ダンジョン
「アッフェの討伐お疲れ、ハル」
「うん、ありがとう、アキ」
僕らは初クエストを受けて、ヴィントミューレから西にあるフォルストの森へ来ていた。クエスト内容はアッフェと呼ばれる魔獣の討伐。
アッフェは猿の姿をした魔獣で、腕が脚の三倍ほどに発達しているのが特徴だ。その腕で身近にあるものを何でも投げつけてくるので、森に入った人間に害が及ぶらしい。ただ、その肉は不味く、毛もあまり質が良くないので、採取するものがない。ただ、クエスト完了の証として、尻尾を切り取っていくぐらいだ。
群れで襲ってくることは無いので、それほど難易度は高くなかった。見を隠したアキが、僕の正面に気流を造り、投げつけられる物体を横へ流す。あとは、僕が正面から斬りかかる。知能があまり高くないため、それだけで充分だった。大木が横を通った時は、流石に肝を冷やしたけれど。
初のクエスト成功で、はしゃぐアキを尻目に、僕は何となく物足りなさを感じていた。
昨日のあの感覚。あれは何だったのか?宿に泊まって、アキが寝たあとにこっそり外で色々試したけれど、あの感覚に近づくことはなかった。
「……僕、人殺しなんかじゃ、ないよね……? 」
ぼんやりと考えていたため、それが声に出ていたことに気がつかなかった。そして、それをアキが聞いていたことにも。
横からアキに頬をつねられる。
「い、痛いって!? 」
「バカじゃないの!?ハルが人殺しなわけないじゃない!そんな度胸あるわけないんだから! 」
微妙な理由に、僕も微妙な顔になる。けれど、一応励ましてくれているようだから、お礼は言った方がいいのだろう。
「ありがとう、ごめん」
「うむ」
腰に手を当てて、胸を張るアキに、思わず笑みがこぼれる。
考えすぎても仕方ないか……。
気を取り直して、次のアッフェを探しに行くことにした。
五体目のアッフェを討伐したところで、日が沈み始めた。
今日の討伐はこのへんで終わりにした方がいいだろう。そう判断して、アキに街へ戻ろうと声をかける。
「やっと終わりかー、疲れたー」
「ははは、お疲れ。やっぱり気流は疲れる? 」
気だるげなアキに、何となく思った疑問を聞くと、疲れはてた声で答えてくれた。
「あぁ、なんかねー、魔力はかなり残ってるのに、体力だけどんどん無くなっていく感じー」
「ふーん、魔力を体外に放出するのって、体力も使うのかな? 」
それは魔力を体外に放出できない僕にとって、自分では知りようもない感覚だ。今度、ギルドで、聞いてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、僕たちは街へと戻った。
◆◆◆
「今日だけで五体か、なかなか頑張ったじゃないか」
ギルドの受け付けの人に、冒険者証とアッフェの尻尾を渡すと、そんな感想が返ってきた。
「ちょっと待っててくれ。今、報酬を出すから」
そう言うと、受け付けの人は、カウンターの裏手へと引っ込んでしまった。別に急いではいないので、僕とアキは掲示板を眺めることにした。
「本当にいろんな仕事があるよね。討伐に、採取。見て、これなんて人探しだよ」
「この掲示板の仕事には、ギルドから出されるものと、民間の人から出されるものの二種類があるみたいだよ」
これは、昨日、冒険者登録をしたときに、受け付けの人に教えてもらったことなのだが、どうせアキは聞いていなかっただろう。冒険者は情報がかなり重要だというのに。これも、少しずつ教えていかなきゃダメだろうなと、心の中にメモを残す。
行方不明になった子供の捜索というクエストを眺めていると、横から声が聞こえてきた。
「東の坑道にダンジョンが出たってよ」
「ダンジョン? 」
思わず口から漏れ出してしまった。話をしていた二人の冒険者が僕のことを睨み付ける。笑ってごまかすが、かなり気まずい。そう思っていたら、アキが彼らの方へ近づいていった。
「ダンジョンって何? 」
不躾なアキの問いに、冒険者達は目を点にしていた。
「お、おい、アキ。失礼だろ!す、すみません」
「いや、いいよ。お前も気になるんだろ?可愛いお嬢さんに免じて教えてやるよ」
なかなかダンディーなおじさんが、髭を撫でながら不敵に笑う。顔に似合わず、親切な人だ。僕はなんとも失礼なことを考えながら、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ふん、礼儀正しいガキじゃねぇか。そんな畏まらなくても教えてやるよ。
いいか、ダンジョンってのはな。幾つかの階層をもつ迷路みたいなもんだ。最も奥の層には、レアな道具が置かれている。けれど、どの階層にも手強い魔獣がいて、最も奥の層、つまり、レアな道具の前には、ダンジョンの主とも言える魔獣がいるんだ。
しかも、ダンジョンは日に二回、零時と正午にその構造を変化させるため、長時間は居られない。そんなことをすれば、帰り道がわからなくなっちまうからな。ただ、一番奥の魔獣を倒して、レアな道具を手に入れれば、ダンジョンの入口に一瞬で戻れるらしい。そんで、一度道具を取ったダンジョンは消滅するんだってよ。
まぁ、命あってのものだねだ。普通はこんな危険な場所に入る物好きはいねぇよ。悪いことは言わねえから、お前たちもあそこに潜るのだけは止めとけよ」
おじさんの説明が終わるタイミングで、受け付けの人が戻ってきた。僕はおじさんにお礼を述べて、受け付けへと戻る。
ダンジョンか……。
とても興味深いし、面白そうではあるけど、やっぱり危険なことは避けるべきだろう。そう思って、この話は知識として心の隅っこに留めておくことにした。
ただ、この時、僕は大きな見落としをしていたのだ。好奇心に満ちたアキが、一言もしゃべらなかったという不気味な事実を。