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小さな勇者の冒険譚  作者: 道楽者
2/6

旅立ち

「もう、泣き止んでよ、マリアさん」

がん

アキの言葉が聞こえていないかのように、マリアさんは泣きじゃくっていた。アキに抱かれながら、アキの胸を濡らすマリアさん。マリアさんの姿は、一見すると、駄々をこねる子供のようにも見える。

そんなマリアさんの肩に、僕はそっと手をのせた。


「マリアさん。僕たちは、ただ旅に出るだけで、必ず帰って来ます。だから、待っていてください」


僕の声に、マリアさんの癇癪が少しだけ収まった気がしたけれど、いっこうにアキから離れようとはしなかった。

僕とアキは目を合わせて、思わず笑ってしまった。

そこへ、村長から助け船が出される。


「マリアよ。何を悲しむ事がある?

この子らが旅に出たいと言うようになったというのは、この子らが大きくなったということじゃて。母親であるお前さんは、むしろ、喜んでやらねばならんじゃろうて。

この子らも、もう15じゃ。この村では立派な大人じゃよ。

それにな、可愛い子には旅をさせよと言うじゃろ?

お前さんは笑って送り出しておやりよ」


村長の言葉を聞いて、少しだけ躊躇いが感じられたけれど、マリアさんはゆっくりと顔をあげた。

そして、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔で、依然涙を流しながら、無理矢理笑顔を作ってくれた。


「……あんだたち、元気でね。がならず帰ってぐるんだよ」


僕たち二人の肩を掴んで、お見送りの言葉をくれたマリアさんは、未だに鼻水をすすっていた。

そんなマリアさんの姿に、笑っちゃ悪いかなとも思ったけど、僕たちは二人揃って声を出して笑ってしまった。


「なにざ、あんた達。私がこんなに……」


マリアさんの拗ねた声が最後まで言いきられる前に、僕たちはマリアさんに飛び付いた。

そして、耳元でーー、


「「行ってきます」」


と、挨拶をした。

その言葉に、マリアさんが再び涙を流し始めたのは言うまでもない。

そして、僕たちは村の皆に見送られて、長い長い旅に出る。この世界を見るための、長い長い旅に。




……村の人達が見えなくなったあと、マリアさんの涙と鼻水でびちょびちょになった服を着替えたのは、二人だけの秘密だ。


◆◆◆


「アキ!準備いい!? 」


雑木林の中で、僕はハーゼと呼ばれる兎の姿をした魔獣を追いかけていた。


身の内に魔力をもった動物を、総じて魔獣と呼んでいる。魔力は動物の体を変質させたり、自然のエネルギーへ変換させたりと、様々な効果・性質をもつ。

よって、魔力をもった動物達の体は、通常とは異なる形をしていることが多い。


今追いかけているハーゼは、足が通常よりも発達していて、林の中を縦横無尽に飛び跳ねている。

さらには、微量ながら風を作りだし、空中転換を可能にしていた。

ゆえに、こいつの動きは中々に速く、捕まえるのに苦労させられる。

だが、ハーゼの肉は上質なもので、柔らかく味もなかなかなものだ。市場では、そこそこ高額で取引されるらしい。


現在、僕たちはログの村を出て、隣にある街メティアへ向かう途中にある雑木林の中だ。一応、予備の食糧はあるが、成長期真っ盛りの僕とアキは、新鮮なお肉が食べたい!

ということで、道の途中に出会ったハーゼを追いかけているのである。


ハーゼを逃がさないように、誘導しながら追いかける僕に、アキからの合図が届いた。

僕は躱されることを承知で短剣を振るう。


ひゅんという風鳴りと共に、ハーゼが上空へと飛び上がる。

そしてーー、


「……ッ!キューーッ!? 」


可愛らしい鳴き声をあげながら、透明な空気の壁にぶつかった。そして、慌てて方向を変えようとするが、前後左右にも壁は設置済み。箱と化した空気の壁から抜け出そうと、図上の壁を蹴り、下へと急降下し始める。


「……やぁ! 」


しかし、箱から抜け出る寸での所で、アキが箱の蓋を完成させ、ハーゼが壁に激突し、その動きを急停止させた。


動きが素早い生き物を捕まえるには、罠をはるのが一番手っ取り早い。そこで、僕が追い詰め、アキが魔法で罠をはったのだ。


アキの使った魔法は風の魔法の一種で、空気の流れを止め圧力をかけることで、空気圧の壁をつくるものだ。それを箱状に設置し、下からだけ入れるように開けておく。そこに僕が誘導し、ハーゼが箱に入った瞬間、入口を閉める。

これがハーゼの動きを止める一連の流れだ。

そして、箱から空気を徐々に抜いていくことで、空気が吸えなくなったハーゼは意識を失う。

その間に手足を拘束すれば捕獲完了だ。


ハーゼの意識が失ったことを確認した僕は、アキに合図を送り、魔法を解いてもらう。そして、もっていた紐でハーゼの手足を縛った。


「お疲れ、アキ」


ハーゼを持ち上げ、アキの方へ向けた。

それを見て、アキはホッと息をはいて、杖を下ろした。


「疲れたー。早くご飯にしよ」


本当に気だるそうなアキを見て、思わず笑ってしまった。

アキじゃないけれど、僕もそこそこ疲れた。それに、もうじき日も落ちる。ここら辺でキャンプをしよう。

意見が一致した僕たちは、すぐに準備に取りかかった。


◆◆◆


「なんでハルは魔法が使えないんだろうね? 」


食事をすませ、調理器具を片付けている最中に、アキが突拍子もなく問いかけてきた。

唐突な問いに、咄嗟に答えが思い浮かばなかった……、という訳ではない。単に答えがわかりきっていて、それをアキも知っているはずだから、なぜその質問をしてきたのか。その理由を考えていたのだ。

ただ、その答えすぐに、アキ自身の口から聞くことができた。


「ハルも魔法が使えれば、跳ね兎も簡単に捕まえられるのにね。罠を考えたのもハルだし、私よりもよっぽど上手く使える(・・・)と思うのに」

「使えないってわけじゃないんだけどな。実際、今日も身体能力を上げる魔法は使ってたし。ただ、体の外に魔力が出せないんだから、アキみたいに風を操ったり、水や火を作り出したりできないだけだよ。無い物ねだりしても仕方ないんだ、自分にできることをやるしかないんだよ。アキがいれば、こうやってハーゼを捕まえることもできるしね」


僕の言葉に、仕方ないかと声を漏らし、片付けに集中し出した。


そう、僕は体内にある魔力を体外に出すことができない。これが生まれつきなのか、何か後天的な要因があったのかはわからないが、できないということはわかっている。

僕だって男の子だ。いろんな魔法を使ってみたいって思ったこともある。いや、今もそう思っている。けれど、できないものはできないのだから仕方がない。


そうやって、自分に折り合いをつけているのにもかかわらず、この幼なじみはずかずかと踏み込んでくる。そういうところは、たまに頭にくるけど、言っても治らないだろうから、こっちが諦めるしかないのだ。


それでも、ちょこっとだけ頭に来た僕は、意趣返しとして、今日のダメ出しをしていく。


「そんなことより、今日の空箱は雑過ぎだったよね。ちょっと隙間ができてたし、蓋をはるタイミングも遅かったし。もうちょっとでぬけられそうだったよ」


僕の遠慮のない言葉に、肩をピクリと震わせた。

空箱とは、アキの魔法で作る風の箱のことだ。何も無い箱という意味あいで、僕はそう呼んでいる。

僕の言葉の意味を、アキ本人もちゃんとわかっていたようだ。

ただ、余り反省していなさそうなアキに、続けてダメ出しをする。


「魔法は集中力が大事だって、カルアス神父が言ってたでしょ。もっと意識を高めなきゃ。それに……」

「さぁ、明日も早いし、今日はもう寝よっか! 」


素早く食器を鞄に仕舞い込んだアキは、僕の言葉を遮って、わざとらしく声をあげた。

目を合わせようとしないアキに、溜め息をひとつ溢す。


こうなったアキには、何を言っても無駄だな……。


仕方なく諦めて、簡易式の寝袋で身を包む。

旅は始まったばかりなのだ。これから、何度も言い聞かせれば、そのうちわかってくれるだろう。現実逃避気味にそんなことを考えていると、正面に転がっているアキに声をかけられる。


「ハル……」

「ん? 」

「おやすみ」

「うん、おやすみ」


これもいつものことだけど、アキに笑顔で挨拶をされただけで、さっきまで感じていたもやもやや、いらいらを簡単に忘れてしまう。

マリアさんにはよく本当にそれでいいの?と、苦笑いされたものだ。


なにはともあれ、旅は始まったばかりなのだ。

楽しまなきゃ損だ。

そんなことを考えながら、目を閉じる。


こうして、僕たちは旅の初日を終えた。


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