道連れ
ここは、どこだ……?
寝ぼけた頭で辺りを見渡すと、そこにはごつごつした石で囲われていた。月明かりに照らされた石は、青白く光り、どこか幻想的に見える。
「綺麗だなー」
思わず口をついて出た言葉に、僕は自分の頭を降って、未だに寝ぼけている頭を叩き起こす。
ここはどこだ……!?
僕は宿で寝ていたはずだ。そこまでの記憶は確かにある。ということは、寝ている間に何者かに連れ出されたというのが打倒か。夢遊病で歩き回っているなんて、考えたくもないし。僕はもう一度辺りを見渡すと、僕の荷物が一式横に置かれていた。ご丁寧に、冒険服を綺麗に折り畳んである。そして、僕は手も足も縛られてはいない。
ここまでで、思い至った犯人像に頭を痛める。
誰かはわかったが、それはいったい何故か。もう、ほとんど答えは出ているが、正直ここまでアホだと、ちょっと言葉がでない。
僕は諦めて、荷物を持ち上げ、宿屋へ歩き出す。
「戻らないでよ! 」
すると、岩影に隠れていたアキが、僕の腰に泣きついてきた。
やっぱり、犯人はこいつだったか。
わかりきっていたことだが、実際に目にすると頭の痛みが増す。
「何してるの、アキ」
僕の声は、自分で思っているよりも低くなっていた。その声に、アキが少しびくついたのが伝わってきた。
「いや、だって、あんなに面白そうな話聞いたら、いても立ってもいられなくて……。ちょっとハルにもついてきてもらいたいなぁって、思いまして……」
悪いことをした自覚があるのか、だんだん声のトーンが落ちていく。最後の方には、敬語になってるし。
自分でわかっているなら、あえて僕が怒る意味は無いだろう。そう考えて、二つだけアキに確認をとる。
「僕の指示に従うこと。僕が危険だと判断したら、すぐに引き返すこと。この二つちゃんと守れる? 」
「……っ!うんっ! 」
ぱぁっと、花が咲いたような笑顔で頷くアキを見て、僕は甘いなと改めて自覚する。
まぁ、僕自信も折角冒険者になったんだから、いろんなことに挑戦してみたい気持ちはある。
だから、とりあえず、アキに言う。
「アキ、着替えるから、あっち向いてて」
アキはサッと立ち上がり、岩影に隠れた。
◆◆◆
「アキ、魔法はまだいける? 」
「うん、まだ半分も使ってないよ」
「了解。入ってから二時間経過。余裕を持って戻る時間も考えて、実際に探索できるのは、あと三時間ってとこだね」
「うん、わかった」
応えるアキの顔に疲労は見えない。いつにも珍しく早くから寝ていただけのことはある。まぁ、これを見越してのことだとは思うけど。
二つ目の階層を抜け、三つ目の階層へ通じる階段を下りながら、現状を把握する。
現在の時刻は深夜2時半前。これまでに出てきた魔獣は、フォッケルフント、ヴィーゼル、エーバーだ。
フォッケルフントは火を吐き出す犬。あれに噛まれると火傷ができる。
ヴィーゼルは風を操るイタチ。尻尾を振るうだけで岩も切り裂くかまいたちを繰り出してくるのは厄介だ。
エーバーは体を硬質化して突進してくる猪だ。ぶつかると、痛いじゃすまない。
どれも厄介ではあるが、そこまで強い敵ではない。
どちらかと言うと、ダンジョンの構造の方が厄介だ。ダンジョンは壁は破壊してもすぐ再生されてしまい、抜け穴を作ることはできなかった。帰りに戻る事を考えて、最短の道を記憶しておかなければならないし、薄暗い中にいるのも神経を削られる。
何にせよ、ここにいる限り、気を抜くことは許されない。
そう考えていると、階段が終わり、三つ目の階層へたどり着いた。
この階層はこれまでの階層と違い、吹き抜けになっていて、正面に次の階層への階段が見える。
拍子抜けなくらい簡単な階層の造りに安堵したのも束の間、やはりただじゃ通り抜けれないらしい。
脇からわらわらと現れた魔獣達は、みるみるうちに、階層を埋め尽くす。
あれは、ツベルクと呼ばれる猿の魔獣の一種だ。魔力によって、小型の猿の脳が発達し、人間を真似て武器を扱う魔獣だ。群れで行動すると聞いていたが、あまりの数に、アキも顔が引きつっている。
念のため、聞いてみる。
「戻るか? 」
「ま、まっさかー。これくらいの数でビビらないでよ、ハル」
思いっきり上ずった声で返してくれた。どのみち、戻ったところで追い付かれるのがオチだろう。
僕は腹をくくって前へ出る。
「補助は任せたよ」
「頑張る」
まだ、少し堅いけれど、動き出せば、何とでもなるだろう。
アキが僕の体を、風の魔法で軽くする。
「行くよ」
「うん」
僕は大きく一歩を踏み出した。
ロングソードと盾をもった一番先頭のツベルクに向かって、短剣を振るう。短剣はツベルクの喉を切り裂き、一撃で絶命させた。
それを合図に、後方のツベルクが矢を放ってくる。ご丁寧に、陣形まで組んでいる。ちゃんと、遠距離の武器をもつものが後衛に、盾を持つものが前衛にいる。
厄介だな……。
飛来する矢を躱そうとすると、矢が進行方向を変え、矢を放ったツベルク達の元へと戻っていった。避けきれなかったツベルクが何匹か倒れる。アキが魔法で矢を操ったのだろう。恐らく、アッフェの時の気流の応用だ。
倒れた仲間に動揺し、前衛の動きが一瞬止まった。
その隙は逃さない……!
盾がほんの少し下がったツベルク達を、次々に切り伏せる。
数匹倒した所で、ツベルク達が陣形を整えてきた。
何とか背後には行かせないように位置取りをするが、常に左右正面の三方向から攻められるため、なかなかきつい。
だんだん倒せる敵の数が減ってきている。
こちらの攻撃に対応してきているのだ。
その証拠に、先程まで盾と剣だった前衛が、いつの間にか盾だけで俺を追い込み、その背後にいるやつが、槍で攻撃してきている。盾が邪魔で槍が防ぎきれず、かすり傷が増えてきた。
ただ、後衛からの援護射撃は途絶えていた。弓矢やボウガン等の長距離の武器を使っているツベルクは、あらかたアキが倒したようだ。先ほど、最後の弓兵が倒れたのが見えた。風の刃で、喉が切り裂かれたようだ。
五十はいたはずのツベルクも、今や残り六匹。
僕の目の前にいるこいつらだけだ。
防戦一方の状態だが、先ほどからちらちらとアキのどや顔が目に入る。
「……うっとう……しいッ!! 」
あの助けてあげようか?とでも言うような上から目線が凄く不愉快だ。絶対に助けなど借りてたまるか!
槍を弾き、盾をもつツベルクに叩きつける。
盾が開いた瞬間に、短剣を投擲し、槍をもったツベルクの心臓を貫く。
「一体目! 」
続いて、倒れたツベルクから槍を取って、一番近くツベルクのもつ盾を蹴り飛ばし、心臓に槍を突きこむ。
そのまま横に振るって、さらに二匹のツベルクを押し潰す。
「二、三、四! 」
残った二匹は盾を投げ捨て、槍を拾い上げて、僕ではなく、アキの方へと走っていく。敵わないと見て、一矢報いるつもりなのだろう。
させないよ……!
僕は魔力を最大限まで使って、ツベルクを抜き去りながら二匹の腹を同時に斬る。
「五、六!終わり! 」
膝をつくのも負けた気がするので、上を向きながら息を整える。
「お疲れ、ハル。結構時間かかったね」
いい笑顔で飲み物を渡してくるアキに、ほんの少し苛立ちながらお礼を言う。
平常心、平常心……。
お茶を飲みながら、心を落ち着かせ、十分ほど休憩をした。
時刻は四時前、あと少しなら進めるが、さらに進むとなると、ダンジョンを完全に攻略することを考えなければならなくなる。半日毎にダンジョンの構造が変わるのは、本当に厄介である。
「ダンジョンって、何階層あるんだろうな」
「そうだね……、半日でたどり着けるくらいじゃない? 」
「えっ? 」
思わず聞き返してしまった。そうだ、そうだよ。半日で変わるってことは、半日でクリアできる可能性が高い。このダンジョンはちゃんと難易度が設定されていて、力が試されるようになっている。
誰がこんなものを造ったかは知らないが、ちゃんと力をつければ、その時間のうちにクリアできると考えるのは、間違いではないだろう。それに、これまでのレベルからいって、そこまで高い難易度は無いだろう。
あまりにも単純過ぎて、気がつけなかった。さすが、アキ、たまに鋭いことだけはある。そんな失礼なことを考えていると、アキが僕の顔を訝しげな顔で覗きこんできた。
「なんか考え出したと思ったら、今、失礼なこと考えてたでしょ」
「……いや」
思わず目を反らしてしまった。さすがアキ、たまに鋭いことだけはある。
「もう、いいもん。そろそろ行こう」
「あ、うん」
僕たちならこのダンジョンをクリアできる。この時の僕たちは本当にそう思っていた。このあとに、何が待ち受けるかも知らずに、何とかなるだろう。そう、考えていたんだ。