逆さ虹の逆さまの虹 読み聞かせ、時間20分
「違う、違うクマ。嘘じゃないクマ!」
「嘘リス! クマは嘘をついてるリス!」
「クマは嘘つきヘビ!」
「そうだそうだアライー!」
たくさんの大きな木と、赤青黄色の綺麗な花が咲く、太陽に照らされた森の広場。
ここからはいつも元気な動物達の声が響いてきます。
けれど、今日はどこか違う様子。
体の大きなクマさんは、小さなリス君と中くらいのヘビ君と、恐そうなアライグマ君に嘘つきだと言われています。
「本当なんだクマ。嘘なんてついてないクマ」
クマさんは皆に一生懸命そう言いますが、体は大きいのに声は小さく、目はウルウル。
今にも泣いてしまいそうです。
「嘘つきリス!」
「嘘つきヘビ!」
「嘘つきアライ!」
いいえ、とうとう泣いてしまいました。
リス君とヘビ君とアライグマ君にそう言われて、クマさんの目からは涙がポロポロと。
一体なぜこんなことになっているのでしょう。
クマさんの目から零れた涙が、地面をちょっとだけ濡らします。
「泣いても嘘には変わりないリス、嘘じゃないって言うなら空を見てみるリス!」
リス君が空を指差しました。ヘビ君もアライグマ君も、そしてクマさんも指の先、空を見ます。
眩しい太陽の反対側、さっきまで降っていた雨で水玉をいくつも抱えた木々の向こう。キラキラと光る森の上。
そこには大きな虹がかかっていました。
とてもとても綺麗で大きな虹です。
でも、どこか違います。
よく見る虹とどこかが違います。
色かな?
よく見る虹は、赤色、橙色、黄色、緑色、水色、青色、紫色の7色。今見ている虹も赤橙黄緑水色青紫、同じです。色は合っているようです。
じゃあ形?
よく見る虹は、輪っかを半分こしたような形。今見ている虹も輪っかを半分こしたような形、同じです。形も合っていました。
なら味? 匂い?
虹の味も匂いも分かりません。
でもどこかが違います。
例えるならそう、よく見る虹は、端っこが地面にあって、そこからずーっと上って空に辿りつきます。そしてまたそこからスーッと地面へ。まるで橋みたいに見えるのがいつもの虹。
けれど今クマさん達が見ている虹は、端っこが空にあって、そこからずーっと下りて地面に辿りつきます。そしてそこから今度はスーッと空へ。まるで空から滑る滑り台のような虹。
なんと逆さまになっているではありませんか。
そう、リス君達が指差す空、この森の上には逆さまの虹がかかっていたのです。
なぜならここは逆さ虹の森。
空に逆さまの虹、逆さ虹がかかる不思議な森なのです。
でも、なぜクマさんは嘘つきと言われているんでしょうか。もう少し耳を澄まして聞いてみましょう。
「クマは嘘をついているリス! 端っこが地面にあって真ん中が高い空にある虹なんてあるわけないリス!」
「そうだそうだヘビ。端っこが空にあって真ん中が地面にある、空から滑る滑り台みたいになってるのが普通の虹ヘビ!」
「いつも見てる逆さ虹以外の虹なんてないに決まっているアライ! 橋みたいな虹なんて、逆さ虹の逆さまの虹を見ただなんて、クマは嘘をついているアライ!」
リス君とヘビ君とアライグマ君は、空にかかる虹を指差して口々にクマさんにそう言いました。
逆さ虹の森の空にかかる虹は必ず、逆さまの虹です。
だからみんな逆さ虹しか見たことがありません。クマさんの言う、端っこが地面にあって真ん中が高い空にある虹を、誰も見たことがなかったのです。
そして今かかっている虹も、逆さ虹。だからクマさんは、みんなから嘘つきと呼ばれてしまっています。
クマさんは本当のことを言っているのに。
ポロポロと、いいえ、ドボドボと、クマさんの目からは涙が滝のように流れ落ち、水たまりを作ります。でも。
「嘘つきリス!」
リス君は言いました。
「嘘つきヘビ!」
ヘビ君も大きな声で言いました。
「嘘つきアライ!」
アライグマ君だってとても大きな声で言いました。
そしてみんな、クマさんを置いてどこかへ遊びに行ってしまいました。
「嘘じゃないクマ……、本当に見たんだクマ……」
小さな小さな声で、クマさんはそう言います。でもその言葉を誰も聞いてくれません。
「うおーんクマー」
大泣きしてしまうクマさん。涙は空に向かって進み、まるで雨のように降ってきます。
「クマさんクマさん。どうしたキツネ?」
「そんなに泣いて可哀相に。一体何があったトリ?」
とそこへ、クマさんに誰かが優しく声をかけました。それはキツネさんとコマドリさん。
泣いているクマさんを見かけて、どうしたんだろうと駆け寄ってきてくれたのです。
「実は……実はクマ……」
大きな体のクマさんは、中くらいの体のキツネさんに背中を撫でられ、小さな体のコマドリさんに頭を撫でられ、ゆっくりと話し始めます。
逆さ虹の森にかかる虹とは違う、逆さ虹の逆さまの虹の話を。
「うーん。それは見たことないキツネ。コマドリさんは?」
「見たことないトリ。本当に見たトリ?」
「ほ、本当に見たんだクマ。嘘じゃないクマ」
クマさんの話を、キツネさんとコマドリさんは最後まで聞いてくれました。
けれどやっぱり見たことがない虹の話です。キツネさんもコマドリさんも困った顔をしています。
「信じて欲しいクマ……」
そんな様子を見て、クマさんは目をまたウルウルとさせてしまいました。
顔を見合わせるキツネさんとコマドリさん。
「んー、分かった。クマさんがそこまで言うなら信じるキツネ」
「クマさんがそう言うなら信じるトリ」
すると、キツネさんもコマドリさんもニッコリ笑ってそう言いました。
「ほ、本当に信じてくれるクマ?」
「うん。信じるキツネ」
「逆さ虹の逆さまの虹かー、見たいトリ、見たいトリ」
クマさんはその言葉に、またちょっとウルウルと。泣き虫なクマさんです。
キツネさんとコマドリさんは、そんなクマさんの背中と頭をまた撫でてくれます。
しかしそこへ――。
「あっ、キツネとコマドリが騙されてるリス!」
「本当だ。嘘つきクマに騙されてるヘビ!」
「クマはなんてひどいやつアライ」
リス君とヘビ君とアライグマ君が戻って来ました。そして口々にそんなことを言います。
それに怒ったのはキツネさんとコマドリさん。
「クマさんは嘘なんてついてないキツネ」
「逆さ虹の逆さまの虹はきっとあるトリ!」
そう言われてリス君達もムッとして言い返します。
「空を見れば分かるリス。逆さ虹が本当の虹リス!」
「逆さ虹の逆さまの虹なんて変な虹、あるわけないヘビ!」
「もし本当だって言うなら証明するアライ!」
クマさんを挟んで言い合い睨み合うみんな。ちょっと喧嘩になりそうです。
そんな様子を見てクマさんはオロオロオロオロ。
「あっ、そうだキツネ!」
けれどそこでキツネさんが良い事を思いつきました。
「根っこ広場に行けば良いキツネ!」
自分の手と手を合わせてポン、と音を鳴らしながらキツネさんはみんなにそう言います。
「そうトリ! それが良いトリ!」
「そうだったそこなら間違いないリス」
「早く行こうヘビ」
するとみんなも口々に賛成してくれました。
根っこ広場はみんなが暮らす森にある広場で、たくさんの木の根が飛び出している場所。
その根っこはリスさんよりとても大きく、クマさんより大きいものもあります。
そしてなんと言っても……。
「あそこで嘘をつくと根っこが体に絡みついて捕まるアライ。嘘つきはすぐに分かるアライ」
そう、根っこ広場の根の上に立って嘘をつくと体に根っこが巻きついて、空に持ち上げられたり、動けなくなったり、痛くて泣いてしまったりするのです。
でもだからこそ捕まらなかったら、嘘をついていないとみんなに分かって貰えます。
「クマさんなら大丈夫キツネ。本当のことなら捕まることなんてないキツネ」
「そうトリ。嘘つきじゃないってリス君達にも教えてやるトリ!」
キツネさんとコマドリさんも、これでリス君やアライグマ君やヘビ君に、クマさんがこれ以上嘘つきと呼ばれてしまうこともなくなると、ひと安心。
リス君とアライグマ君とヘビ君は、これでクマさんの嘘を暴けると自信たっぷり。
そんな思い思いの表情で、みんな根っこ広場へ歩き始めました。
みんながいた広場から根っこ広場はとても近いです。100も数えない内に着いてしまいます。
そしてクマさんはみんなに行け行けと言われ、根っこ広場の中で一番大きな木の根っこの上に立ちました。その根っこの大きさはクマさんよりもずーっと……。
「さあ早く言うリス!」
「大きな声で言うヘビ!」
「そして根っこに捕まるアライ!」
リス君達はクマさんにそう言います。
けれどクマさんが逆さ虹の逆さまの虹を見たのは本当の話。根っこに捕まるわけありません。
「……うぅ、クマ……」
でも、どうしたのでしょう。クマさんは全然喋りません。
逆さ虹の逆さまの虹を見た。それだけで良いのに。
「クマさん、どうしたキツネ?」
話さないクマさんのところへ行って、キツネさんは優しく尋ねました。
「えっと、その……」
クマさんはキツネさんと目を合わせられず、答えてもくれません。
「ふんやっぱり嘘をついてたリス。だから何も言えないリス」
するとリス君もクマさんの近くにやってきてそう言いました。
「ち、違……、あ、う……」
クマさんは慌てて違うと言おうとしました。でも、最後まで言えません。
どうしてでしょう。
クマさんは本当に逆さ虹の逆さまの虹を見ました。絶対に嘘はついていません、だってそれが逆さ虹の森以外では普通の虹なのです。でも、見たとも、違うとも言えません。
なぜならとても怖いのです。
もし何かの間違いで根っこに捕まってしまったらどうしよう。本当のことを言っているのに根っこに捕まってしまったらどうしよう。クマさんはそんなことを思っています。
空高く持ち上げられたら怖い、動けないのも怖い、痛いのも嫌だ。
そして何より、自分を信じてくれたキツネさんやコマドリさんにも嘘つき呼ばわりされるのが怖いのです。
本当のことを言っているから根っこに捕まるはずありません。でも、もし万が一何か間違いが起こって捕まってしまったら。
「嘘つき!」
そんなことをみんなに言われてしまいます。
それが恐くて、クマさんは何も話すことができませんでした。
「ほーら見るリス。捕まるから話せないリス」
「クマは嘘つきヘビー!」
「キツネとコマドリを騙してたアライー!」
「それは、クマ……」
クマさんはヘビ君達に何も答えられません。
「本当キツネ? クマさんは嘘をついたキツネ?」
「騙そうとしたトリ? 逆さ虹の逆さまの虹なんて本当はないトリ?」
「……本当に……クマ……」
クマさんはキツネさん達の声にも答えられません。
だからもうキツネさんやコマドリさんも信じてはくれません。
一言言えば、みんなクマさんが本当のことを言っていると分かります。でもクマさんは恐くて……恐くて……。
「嘘つきリス!」
「嘘つきアライ!」
「嘘つきヘビ!」
リス君達は怒りながら言いました。
「クマさんは嘘をついてたキツネ……」
「嘘だったトリ……」
キツネさん達は悲しそうに言いました。
クマさんは自分が情けなくて、ポロポロと涙を流します。
でも、クマさんは見ました。キツネさんとコマドリさんも泣いているのを。
クマさんを信じたのに、クマさんが嘘をついていると、キツネさんとコマドリさんは悲しくて泣いてしまったのです。
「うえーんキツネー」
「うえーんトリー」
だから――。
「み、み……、見たクマ……」
クマさんは涙をポロポロ流しながら、勇気を振り絞って言います。
「逆さ虹の逆さまの虹を見たんだクマー!」
「ほ、本当に言ったリス!」
「隠れるヘビ、根っこが動きだすヘビ!」
「うわああああー……、あれ? 根っこが動かないアライ。クマが捕まらないアライ!」
慌てたリス君とヘビ君とアライグマ君。でも根っこはピクリとも動きません。
動いているのは怯えて、頭を抱えながらプルプル震えているクマさんだけ。
「じゃ、じゃあクマさんはやっぱり嘘をついてなかったキツネ?」
「やったー良かったトリー!」
涙を拭いて喜ぶキツネさんとトリさん。
その声にクマさんは、ようやく根っこに捕まらなかったことを知り、飛び上がって喜びます。
「うえーん、うえーんクマー! 良かったクマー!」
そして安心して泣きだしてしまいました。
「うわーん、うわーんクマー」
今度はポロポロと流れる涙ではなく、滝のような涙。
「うおーん、うおーんクマー」
そしてさっきみたいに、滝のような涙。涙はお空に向かい、雨のように降ってきます。
「ううう、ごめんリスごめんリスー! 嘘つきって言ってごめんリスー! うえーんリスー」
「ひどいこと言ってごめんヘビー! うわーんヘビー」
「許して欲しいアライー! うおーんアライー」
すると、今度はリス君もヘビ君もアライグマ君も泣いてしまいました。
クマさんにひどいことを言ってしまったと、わんわんわんわん。クマさんと同じように涙はお空に向かい、雨のように降ってきます。
「やったキツネー! うえーんキツネー」
「やったトリー! うえーんトリー」
キツネさんとトリさんも泣いています。今度はクマさんが正直ものだったと嬉しくて。クマさんと同じように涙は空に向かい、雨のように降ってきます。
みんなは一緒にわんわんわんわん。
空に向かって飛び出した涙は、みんな一緒になって降ってきて、まるで土砂降りの雨、みんなビチョビチョに濡れてしまっています。
するとその時――。
「あ、あれを見るキツネ」
キツネさんが涙を流しながら空を指差しました。
「虹だトリ」
なんと、そこには、虹がかかっているではありませんか。
いつもかかる虹よりも少し低い位置、森の中の木よりもずっと低い位置ですが、綺麗な虹がかかっています。
「涙に虹がかかったリス!」
「凄いヘビ!」
「ん? でもいつもと違う虹アライ。まさかアライ!」
ちょっと小さいけれど、それは7色で輪っかを半分こしたような形の虹。
でも、地面から空に上がりまた地面へ向かう、真ん中が一番高い虹。橋のような虹。
みんなが見たことのない虹。
「この虹だクマ。見たのはこの虹クマ!」
みんなの涙には、逆さ虹の逆さまの虹がかかっていました。
ここは逆さ虹の森。
逆さまの虹、逆さ虹がかかる不思議な森。
でもたまーに、逆さ虹の逆さまの虹もかかる不思議なみんなの森。
今日もまた、みんなの楽しそうな声がこの森には響いています。
めでたしめでたし。
少し長いですが、お子様の読み聞かせにお使い頂ければ幸いです。
お子様が気に入って、もう1度、と言って下さったなら、評価よろしくお願いします。




