘にしまった。素手で構え直す。

「わたしの武器では、おまえを傷つけることはできないが、押したり、押さえたり、運んだりすることはできる。閉じ込めることもな」

 やばい、勝てそうにないぞ。いや! ここでひるんでたまるか!

 走ってきた勢いを止められて、ヤツと近距離で向き合うと、隙が感じられない。どうするか迷っているうちに、前後両方の通路の端から階段を上ってくる音がしてきた。

 オレが向いているライアスの後方からは、ライアスの手下らしいのがガシャガシャ鎧を鳴らしながら向かってきた。

 オレの後ろからも走る足音が近づいてくる。鎧の音はない。

 ライアスがオレの肩越しに後ろの人物を見て、目を見開いている。

 思わずつられて振り返ると、駆け込んでくるトミックさんの姿があった。

 血まみれのメイスを振り上げ、返り血を飛び散らせながら、夜叉のような形相のトミックさんが、すごい勢いで走ってくる。

「ライアスー!!! 退けええぇぇぇい!!」

 いまさっき、お慕いしていたと語った美女の鬼気迫る表情に、ライアスは剣を抜くのも忘れて立ちつくしていた。

 トミックさんはオレの横をすり抜け、ライアスに向かってメイスを振り下ろした。

「でぇぇぇぇい!」

 ガン!

 ライアスの鎧の胸板にヒットする。ライアスが一歩下がる。

「でい! えい! えい! えい!」

 ガン! ゴン! バン! ガン!

 トミックさんは立て続けにメイスを振り下ろし続ける。めちゃくちゃな振りで、ライアスの胸を打ち続ける。

 だめですよ、トミックさん、そいつの鎧には普通の武器は効かないんです。

 トミックさんは泣いていた。涙がぼろぼろ、ぼろぼろ溢れていた。

 本気だったんだ。本当にライアスが好きだったんだ。好きだった相手を殴りながらトミックさんは泣いていた。

 ライアスはトミックさんの攻撃を胸や肩に受け続けているだけだった。トミックさんの攻撃があまりにも激しくて、何をする隙もない、というのもあったが、ライアスが受けている最大のダメージは彼女の涙によるものだっただろう。

 ライアスがひるんで下がり、外への出口より向こうへ行った。

「行きなさいいぃぃぃっ!!」

 メイスで殴りつづけながら涙を飛び散らせてトミックさんが叫んだ!

 今度こそ、オレは迷わず外に飛び出した。城壁の上だ。

 河を挟む断崖絶壁の片側の頂上に、この砦は立っていた。

 そして、今になってクラニスの言葉の意味がわかった。

 断崖の高さは四百メートルあまり。しかも、断崖の角度は九十度ではなく八十度ほど。

 つまり、ここから飛び降りたら川に落ちるまで何度も岩にたたきつけられる。水面に向かって飛び込むのとはわけが違うんだ。生身じゃ助からない。

 そして、細く見える河は白い。下は濁流だ。人間が泳げるような流れじゃない。

 落ちても溺れても死なない、というクラニスの言葉は、ここから飛び降りるということだった。ここから落ちて死なないのはオレだけだ。岩に叩きつけられ、濁流に飲まれても死なない身体の持ち主だけだ。

 この脱出路はオレだけのためのもので、彼女たちは、そのために戦ったんだ。

「ああっ!!」

 後ろでトミックさんの悲鳴がした。

 振り返ると、出口のところでトミックさんがライアスに捕まってしまったところだった。

 いや、そうじゃない。ライアスは彼女を抱きしめていた。

 ライアスは、メイスを持つトミックさんの右手首を左手でつかみ、右腕でトミックさんの頭を抱きかかえるようにして……泣いているように見えた。

 それが、断崖へ身を投じる寸前に見た最後の光景だった。

 城壁を蹴って飛び出すと、岩壁がすごい速度で流れるのが見え、岩に二度三度身体がぶつかって、そのたびに手足が振り回されるのを感じ……そして濁流の中へ落ちた。泡の音と流れの轟音に包まれて、息ができなくなっていくのを感じていた。


第9話 オヤジ

 水中で目を開けていると、濁流の勢いでオレの身体は河の底に囚われたまま下流へ流されていた。そこらじゅう細かい泡だらけで、川底の岩が突然泡の間から現れて、オレの身体がぶつかるとたいていの岩は砕けていっしょに下流へ転がっていく。

 水面に戻れたのはずっと流されてからだった。

 両岸はすでに断崖絶壁ではなく、流れはジョギング程度の早さに変わっていた。ろくに泳げないオレが岸に上がれるようになったのは、さらに下流、河が谷を抜けて扇状地に出て、流れがゆったりとしはじめてからだった。

 まだ目的地ではないらしく、アテヴィアの城らしいものは見えない。いや、まてよ。まさか、もう過ぎたってことはないだろうな。心配になってきたのを、ぐっとこらえて、自分に暗示を掛けるように心の中でくりかえし念じた。「もっと下らなきゃいけないんだ」と。

 河原に一度上がって、自分の身体を見回したが、もちろん怪我はない。しかし、腰巻もなくなっていて素っ裸だった。ひと気はないようだったが、もしも誰かに出会ったらはずかしい。

 なにかないかと見回すと、河原の一段上のあたりで、茶色い布が風にふかれてヒラヒラしているのが見える。家でもあるんだろうか。洗濯物かな?

 拳より大きな丸い石がごろごろ転がっている不安定な足場を苦労して上ってみると、それは家なんかじゃなかった。鎧を着た戦士が持った竿の先の破れた軍旗だ。戦士は竿を両手でつかんだまま座り込んで・・・・・・死んでいた。

 そこは戦場跡だった。

 血のにおいが、むっ、とする。サッカー場ほどの広さの石だらけの河原に、新しい死体がごろごろところがっていた。風に吹かれた布がはためくほか、動くものはない。

 しばらく呆然と見ていたが、申し訳ないがオレは生きていかなきゃいけない。なるだけ失礼にならないように、死体から布やベルトをいただいて、布をベルトで締めて服っぽくまとめると、なんとか人らしい格好になった。

 作業している間も、何度も手を合わせたが、最後にもういちど戦場全体に手を合わせて拝み、河へ戻った。とにかく土地勘のないオレは河をたどる以外に目的地にたどり着く方法がないだろうからな。

 戻る途中、河原の石にまじって、かわった形のモノをみかけた。

 木の実だ。

 最初は、食い物になるかもと思って近づいたのだが、なにか頭の隅にひっかかるものがあった。

 ひらめくように、クラニスの話を思い出した。これが爆発する木の実マラムナッツだ。

 球形の部分はピンポン玉くらいで、ピーナッツの外殻みたいな表面だ。それに長さ一センチくらいの突起がたくさん、規則的についている。数えはしなかったが、二十四本なんだろうな。で、真っ二つにできそうな深い筋がついている。

 爆発する実か。

 食べられないんだよな、たしかこれ。ま、爆発したって、オレのアンブレイカブルボディはへっちゃらなんだろうが。

 ん? ひょっとして、こいつを持っていて自爆すれば、怪力や剣術を身に着けていなくても、アンブレイカブルボディだけで戦力にならないだろうか。

 戦場跡で身につけるものをいただいたときも、オレは武器を取らなかった。剣など持ったところで、役に立たないとわかっていたからだ。防具も無意味な身体だし、武器を持っても戦力にならない。

 だが、オレの身体はアイデア次第で戦力になるんじゃないだろうか。


 見回すと、この実を落としたらしい木が近くにあった。木はいたって普通の広葉樹のようだ。

 オレはそのあたりに落ちているのを拾って、死体からいただいたポーチに詰められるだけ詰めはじめた。

 二十個ほど詰めたところで、次の一個をポーチに押し込もうとして、ちょっと無理に押してしまった。

 やばい、ずれた。実が開いてしまう。

 $@#!!

 左腰のポーチで起きた爆発だったので、右に吹き飛ばされたのだと思う。その瞬間、見えたのは閃光ではなく、赤黒い炎のようなモノだった。音はでかすぎて、なんていう音なのか認識できなかった。

 アンブレイカブルだから鼓膜は無事なんだろうな。あたりの音はすぐに戻ってきた。

「いてててて」

 いや、痛くはないんだが、反射的にそう言ってしまった。そういうふうに言うものなのだと刷り込まれているからだろう。うつぶせに倒れてたオレは地面に両腕を突っ張り四つん這いになった。

 ぼろぼろぼろ。

 オレが身に着けていたベルトは、皮ひもや小さな金具がとれて、バラバラになって地面に落ちた。衣服は炭のように黒こげになって、これも落ちてしまった。

 同時に、マラムナッツを入れていたポーチもボロボロになり、持っていたマラムナッツは地面に転がった。誘爆はしないものらしい。

 これではだめだ。

 自爆の連発作戦は頓挫した。

 オレの身体は、やはり爆発に耐えられるということはわかった。が、装備が耐えられない。

 真っ裸になるのはマリッサたちの国の大事のためになんとか目をつぶるとしても、二発目以降のマラムナッツを運搬する入れ物がない。

 自分が素っ裸になっても運べるだけのマラムナッツしか連発に使えないってことだ。しかも、両腕で抱えて持って胸の前で一発目を爆発させたら、怪我はなくてもオレは後ろに吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされるのを防ぐには、頭の真上で爆発させなきゃならず、それが片手でできたとしても、二発目以降はもう一方の腕を使って持てる分しか持ち歩けないっていうことだ。

 マラムナッツの爆発に耐えられる入れ物やそれを身体に結ぶ紐、それにできれば爆発のたびに素っ裸にならないでも済むような、腰巻なんかが欲しいが、そんなものはこの世界にあるのだろうか。あっちの世界なら、金属とかで加工した服、とかなんとか、ハイテク素材がありそうなものだが、こっちではそういうものは望めそうにないんじゃないかな。


 頓挫した自爆攻撃のことは忘れて、オレは仕方なく、また、あの戦場で身に着けるものをいただいた。

 今度はマラムナッツを無視して、河沿いに下流へ向かった。


 日が沈むまで歩くと、山のあたりに明かりが見えてきた。天然の鋭く高い山に同化するように城壁が築かれていて、その城壁の上に松明が並んでいる。西洋風、というよりファンタジー系RPG風だ。あんなのふつうの工事でできるだろうか。魔法だな、魔法。どこかの巨大ダムみたいな土台じゃないか。

 城門まで歩いていくと、高さ二十メートルくらいある大きな城門の扉は、全開に開いていて、中の街が見えた。アルプスあたりの町並みを思わせる二階から四階建ての建物。石畳の道はくねくねと蛇行していて、先までは見通せない。攻め込まれたときの防御のために、まっすぐの道にしないものなんだろうか。

 門番らしいのはひとりだけ。腕に怪我をした老兵が座り込んでいた。門番かどうかも疑わしい。

「すみません」

 声を掛けると、こっちを見上げた。その顔には疲労が刻み込まれていた。

「なんじゃ」

 感情が抜けちまってる。

「入っていいんですか?」

「かってにすればいい」

 門に立って中を見ると、かなり大きな街だ。しかし、人の気配がない。夕食時だろうに煙も上がっていない。

「街の人たちは……どこかへ逃げたんですか?」

 老兵に呼びかける。返事がしばらくない。

「……明日の併合調印式に出席させられるんじゃよ。今夜は国境の競技場へ歩いて向かっているところじゃ」

 国境の競技場っていうのが何なのかよくわからないが、詳しくたずねる雰囲気じゃないな。街の中に入ると、きれいな街だが人は歩いていなかった。山肌に接した部分に二重の城壁の内側の壁があり、城の建物があった。

そのまわりを半円形に街が囲んでいるようだ。その街の外側の城壁にあった門がさっきの門だ。

 城に通じる内側の壁の門は閉じていて、やはり傷ついた老兵が門番をしていた。

「すみません。ええと、国王陛下か宰相にお会いしたいんですが」

 って、このじいさんに言っても無理っぽいな。そもそも城も無人か?

 じいさんは無言で、動こうともしない。生きてるのかな? 疲れているんだな。

 しばらく立っていると、門の小窓が開いて、中から役人っぽいのがこっちを見た。

「どうした。留守を命じた数名以外は、競技場へ行けと命じられたはずだぞ。逆らったものは死罪だ」

「あ、いえ、オレ、命じられていません。今、ここについたばかりで。・・・・・・竜王の息子です」

 この自己紹介で通じるんだろうか。

 男は小窓を閉めて小さな扉を開けて出てきた。ローブを被ったおっさんだ。オレをつま先から頭のてっぺんまで見回した。

「へたなウソだな。本物は別世界から戻って来られないそうだ。おまえが、もし、本物だとしても、いまさら役に立たんしな。どこから来たか知らんが帰りなさい」

 面倒くさそうだったが、学校の先生かなにかの説教のような優しさがある口調だった。

「国王陛下か宰相殿は?」

「どちらも競技場へ向かわれた。お会いしたければおまえも行くが良かろう」

 たしかに、ここへ来ても、どうやらもうどうにもなりそうにない。逆転のチャンスがあるとしたら、その調印式か?

 だが、せっかくここに来たんだ。ここで何もすることはなかったっけ。

 あ、そうだ。

「あの、じゃあ・・・・・・オヤジ、いますか?」

 おっさんはしばらく、オレを見回していた。

「・・・・・・竜王のことか? この城壁を西に伝っていけば洞窟の入り口の神殿にたどり着く」

 少し、信じてくれたらしい。

「ありがとうございました」

 オヤジには会っておこう。瀕死の重傷らしいから、万事解決してくれっていうのは無理かもしれないが、なにか助力してもらえるかもしれない。今のオレはただの負け犬だ。クラニスたちを犠牲にして逃げ帰っただけの男だ。だが、誰かが、なにかの力を目覚めさせてくれたりするとしたら、それはオヤジなんじゃないかな。


 もっと真っ暗な洞窟を想像していたのだが、そこはかなり明るかった。

 鍾乳石が何本も神殿の柱のようにそびえ立ち、三十メートルくらい上の天井が、間接照明のように光っている。コケかなにかか、それとも魔法の光か。黄色っぽい光に照らされて、おそらく白いのであろう鍾乳石は金色に見えた。

 その黄金色のしとねに横たわるドラゴンの姿があった。

 いや、近づいてみると、これは・・・・・・死骸じゃないか?

 ちょっとした体育館サイズの身体は、骨格と破れた皮しか残っていない。翼らしいものも骨だけで膜の部分はない。

 ただ、頭の部分だけには肉がある。

 博物館の恐竜の骨格標本の展示で、頭部にだけ肉付けしたような感じだ。

 その頭だけでも動物園のアフリカゾウよりでかい。その頭が横になっていて、こっちに鼻面を向けている。大きく裂けた口は、人間なんか横向きでも丸呑みできそうなサイズだ。その頭につづく首は太さが三メートル近くあり、アゴの付け根から五メートルくらいのところで、すっぱり輪切りになっている。その先の首はなく、十メートルほど離れたところから首の骨がつづいていて体育館サイズの胴体骨格へ連なっている。

 いったい、あんな太い首を、かーちゃんはどうやって剣で切り落としたんだかわからない。しかもあんなにきれいにすっぱり切れるもんなのか。

 さらに信じられないことは・・・・・・この首が生きてるって? たしかに首から下と違って腐っちゃいないっていうのが不思議だが・・・・・・。

 もしも生きているのなら、鼻息がかかりそうなくらい近くまで近づいてみた。もっとも、真っ当な生物なら、首がちょん切れてて、鼻が肺につながってないのだから、息なんかしているはずはない。


 動かないだろ、これ。


 と思った瞬間に、そいつのまぶたが開いた。

「おまえか……大きくなったものだな」

 口は動いていないが、それは男性の声として聞こえた。

 オヤジの声ってことか。生きてんだ、やっぱり。

 こっちを見ているらしい直径一メートルはありそうな左目を見上げた。右目は顔の下になっていて見えないから。

「ほんとに、オヤジなのか?」

 最初に訊くことはやっぱりこれだろうな。散々言われてきたが、自分が竜王の子供だって話は、まだ信じられない。

「そうだ」

 予想通りの答えが返ってきた。これで、確定かな。なんだか腑に落ちたような、へんな安心感があった。

「オレ……あんたのかわりに、この国を守ってやらなきゃいけないんだ。なんか、魔法の力とかをオレに与えたりできないのか?」

 オヤジに会うなりおねだりするっていうんだから、なさけない『竜王の息子』だ。

「……できんな」

 そうだよな。生きてるのが不思議だものな。

「なんか、アドバイスみたいなのとか、ないか?」

「ないな。何を期待していたのだ」

「バイルーのやつらが逃げ出すような、すっげー力。……でも、無理っぽいな。あんた、よくそれで生きてるな」

 首だけで生きてるなんて、とんでもない生命力だ。しかもこの身体で――いや、身体はないが――ゲートまで作ってるんだ。

「うむ。おまえが成人するまでゲートを維持し、何人かを通してあちらへ送ってやる力は残っている。しかし、もう、それだけだな。なにもしてやれず、すまんな」

「いいよ。あんたがかーちゃんとオレをあっちの世界に送ってくれたおかげで、オレたちは今まで平和に暮らせてたんだし。それにオレはあんたにアンブレイカブルボディをもらってる」

 オヤジの声は、いわゆるテレパシーみたいなものらしいんだが、感情のこもったセリフのように聞こえる。その声が、ちょっと笑いを含んだようになった。

「ほほう。そのなりで、そんなものを受け継いだか。それではなおのこと、おまえにやれるものはなくなったが、せめておまえの仲間のために、わたしのうろこを好きなだけ持っていくがいい。おまえの身体同様、剣も魔法も何も効かぬ」

 ライアスが着てたやつだな。なるほど、オレには無用だが、味方のためには最高の武具ってことになる。しかし、疑問もある。

「ああ、うろこの鎧を着てるやつに会ったよ。そんな硬いもの、加工はどうするんだ?」

「わたしのしっぽの付け根辺りにジングという男が住んでいる。そいつが加工法を編み出した。わたしの息子だと言えば、何にでもしてもらえるだろう」

 なるほど、加工可能なんだ。しかし、とりあえず、オレの鎧や盾はあっても仕方がない。武器も、あったところで当たらなければどうにもならないからな。だれか味方で渡せるやつのためにってことになるが……いや、まてよ。爆発とかも平気なのか。じゃあ、腰巻にしておけば、爆発に巻き込まれても素っ裸にならずにすむな。

 あれ? 何か、ひっかかるぞ。爆発で無事ってことは……つまり、さっき失敗した自爆連発が可能ってことか? マラムナッツの入れ物を作ってもらって、そいつで運べば爆発しても落とさずに運べる。これは、必殺技完成かもしれないぞ。

「どうした、なにか役に立つ使い方を思いついたか」

「ああ! ありがとう、オヤジ! 来てよかったよ」

 オレは戦力になれるぞ。役に立てるんだ。この世界についたときの『超合金ハンマー』以来のワクワク感があった。

「……おまえを母が待つ世界へ再び送り込むこともできる。そのことは考えたか?」

 逃げ出すことを考えなかったと言えばウソになるかもしれない。でも、オレだけを砦から逃がすために戦ったクラニスたちを見捨てるなんていう選択肢があるだろうか。

「ああ、考えた。でも、いいよ。この世界でやることがある」

「ふむ」

 満足したのか、喋り疲れたのか、竜王はまぶたを閉じた。 


 オヤジの言葉どおり、オヤジの尻尾の付け根のあたりには、大きな葉っぱを重ねて作ったテントがあり、中でトンカン音がしていた。

「ジングさんって居ますか?」

 入り口から覗き込んで声をかけると、人間ではなさそうな鷲鼻で緑の肌の小柄なじいさんが座って作業していた。

「ん? なんじゃ。ワシの本名を呼ぶやつなど何年ぶりかの。誰に聞いた?」

 じいさんは作業をやめてこっちを見た。

 テントの中には、たくさんの竜のうろこがあった。黒っぽいのや赤茶っぽいので、うちわ大のものからざぶとん大のものまでさまざまだ。うろこ同士を打ち合わせてたり、竜の骨らしい道具で加工していたらしい。竜のうろこを変形させられるのは竜のうろこか骨しかないってことなのだろう。

「さっきオヤジに聞いたんだ」

 オレは竜王の首の方を指さして言った。

 ジンクじいさんは目を細めてオレを上から下まで眺めた。疑ってるっぽいな。

「ふん、で? 何用じゃ」

「うろこで、腰巻とサックを作ってほしいんだ」

 作業に戻ろうとしていたジンクじいさんは、また手を止めてこっちを見た。

「腰巻? 鎧や盾じゃないのか?」

「ああ、防具はいらねぇんだ。オレの身体もそいつと同じだから。腰巻は、まあ、腰が隠れればデザインはどうでもいいよ。サックは、そうだなあ、肩からかけるか、腰巻に取り付けられるようになってて、これっくらいのサイズがいいな」

 オレはそこらに置いてあるうろこの中から四十センチくらいの大きさのやつを拾い上げ、二枚貝みたいに組み合わせて中にマラムナッツを入れるような入れ物を想定して、うろこを曲げて丸みを作って見せた。

「こ、こりゃあ驚いたわい!」

 ジンクじいさんは、細めていた目を真ん丸にして、オレを見た。

「本物の竜王の息子か! ……おまえ、今、自分が何をしてみせたのかわかっておるのか? そのうろこを、そんなふうに丸めるのに、ワシがいったい何日かけると思っているんじゃ。竜王のうろこは竜王の身体の工具を使ってしか加工できん。じゃが、竜王と同じ肉体をもってすれば……ふむ。そういうことなのか」

 オレにはプラ板のようにグニャグニャにできるうろこだが、他人にとってはそうじゃないらしい。

「これって、そんなに硬いのか?」

 下敷きのようにグニャグニャ曲げて見せながらそう言うと、ジンクじいさんは目頭を押さえた。

「これ以上、ワシの人生を愚弄するのはやめてくれ! 腰巻とサックと言ったな。作り方を教えてやる。おまえが自分で加工した方がずっと早かろうからな」

 ジンクじいさんは、自分の作業をやめて、オレに手取り足取り加工の仕方を教えてくれた。

 腰巻は前後に三角の垂をつけ、横にも縦長に楕円のうろこをつけてそれらしいデザインになった。穴は骨製のきりで開けるのだそうだが、オレは自分の指の爪でグリグリやってずっと楽に開けることができた。結びつける紐には竜の毛を使う。

 サックは腰につけるのと背負うのを作った。腰のはさっきグニャグニャしてたやつを加工してつくり、背負いの方は大きめだ。どちらも二枚のうろこをあわせてまわりに穴をたくさん開けて、竜の毛で縛り合わせた。身体に当たる側は、オレの身体のラインに合わせた。

 これで、マラムナッツが、腰に二十個、背中に四十個は入れられる。マラムナッツ自体は他のマラムナッツの爆発で誘爆したりしないから、これで、六十連発の自爆攻撃が可能になったわけだ。

 二時間ほどで加工が終わって完成品を身につけはじめると、ジンクじいさんがはじめて加工方法以外のことを話しかけてきた。

「その身体で、ようも、向こうの世界から戻れたものじゃ。誰がどうやってむこうのおまえを殺した?」

 ジンクじいさんの立場としては、もっともな疑問だな。

「何やっても無理でね。バイルーのやつらが作ってたこっち向きのゲートをくぐって来たのさ」

「ほお。それでこの奥のゲートの間に戻らんかったのか」

 そういえば、この奥にあるんだっけ。

「じいさんは見たことあるのか?」

「ゲートか? ああ、もちろんじゃ。くぐることはできんが、ゲートの間へは立ち入り自由にさせてもらっておる。清らかな乙女たちの身体が石像化して並んでおってな。いい、目の保養になるわ」

 この、スケベじじいめ。

「普通に死んで戻るときは、ゲートの間の肉体に戻るはずじゃが。では、今はどうなっておるのかの。昨日見たときはまだあったが」

 おれたちは、あっちのゲートの出口に出た。こっちのゲートの間の石像は、消えたんだろうな。服や布がついてきたんだから、たぶんそうだ。

「オレの像もあったのか?」

「ふむ。おまえの母親の像は赤子を抱いておった。それがおまえじゃな」

 出来上がった装備をを身につけ、じいさんにゲートの間に案内してもらった。

 オヤジのしっぽの骨の先の岩壁にさらに奥へ続く洞穴が口を開けていた。その中へ入って五十歩ほど歩くとゲートの間についた。

 ゲートの間と言っても、ちゃんとした部屋があるわけじゃなかった。鍾乳洞の洞窟がちょっと広がった場所を、ゲートの間と呼んでいるのだ。

 一番奥には、金色のツタのようなもので編まれた直径二メートルほどの輪っかが、夏越の祭りの輪っかのように立っている。輪の中は赤っぽく光って静かに波打っていて、今は通れない状態のようだ。

 輪の両側には、なるほど清らかな乙女と呼びたくなるような美人たちの石像が並んでいた。一番輪に近い右側の像に見覚えがあった。

 若き日のかーちゃんだ。

 その前に立つと、その像は聖母マリアのような表情で、自分の左ひじのあたりを見ていた。どうやらそこに、抱いた赤ん坊の顔があったらしい。

「おお、赤子だけがなくなっておる。おまえが戻ったからじゃな」

 若いかーちゃんは、マリッサにも劣らない美少女ぶりだった。感慨深くその前に立っていると、ジンクじいさんは、まわりの像も確かめはじめた。まわりには二十体ほどの乙女の像がある。あっちの世界に行ってる乙女たちってことだ。まあ、今はもうかーちゃんみたいにオバさんになってるのも居るかもしれないが。

「おやおや、最近あっちへ行った三人組のもなくなっとる。おまえといっしょに戻ったのか? 新鮮だったのにのう」

 美人の像も、何年も見りゃあ飽きるか。まあ、マリッサたちは新鮮さを除いても魅力的だろうからな。新鮮っていえば……

「昨日ゲートを使ったフュージュって娘のは? こっちに戻れなかったんだ。まだ石像があるのかな」

「いや? 一番最近ゲートを使ったのは、あの三人組のあとは戦争が始まったことを知らせにいった娘がひとりじゃ。昨日は誰も来ておらんぞ?」

 え?

「だから、それがフュージュだろ?」

「戦争が始まったのはひと月も前じゃ。昨日なんかじゃない」

 ひと月?!

 フュージュの話じゃ、彼女が来るときは開戦直前って感じだった。

「そ、その伝令の娘の石像はどれ!?」

 ジンクじいさんはゲートから一番遠いところにある像の前に行って見上げながら言った。

「これじゃよ。おまえを帰すように伝えに行ったじゃろ?」

 その像はあきらかにフュージュじゃなかった。身長が十センチは高い。見たことがない二十歳くらいの女性だ。顔つきはどことなく、フュージュに似てなくもないが。

「この人じゃない。フュージュなんだ。昨日、あっちの世界へ着いたんだよ」

「ワシが知らんうちにここに来れるものか。しかもゲートを通じるときは、竜王が魔力を使うのじゃ。その波動はワシの住まいをかすめて通る。ワシが知らん間にゲートが使われたりするものか。断言するぞい、昨日通った者などおらん」

 どういうことだ? このゲートを通ったのでないとしたら、彼女がくぐったゲートは……!!……。

「バイルーの、手先だったのか……!」


第10話 競技場

 真夜中に門を出た。国境の競技場へ向いたいのだが、オレには土地勘がない。門番のじいさんは疲れきって座り込んでいて、起こすのは気の毒だった。どうしようかと門の先に続く草原に視線を移すと、星明りでもじゅうぶん見える真新しい足跡が続いていた。

 戦争で敗れた国の民が、強制されて移動した重い足取りの跡だ。競技場へは徒歩で丸一日というから、四、五十キロはあるんだろう。子供や老人にはかなりつらい行程だ。馬や馬車らしい跡は見当たらない。みんな歩かされたようだった。これをたどっていけばよさそうだ。

 ジンクじいさんの話だと、アテヴィアとバイルーは昔から対立していた国家だが、この数十年、和平ムードが高まっていて、平和的な交流がさかんになっていたそうだ。両国共同で国境に建設された競技場がそのシンボルで、そこでは毎年競技会が開かれ、両国から選手が参加し、多数の観客が訪れて交流していたそうだ。去年、バイルーで政変が起こるまでは。

 バイルーの宰相カシュームは、遠方の大国に対抗するためにバイルーとアテヴィアの合併を唱え、国王一家を捕らえてバイルーの独裁者となった。自分に従う者を側に置き、国王に忠節を誓う者に対しては、国王を人質として脅して言うことをきかせて国をまとめ上げ、アテヴィアを武力で併合する道を進んだんだそうだ。あのライアスも、国王を人質にされて従ったくちだろう。


 明け方、競技場に到着するころには、アテヴィアの人たちの列の最後尾に追いついて紛れ込むこともできた。

 競技場はローマのコロッセオのような石の建築物だった。アテヴィアから歩いてきた者は、例外なく観客席に通されるようで、女子供も戦士らしい男も区別されていない。入り口には武装したバイルー兵が居たが、何万もの民の持ち物をいちいちチェックはしていなかった。目に見える武器を持っていなきゃ、食べ物を入れるサックや袋の中身までは見ちゃいなかった。

 オレの番、ローブがわりに羽織っていたボロ布を開くように手振りで指示される。素直にしたがうと目に見える武器を携帯していないことに満足したようで、サックの中のマラムナッツまではチェックされずにすんだ。

 観客席に出ると、建物全体に屋根があった。薄い色の葉の蔦のような植物がドームのように全体を覆っていた。光を通す屋根で、中は明かりがなくても明るかった。

 本来、競技が行なわれるグラウンドを挟んで、両国の王のための席があるつくりだったらしいが、今日のために臨時に、バイルー側だけが増設されていた。

 増設されたバイルー王側のバルコニーから、幅の広い階段がずっとグラウンドに向かって伸び、グラウンドにはコンサートのステージのような高台ができていて、そこへ上る階段がグラウンドからステージ幅で作られていた。

 このステージで調印が行われ、それを、上から独裁者カシュームが見下ろすってわけだ。カシュームにたどり着くまで、幾重にもバイルーの兵士が守っている状況になるだろう。マラムナッツ六十連発で足りるだろうか。スタート地点をできるだけ、カシュームの近くにしたいものだな。

 階段から通路に戻ろうとすると、兵士に阻止された。ちょっと物陰に隠れて、その兵士が動くのを待っていたが、ずっと動かない。他の階段へ行こうかと、思い始めたときに、兵が下から呼ばれて降りていった。

 行ってみると、代わりの兵が来る様子もない。あたりをうかがいつつ降りると、下でも、そのあたりだけ兵がおらず、通行を制限するロープにも見張りの兵がついていない。グラウンド下の通路へ入れそうだ。

 なんで、ここだけ兵がいなくなったんだろう。

 ワナっぽいか? おかしいけれど、進むしかない。

 たいまつで照らされた地下通路はずっと先まで続いている。

 自分がこの通路に入ってきた入り口が後方でずっと小さく見える。かなり歩いた。まだ、兵はいない。

 やっぱり、おかしくないか?

 警備の兵を置いていないなんてことがあるのか?

 不安が爆発しそうになったとき、前で、鎧の音がした。びくりとしたが、逆に安心したかもしれない。我ながらへんな心理状態だ。

 足音は、ひとりか? 近づいてくる。

 しまった、隠れるようなものはない。ワナじゃなかったと安心してる場合じゃないぞ。かなりピンチだ。

 握る拳に汗がにじんだ。まだ自爆は使えない。ここで使ったら、この先ずっと戦って進むしかなくなってしまう。素手で戦うんだ。

 人影が見え始め、近づいてきた。

 たいまつに浮かぶその人物は、ライアスだ!


「なぜ戻ってきた。彼女たちを助け出すつもりか?」

 こっちへ歩きながら、ライアスが言った。彼はオレをみつけたことに驚いていないようだった。まるで、オレがここにいると知っていて来たような。

「それも、ある」

 心臓はバクバクだったが、かなり落ち着いたかんじの声が出た。

「彼女たちはわたしが保護してる。誰にも手は出させない。大きな怪我もないし、手当てもしている。わたしがいる限り安全だ」

 なぜだか、こいつの言葉が信じられた。

「そうか、ありがとう」

 五メートルほど離れたところで、ライアスは立ち止まった。武器を構える様子はない。オレも身構えるのをやめた。

「階段で困っていた君をみつけてね。このあたりの兵はわたしが移動させた。君も安全なところへ逃げたまえ」

 そういうことだったのか。

 だが、オレは逃げるために来たんじゃない。

「いや、オレはアテヴィア国を救いに来た」

「どうやって救う」

「カシュームってやつをぶっ飛ばす!」

「それで救えるのか?」

「バイルーの国王は戦争を望んでいるのか?」

「いや! 断じて違う!」

 ライアスは力を込めて言い切った。

「王様っていうのは偉いんだろ」

「そうだ!」

 ライアスはさらに力を込めて答えた。

「カシュームさえいなきゃ。王様が国を取り戻しゃ、戦争前の関係に戻れるんだろ? いっしょにこの競技場で競技してた国同士なんだろ?」

「そうだ!」

 ライアスの頬を涙が一筋伝った。こいつが泣くのを見るのは二度目だな。

「彼女とは、まだわれわれの国同士が戦いはじめる前、両国の友好のための競技会で逢った。馬上槍試合で優勝者に花冠を被せる役が彼女で、優勝したのがわたしだった。彼女の神々しいまでの美しさに高揚して頬が熱くなっていた自覚があったので、恥ずかしくて兜をとらなかった。まさか彼女がわたしを覚えていてくれたとは・・・・・・」

 トミックさんとのことを言ってるんだ。

「へぇ~。一目惚れだったのか?」

「そうだな」

 素直にはっきり肯定するライアスの様子には、まったく厭味がない。こういう男っているんだなあ。

「もう一度、太陽の下で堂々と会えるようにしてやるぜ」

「自信があるんだな」

「竜王の息子だぜ」

 なぜかな。自信が湧いてくる。

「わたしも君に賭けたい!」

「カシュームを裏切る気があるのか?」

「わたしが忠誠を誓った相手は国王陛下だ。今の国王一家は、『象徴』という名の人質だ。やつは謀略と恫喝で、まわりの力を取り込み自分の権力を強化していって国を乗っ取った。国王の親衛隊長だったわたしを自分の手駒としてからは、武力で自分に対抗しようとする者に旧親衛隊を差し向けると脅して、さらに配下にしてきた」

「国王を人質にしておまえを操っていたわけか。おまえがやつを殺っちまえば良かったじゃねぇか? やつはおまえより強いのか?」

「カシュームは、ある意味、君と同じだ。魔法で『無傷の肉体』アンインジャードボディを手に入れている。弓矢による暗殺も何度もそれで防いでいるし、もしもわたしが切りつけても、かすり傷ひとつつけられない」

「・・・・・・それって、おれがぶん殴ればどうなると思う?」

「君は竜王のアンブレイカブルボディの持ち主だ。君の方が絶対に上だ。それでやつは竜王を恐れていた。だからこそドラゴンスレイヤーを欲しがったんだ」

「あんな剣、ナマクラだ!」

 ライアスがやっとニヤリと笑った。

「言いきったな、よし、付いて来てくれ、わたしの隊が配備されているところまで案内しよう」

 彼は先に立って奥へ進みだした。

「やつは用心深い。敵意を持つ者に囲まれるようなマネはしない。『無傷の肉体』を持っていても、捕らえたり閉じ込めたりすることは妨げられないからな。今日もわたしの隊はステージの下だ。ステージや階段の上にいるのは、やつにへつらう将軍どもの私兵だ」

 ライアスとふたりで、ケンカに向かう古くからのダチのような気分になって進んでいたら、ふたりの前にすーっと少女が現れた。

 フュージュだ。

「気をつけろ! 彼女は・・・・・・」

 ライアスがオレをかばうように前に出た。

「ああ、知ってる。やつの手先だ」

 オレも身構える。

「わたしも・・・・・・同じ・・・・・・あなたに賭けたい」

 彼女は、ぼそっと言った。

 ライアスは剣に手をかける。

「姉が! ・・・・・・姉がつかまって、脅されてるの」

 姉? そう言われて、オレはあのゲートの間の真新しい石像を思い出した。フュージュに似た女性の像、開戦を知らせるはずの伝令役だ。石像がまだ、あそこにあるってことは、あっちの世界に行きっぱなしってことになる。オレはライアスを見た。

「そうだ。わたしがあちらに赴任する前だ。アテヴィアに潜入していたスパイからの情報で開戦を知らせる伝令が送られると知って、あちらの世界で捕らえて幽閉しているんだ。魔法で拘束されて死んで戻ることもできないようにされている」

 でも、それで祖国やクラニスたちを裏切ったなら、なぜ、今?

「それが本当だとして、どうして今は大丈夫なんだ?」

「大丈夫なんかじゃない。これからもずっと・・・・・・あの男が実権を握っている限り」

 彼女は泣いていた。女の涙をいちいち信じていたら、キリがないよな。それはわかってるんだが、なんて強力な最終兵器なんだ。

「信じるべきじゃない」

 ライアスが進言するまでもなく、オレの理性もそう言っている。

「わたしを信じて! あなたの力になりたいの! あなたなら、救えるんでしょ? わたしに信じさせて!」

 クラリス、マリッサ、トミックさんの顔が浮かんだ。あの、ワナにはまったときのだ。

 でも、三人ならきっと「彼女を信じて」と言うだろう。

 それに、フュージュがオレの行動に賭けるっていうなら、黙って見てればいいだけのはずだが、こうしてオレの前に出てきたってことは、自分でもなにかしたいってことかもしれない。少しでも助けになるようなことなら、すがりたいのも本音だ。

「わかった。手を貸してくれるのか?」

 彼女の表情が明るくなった。涙の量は増えたが。

「ええ! わたしなら、魔法であなたをステージの階段下まで送れます。ステージや階段の上は結界があって送れないけれど、調印を行うアテヴィアの宰相たちのところへなら」

「そこからなら、一直線に上って行ける!」

 ライアスが興奮して言った。彼が案内しようとしたところより、かなり条件がいいらしい。

「でも、到着点が見える位置で詠唱しないといけないし、詠唱中は魔法の輝きが出て、目だってしまうの。魔法に気がつかれて妨害されたらダメ。だから、その瞬間、輝きが注意を引かないようにしないと」

「それはわたしが。ステージ下で、まず騒ぎを起こして注意を引く!」

 ライアスは、一度彼女を信じることにしたら、とことん信じるつもりらしい。たしかに、もういまさら疑ってもしかたない。

「よし。頼む」

 それはオレも同じ気持ちだった。


第11話 自爆!


 オレとフュージュは、ライアスが人払いした観客席の階段まで戻った。観客席はすり鉢状に段になっていて、その途中の通路に出る階段がある。野球場のスタンド席への階段みたいなかんじだ。そのため、階段通路から出ない限り、近くに座っている『観客』からは見られることがない。対面の観客先からはこちらが見えているのだが、二百メートルほど距離があり、もしもこっちを見ていても、何千の観客のうちのひとりにしか見えないはずだ。

 階段の手すりの陰からふたり並んでステージの方を見る。

 ステージには武器を携帯した兵がひしめいている。野球場で言えばダイヤモンドにあたる位置だ。そしてそこからバックネット裏の貴賓席にあたるバイルー王国側のバルコニーへ幅広い階段が続いている。

 やがて、側近たちをひきつれて、カシュームがバルコニー横の通路から現れた。いや、オレはやつを見たことがなかったから知らなかったのだが、それらしい威張りくさった男が出てきたので、フュージュを振り返ると、彼女が目で答えたんだ。

 ただの、細身のおっさんだ。黒髭で偉そうな顔つきにしてるつもりらしいが、ぜんぜん強そうでもなけりゃ、威厳も感じない。そいつが堂々と一番でかい椅子に座る。鎧はつけていないが、腰には長剣をぶら下げている。

 鎧は必要ない体だったな。そしてあの剣がかーちゃんのナマクラってわけか。

 ステージ下の屈辱的な位置に、アテヴィアの宰相たちが並ばされていた。ざわつく会場を、カシュームが手で静めた。

「さ~て! これから、平和的なイベントの開始だ。この調印式をもってアテヴィアは栄光あるバイルー国の一部となり、ともに栄えることとなるのだ! ふふふふふ!」

 魔法か何か、拡声器の役目をしてるものがあるらしい。やつの声は競技場全体に響き渡っていた。

 痩せぎすの五十男で、人をひきつけるようなものがあるようにも見えない。声も慇懃くさいだけで、うすっぺらな人格を感じさせた。何がどうなったら、あんなやつが一国を牛耳るようになるんだ?

 観客席のあちこちからすすり泣く声が聞こえてくる。待っていてくれ・・・・・・必ず、オレが・・・・・・!


 そのとき、ステージ横のバイルー兵士の中で声が上がった。

「待て! カシューム! 国王陛下を蔑ろにし! 国民を脅して国を奪った奸賊め! 今こそおまえに神の裁きが下るぞ!」

 ライアスの声だ。

 生の声だが、カシュームの拡声された声なんかより、よっぽど力強く競技場に響いた。

 オレはフュージュを向き直った。

「さあ! いまだ! 早く!」

 だが彼女はステージの方を見て、まだ詠唱を開始しない。

「待って、まだ」

 何を待つんだ、ライアスがやられてしまうぞ。

 振り向いて見ると、ライアスは剣を天にかざして、その剣先をカシュームに向けた。カシュームが下品に笑う。

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」

 兵士たちや観客席の民がざわめく。

 もう一度フュージュを見ると、詠唱が始まって彼女の胸の前で青白い光が起きていた。

 LEDのようなその光は、たしかに遠くからも目立ちそうだった。壁や座席の陰になって、近くに居る兵士からは死角になっているが、ステージや対面の座席からはかなり目立っているだろう。ライアスのおかげで、この周囲の人や兵の注目はステージ下に集中していて光に気がついていないようだ。しかし、対面には、こっちを見て指差してるらしい兵士の動きもあった。間もなくここに兵士が殺到してくるのは間違いないだろう。

 オレを転送したあと、ここに残ったフュージュはどうなってしまうんだろう?

 フュージュの身を心配して、何か声をかけようとしたとき、ふわっと身体が浮いたような気がした。


 次の瞬間、ステージに上る階段が目の前にあった。


 よし! 成功だぞ、ライアス! わかるか?! オレはステージ前までたどり着いたぞ! おまえのおかげだ!

 フュージュの身は心配だが、オレが勝てばいいこと、ってはずなんだ。前を向いて進むしかない。

 ライアスは三十人ほどの黒い鎧の剣士に取り囲まれてしまっていた。鎧の色からして皆、ライアスの部下たち、元親衛隊だ。

 元親衛隊の兵士たちは複雑な表情だった。自分たちが取り囲んでいるのは隊長のライアスなのだから無理もない。

「ひゃっひゃっひゃっ。ラ~イアス。おお、わがバイルー最強の剣士よ。ついに我慢できなくなってわたしに歯向かう道を選んだか。今までた~っぷり役にたってくれたおまえを殺すのは忍びないが、反逆者を許すわけにはいかんな~」

 カシュームは楽しそうに笑ってやがる。

「お~や、元親衛隊の諸君、どうしたのかな~? わたしに歯向かう者を排除するのが、君たちの使命だぞ。忘れたのかな~。ライアスといっしょになってわたしに歯向かおうとでも考えているのか? ふふ~ん。わたしの身体に傷つける自信があるなら、やってみたまえ。」

 元親衛隊兵士たちの手が怒りに震えている。それを見たライアスは、構えていた剣先を下ろし、直立の姿勢をとって、剣を投げ捨てた。

 剣が落ちてはねる音がした。

「わたしは抵抗しない」

 それは、まわりにいる部下たちへの言葉だった。

 このままでは元親衛隊兵士たちはライアスとともに反旗を翻していただろう。そして、カシュームに傷つけることもできぬままに全滅していたに違いない。ライアスは部下たちを守ったんだ。

 もしもオレがいなければ、ライアスはそれでも部下たちとともに戦う道を選んだのかもしれない。しかし、ライアスはオレに賭けた。

「おや~あ? 抵抗しな~い。残念だねぇ。ま、じゃあ、元親衛隊の諸君、その反逆者を殺してしまいなさい。ほら、さあ、今すぐ」

 むかつく野郎だ。見てやがれ!

 オレは、階段下にいたアテヴィアの宰相たちを「どいてろ!」と押しのけ、ステージまで駆け上がった。

 今度はオレが注目を浴びる番だ。

「おやおや! やっと主役のお出ましだ! ほ~ら見ろ! アテヴィアの希望、竜王の息子だぞ~? ・・・・・・おや~ぁ? おかしいなぁ。ち~っとも強そうじゃない」

 カシュームがこっちを見下ろした。オレを全然問題にしていないようだ。

 ステージの上には、バイルー兵がぎっしりひしめいている。オレをあざ笑い、アテヴィアの民を侮辱しているカシュームの野郎は、ステージからさらに階段を登った上に作られた特設の席にいる。その階段にも、やつの両脇から兵士がなだれ込み、オレの行く手をふさぐ。さらに、オレが登ってきた階段にも、グラウンドにいた兵士が集まって退路を断った。

 オレはやつを睨みつけて怒鳴った。

「てめえ! 今からそこに殴りにいくから待ってやがれ!」

 それを聞いたカシュームは、膝を叩いて大げさに笑った。

「はっはははは! ひーっひっひっひ! 笑わせてくれるじゃないか。おまえとわたしの間に、いったい何百人の兵士が居るとおもってるんだ?」

 ざっと三百人は立ちふさがってるさ! それくらい見りゃあわかる!

「ふふふふ、はははは! 知ってるぞ! 竜王のアンブレイカブルボディ『だけ』! を受け継いでるそうだなあ! たしかに、おまえはその兵士たちに殺されもしなきゃ傷つけられもしない。ははは! しかし、怪力や魔力があるわけじゃないおまえでは、兵士をひとりも倒せまい。羽があるわけじゃないおまえは、ここまで兵士を飛び越えて来る事もできまい。非力なおまえは兵士がふたりも居れば簡単に取り押さえられるそうじゃないか」

 ああ、そうだよ。おまえの言うとおりだ。

「それにわたしの腰にあるのは、あれれ~ぇ? なんと『竜殺しの剣』ドラゴンスレイヤーだぁ! はははははは! 兵士に取り押さえられたおまえの首をわたしが直々にこいつで切り落としてやろう!」

 たしかに、オレはそうなる運命だったかもしれないさ。だが、今のオレは違うぞ。

 オレは腰の容器からマラムナッツをひとつ取り出し、両手を頭の上に上げて、ナッツの二つの殻を左右の手の指でそれぞれつまんだ。

「これが何か分かるか! マラムナッツだ! ほ~ら、開けるぞ! 脅しじゃねぇ!! 命が惜しけりゃ下がりやがれ!」

 オレのまわりの兵士からは、オレが持っているのがマラムナッツだってことは十分に見えていただろう。ラッキーなことに、オレがアンブレイカブルボディの持ち主だってことはカシュームがさっき宣伝してくれてる。つまり、オレが本気でこいつを爆発させるつもりだというのは誰でも分かったはずだ。

 オレに近づいていた兵士たちは、あわててオレから逃げ出した。オレの周りから波紋が広がるように兵が逃げていく。パニクった兵士たちは押し合って階段やステージから落ちるやつまでいる。

 オレの周りが半径五メートルほど無人になったときを見計らって、オレはマラムナッツの殻を両側に引っ張った。

 ドカン! ときた衝撃で、両手は左右にいっぱい広がっちまうし、頭や肩を強く押さえつけられる感覚があり、足はステージの石に数センチめり込んじまった。

 しかし、オレは無傷だし、腰巻もマラムナッツ入れも無事だ。

 爆発はオレの想定より激しかったらしく、オレの周りにいた兵士には負傷者も出たようだ。死人はいないらしいが、足をひきずったり、倒れて立ち上がれず這いつくばって逃げようとしてる兵士が数人いた。そいつらには気の毒だが、演出効果は抜群だった。


最終話 対決!


 さすがにカシュームも驚いて言葉を失ってるな。

 二個目のマラムナッツを取り出して頭上に掲げる。そのままステージを進むと、ステージ上の兵士たちが左右に分かれて我先にステージから飛び降りはじめた。

「こら~! 逃げるな~! 逃げたやつは死刑だ!! やつを取り押さえた者には褒美をやるぞ! 押さえ込め! 首を切り落としてやる! こっちにはドラゴンスレイヤーがあるんだぞ! 忘れたのか!」

 やっと言葉を取り戻したカシュームが吐いたのは、味方への無茶な命令だった。

 自分の身を犠牲にしてまでおまえを守ろうというやつは居ないようだぞ。死刑と聞いてステージを飛び降りたりする兵士はいなくなったが、みんなオレとの距離はできるだけ取ろうとして、じりじりと下がっている。

 カシュームの顔がやっとよく見える距離になってきたぞ。

 へへへ、あわててやがる。

「どうしたよ! おまえもマラムナッツくらい平気な身体なんだろ? オレを切り殺せるドラゴンスレイヤーを腰にぶら下げてるんだろ? だったら自分でオレと戦えばいいじゃねぇか!」

 オレの言葉で、兵士たちはみなカシュームを見た。

 カシュームは武人じゃない。しかし、オレが言うとおり、オレの攻撃方法であるマラムナッツの爆発にも平気なのはカシュームひとりだし、オレのアンブレイカブルボディに対抗できる武器を持っているのもカシュームひとりだ。なんで、どっちも持ってない兵士たちばかりに戦わせるんだ、ってことになるよな。

 カシュームはまわりの兵士たち数百人分の視線を受け、追われるようにその飾り立てた椅子から立ち上がった。

 もしも、やつが尊敬されるリーダーで、信頼できる忠実な部下がひとりでも居れば、ドラゴンスレイヤーを託してオレと戦わせることもできただろう。しかし、やつの周りにいた側近たちは、後ずさってやつから距離を取った。

 額から大量の脂汗を流し、この場をどう切り抜けようかとあちこち見回していたふうのカシュームは、いきなり

「ひひひ」

と笑った。どうやら覚悟を決めたらしい。

「よ~し! そこまで言うならわたしが自ら、竜王の息子と戦ってやろう! 腰ぬけどもめ! きさまらはそこで見ていろ!」

 やつはぎこちなく剣を抜き、自分の椅子の前で構えた。ひょっとしたら、オレより剣を扱うのが下手なんじゃないのか?

 マラムナッツを掲げて進むと、兵士たちは遠ざかってカシュームへの道をあける。あと階段は十段ほど。もう、オレたちの一騎打ちを邪魔しようっていう兵士はいない。

 なんだ、せっかく苦労してマラムナッツ入れを作ったのに、たった二個でここまで来ちまったじゃねぇか。まあ、たくさん腰にぶら下げてるってことが脅しになったんだろうがな。

 オレは頭上に掲げていたマラムナッツを左手に握り、残りの階段を駆け上がる。カシュームが剣を上段に構える。

「怖くないのか?! これはドラゴンスレーヤー、ドラゴン退治の剣だぞ!」

 そいつはさっき聞いたよ! さては自信がねぇんだな?!

「んなもの効かねぇと思い込みゃあ、効かねぇんだよ!」

 やつに駆け寄る。

 やつは上段からオレの頭めがけて剣を振り下ろしてくる。

 怖くねぇぞ! 振り下ろされる剣を避けずにまっすぐ睨みつけるんだ!

 目を見開いたまま、眉間で受ける!!


 パキン!


 割れたのは俺の頭蓋骨じゃなくて剣の方だ。

 折れた剣の残りを顔面で受け止めたまま右拳を握り締める。

 ここからならやつの顔に拳が届きそうだ。

 右フックを大きく振り回した、が、やつの横っ面までは届かず、なんとか届いたのは長いアゴの先だった。

 やつの首がくるん、と60度ほど回った。

 ボクシングなんぞ知らないから、ワンツーとか打てやしねぇ。右利きだから力が入るのは右パンチだけだ。もう一発やり直しだ! 再び飛び込んで右ストレートでもお見舞いしようと、一歩下がって折れた剣から離れた。

 すると、やつの身体がバランスを失って、前に倒れそうになりひざまずいた。

 足にきてる?

 どうやら、さっきのパンチで脳が揺れたってやつらしい。オレが下がって支えがなくなったら立てない状態になっていたのだ。

 両膝がぜんぜん言うことをきかないらしく、なんとか立ち上がろうとするのだが、すぐに膝が地面についてしまう。こんなはずじゃないって言いたげな表情が、いかにも小物っぽくて、さっきまで威張り散らしていた姿とのギャップで笑えてくる。

 ふたつの国を牛耳る独裁者になろうという男としては、こっ恥ずかしい姿を晒しちまったわけだ。

 結果オーライだぜ、ざまー見ろ。

「ちくしょう~!」

 意識はちゃんとしてるらしい。それにまだ、悪態はつけるようだな。折れた剣を杖がわりに地面に突いて、必死に震える足で立とうとしているやつがオレを睨んで毒づいた。

 オレが一歩前に出るとちょうどやつの頭がオレのへその前あたりの殴り易い高さにあった。

「畜生なのは・・・・・・」オレは拳に怒りを注入した。不条理もモヤモヤも、ぜんぶこいつのせいにして「きさまの!」膝や腰もひねって溜めに溜めた力をやつのこめかみあたりに「ほうだぁ!!」叩き込んで思いっきり振りぬいた。


 ゴキーンって音が拡声器でドームにこだました。


 ドーム内には何万っていう人が集まってひしめいているにもかかわらず、やつが倒れるパタンという音まで隅々まで聞こえたようだ。みんな息を止めたまま衣ずれの音も立てずにこっちを見ていた。まるで無人のような静けさだ。

 やつはみっともなく白目を剥いて、幽霊のように手首を力なくダラ~ンとさせ、ヒクヒク痙攣していた。

 止まっていた時間が動き出すように、ドーム内の人々にざわめきが起こった。大勢の人の気配が戻ってくる。

 オレはやつの取り巻きの高官や将軍たちを睨みつけた。左手のマラムナッツをやつらに見えるように持ち替えながらだ。

「まだオレとやろうってやつは居るか!!」

 剣を持っていた者はあわてて剣を投げ捨て、文官たちは武官の陰に隠れてオレと目を合わさないようにして震えている。あの、フェト将軍も震えていた。

 よっしゃ! 制圧したぞ!

 最後のひと仕事だ。オレは向こう十年、この場面を覚えている者がアテヴィア国をどうこうしようと微塵も思いつかないように、守護者としての強さを印象付けるんだ。

 かっこいい剣かなにかの特製必殺アイテムでもあれば、そいつを振り上げるところだが、こちとら自爆と素手でここまで来たんだ。生っ白いこの身体以外にアピールするものはない。

 両手を握り締めて胸を張り、腹の底からありったけの空気をしぼり出し声を上げた。

「うおおおおおおおお!」

 なんとかさまになる勝利の雄たけびになったらしい。なんでも、このときドームにいた霊力の強い人間たちは皆、竜の姿のオーラがオレを包むのを見、竜の咆哮が響きわたるのを聞いたそうだから。


 アテヴィアの民の歓声が沸き起こり、戦意喪失したバイルーの戦士たちは逃げ出すか武装解除して降参した。


 あとは、まあ、政治の得意な人にまかせちまおう。さすがに疲れたから、どこか人目につかないところで、ぐったりして休みたいな。・・・・・・一応、人目があるところでは、凛としてなきゃいけないだろうからなぁ。

 てへへ。マリッサのひざまくらとか無理かなあ。クラニスか、なんならフュージュでもいいや。トミックさんのひざはライアスに譲ろう。

 そう思った瞬間、気が抜けて、あやうく眠っちまいそうになった。オレが倒れないですんだのは駆けつけたライアスのおかげだ。

 ライアスはオレを肩車して両手を持ってオレの上体を支えながら、神輿を担ぐように揺さぶり、同じく駆けつけたアテヴィアの民といっしょになって踊るようにオレを運んでくれた。

 まわりにはオレに触ろうとする群衆が押し寄せていて、どっちを向いても、みんな笑顔でオレを見てる。ドームのスタンド席を見回しても、喜ぶアテヴィアの民たちが歓声を送ってくれてる。ワーワー聞こえていた歓声は、そのうち「アテヴィア万歳、竜王万歳」の大合唱になった。

 真下を見たらライアスまで子供みたいな笑顔でオレを見上げていた。

 こいつがこんなに楽しそうに笑ってるの、はじめて見たな。

 オレも笑った。上体に力がはいらないけど、とにかくみんなといっしょに、心から大笑いした。



     エピローグ



 バイルーの国王は復権し、国王同士の会見によりアテヴィアとバイルーは和平協定を結んで戦争は終結した。

 カシュームは『無傷の肉体』の魔法を解かれた上で追放処分となった。まあ、簡単に死刑ってわけにもいかない大人の事情があるらしい。

 アテヴィアの民と共に城へ戻ったオレは、人間の英雄扱いというより、神様扱いを受けた。あまりのもてなしぶりに、はっきり言って一日ともたず禁足の洞窟へ逃げ込んでしまった。

 「オヤジの傍にいたい」と理由を付けたら、無理に引き止めるやつはいなかった。よほどの用事がないかぎり訪れる者はなく、オヤジの傍というより、ジンクじいさんのところでゆっくり過ごせた。

 ここに篭ってしまったせいで、無事帰国したクラニスたちとは、まだ面会していない。ライアスのおかげで、大切に扱われていたらしい。

 戻ってきて三日目になると、日本の生活が恋しくなってきた。

 たぶん今日はもう水曜日だ。高校を三日も休んでしまっている。まあ、オレの高校生活なんて、クラニスにあちこち引っ張りまわされたり、マリッサの視線にドギマギしたりが主で、その二人はこっちに居るわけだから、いまさら何が恋しいのかと言われてしまえばそれまでだが。

 オヤジは、オレが話しかけても寝ていることが多い。

 今もオヤジの目を見上げて話しかけてるが、寝てるのか聞いてるのかよくわからない。だけど、なんとなく話しておきたかった。かーちゃんとオレのあっちでの生活とか、なんとか。

 そして、ひととおり、話すことは話したかなってときに、言ってみることにしたんだ。

「・・・・・・なぁ、オヤジ。オレ、かーちゃんのとこに戻っちゃ、ダメかな?」

 オヤジの左瞼がゆっくりとひらいた。

「おまえの存在が、この国の支えだ」

 オヤジの声が響いてきた。落胆するオレにオヤジが続けた。

「だが、おまえがこの城に縛られていなければならないわけでもない」

「それって、つまり、この城を離れてもいいけど、なにかあれば帰って来れなくちゃだめだってことか?」

 あっちで死ななきゃ戻れないんじゃ、無理じゃないか。あの竜の子供みたいに、あっちでゲートを作ってくれる竜がいない限り。

「その件について、ご提案があります」

 オレの背後から声をかけたのは、アテヴィアの宰相だった。あの、調印式のステージ下で、オレが押しのけちゃった人だ。

 その後ろに続いてやってきたのは、トミックさんと、クラニス、マリッサ、そしてフュージュだった。

「やあ、少年! 大活躍だったんだって? 信じられないな」

 クラニスは相変わらずだな。宰相が嗜めるように睨んだので、ペロリと舌を出している。

「ライアス様を説得してくださったそうですね。ライアス様から伝言です。あなたに魂を救われたと」

 いやあ、トミックさん、彼が改心したのはあなたのためですよ。

「わたしのこと、口添えしてくださったそうですね。ありがとう」

 だって、フュージュ、おまえもりっぱな功労者じゃないか。

「その、なんだ。ハンマーがわりにしてすまなかったな」

 すまんな、マリッサ、そのことはもう、忘れたい。

 宰相のさっきの言葉からすると、彼女たちを、ただ、オレに会わせるためだけに連れてきたんじゃないようだ。そもそも、ここは禁足の洞窟だから、ただの挨拶じゃ、宰相本人も来ない。

「ご提案というのは?」

 四人の女性陣にはアイコンタクトで返事したつもりだったので言葉を返さず、宰相にたずねてみた。

「竜殺しの剣が、あなたにまったく効かなかったことで、学者たちに文献をくまなく調べさせましたところ、竜のアンブレイカブルボディは、心を通じ合った異性によってのみ傷つけられるとのこと。聞けば、これなるクラニスは、わずかだがあなたを傷つけたことがあるとか」

 消えちゃった切り傷のことらしい。実際には、マリッサにビンタされてもみじ跡ができたこともあったんだが、あれは彼女も知らないはずだ。

「あなたを傷つけることができる者が、あちらの世界でおそばにいれば、帰ってこられることも可能なのです。今すぐは無理でしょうが、そもそも、ご成人後にお帰りいただく予定だったのですから、ここに控えておりますあなたに縁の者たちを、あちらの世界にお連れいただく、というのはいかがでしょう」

 つまり、それは、彼女たちと日本に帰って、誰かといい仲になって、成人するなりこっちでオレが必要になるなりしたら、その女性に殺されて帰れってことかな、平たく言えば。

「なによ。嫌そうな顔しなかった? 今」

 クラニスが詰め寄って来る。いや、そうじゃなくてな。

 それに、トミックさんなんて、ライアスを置いてっていいのかよ。トミックさんを見ると、言いたいことを察したらしい。

「わたくしは、三人のお目付け役なんですよ。羽目を外さないようにって。ライアス様はしばらく国の建て直しにお忙しそうですわ。あのかわいそうな竜の子は、ライアス様がさっそく手配なさって、もうこちらに戻って自由の身になっていますの。あなたが戻る方法は、宰相がおっしゃった方法しかありません。この三人以外の、あちらの世界の女性と親しくなられたとしても、その方はあなたを殺したりできないでしょ?」

 まあ、普通そうだよな。クラニスやマリッサなら、迷わず殺してくれるだろうけど。

「みんながそれでいいんなら、オレはそれでいいよ」

 平静を装ったが、心の中では、複雑な感情が渦巻いてた。

 上から片目で見ているオヤジが、笑ってるような気がした。

 オレと『心を通じ合う』のは、第一候補第二候補――鉄板のツートップ(?)――クラニスとマリッサのどっちかってことになるんだろうけど、さらにはダークホースとしてフュージュも居て、みんな、オレとラブラブになるのが任務ってわけだから、バラ色の高校生活になりそうではある。しかし、結局、その相手に殺される運命っていうのも確定なわけだ。

 う~ん。


 提案を受け入れたあとも、いろいろ思い悩んでいたオレを取り残して、話はどんどん進み、出発のときがきた。

 オヤジに挨拶したあと、ゲートまで見送りに来てくれたのは、ジンクじいさんと宰相さんだけだった。

「では、行って参ります」

 トミックさんが丁寧にお辞儀して、光り始めたゲートに入って行った。ほかの三人もそれに倣う。

 オレもみんなに続いて、光の壁に脚を踏み入れた。

 オレが成人するまでの数年間、四人の女性はみんな同居ってことだから、一見するとハーレムと言えなくもない状況になるわけだが、この四人の中に現段階でオレに惚れてるっていう女性がいるわけでもなく、しかも、もしうまくいった場合にも、成人したらその女性に殺されるという運命が待っているわけだ。あんまり喜べる状況じゃないかもな。

 いったい誰になるやらわからないが、オレを殺すときは、お手柔らかにお願いしたいね。


 あ! 

 これって向こうに着いたら、みんな全裸なんじゃなかったっけ?!


        完


題名を略すときは、ぜひ「アンガールズ」で。それに合わせてつけた題名です。

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