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【完結編 第三章】 未来からの伝言

【完結編 第三章】 未来からの伝言


浅見は、国道四十二号から阪和自動車道に入り、ソアラのアクセルを踏んだ。

義麿ノートに登場する人夫頭の『竹さん』こと竹島伸吾郎について調べるために、島本町に向かうつもりだ。


お二人が亡くなつた今、あの木乃伊の真相は永遠に判らなくなつてしまふのではないか?

あと残っているのは僕と竹さんだけだ。


森高教授と山村教授が相次いで亡くなってしまったことに、義麿は危機感を覚えていた。

あの木乃伊のことが闇に葬られてしまう。

あの木乃伊に最も関わった森高教授。

一九三四年、その森高教授の最も身近にいて、全てを目撃していた義麿と竹さん。

義麿には子孫に伝えたいことがあるのだ。

だからノートに詳細な記録を残しているのだ。

浅見にはそう思えてならない。

義麿ノートの中で、竹さんは、


「明治三十七年、日露戦争が始まつた年に尋常小学校を卒業したんや」


と言っていた。

義麿より二回りほど年上ということになる。

生きていたとしたら……百二十歳か。

浅見が、島本町へ向かうという決心をしたのには、キッカケがある。

それは今朝のテレビで見た情報番組だ。

鳥羽が作ってくれたトーストと目玉焼きとコーヒーの朝食を二人で食べていた。

レポーターが、最近増えている空き家問題についてレポートしていた。

『大阪府三島郡島本町のこちらの空き家。――ご覧の通り壁がところどころ剥がれております。敷地内には不法に投棄されたであろうゴミがたまっております。ところどころ落書きもされていますし、週末になると、中に入り込んで騒ぐ若者もいるとのことです。――近隣住民によると若者の煙草の不始末で、あやうく火事になりかけたこともあるそうです。そんな近隣住民の苦情にも関わらず、持ち主と連絡が取れないとの理由で町は実質放置状態なのです』

浅見は、テレビに見入った。

鳥羽も気づいたようだ。

「島本町って、松江が言っていた、あの島本町ですね」

「そうだな」

テレビカメラは、空き家を背景に、リポーターから近所の高齢女性にパンした。

『あの家、昔は質屋だったのよ。私が十歳くらいのときの記憶だけど、質屋を辞めるってときに、着物とか高価な物をたくさん家から運び出してたわよ。……子供ながらにすごく強烈な印象を受けたわね。ご主人は二十年ぐらい前に亡くなったから、その後は、ずーっと空き家なのよ』

ほんの一瞬、カメラは住宅の入り口の埃だらけの傾いた看板を映した。

『たけしま質店』とかろうじて読める。

家の前の木の枝が道路側に異様に伸び、家を覆うように草が生え放題である。

リポーターは、その住宅は七十年前まで質屋であったこと、家の持ち主だった男性は二十年前に他界していることを伝えた。

『島本町に直接問い合わせましたが、相続人と連絡が取れないとのことで、やむを得ずこのような状態になっているとの回答でした』

とも付け加えた。

『このように長い年月、行政に実質的に放置されている空き家は全国に増え続けています。たとえ相続人がいても、連絡がつかない場合が多く、自治体の対応も遅々として進まないといった現状が続いています』

と、レポートは終わり、次のコーナーに切り替わった。

「七十年前、彼女は十歳。すると彼女が生まれたのはいつだ?」

浅見は自分の頭の中を整理しながら鳥羽に問いかけた。

「何です? いきなり算数のクイズですか? えーと……」

「一九三四年」

「それが何か重要なんですか?」

「やはり、行かなければならないような気がする」

「行くって、どこへ?」

「島本町へ」

「ちょっと、テレビに出てたおばあちゃんは関係ないでしょ」

「ああ、関係ない。あの家が『たけしま質店』だというのが気になる。もしかすると義麿ノートに登場する『竹さん』と関係あるかもしれん」

「たけしま? よく見えましたね」

「それに、警察がこれだけ調べても島本なる人物が出て来ないとなると、どうしても松江が行っていた島本町に行く必要がある気がするのだ」

「松江は鈴木義弘さんを殺してるんですよ。すべては捜査を攪乱させるための出まかせだったかもしれないじゃないですか」

「分かっている。松江の話がすべて嘘だとしても、松江の脳に『鈴木社長』と『島本』を繋ぐ何かがインプットされていたのではないかと思う。とりあえず行って来るからな」

田辺市から阪和自動車道に入り、ひたすら大阪方面に向かって走る。

阪和自動車道から近畿自動車道に乗り入れると大阪市の東側に沿って北上する。淀川を越え吹田JCTで名神高速に乗り換え、次の高槻インターで降りると間もなく島本町だ。

お昼前には島本町に到着できた。

島本町という場所は、大阪や京都まで三十分とかからないにも関わらず、町域の七割が山岳丘陵というだけあって、見渡す限り美しいグリーンが目に入ってくる。

水が綺麗で、日本で初めて国産モルトウイスキーを製造したサントリー山崎蒸溜所があることでも有名である。

念のため鳥羽がインターネットで空き家の場所のあたりをつけてくれたため、『たけしま質店』は意外とすぐに見つけることが出来た。

テレビ取材が来たことが珍しいからか、近所の学生たちがスマートフォンで撮影したりして、あたりはちょっと賑わっていた。

浅見は島本町役場に向かった。

受付でルポライターだと名乗り、このあたりの歴史を取材していることを告げ、今朝テレビで放送された『たけしま質店』について聞きたいと言ってみた。

都市計画部の担当者の内村という中年男が現れ、小さなブースに通された。

浅見が、苦情ではないと前置きすると、内村はホッとした表情になった。

「テレビに取り上げられたら、反響が大きくて」

今朝から「あの空き家をなんとかしろ」という趣旨の電話が数十件もかかってきたらしい。

「さっそくなんですが」

浅見は正直に今日訪ねてきた事情を話した。

一九三四年に京都大学地震観測所でトンネル掘りの工事に携わっていた人夫頭の竹島伸吾郎さんという方について調べているんです。

今朝の空き家に『たけしま質店』と書いてあったんですが、持ち主は、もしかすると竹島伸吾郎さんだったのではないですか?

「それは、お答えすることは出来ません」

「もう亡くなってる方ですよ」

「亡くなった方でも個人情報ですから」

何でもかんでも「個人情報保護のため」という印籠を出せば済むと思っているのが腹立たしい。

役場で聞くことは早々に諦め、近所に聞き込みをすることにした。

役場を出て暫く歩くと、神社のような建物が見えて来た。

入母屋造桟瓦葺の建物に裳階もこしを廻らせて、正面には入母屋屋根の玄関を構えている。

『島本町立歴史文化資料館』と書かれている。

ここ、大阪府三島郡島本町桜井は、かつては宿駅で、古典文学『太平記』の名場面のひとつ『桜井の別れ』として有名である。

建武三(一三三六)年に、楠木正成が足利尊氏を迎撃するため湊川に出陣する際、息子の正行に「いつの日か必ず朝敵を滅ぼせ」と諭して別れた場所と伝えられている。

桜井の駅で別れた後、正成は湊川の戦いに赴いて戦死し、今生の別れとなった。

浅見は、第二次世界大戦開戦の直前に建てられたという館内をひととおり見学し、館内の職員たちに『たけしま質店』や竹島さんを知っているか聞いてみるが、心当たりがないという返事ばかりだった。

浅見は、もう一度、あの空き家に行ってみた。

すると、偶然、今朝のテレビでインタビューを受けていた老婦人が通りに打ち水をしていた。

きっとすぐ近所に住んでいるのだろう。

「あの、今朝テレビの番組で、この空き家のことを証言されてましたよね?」

「えっ? はい、やだわぁ。今日、あなたで五人目よ。同じように話しかけられたのよ」

ルポライターだと自己紹介をして名刺を渡し、「阿武山古墳の第一発見者・竹島伸吾郎について調べている」と事情を話す。

「私は藤井恵津子っていいます。ルポライターやなんて大変なお仕事されてるんやねぇ」

恵津子は家に通してくれ、快く話してくれた。

『たけしま質店』のご主人は、竹島力太郎といって、テレビでも言ったように二十年前に九十歳くらいで亡くなったということだった。

「戦争が終わって、体こわして質屋をやめはったの。その後仕事はしてなかったみたい。時々お兄さんが様子を見に来てたわ」

「兄弟がいらしたんですね」

「二人きりの兄弟やって。そう言えば『伸吾郎兄貴』って呼んでたわ」

「ほんとうですか?」

「ややわぁ。年寄りだと思ってバカにしたらあかんよ。こう見えて私、ちゃんと女学校出てるねんで。力太郎さん、『伸吾郎兄貴が西瓜持ってきてくれたから』とか言っては、よう色んな物おすそわけしてくれたんやで」

「その伸吾郎さんには家族がいたんでしょうか?」

「力太郎さんが独り者で家にこもりがちやったから、元気づけるために、家族連れでよう遊びに来てはったわ。息子さんやお孫さんも連れて来はったよ」

「今どこに住んでいるのかご存知ないですか?」

「さあ、そこまでは、わからんねぇ」

「二十年前、力太郎さんが亡くなったとき、どなたか来られなかったんですか?」

「そうや、ちょっと待って」

恵津子は、リビングの箪笥の上に置いてある小物入れの引き出しを開け、葉書や手紙の束を持ってきた。

「えーと、これや、これ」

恵津子が浅見に差し出したものは、葬儀に参列した恵津子に対するお礼状だった。

『大叔父・竹島力太郎が永眠し、……』で文章が始まり、最後に、竹島力太郎の葬儀の喪主である人物の名前が記されている。

『竹島健治郎』

住所は、新宮市となっている。

「ありがとうございます、助かりました」

「ややわぁ、浅見さん。情けは人の為ならずってね」

「恵津子さんのおかげで、一歩前進しました。すごく大きな一歩です」

「旅と歴史、いい記事書いて下さいね」

「あの……実は……」

「歴史っていうのは、普通の市井の人たちが伝えなあかん。偉い学者や先生だけが歴史を作るんじゃ偏ってしまう。浅見さんみたいに、色んな人に聞いて取材して書くのがええんや」

浅見は、実は探偵まがいのことをしているんだと話そうとしたが、言葉を飲み込んだ。

必ずや良い記事を書いて恵津子の言葉に報いようと心に誓い、恵津子と別れた。

島本町を出て、新宮市の竹島健治郎を訪ねるルートはどうしようか。

そう考えているうちに、ソアラは大山崎に出ていた。

京滋バイパスに乗り、暫くしてから右折した。

そのまま国道24号を南下していった。

計画性もあまり無く、ほぼ行き当たりばったりで走っていると、案の定、奈良市に入ったところで渋滞に巻き込まれてしまった。

さらに、今日が日曜日であることに今頃になって気づいた。

これも運命と諦めて、浅見は、阿武山古墳や鎌足のことに思いを馳せる。

日本には、古墳の数がおよそ千基ある。

その千基のうち、百基ほどが奈良県に存在する。

さらに、奈良県には全長二百メートル以上の大規模古墳が約二十基、存在する。

奈良市、天理市、桜井市、橿原かしはら市、磯城郡川西町、北葛城郡広陵町、大和高田市、御所市などに分布する。

天理市に入り、国道24号から国道169号に渡ってみると、西殿塚古墳、行燈山古墳、渋谷向山古墳をたてつづけに眺めることが出来た。

古墳マニアらしき人たちが、デイパックを下げカメラ片手に写真を撮っているところが目に入る。

三基とも四世紀の古墳で、西殿塚古墳には手白香皇女、行燈山古墳には崇神天皇、渋谷向山古墳には景行天皇が眠っている。

そんなことを考えて走っていると、『談山神社6.8キロメートル』と矢印が書かれた看板が目に入った。

浅見は、何かに導かれているのかも、と思いながら談山神社に立ち寄ることにした。

談山神社では、『多武峯縁起絵巻』を見ることが出来る。

中世の社殿縁起絵巻の優品として奈良県の県指定文化財となったものである。

説明文には――

中大兄皇子(のちの天智天皇)にまみえ、当時の最高権力者・蘇我入鹿を倒して、大化改新の偉業を成し遂げたのち、鎌足公の没後、長男の定慧が多武峯とうのみねに十三重塔を建立、やがて霊廟(現在の談山神社本殿)にまつられ、藤原氏一族が繁栄するという、 談山神社の縁起を描いたものです。

『談合の図』は藤原鎌足公が中大兄皇子とともに多武峯山中 (のちに談山と呼ばれ社号の起こりとなった)で大化改新の談合をしている様子です。向かって一番右が中大兄皇子、次が鎌足公です。

――と記されている。

浅見が特に目を引かれたのは、室町時代に描かれた『蘇我入鹿暗殺の図』だ。

言わずと知れた『大化の改新』の始まりの事件を絵にしたものである。

絵の中の人物は六人。

飛鳥板蓋宮あすかいたぶきのみやの中、右上から左下に向かって対角線状に衝立で仕切られている。

衝立の向こうには、表情がよく読めない皇極天皇がいる。

日本の女性天皇八人の中の一人、三十五代天皇である。

衝立の手前、中央に蘇我入鹿、その左に中臣鎌足、右に中大兄皇子、右端に二人の刺客がいる。

刺客の二人、佐伯連子麻呂さえきのむらじこまろ葛城稚犬養連網田かずらぎのわかいぬかいのむらじあみたは、剣を構えている。

今まさに、中大兄皇子が、剣で蘇我入鹿の首をはねたという場面である。

鎌足は弓矢を構え、入鹿を見据えている。

首を失った入鹿の胴体は前かがみに倒れ、丸い首の切り口からは血しぶきが飛んでいる。

首は、斬られた勢いで宙に舞い、その表情は自分が殺されたことを信じられない驚きに口を開けているように見える。

凄まじく残酷な絵である。

『乙巳の変』『大化の改新』は、六四五年六月十二日の朝、奈良県飛鳥の飛鳥板蓋宮あすかいたぶきのみやから始まる。

朝鮮半島からの使節たちが、皇極天皇に貢物を捧げる儀式の日。

飛鳥板蓋宮に集まろうとしている面々の中に、当時の権力者・蘇我入鹿もいた。

「立派な剣ですね。お預かりします」

入鹿の前にヒョイと道化者が現れて、滑稽な仕草をする。

「儀式の間、剣を預かっていろ」

入鹿は笑いながら、道化者に剣を預けた。

中大兄皇子と中臣鎌足が自分を暗殺しようとしていることも知らずに……。

入鹿の従兄弟である蘇我倉山田石川麻呂は、入鹿暗殺計画に加わっていた。

皇極天皇が現れ、儀式が始まる。

天皇の前には、古人大兄皇子、蘇我入鹿、石川麻呂らが進み出た。

蘇我入鹿からは見えない物陰で、彼を暗殺しようと機会を狙っているのは、中大兄皇子、中臣鎌足。

それに加えて、佐伯連子麻呂と葛城稚犬養連網田の刺客二人である。

中大兄皇子は長槍を持ち、鎌足は弓矢を持っている。

刺客二人は剣を構えている。

石川麻呂は、朝鮮半島の三韓(高句麗・百済・新羅)の使節たちの貢物の上表文を、読み上げ始める。

それを合図に、刺客が飛び出し入鹿を暗殺する手はずだった。

しかし刺客は、恐怖のあまりむせて吐きもどしてしまった。

入鹿を恐れて前に進むことが出来ない。

石川麻呂が上表文を読む声が震える。

入鹿は不審に思い「石川麻呂、何を震えておる?」と聞く。

「天皇の御前で畏れ多く、緊張して不覚にも汗が流れてしまいます」

そう言って石川麻呂は、誤魔化す。

「やあ!」

ついに、中大兄皇子が、物陰から飛び出し、剣で入鹿の頭と肩に斬りつけた。

刺客の佐伯連子麻呂が、片方の脚を斬った。

「私に何の罪があるのですか?」

入鹿が血を流しながら天皇に訴える。

「いったい何があったというのです?」

皇極天皇が叫んだ。

「入鹿は王家を滅ぼし、王家を傾けようとしていたのです」

中大兄皇子は地に伏して天皇に言った。

驚いた皇極天皇は奥へと立ち去って行く。

蘇我入鹿はついに息絶えた。

この日は雨が降り、庭に水があふれていた。

蘇我入鹿の遺体には、むしろが掛けられただけであった。


浅見は、談山神社で、『大化の改新』の飛鳥時代にタイムスリップしたような感覚に襲われた。

中臣鎌足という人物が現れなければ、日本は現在のかたちとは違っていたかもしれない。そんなことを考えながら談山神社を後にした。

国道169号をひたすら南下し、新宮市へ向かった。

竹島伸吾郎の葬儀のお礼状に記された新宮市の住所は、『竹さん』が住んでいた場所だろう。

義麿ノートには『出身は南紀田辺町』と書かれ、森高教授の下で働いていたときは『京都市』に住んでいたと思われるので、仕事の関係で住居を移したのかもしれない。

夕方には目的地に到着したが、その住所地には、『みよし』という居酒屋があった。

浅見が店のマスター・渡辺に尋ねると、幸いなことに、彼は『竹島健治郎』の友人だった。

健治郎は既に十五年前に亡くなっていて、この家は、生前、健治郎から買い取ってリフォームしたのだという。

健治郎は、渡辺が以前新宮駅前で経営していた居酒屋の常連で、家族思いの真面目な男だったらしい。

妻を病気で亡くしてから、娘と二人で暮らしていた。

しかし、十五年前、健治郎が交通事故死をし、その後、娘は母方の親戚に引き取られていった。

「その娘さんの行き先はご存知ですか?」

「さあなぁ、もう十五年前のことだしなぁ。三千惠ちゃん、まだ十歳でな」

「今なんて?」

「三千惠ちゃん、十歳だったんだよ」

「三千惠さんていうんですか? 健治郎さんの娘さん」

「そうだよ」

「あの……、その三千惠さんが引き取られていった先の親戚の苗字は?」

「苗字? なんやったっけなぁ」

「竹内、というんじゃないですか?」

「そうそう、竹内。同じ竹が付くね、って言ってたんだよ。……なんや、三千惠ちゃんの事、知ってるの?」

「三千惠さんが……竹さんの」

義麿ノートの中に登場する、あの『竹さん』のひ孫が三千惠さんだった。

浅見は、なにかの因縁を感じずにはいられなかった。

「十五年前、三千惠さんの父である健治郎さんは、どこで交通事故に遭われたんでしょうか」

「海南市やったな。紀勢本線の海南と冷水浦しみずうらの中間のガード下で事故に遭ったんや」

浅見は愕然とした。

因縁では済まされないかもしれない。

藤白神社、鈴木家のある敷地内と言ってもいい場所ではないか。

渡辺によると、健治郎が路地から急に飛び出し、轢かれたのだという。

目撃者によると、何かから逃げるように全速力で走っていたという。

運転者は急ブレーキをかけたが、間に合わなかったらしい。

「ガード下のコンクリートと車の間に首を挟まれた形で即死やった。あそこは有間皇子さんが絞首刑にされた場所やろ? 家来は首を剣で斬られた。だが、有間皇子さんてのは皇族やから血はご法度なんで、絞首刑やったんや。だから『呪いや』いう噂がしばらく飛び交っとった。有間皇子さんの悔しい思いとか、哀しい思いとかを健治郎が受けてしまったってな」

「呪い、ですか」

「首の怪我が致命傷やったからな」

「マスターは牛馬童子事件をご存知ですか?」

「ああ、もちろん。そういやぁ、あれも首やった。首を切るなんて、ほんま、残酷や。それこそ花山天皇さんに呪われるで。熊野の神様は絶対見てはるわ。そやけど、こないだ見つかったんやろ? 確か今城塚やったな」

「ええ。十五年前にも、同じような事件があったそうなんですが」

「そや。そういえば、健治郎が事故に遭ったちょうど前の日、新聞に載っとった。次の日、健治郎が亡くなったいう連絡があったんで、よう覚えとる」

「竹島健治郎さんが事故に遭う前日、ですか」

「ああ、それで、今回と一緒で、何日か経ったら返ってきたんや。

犯人は何の目的で、あないな残酷な事するんやろな。返すんなら、はなから盗まんでもええやないか。誰かに対する嫌がらせかなぁ。結局、こないだも十五年前も、犯人は捕まってないやろ。警察は何しとるんやろ。しょせん物やからって甘く見とるんやないかね」

十五年前の牛馬童子損壊事件の翌日、竹さんの孫・竹島健治郎が事故死したということが、浅見には偶然だとは思えなかった。

渡辺と別れ、田辺通信部に戻ったときには既に日が暮れていた。

今日、島本町から新宮市へ行って知った事実は、鳥羽に報告していいものか、浅見は迷った。

三千惠さんは、竹島伸吾郎の孫で、生まれてすぐ母親を病気で亡くし、父親までも交通事故で亡くし、わずか十歳で、親戚の竹内家の子供として育てられたこと。

孤独の道を歩まざるを得なかったこと。

これらのことを、三千惠に好意を寄せている鳥羽に報告するには、少し時間がいると思う。

浅見は、適当に食事を済ませ、長距離運転の疲れを理由に、早々に寝床に入った。

翌日、まだ夜が明けないうちに目覚めてしまったので、義麿ノートを取り出した。

第二次世界大戦中、中断していたノートは、戦後しばらく続いていたのだが、徐々に減っていき、ぱったりと途絶えた。

しかし、一九八二年になると突如、ノートの記述が再開された。

それは木乃伊に関して、大きな、まさに事件が起こったからだった。


1982(昭和五十七)年、三月。

阿武山古墳の一部が破壊されたというニュースがテレビで報道された。

大阪市内の学校法人が、大阪府の正式許可を得てグランド造成の工事をしていたのだ。

1934年のあの大発見を、大阪府、大阪市は解っていなかったのか。

当時の行政担当者は、きちんと記録を残していなかったのか。

きちんと後継者に伝えていなかったのか。

行政は何をしているのか。

行政が勉強をしていない証拠だ。

言語道断である。

この貴重な古墳は、本来なら国の特別史跡にするべきだ。

だが、四十八年前にあまりにも秘密裏に再埋葬されてしまったため、行政担当者はいつのまにか古墳の存在を忘れてしまっていたのだろう。

大阪府は、古墳の破壊を、結果として認めていたことになる。

事態を重視した文化庁は、ただちに調査官を派遣して現状調査を行うと言っている。

僕は、古墳が心配で心配でたまらず、見に行くことにした。

孫の義弘に付き添ってくれるよう頼んだ。

「じいちゃんが阿武山に行くと言うなんて驚いた」

と義弘に言われた。

僕は、京大を卒業して以来、京大とも、阿武山とも、言わば縁を切っていた。

これは意地というものかもしれないが、八紘昭建を立ち上げた以上、この不動産業を成功させるために心血を注いできた。

だが、心の奥底では、あのことがずっと引っかかっていたのは事実である。

義弘も来年は高校生だ。

進学校を受験するようだが、どこかのんびりしていて大丈夫なのか、こちらも心配である。

翌日、義弘に付き添われ古墳を見に行った。

六十四歳の老体には、阿武山の坂道はきつく、古墳までたどり着くのにかなり時間がかかった。

京大を卒業してから実に四十年ぶりに、地震観測所を見た。

高く白い塔は、少年時代と変わらず、僕を優しく見おろしている。

太平洋戦争中、米軍の爆撃機がこの塔を進路目標に使っていたという話を聞いたことがある。

この観測所は、阿武山古墳発見のきっかけとなり、戦争を経験した、歴史の証人のようなものだ。

京大の後輩に頼み、観測所の屋上に上った。

安威川が流れる、阿武山古墳の西側は、造成工事で鋭くえぐられ、赤土がむきだしになっていた。

山頂まであと三〇メートルのところに破壊の手が迫っていた。

山頂には古墳の一部である浅い溝が円く巡っている。

その西側の溝はこの工事のためにばっさりと削られていた。

テレビのニュースによると、いちおうこれ以上の破壊はまぬがれることとなったらしい。

森高先生のことが思い出されて、涙がこみ上げてきた。

阿武山古墳の正面に、妻の千尋が摘んできてくれた花を手向け、手を合わせた。

『すいません。あなたのことを長いこと放っておいてしまって』

という気持ちで。

すると義弘が感慨深く言った。

「じいちゃん、この古墳に眠ってる人は、じいちゃんの前世かもしれんな」

「なんでや」

「そやかて、教科書に載ってた鎌足さん、じいちゃんにそっくりやんか」

「義弘は、おもろいこと言うな。さすが僕の孫や。似とるのは髭だけやけどな。はっはっはっ」

帰宅後、僕はご無沙汰している竹さんに電話をした。

竹さんは病床に伏していたが、孫の健治郎君が取り次いでくれ、少しだけ話ができた。

「坊ちゃん、ニュース見たで。えらいこっちゃ」

懐かしい声は、ちっとも変っていない。

驚いたことに、竹さんはもう八十七歳になっていた。

「坊ちゃんはやめて下さい。僕はもう六十四や」

僕らは、あれから戦争を体験し、がむしゃらに働いて、気が付いたら半世紀が過ぎてしまったんやな、と話した。


1982(昭和五十七)年、六月。

阿武山古墳に関する重大なことが、またもやテレビのニュースで報道された。

『X線写真原板発見』

京大地震観測所の森高教授の古い研究室の片隅から、昭和九年に撮影した木乃伊のX線写真や毛髪などの検体資料が、続々と発見されたのだという。

僕は、驚きと衝撃で、しばらくテレビの前から動くことが出来なかった。

僕は完全に森高先生のことを見誤っていた。

先生は山村先生を蹴落とすために、棺や木乃伊にひどい扱いをしたと思っていたが、大きな間違いだった。

僕が京大に入ってから知ったことだが、一九三四年の木乃伊発見後しばらくして、大阪府庁で大協議会が開かれた。

出席者は宮内省、文部省、大阪府。

山村教授は府の再三の出席要請にもかかわらず、出席しなかった。

当時の新聞に、二人の談話が載っていた。

【森高博士の談】

「二〇日の大阪府の協議には私も出席しその席上で文学部、博物館、大学などの諸権威と保存方法その他の相談をするつもりである。

しかし私が古墳の総合調査を投げやりにしているとか、他との共同調査を歓迎しないなんていうような事は全然ない事だ。大阪府でそういう見方をしているのなら実に迷惑至極である」

【山村博士の談】

「あの古墳は発見当時私は一度見たきりでその後全く見ていない。あれは専ら森高博士が一手でやっておられるからよいじゃないか」

このように、二人が対立した結果、主導権を大阪府に奪われ、再埋葬が決定してしまった。

先生は、頑固で意地っ張りであったが、学問に対しては真摯で冷静であった。

先生は、木乃伊を発見したあの日以来、悩んでいらっしゃったに違いない。葛藤されていたに違いない。

学者として、日本の未来の為に、古墳の情報を、間違いなく正確に後世に伝えるにはどうするべきか、冷静に考えていらっしゃったに違いない。

森高先生なりに、密かにあの木乃伊のことを研究しようとしていたのかもしれない。

だから誰にも知られることなくX線写真や毛髪などを取っておいたのではないか?

それを邪魔したのは、この国の惡しき慣習、しきたりとも言うべきものなのかもしれない。

「不敬罪」とはいったい何なのだろうか。誰が決めたのか。

当時、新聞は、一番大事な事より、世間の興味を引くようなことばかり書きたてていた。

大阪府からも、考古学界からも、言動を批判された森高先生。

でも、木乃伊が再埋葬されてから、世間は木乃伊のことを忘れたかのように、騒動は収まった。

誰もが次の興味へ移っていって、知らんぷりだった。

その後、森高先生は病気が進行した為、研究を続けることが出来なくなった。

結果的に、半世紀もの間、研究室の片隅でX線写真などの資料が眠り続けてしまったでのはないか。

テレビの報道では、最後に『X線写真の解明が急がれる』と言っていた。

森高先生が残して下さったX線写真が解明されれば、僕がずっと疑問に思ってきた謎も解明されるかもしれない。

X線写真には写っているかもしれない。

何だか興奮してしまい、眠れそうにない。

出来ることならば、自分も研究室に行って、解析を手伝いたい気分だ。

だが、僕は大学卒業と同時に考古学を捨てた人間だ。

悔しいけれど遠くから見守るしかない。


義麿ノートの記述は、時代とともに変化している。

戦後しばらくすると、旧漢字が、徐々に新漢字になっており、『言ふ』『言つた』などの仮名遣いも、現代仮名遣いに変わっていった。

このノートは、鈴木義麿という人物の人生だけでなく、日本という国の変遷も多少垣間見ることが出来る。

そんなことを考えながら読んでいたためか、亡くなった森高教授がしまっていたX線写真の発見は、カウンターパンチを食らったような衝撃だった。

一九三四(昭和九)年の木乃伊発見から半世紀、太平洋戦争を経て、突如、事態が動き出したのだ。

最初は、京都大学地震観測所の地震計を置くトンネルの工事中。

そして、一九八二(昭和五十七)年は、大阪市内の学校法人が工事中だ。

まるで、阿武山山頂に眠る木乃伊の『私を忘れないで』という伝言メッセージを見つけたかのような出来事である。

浅見は、四日前に訪ねた今城塚古代歴史館の但馬館長の話を思い出し、納得した。

「阿武山古墳が、藤原鎌足の墓所であると学術的に推定されるようになったのは、昭和六十二年」

と館長は言っていた。

今読んだ義麿ノートの『木乃伊のX線写真原板発見』のニュースが、

1982(昭和五十七)年だから、X線写真が解析されるまで、実に五年かかっていることになる。

昭和九年当時、考古学でX線写真を導入した記録はない。

森高教授が初めてということになる。

当時としては最新の超高級器械で、トラック二台分はある大きさだ。

森高教授の専門が地震学で、様々な計測機器を扱っていたことが幸いした。

大学に出入りする精密器械メーカーと親しかったから「X線写真を撮ってもらおう」と閃いたのかもしれない。

だが、どこからか情報を嗅ぎつけた憲兵隊が、「不敬罪」というものを盾に森高教授の前に立ちはだかった。

X線写真を残すことは、命懸けだったに違いない。

半世紀もの間それが眠っていたのも、「不敬罪」という枷のせいかもしれない。

『X線写真発見』という大事件で埋もれそうだが、もう一つ、浅見は、義麿ノートの中に重要なことを発見した。

「竹さんの孫の健治郎」が登場したことだ。

これは何故か見逃せない気がした。

読み進むにつれて、浅見は、ノートの中の義麿と同じ気持ちを味わうようになっていた。

森高教授が残したX線写真が解明されれば、僕がずっと疑問に思ってきた謎も解明されるかもしれない。

X線写真には写っているかもしれない。

X線写真に「何が」写っているかもしれないのか。

何だか興奮してしまい、眠れそうにない。

早く読み進めよう。


『X線写真原板発見』のテレビニュースを見たあと、僕はやはり竹さんに電話せずにはいられなかった。

竹さんの病状も気になっていた。

この間と同様、孫の健治郎君が取り次いでくれた。

「坊ちゃん、ニュース見たで。きっと電話くれると思うてたんや」

声を聞いたら、三カ月前より元気そうで安心した。

電話で済ますことも出来るが、年齢を考えると、どうしても会っておきたいという思いが募り、自宅を訪ねた。

僕は竹さんに、四十八年間聞けなかったことを、思い切って聞いてみることにした。

木乃伊を再埋葬したあと、森高教授の家を二人で訪ねた時のことだ。

「竹島君は暫く残りなさい。少し頼みたいことがある」

あのとき、森高教授は、竹さん一人を引き止め家に残した。

そして、僕には

「これから学生たちが来るから、四條で西瓜を買うて来てくれへんか」と仰言った。

「あのとき森高教授は、竹さんに何を頼んだのか気になってたんや」

「……坊ちゃん。それが……、わしもずっと、あの夜のことが心に引っかかっとったんや」

竹さんは、急に歯切れが悪くなり、それでも、決心したように僕に話してくれた。

「結局のところ、頼み事が何だったのか判らず仕舞なんや」

森高教授が何かを言おうとした時、京大の学生たちが家を訪ねてきたため、話が中断したからだ。

「でも、あの時、森高先生は、『金……』と言いかけたような気がしたんやけどな」

と竹さんは記憶をたどった。

「やっぱりそうか……」

僕は竹さんに聞こえないように小さく呟いた。

竹さんは、森高教授に「鈴木くんにも、誰にも言わないように」ときつく口止めをされたため、今までこのことは誰にも言わずに来たと言う。

だが、竹さんももはや老齢の域に入り、あの日のことをこのまま墓場に持っていくのは心残りというか、何ともすっきりしない気分だったのだ。

森高教授との約束を破ってまで、僕に打ち明けてくれた竹さんに感謝した。

「ごめんね、竹さん。ありがとう、竹さん」

ずっと竹さんに付き添って介護をしている孫の健治郎君が、「薬の時間です」と言って竹さんに薬を飲ませ、寝かしつけた。

「じいちゃん、ここのところ、ずっと臥せっていたのに、今日は義麿さんが来てくれたおかげで、あんなに喋って、ここ数か月で一番生き生きしてました」

と言ってくれた。


いよいよ核心に迫ってきたところで、携帯が鳴ったので、浅見は一旦ノートを閉じた。

和歌山県警の星野刑事からだ。

鳥羽はまだ寝ているようだ。

浅見は寝床を提供してもらっている恩返しのつもりで、ゆで卵とハムサンドの朝食を用意した。

鳥羽の分はラップして冷蔵庫に入れ、浅見は素早く朝食を済ませて、県警に向かった。

県警に到着すると、『那智殺人事件捜査本部』と戒名の書かれた部屋の前を通り、小さな部屋に通された。

那智殺人事件の捜査は、やはり鈴木真代容疑者の線で進んでいた。

星野刑事は、飛瀧神社の駐車場で発見された松江の車の中の詳しい鑑識結果などについて話してくれた。

「あくまでも第一発見者に経過を報告するんです」

と釘をさされた。

車の中に落ちていた片方のパールのイヤリングは、指紋から真代の物と既に断定されていたが、もう一つ、犯人の遺留品かもしれない物が見つかったという。

「麻紐なんです」

「あさひも?」

「ほんの切れ端なんで、犯人特定の手がかりとしては弱いんですがね」

星野刑事は、浅見のベージュの麻のジャケットを見て、

「ちょうどそんな色の紐ですわ。ま、第一発見者がうっかり落としたのかもしれへんしな」

「僕は何も……」

「冗談ですがな」

「麻紐を使うとしたら、何か物を固定したりするぐらいしか思い浮かびませんが……。でも最近は、ビニール紐の方が安いし、一般的ですよね」

「麻紐はともかく、我々としては、やはり夫を殺されたという動機から言っても、アリバイが無いことから言っても、当然、鈴木真代を重点的に調べてます」

星野刑事は、そろそろという感じで本題に入った。

「この間、浅見さんが言ってはったことを調べたんですが……」

彼は、田辺市役所を重点的に、真代について聞き込みをした。

十五年前、真代は教育課で教育行政に関わっている。

その頃、一緒に仕事をしていた人を見つけ、何人かに個別に聞いたのである。

さすが役所、最初は当たり障りのない答えなんだが、「〇〇という噂を聞いたんですが……」と言う聞き方をすると、皆黙っていられなくなるらしい。

「真代ちゃんは、明るくて、サバサバしてて、後輩の面倒見も良いし、住民の人の評判も良いし、役所では珍しい学級委員タイプですね。僕はザッツ公務員。あ、ザッツ公務員て、真面目でコツコツタイプね」

「いつも同じ曜日に児童館に来ていた子供が、その日来ないと、わざわざ電話して『今日はどうしたの?』と聞いたり……。真代さん、いじめ問題にも熱心に取り組んでました」

「真代さんと同期ですが、彼女は窓口の仕事が長かった。母子家庭とか父子家庭の人たちの相談をかなり受けてたわ。あの頃は、今と違って個人情報とかうるさくなくて、『あの家の誰それの子が今度〇〇小に入るんや』とか、よう知ってたわ」

「ここだけの話ですけど……、住民から聞かれたことだけ答えればいいのに、鈴木さんは、おせっかいなんですよね。聞かれてもいないのに、こういう申請は出した方が良いとか教えたり……。解んない人がいると、解るまで説明したり……。でも私たちって、たくさんの住民を相手にしなきゃならないから、いちいち説明するのはどうかと思うんですよね」

「そう言えば、窓口に相談に来てた父子家庭の男性と噂になったことがあるわ。真代さん明るいから、笑い飛ばして否定してたけど、我々の間では二人はデキてるという噂やった。だって、その父親が突然、交通事故で亡くなってしまったんやけど、葬儀とか、残された子供のこととか、ずいぶんお世話しとったもの。あれは、仕事の域を超えてたわ」

星野刑事は、聞き込みの内容を、まるで本人がそこにいるかのように丁寧に説明した後、浅見に言った。

「十五年前、真代と噂になった男が亡くなったのが、ちょうど牛馬童子損壊事件の翌日なんですわ」

浅見は一瞬、耳を疑った。

昨日、同じようなセリフを、新宮市の居酒屋の渡辺から聞いたばかりではないか。

「その父子家庭の男性、竹島健治郎というのではないですか?」

「な、なんで知っとるんですか」

星野刑事が椅子から転げるくらい驚いた。

「やっぱり、そうですか」

一九三四年、鈴木義麿と竹さんは木乃伊発見の現場にいた。

二〇〇〇年、竹さんの孫・健治郎が不振な事故死。

そして現在、鈴木義麿の孫・義弘が殺され、その義弘を殺した松江が殺された。

一見、何の接点もなさそうだった、「一九三四年」、「二〇〇〇年」そして「現在」の3つの点が繋がったことに胸騒ぎがする浅見。

「星野さん、やはり、今回の一連の事件は、一九三四年に阿武山古墳で発見された木乃伊に端を発しているようです」

「どういうことですか」

星野刑事は、わけが解らなくて縋り付くような目で言った。

浅見は手短かに説明する。

「鈴木義麿と竹島伸吾郎しか知らない、阿武山古墳に関する謎があるんです。おそらく、それを、伸吾郎の孫である健治郎が知ってしまったんでしょう。さらにそれを知ったある人物が、健治郎に近づいた。しかし、健治郎は不慮の事故で亡くなってしまった。だから、ある人物は、鈴木義弘と松江に近づいたのかもしれません」

星野刑事は、「オーケー、わかった」と手を打った。

「ある人物とは、鈴木真代ですな。そうとしか考えられませんな」

「いや、それはまだ……」

「否定しないってことは、浅見さんも疑ってるんですやろ?」

「判りません」

「俺たちは疑うのが仕事。事件の証拠ちゅうもんは一日経つごとにものすごいスピードで消えていくもんなんや。浅見さんみたいにのんびり構えてられませんのや」

「解っています。これらの事件の鍵を握る重要人物の一人に、すぐに話を聞いてみます」

星野刑事の嫌味は最もだ。那智で松江を殺した犯人が、次にまた殺人事件を起こす可能性は否定できない。一日でも一時間でも早く犯人を捕らえようとするのは、刑事なら当然である。

浅見は、和歌山県警から藤代神社に向かった。

平日のためか、神社への参拝客は少なかった。

「那智で松江さんの遺体が発見された事件について、参考までに、三千惠さんにも話を伺いたいのですが……」

浅見は大谷宮司に頼んだ。

「そんなに忙しくないし、今日はもう上がって良いから。どこかでご飯でも食べながらゆっくり話してきなはれ」

宮司はこころよく承諾してくれた。

「歩いて十分ほどのところに、美味しいレストランがあるので行きましょう。すぐ着替えますので待ってて下さい」

と三千惠に言われ、浅見はあとに付いていくことにした。

数分後、ひざ上二十センチはあると思われるミニのワンピース姿で現れた三千惠は、どこから見ても今どきの二十代の女の子だ。

巫女姿しか見たことがなかった浅見は、とまどいを隠せない。

「浅見さんとデート出来るなんて、今日はついてるわ」

「そんなんじゃ……」

「やだ、照れてはる」

到着したのは、こじんまりしたフレンチレストランで、適度な大きさでクラッシク音楽がかかっていた。

ランチタイムが終わる寸前で、満員の客を見渡すと、皆ほとんど食事を終えている。

料理を注文し、早速浅見は、三千惠と真代の出会いについて聞いた。

松江のことについて聴かれると思っていた三千惠は、素直に驚いた。

「え? 二人が知り合ったきっかけ、って……」

「差し支えない範囲でいいです。話したくないことは話さなくてけっこうです」

「フフッ。浅見さん、やっぱ紳士やわ。ここ数日、いろんな刑事さんが事情聴取に来はって、ズケズケと人の心に土足で入って来て、聞くだけ聞いて、何のフォローもないんやからね」

「僕は、刑事ではないので……」

「そやね、名探偵さんやもんね」

「やめて下さい」

「あのね、真代さんと知り合ったんは、十五年前です」

「三千惠さんが小学校四年のときですね」

「そう。私の母は私がものごころつく前に病死して、それからずっと父子家庭やったんです。それで私が小四のとき、父の健治郎が事業に失敗してしまって……。親戚の人が市役所に相談するといいって教えてくれて、相談会に二人で参加したんです。そのときに、真代さんと知り合いました」

「そうなんですか」

「真代さんは、親身になって相談にのってくれました。何にも判らん父に、ハローワークのこととか詳しく説明してくれて……。私には『今度、児童館でお楽しみ会があるんやで。三千惠ちゃん、遊びにおいで』って誘ってくれたり。父の仕事の都合で、新宮市から田辺市に引っ越したばかりで、私、友達もいなくて、児童館に通うのがだんだん楽しくなったんです」

「そうだったんですね。幼いのに大変でしたね」

「真代さんのおかげです。真代さん、お子さんがいらっしゃらなかったからか、私に対して自分の子供のように接してくれました。うちは、経済的に苦しくて、私は着るものも、ろくなものを着てなかった。そしたら真代さんが、『これ、作ってみたんやけど』って手作りのワンピースとか作ってくれたんです。たまに家に来て夕飯を作ってくれたり。ほんと、何から何までお世話になったんです」

「真代さんらしい気がします。面倒見がいいというか」

「ええ。私たち父娘は、真代さんに救われたんです。でも小さい町やから、いろいろ悪口言う人もいて、田辺市役所に匿名の投書が来たらしいです。鈴木真代は公務員のくせに、ある父子家庭だけを特別扱いしてるって。公私混同だって」

「ひどいですね」

「当時は子供やったから判らんけど、今考えたら、父も真代さんもお互い惹かれあってたんやないかな。付き合っててもおかしくないわ。二人とも独身やったから、何の問題もないんです。私は『真代さんがお母さんやったらいいのに』って言ってたし……」

「それなら、お父さんが亡くなったときは、大変だったでしょうね。三千惠さんも真代さんも、どんなにショックだったことか」

「私は、父が事故に遭った日の記憶がはっきりとしないんです。十五年前のあの日、『お父さんの知り合いだという優しいおじさんに連れられて、おもちゃとお菓子のたくさんある部屋に行って一緒に遊んでた』って、家に帰ってから言ったらしいんです。そのとき、家には、真っ青な顔をした真代さんがいて、父が事故に遭って病院に運ばれたって教えてくれたんです」

「そのお父さんの知り合いっていうのは……」

「思い出せないんです」

「急にお父さんを失ったショックから、自ら記憶を消してしまったということでしょうか」

「そうかもしれません。でも、親戚が葬儀などの手配を慌ただしくする中で、ずっと真代さんがそばにいてくれたことはよく覚えています。……でも浅見さん、十五年前のことが、今回の事件に関係あるんですか?」

「ええ。その可能性があります」

「もしかして、浅見さん、真代さんを疑ってるんですか?」

「それは、まだ……」

「真代さんが、殺人なんて、するはずがありません」

「僕もそう思いたいです。ですが、愛する者の命を理不尽に奪われたのです。松江に殺意を抱いても不思議ではありません」

「ひどい、浅見さん。真代さんは、私が親戚に引き取られていくまでの間、ずっと気にかけてくれて、面倒を見てくれていたんですよ。そんな優しい人が、殺人なんて……」

「僕はあらゆる可能性を考えてるんです。真実にたどり着くまでは、疑わざるを得ないんです。真実は一つですから」

「……そうですか、そうですよね」

三千惠は浅見の真摯な言葉に納得した。

ワイン、スープ、前菜、料理が順に運ばれて来て、二人は食べながら暫らく食材や料理の話をした。

「健治郎さんが亡くなって、三千惠さんが親戚の方に引き取られてからも、真代さんとは行き来していたんですか?」

「いいえ、それからずっと会ってませんでした」

「それはどうしてですか?」

「母方の親戚は和歌山市に住んでて、子供が欲しいのにずっと出来なかったらしいんです。だから、両親をなくした私を養子にしてくれました。私、すごく大切にされて可愛がられて……。真代さんのことは次第に忘れてました」

「そのときに、苗字が竹島さんから竹内さんに変わったんですね」

「ええ、親と苗字が違うという理由で、私が学校でいじめられたりしないようにって、竹内の親が配慮してくれました」

「優しいご両親に育てられたんですね。真代さんと再会したのはいつ頃ですか?」

「二年前に一人暮らしを始めて、紀伊田辺の浜屋っていう小料理屋でバイトをしてたんですけど、去年、偶然真代さんがお客さんとして来ました。十五年も会ってなかったのに、真代さん、すぐに『三千惠ちゃんやろ?』って判ってくれて……。真代さん、あれから結婚されて……。たまにご主人もお店に連れてきてくれたんです。ご主人、すごく優しい方でした。お子さんがいないからって、私のこと、娘みたいに可愛がってくれました。私、恵まれてますよね。竹内の親にも、鈴木夫妻にも愛されて……」

「三千惠さんが、ご両親を亡くされたのに、明るく素直だからですよ、きっと」

「やだ……、そんなに褒めても何も出ませんよ。浅見さん、もしかして私に惚れたんちゃう? だめだめ、私に惚れたら火傷しますよ……なんてね。子供やったから、『死』というものを理解してなかったんと違うかな。だから深刻にならへんかった。いまだに理解してないんやけどね」

三千惠は、ワインのせいか、饒舌になっていた。

「僕だって理解していません」

「今、心配なのは、真代さんです。いつも明るく気丈に振る舞ってるけど、本当はかなり辛いと思うわ。だって、十五年前に父が事故で亡くなって、今回、鈴木さんまで……。何で神様は、こんなひどい仕打ちをなさるんやろか」

「……」

「愛する人を二人も亡くして……、生きる希望を奪われて、抜け殻のようになってしまうんやないでしょうか」

「三千惠さん、僕が『死』についていつも考えるのは、それが誰にでも訪れるということです。寿命がくれば、最後は潔くそれを受け入れたいと思っています。残された家族も、そのうち僕の死を受け入れるでしょう。でも、鈴木さんのように他人に殺められる『死』というのは、受け入れられない。残された家族は、一生哀しみを背負うことになる。だから、亡くなった人の思いを少しでも明らかにしたいと思って、僕はこんな探偵みたいなことをやってるんだと思います」

「私にはまだ難しいけど、解るような気がします」

「真代さんのことなんですが、ここ最近、様子がおかしかった事はなかったですか?」

「……そう言えば、一カ月くらい前、真代さんと私が、一緒に買い物に出かけたんです。その時、鈴木屋敷の様子をうかがっている男の人がいたんです。誰やろって二人で訝しがってたら、そのうち走って行ってしまいました。その後、真代さんが突然、十五年前のことを聞いてきたんです」

「それは、どんな?」

「父が亡くなった日、私が遊んでた『優しいおじさん』について、覚えてることを教えてほしいって」

「三千惠さん、何て答えたんですか?」

「帽子を被ってたから、顔はほとんど覚えてないって答えました。ただ、『カマキリ』を見た気がするって……」

「カマキリ?」

「ええ、そのおじさんがカマキリのおもちゃを持っていたとか、カマキリの絵のTシャツを着ていたのかもしれないし、いったい何なのか、よく思い出せないんです」

「真代さんは何て言ってましたか?」

「とても驚いた様子で、それからは何も聞かれませんでした」

「真代さんは、何故そのとき、突然その人のことを聞いたんでしょうか」

「分かりません。何故あんなに驚いたのかも、分かりません」

「確か、牛馬童子の首が盗まれたのが、ちょうど同じ六月の中ば頃でしたよね?」

「……ええ」

「その後、八軒家で義弘さんが亡くなった」

「ええ……、十五年前のことが今回の事件に何か関係しているんですか?」

その時、三千惠はハッとなった。

「事件の前、藤白神社に来て『鈴木家の持ち主は誰か?』と聞いてきた男の人の声が、十五年前の『優しいおじさん』と似ているような気がするんですけど」

「本当ですか?」

「はい。それに、あの男の人、そのあと、松江さんとも一緒にいたんです」

「そうだったんですね」

「あの男の人は誰なんですか? 十五年前の父の事故死にも何か関係しているんですか?」

三千惠は浅見に詰め寄った。

「今はまだ判りません。警察にも調べてもらうよう頼んでみましょう」

と浅見は言うしかない。

ただ、一連の事件は一九三四年の木乃伊発見から繋がっていることだけは間違いないと思っていた。

二人はレストランを出て、和歌山県警に行き、星野刑事を訪ねた。

警察はまだ、『島本』の手がかりを掴めていなかった。

浅見はいま一度、三千惠に確認しながら、星野刑事に話をする。

八軒家で鈴木義弘の遺体が発見される一週間前、『島本』らしき男が藤代神社に姿を現し、「鈴木屋敷の持ち主は誰か?」と三千惠に聞いてきたこと。

その男は、八軒家事件の二日後の夕方五時頃、またしても、藤白神社の境内で松江と一緒にいたということ。

そして、その男は、十五年前、事故で亡くなった三千惠の実父・竹島健治郎と知り合いかもしれないこと。

「あんた、一昨日わしが聞き込みに行ったときは、なんも話してくれへんかったのに、今になって話すのはどういう心境なんかね。鈴木真代が疑われてるから、口から出まかせ言って、真代から捜査の目を遠ざけようとしてるんじゃなかろうね?」

星野刑事は、三千惠に詰め寄った。

「浅見さん、こんなんやから、私は公務員が嫌いなんです」

怒り心頭で三千惠は訴えた。

「人が死ななきゃ、事件が起きなきゃ、動こうとしない。担当が違うから、私は担当じゃないから、ここは窓口じゃないから。ネットにホームページが載ってるから、それ見て必要書類を全て用意してもう一度来て下さい? 家にパソコンなくてホームページ見れない人はどうすればいいんですか? 眼が見えない人はどうすればいいんですか? しゃべれない人はどうすればいいんですか? 聴こえない人はどうすればいいんですか? 歩けない人はどうすればいいんですか? 誰も頼る人がいない人はどうすればいいんですか? SOS出しても、SOSと思われない。子供はどうすればいいんですか? 相談に来てくれれば良かったのに? 申請すれば良かったのに? そんなこと出来ない人だっているのに。自分たちは動かないで、困ったらここまで来ればいい、って。死んでしまってから言い訳する。刑事さん、あなたも同じです。捜査するのが、あなた達の仕事でしょ。ジッとしてたって事件は解決しない。一回聞き込みしたから、ハイそれでおしまいってのはおかしい。私は、八軒家のことは天満橋署の松永って刑事さんにきちんと話しました。それに、一昨日あなたが私に聞いたのは、『葬儀の日の真代さんに不審な点は無かったか』ということで、松江さんやもう一人の男性については聞かれなかった。私は相手が浅見さんだから話しただけ。あなたには話す気にもならないわ」

三千惠は十歳の頃にタイムスリップしたように、子供のような口調で、目に涙を浮かべながら星野刑事に怒りをぶつけた。

星野刑事は、三千惠のパワーに圧倒されて、すがりつくような目で浅見を見た。

「三千惠さんは、幼い頃ご両親を亡くして、孤独で……、そのころ苦労されたことを思い出したのかもしれません。つらかったでしょうね」

浅見は三千惠をなだめ、慰めるように言った。

「何でそんなに私の気持ちが解るん? 浅見さんて、まるで神様みたいや」

三千惠は、まるで憑依が解けたように、ケロッとして言った。

浅見は、鳥羽が言っていた『霊媒体質』という言葉を思い出した。

まるで、行政に悔しい思いを持ったまま亡くなった人たちが憑依したかのようだった。

「十五年前、海南市で事故死した、竹島健治郎さんの知り合いの男を調べていただけませんか?」

浅見は、星野刑事に頼んだ。

その男の手がかりとして『カマキリ』を挙げた。

「カマキリ?」

「ええ。十五年前、その男が持っていたおもちゃなのかもしれないし、絵かもしれないです」

「そんな雲を掴むような話……、探すのは難しいですな」

星野刑事は言った。

「浅見さんなら、きっと解明してくれるわ」

三千惠が嫌味を言った。

「そう言えば、日高川町に蟷螂峠ちゅうのがあるが、その場所に何か関係はないかね?」

星野刑事は遠慮がちに聞いた。

「さあ、私は『カマキリ』を見たということしか覚えてないので、よく判りません」

と三千惠は言った。

「でも、蟷螂峠は、何か関係あるかもしれませんね。場所も健治郎さんが住んでいた田辺市から近い。事故に遭った海南市からも近い」

浅見は、地図を見ながら言った。

星野刑事に改めて捜査をお願いして、浅見と三千惠は、和歌山県警を後にした。

三千惠を家に送り、田辺通信部に戻ろうとしたところ、携帯が鳴った。

鳥羽は浜屋で一人飲んでいるらしく、浅見は浜屋に向かった。

「先輩、ずるいですよ」

鳥羽は既にかなり酒が入っていて、開口一番浅見に絡んできた。

「何のことだ」

「三千惠ちゃんとデートしてたでしょ」

藤代神社の大谷宮司が、茶化して伝えたのだろう。

「和歌山県警に行って、事件に関する話をして、捜査情報を仕入れて来ただけだ」

「三千惠ちゃんを連れて行く必要があったんですか?」

「藤代神社の境内で、松江と男が一緒にいたことを証言してもらった」

浅見は、十五年前の三千惠の父親にまつわる出来事、それが今回の事件に繋がっていると思っていることは話さなかった。

鳥羽は三千惠に好意を抱いている。三千惠が事件に少なからず関与していることを知ると、鳥羽が予断を持って事件に接してしまうかもしれない。結果、執筆する記事にも客観性が損なわれてしまうかもしれないと懸念しているからである。

「捜査に進展はあったんですか?」

「暗礁に乗り上げてるらしい」

「先輩のほうは、どうなんですか? 鈴木さんが殺され、その犯人の松江が殺されたんですよ。次にまた事件が起きないとも限らないんですよ。『島本』という人物について何か分かったんですか?」

酔っているせいか、鳥羽の言葉には棘がある。

「なかなか進展はないが、義麿ノートの中に今回の事件の謎を解く鍵があることは確かだと思っている」

浅見はこれしか言うことが出来ない。

鳥羽は酔いにまかせて嫌味を言い続け、そのうちに眠ってしまった。

浅見は、しばらくそのままにしておいたが、仕方なく、鳥羽を引きずるように車に乗せ、帰路についた。

運転中、三千惠のことを考えた。

十五年前の、失われた一日だけの記憶。

その記憶を取り戻すには、どうすればいいのだろうか。

それが、三千惠を苦しめることになるかもしれないと思うと、浅見は、自分がやろうとしている事が、いったい何のためになるのか、思考が混乱するのだった。


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