表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな勇者の冒険譚  作者: 道楽者
6/6

四つ目の階層には、何も居なかった。その代わり、大きな扉が僕たちの前にそびえ立っていた。


「分かりやすいね」

「そうだね、恐らく、ここが主のいる部屋だ」


腑に落ちない。それが正直な感想だ。

ついさっき、半日でたどり着けるくらいだと思ったばかりで、半日どころか四時間で着いてしまった。確かに、半日以内という条件には見合うかもしれないが、いくらなんでも短すぎる気がする。

いくら考えても仕方がないのかもしれないが、どうしても踏み込むのに躊躇してしまう。

思考のループに陥った僕の肩を、アキが呆れた表情で叩いた。


「ここまで来て、躊躇してもしょうがないよ、ハル」


呆れた声に、僕は目を丸くする。確かに、ここまで来たら、戻るって選択肢はない。どのみち進むなら迷う意味も、躊躇う意味もない。あとは覚悟を決めるだけだ。


「……ごめん、行こう! 」

「うん! 」


僕たちは、扉の先へと進む。


扉の内側は真っ暗で何も見えない。考えて見ると、ここまでも灯りという灯りが無いのに階層内がよく見えていた。あれはどういう原理なんだろう。

そんなことを考えていると、重苦しい音を立てて、ひとりでに扉が閉まった。

そして、部屋を囲うように、幾本もの蝋燭に火が灯った。


部屋は円状になっていて、奥には、祭壇のようなものがある。祭壇の中心には、箱のようなものが設置されている。恐らく、あれがレアな道具とやらなのだろう。

それにアキも気がつき、近づこうとしたその時だった。


「……ッ!アキッ!危ない! 」


アキの頭上に、何かが落ちてくる。僕は咄嗟にアキを押し倒し、落下地点からずらす。

それはずーんと、重々しい音を響かせながら降り立った。その姿は、ツベルクが筋力を増やし、巨大になったかのような姿だった。


「あれは……、グロース!? 」


グロースはツベルクの変異種であり、完全上位種でもある。頭脳も魔力も数段上がっており、簡単なものなら、魔法まで使える。こいつを狩るためには、王国の魔法騎士団が十人ほど必要だと、ログの村の神父様が言っていた。

あれだけ徐々に難易度を挙げていたのに、いきなりこんな怪物が出てくるなんて、このダンジョンを造ったやつは何考えてるんだ!と、怒鳴り散らしたい衝動を抑えて、慌てて立ち上がる。


「アキッ!何とかしてここを出よう!あれはやばすぎる! 」


僕の狼狽っぷりに、事の重大さを察してくれたアキは、すぐに行動に出る。風の壁で僕たちが扉の前に行くまでの道を区切った。これなら、襲われる前に扉までたどり着けるだろう。

そう思った時、突如として、グロースが大剣を振り上げた。


「ガァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!! 」


叫び声と共に、魔法で炎を纏わせた大剣を振るい、風の壁を紙切れのように切り捨てた。そして、もう一度大剣を振るい、僕たちの方へ横一文字の炎を飛ばしてくる。あまりのでかさに、今から避けはじめても間に合わない!そう思った時、アキが既に気流で炎を上方へ反らしていた。壁に突き刺さった炎は消えずに、その熱量放出している。


自然にある属性には優劣がある。炎は風よりも優位にあり、先ほどグロースがやったように、炎を使って風を断ち切ることは容易い。けれど、逆に風に沿って動きやすいから、炎を誘導するには最適だ。それをアキも、グロース(・・・・)も、理解している。


そう感じたのは、グロースの移した次の行動を見たためだ。グロースは、上空へ飛び上がり、巨大な炎の塊を祭壇側から撃ち放った。これを避けるには、後ろへ反らすしかないが、後ろには扉がある。あんな炎が燃え盛っていたら、扉には近づけない。仮に、正面から受け止めたら、力負けする。横に反らしても、僕たちに近すぎてダメージを受ける。

どの選択もやばい。それに、こんな一瞬で最適な答えなんて出せるはずがない。

アキは僕が指示を出す前に、気流を使って炎を後ろ(・・)へ反らした。当然、後ろにあった扉の前は炎で覆われてしまった。


これで退路は絶たれたな……。


そう考えていると、アキが僕に謝ってきた。


「ごめん、ハル……」

「いや、ナイス判断だよ、アキ」


アキが謝っているのは、そういうことじゃないのはわかっていた。けれど、今にも泣きそうな顔のアキの前で、そんなこと受け入れられない。僕たちの冒険は始まったばっかりなんだ。


絶対に生き残ってやる……。


そう覚悟を決めた僕は、手でアキに下がるよう合図を出す。


作戦はこれまでと同じだ。僕が前に出て、アキがサポート。

やるしかないんだ。


僕は震える足を叩き、両手に短剣を握りしめ、グロースへ向かって駆け出した。

目の前に近づくと、その大きさが嫌ってほどに分かる。全長は僕の三倍以上。横幅は倍くらいの大きさだ。大人と幼子くらいの体格差がある。一撃食らったら終わりだ。

ありったけの魔力を機動力に変えて、グロースの一振りを躱す。耳許で死を告げる轟音が通りすぎていく。全身から冷や汗が吹き出し、本能がヤバイと警鐘を鳴らす。


それでも、生き残るために、勇気を振り絞って、短剣を振るう。グロースが腹を引っ込め、短剣は空を斬る。

僕は構わずに懐へと潜り込み、さらに短剣を振るった。


これだけの体格さだ。懐にさえ居れば、大剣を当てられる事はない。そう考えて、ガンガン踏み込み、短剣を振るっていく。正直恐い。懐から叩き出そうと、ハエを叩くように腕を振ってくるが、一発一発の音が本当に恐い。蚊や蝿はいつもこんな気分なんだろう。あまりの恐怖に、現実逃避気味に思考が流れていく。


だめだ……!

頭まで止めてどうするんだ……!


そう自分を叱咤して、グロースをよく観察する。どんな些細な異変も見逃さないように。

そして、それは突如としてきた。


グロースは大剣を逆手にとって両手地面に突き刺した。その瞬間、地面からグロースの周りを囲うように炎の柱が登った。

間一髪の所で、炎から逃れられたが、グロースから引き離されてしまった。次は易々と懐へ踏み込ませてくれないだろう。

それにーー、


「……っ!ハルっ!足がっ! 」

「……うん、わかってる」


炎の柱が、左足の太股を掠めた。あの炎は、熱いじゃなく痛いで、燃えるじゃなく削るだ。

太股には扇形の傷跡が残った。だが、幸い血があまり出ていない。削れた表面が焼けたからだ。

ほんのちょっと脚を曲げただけで、内側から何本もの針を刺されたような痛みに、冷や汗が滝のように流れていく。けれど、脚を止めたら、待っているのは死だ。無理でも何でも、動かすしかない。


自分の状態を確認している間に、グロースが炎を消して姿を表した。

その目には、ただひたすら獲物をかるということしか無いように見える。


少しは油断とかしてくれないかな……。


やけくそな思考が頭掠めるが、すぐに追いやって、次の作戦に移る。


「アキッ!掌サイズの丸い風壁を、あいつの回りにいくつか造ってくれ! 」


アキは僕の指示をすぐに実行し、風壁を造り出す。

それができると同時に、僕は駆け出した。

そして、一番近くの風壁を蹴って、その衝撃を利用し、さらに加速する。

そのまま、グロースを斬りつけ、次の風壁へと跳ぶ。

地面に着地することなく、風壁から風壁へとどんどん加速しながら、移っていく。もちろん、すれ違う度に、グロースを斬りつけていく。

風壁から衝撃を受ける度に、どんどん痛みが大きくなる。

何度も何度も斬りつけていくと、グロースは腕と足で体庇い始めた。グロースの傷が増えていく。僕の痛みが増していく。これは我慢比べだ。どちらがさきに、痛みに耐えかねて顔をあげるかの。


先に顔をあげたのはーー、


「……うおぁぁあああ! 」

「ガァァァアアアッ!! 」


グロースの方だった。痛みで、ガードしていた腕が少しだけ下がったのだ。僕はそれを見逃さず、空いた隙間からグロースの右目を斬りつけた。

すかさず追撃しようとしたが、僕の足も限界が来ていた。がくりと崩れ落ち、方膝をつく。


「ハルっ! 」

「来ちゃダメだッ! 」


慌てて駆け寄ってこようとするアキを、慌てて制止する。

アキには、グロースの魔法を何とかしてもらわないといけない。そのためには、不用意に奴に近づくべきではない。

僕は痛みに耐えながら、立ち上がる。


「大丈夫だから、アキはあいつに集中して」

「……うん」


グロースは未だに右目を抑えて、絶叫していた。そして、絶叫が鳴り止み、ほんの刹那の静寂に包まれる。

その直後ーー、


「アキッ!逃げろッ! 」


それは一瞬のことだった。グロースは僕を睨み付けたふり・・をして、アキに向かって炎の塊を放った。それは、アキの前方で爆発し、爆風でアキは壁に叩きつけられ、気を失ってしまった。

アキが気流の操作を誤ったのではなく、最初から、アキの前方に炎を放ったのだ。炎を反らすための気流では、爆風をかき消すことはできなかった。


「クソッ! 」


アキが倒れたことに気が動転し、グロースを意識から外してしまった。

グロースは炎を放ってすぐに、僕のもとへと近づいていたことに気づけなかった。それは致命的だ。


グロースが僕の頭めがけて大剣を振るう。咄嗟に、短剣を交差させ、大剣の軌道をほんの少しだけずらすが、直撃は避けられなかった。僕の脚は地面から離れ、アキの近くへ吹き飛ばされる。

頭からは大量の血が流れだし、意識が朦朧とする。左肩は脱臼して、上手く動かせない。


血で霞む視界に、倒れるアキの姿が映る。

それを見て、死なせたくないと、腕を地に突いて、痛みに耐えながら体を起こす。

本当にやばい。幸い、グロースは僕たちがまだ立ち上がるのか伺っているようだが、何もされなくても死にそうだ。


……死……。

そうだ、これは罰だ……。

が、あの時殺した……。


朦朧とした意識の中で、アキの姿を視界に入れる。

俺が死ぬのは仕方ない。自業自得なのだから。

けれど、アキは、アキは違う。

確かにここに来たのは、アキに連れられて来たからだ。けれど、俺がここの危険性をちゃんと言い聞かせていれば、アキも解ってくれたはずなんだ。それをしなかったのは、俺が(・・)自惚れていたからだ。何とかなると。二人なら、何とでもなると。だから、アキだけは。アキだけは絶対に死なせない。


血が大量に流れ、意識は薄れていくが、頭はどんどん冷えていく。ふと、グロースの目があった瞬間、グロースがピクリと震えた気がした。

僕は左脚を引きずって、グロースへと近づいていく。

グロースは鼻息を荒げ、何かの限界が来た瞬間、俺めがけて大剣を突きこんできた。


あの時、あの女性ひとは……。


俺は右手にもった短剣を使って、あの時の模倣をする。

避ける力なんて残って無い。だから、最小限の力で、相手の力を利用して、後方へ流す。


キィンと、金属が擦れる甲高い音と共に大剣が俺を避けた。

けれど、その衝撃を全て流すことができず、また吹き飛ばされる。


……もう一度……。


俺は再び地に手を突いて立ち上がる。端から見たら、その姿は亡霊のようだろう。

しかし、そんなことは、今の俺にはどうでもいいことだ。

俺は左足を引きずり、グロースに近づいていく。

それを嫌がるように、グロースは大剣による突きで、俺を足止めをしようとする。


……もう一度、もっと柔らかく……。


先ほどよりも体の力を抜いて、相手の力だけを使って、あの技を再現する。

しかし、やはり衝撃を殺しきれず、三度後ろへ吹き飛んでいく。


……タイミングが遅い……。

……もっとよく視るんだ……。


何度でも、立ち上がり俺はグロースに立ち向かう。

最早、なぜこんなになってまで繰り返すのか。その理由すらも置き去りにして、俺は脚を動かす。

俺が近づくことで、グロースはやはり俺を遠ざけようとする。三度目の突きが繰り出された。


……グロースの剣、手、腕、肘、肩……。

…………ここだ……!


そして、俺はあの技を成功させた。

グロースの体が泳ぎ、無防備に俺の方へ体をさらけ出す。


……やっと……、

……やっと……、

…………殺せる……。


俺は、自分の顔が醜悪な笑みで歪んでいたことに、気がつかなかった。


……早く、早く……!

……あと……、ちょっと……!


俺の剣がグロースの腹を突き破ろうとした瞬間ーー、


……ダメ、ハル……!!


俺は自分の動きを止めていた。

後ろを振り返り、アキを見るが、まだ目覚めてはいない。

それに、今の声は、俺の中から・・・・・聴こえてきた。


俺が戸惑っている間に、グロースは態勢を戻し、俺との距離をとっていた。

グロースも戸惑っているように見える。

もう一度、俺はグロースの目を見た。

この時、初めてグロースが怯えるように後ずさった。

今度はわかる。グロースは恐怖を感じているのだと。


一歩、また一歩と、グロースへと近づいていく。

そしてーー、


「アキは……死なせ……な……」


そこで、俺の意識は暗闇へと深く深く沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ