冒険者
「「着いたーー! 」」
ログの村を出発してから3日。
雑木林を抜け、少しだけ拓けた道を歩き、僕とアキはようやくヴィントミューレの街へとたどり着いた。
街の入口には、『風車の街ヴィントミューレへようこそ』という、看板がつけられている。
まだ、お昼前で、街の中を人々が行き交っている。
「早く宿探そう!私、お風呂入りたい! 」
「ちょっと待ってアキ!その前にギルドで、僕達の冒険者登録をしなきゃ」
全力で走り出そうとするアキの腕を慌てて掴む。
この猪突猛進な性格も早目に何とかしないと、そのうち危険なところに突っ込んで行くかもしれない。
新たにアキの改善点を発見し、一旦心の中に仕舞っておく。
「ええ!だって、もう3日も布で拭いただけなんだよ!服だって洗いたいし、ハルだって臭ってきてるよ? 」
「いや、臭ってないから!……じゃなくて、早目に冒険者登録をしとかないと、仕事も受けさせて貰えないんだよ。今はまだ、マリアさんに持たせてもらった分があるからいいけど、それが無くなったら、宿にだって泊まれないんだからね。
仕事は今からじゃなくてもいいから、登録だけでもしとこう」
僕の言葉に、苦々しく葛藤するアキ。早く休みたいという欲望と、やらなきゃいけないことの間で揺れ動いているのが見てとれる。
こういう分かりやすいところも改善点かな……?
アキの葛藤する表情を見て、思わず笑ってしまった。
僕が笑ったことも気づかず、ようやく結論を出したアキの口が開く。
「……わかった、お風呂は後にする」
「うん、できるだけ早く済ませよ」
脱力したアキの腕を離し、街の中を歩き出す。
風車の街と書かれていただけのことはあり、街に足を踏み入れてから、至るところに風車が見える。
「あれが風車かな?あれは何をするためのもの? 」
アキが風車を指しながら質問してくる。僕はマリアさんに教えてもらったことを思い出しながら答える。
「風車は風の力を動力に変えて、水の汲み上げや製粉等に使われているって、マリアさんは言っていたよ」
「せいふん?って何? 」
「製粉って言うのは、穀物とかを粉状に変えることだよ」
「ふーん、そうなんだー」
大小様々な風車は、風を受ける度に同じようにくるくると回る。それは少し不思議な眺めで、見ていて飽きない。アキも目が釘付けになっていた。
だから、正面から人にぶつかってしまうのは、仕方の無いことだった。いや、ただの不注意だ。
「……ッ!おわっ! 」
「ハル! 」
やけに固いものにぶつかり、簡単に僕は尻餅をついてしまった。見上げると、そこには、マントを羽織った人が立っていた。
「おや、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ、少年」
マントからちらりと覗いたのは、赤い髪の女性だった。背丈的には、調度僕の頭が女性の胸の位置に当たる。恐らく、女性はマントの下に甲冑でも着てるのだろう。でなければ、先程の衝撃に納得がいかない。……別に、残念だとか思っている訳ではない。
そんな、ちょっとずれたことを考えていると、女性が手をさしのべてくれた。
「あ、ありがとうございます」
僕はその手を掴み、慌てて立ち上がる。
「気をつけなよ。世の中には、いちゃもんをつけてくる輩もいるんだからね」
「は、はい。あ、いえ、ごめんなさい」
「うむ。素直に謝れるのはいいことだぞ、少年」
そう言って、女性は歩き去ってしまった。女性の後ろには、もう一人同じようなマントを羽織った人がついていた。もしかしたら、僕らと同じように、冒険者なのかもしれない。
……僕らはまだ冒険者じゃないか。
ぼんやりとそんな事を考えていると、横からアキに頬をつねられる。
「い、痛いよ! 」
「ハルのエッチ!さっきの人に見とれてたでしょ!だらしない顔しちゃってさ。鏡で見てみれば?なけなか酷い顔してるよ」
「うっ……」
確かに、一瞬女性の胸のこととか、いい匂いだなとか考えてしまっていたため、反論に困る。けれど、それは僕の自由であって、アキには関係ないだろうに。
「ハルのスケベ! 」
人通りがそこそこある街の中でそんなこと叫ぶなよ……!
そう叫びたいけれど、余計に注目を集めそうなので、全力で堪えた。そして、街の中を駆け出したアキを追いかける。
「待ってよ、アキ。ギルドの場所わかってないだろ」
結局、 街の人達に微笑ましげに見られ、恥ずかしさをおおいに感じながら、僕たちはギルドへと向かった。
◆◆◆
「はいよ、これが冒険者証だ。これをギルドに出せば、実績やら受け取れる報酬やらがわかるから、無くすなよ」
「「ありがとうございます」」
僕たちはギルドにたどり着き、冒険者登録を済ませた。
ギルドは、冒険者に仕事を斡旋したり、情報をくれたりする場所らしい。そして、冒険者となった人に渡されるのが、この冒険者証だ。冒険者証には、この国オラクリアの紋章が描かれている。
冒険者登録は案外簡単で、名前と魔力量、身体能力の簡単な検査をするだけで終わってしまった。もうちょっと、厳選した方がいいんじゃないかと思わなくもない。
とにもかくにも、これではれて冒険者となったわけだ。
「それじゃぁ、早速仕事を……」
「宿探しが先」
様々な仕事か張り出されている掲示板の所へ行こうとする僕の前に、アキが腰に手を当てて立ちふさがる。
睨んでいるんだろうが、元々の顔立ちがいい為に、あまり怖くない。
けれど、これ以上機嫌を損ねるのは良くないだろう。
そう思い直し、今回は素直に引き下がる。
「そうだね、今日は宿を探したら、1日休憩にしようか」
「いいの!?わーい! 」
手を挙げてはしゃぐアキは、年相応に可愛らしい。街で見かけた同年代の子供たちよりもずっと。
だから、かなり目立つ。只でさえ子供は僕たちしかいないギルドで、余計に目立っている。
僕たちを見ている人物の中には、柄の悪いのもいる。あまり長居はしない方がいいだろう。
「それじゃぁ、そろそろ宿を探しに行こう」
「うん」
ギルドの受け付けの人に聞いた話だと、ギルドを出て北の方へ歩いて行くと、宿の並ぶ場所があるんだとか。
僕たちは3日ぶりにゆっくりできることを喜びながら、ギルドを出た。
その時ーー、
「きゃっ! 」
アキの目の前にぼろ布で頭を隠した人が飛び出し、アキの荷物を掴んで走り去った。驚いて尻餅をついたアキを見て、判断が遅れる。
ほんの一瞬迷っている隙に、強盗はかなり遠くへ離れていた。
速い……!?
恐らく魔法で速度をあげているのだろう。僕も慌てて身体強化の魔法を使って走り出す。
「アキはここで待ってて! 」
「ハル!でも! 」
「必ず捕まえてくるから! 」
それだけアキに言って、全力で強盗を追いかける。
強盗は人混みをまるで苦ともせずどんどん先へ進んでいく。
その速さに、声をあげる余裕すらなかった。
このまま追いかけても、取り逃がすのが目に見えている。
そう考えた瞬間、近くの建物の壁を駆け上がり、屋根の上を走る。何やら怒鳴っている人たちもいるけど、今は構っている暇がない。後で謝りに来よう。
強盗は人混みの中をすいすい進んでいるが、こちらは屋根づたいに一直線だ。当然こちらの方が速い。
かなり距離を縮められたと思った時、運の悪いことに広間へ出てしまい、家屋が途切れる。
このまま降りて、また下を走ることになったら、引き離される可能性が高い。そう判断した僕は、短剣を二本とりだし、強盗の足めがけて投擲した。
一本は外したが、二本目は強盗の足を掠め、強盗を転倒させることに成功。
すぐさま地面に降り、強盗へ駆け寄った。
しかし、強盗はすぐに立ち上がり、正面から僕と対峙してくる。その手には、短めの剣が握られていた。
僕たちに気づいた通行人は、遠巻きに僕たちを見ている。中には、逃げ出すものもいたが、面白がって見物をしている人が多数だ。
お陰で、強盗の退路がたたれる。
僕は逆手持ちで両手に短剣を握る。
対人戦は初めてだが、狂暴な野生の魔獣とは、何度も戦ったことがある。そう自分に言い聞かせて、震えを押さえ込む。
けれど、強盗はそんな僕の緊張を見逃してはくれなかった。
剣を振りかぶり、僕の頭へと狙いを定めて降り下ろしてきた。咄嗟に、両方の剣をクロスさせて受け止めるが、その衝撃はかなりのもので片膝をついてしまった。
その瞬間、男の蹴りが僕の腹に突き刺さる。
「……ッ!かはっ! 」
あまり痛みに息ができず、前のめりになる。しかし、ここで力を抜いたら斬られる。そう考えて、強盗の剣を横へ反らして、強盗の脇を抜けるように転がり込む。
強盗はこちらに休む間を与えてはくれず、次々に攻撃を繰り出してきた。
僕はぎりぎりで躱すのがやっとで、とても攻撃に転じることができない。いや、例え攻撃に転じたとして、斬りどころが悪ければ、強盗を殺してしまうかもしれない。
……殺す……。
そう考えた瞬間、体が強ばる。今まで、動物や魔獣は幾度となく殺してきた。食べるため、生きるために。けれど、人は殺すどころか、傷つけたのだってさっきが初めてだ。
あれ、本当に初めてだっけ……?
初めてのはずだ。ログの村で暮らし始めてから、そんな記憶は一度もない。
でも、その前は……?
胸のざわめきが高まる。何かを思い出しそうなのに、思い出せない。そんな感覚。
不思議なことに、その感覚が高まる毎に、頭がどんどん冷えていく。
防戦一方で、1度も攻撃できていない状況下で、だんだん自分の動きが良くなっている気がする。いや、強盗の動きがよく見える。もっと見るんだ、もっと、もっと!そしてーー、
カンッ!
と、甲高い音が響き渡り、男の手から剣が弾かれていた。突然のことに、僕はそれを目でおってしまった。
「うわっ! 」
僕は足を払われて、顔面から地面にすっ転ぶ。その隙に、懐からナイフを取り出した強盗は、見物人の方へと駆け出した。
僕が顔をあげると、強盗の前にマントを被った赤い髪の女性が立っているのが目に入った。
あの人は、さっきの……!
女性に声をかけようとするが、間に合わない。強盗は、女性めがけてナイフをつき出す。
その瞬間、僕はあまりの衝撃に見とれてしまった。
女性はナイフを横に流し、どういう原理かは解らないが、強盗を綺麗に仰向けに薙ぎ倒した。その一連の動作は、一点の乱れもなく、本当に綺麗だった。
僕が息を飲み込むと、見物人達から歓声があがる。
茫然と周囲を見渡すと、赤い髪の女性がこちらへ近づいてきた。
「少年、中々興味深い対決だったよ」
そう言って、僕に手をさしのべてくれた。僕はおそるおそるその手を握り、立ち上がる。
「ありがとうございます」
「ところで、あの荷物は君の連れが持っていたものじゃないか? 」
女性は伸びている強盗の背にある荷物を指差す。そこで初めて、僕がなぜ強盗と対峙していたのかを思い出す。
「そ、そうなんです!ギルドから出た途端、そいつに盗られて」
置いてきたアキのことも心配だ。僕は慌てて女性に頭を下げて、強盗から荷物を取り返す。
「助けて下さって、ありがとうございました」
そして、一目散にアキの元へ駆け出す。
「少年!この男はいいのか!? 」
「はい!荷物さえ取り返せればそれでいいので、あとは煮るなり焼くなりお好きにしてください! 」
僕の言葉に、女性が吹き出していた気がしたが、そんなことは気にせず、アキの所へ戻った。
強盗と対峙した時のあの感覚。あれが何だったのかわからない。けれど、何か大切な事のような気がして、胸のざわめきはなかなか収まらなかった。