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まず、重ねていた手を優しく解く。
顔にハテナを浮かべた王女さんに、俺は優しく微笑み掛ける。
無事、手玉に取れたと思ったのだろう、向こうも素敵な笑顔を返して来た。マジ惚れそうだ…
だが、俺はそんな自分を叱咤し、小さく息を吸い込んだ。
そして…
「だーれが、そんな話に乗るかよ!私の好感度が欲しければ、ワンワン言いながら掌の上で転がされていなさい、って気持ちが透けてみえてるんだよ、美人で姫様なら、さぞ勝ち組だろう。…けどな、誰でも自分の良いように操れると思ったら … 大間違いなんだよ!!」
ー周囲は静まり返り、今何が起こったのかを即座に理解出来た者は居なかったー
しょ、正直に言うと心臓はバクバクしてるし、別に俺が全て正しいなんて思ってもいない。
ただ、自分の利点だけを使って、他人をこき使う、その考えが嫌だった…
まぁ、現実世界なら絶対、口が裂けても言わないけど、せっかく異世界に来たんだから、手が届かないような雲の上の存在に上等切ってみるのもいいかな、って思ったのも事実だ。
一番早く反応を示したのは、やはり王女さんだった。酷いとその場に泣き崩れたように見えて、罪悪感が込み上げて来る。
でも、これは間違い無く演技、…だと思う。
将軍が遅れて、俺を斬り殺そうと殺気立てて近づいてくる、結構怖い…
身体能力はかなり高い筈だし大丈夫だと思うけど、戦闘用の召喚獣は出しとくべきだったかも…
親衛隊の様な兵士にジリジリ囲まれ、将軍の攻撃射程に入ろうかと言う時に、
それは現れた…
「お姉様をイジメる人は許しませんわ!!」姉を思う気持ちからか、その体からは想像がつかない音量で叫びながら、少女が謁見の間へ突入してくる。
…それに反して、姉の元に駆け寄る少女の姿を擬態語で表すなら、まさしく「トテトテ♪」である。状況と少女の動きのギャップに、緊迫していた空気が緩んだ。
その隙に、兵士の間を割って入り、泣き真似をする姉を抱き寄せ、少女はこちらを睨んだ。
やばい、凄い罪悪感が…
「貴様、儂と一緒に来てもらおうか」冷静を取り戻した将軍が、俺に命令する。
ー王女視点ー
私は自室に戻り、ふぅ、と溜息を零した。
泣きながら怒る、妹の美咲を宥めて部屋に戻した後、何時もの執務机に座り考えた。
メイドの麻美が入れてくれた紅茶を飲みながら、何処で失敗したのか…なぜ、私の演技は見破られたのか考察する。
「何がまずかったのかしら、私の演技を簡単に見破れるようには見えなかったんですけど…」質問されたと思ったのか、麻美が答える「お嬢様の本質をご理解されているのは、重臣の方々でも極一部と、お側使えを許されている物だけですので、事前に把握する事もありえませんかと…」
「それも、そうよね」と返事を返して、あの発言をされる前の自分の行動を思い返した。
高位の人間である私が、相手を持ち上げ、嘆願する。もちろん自分の美貌についても理解しているし、大きな武器だと自負もある。
演技についても見破られた事は無いし、家族でも無いのに、あんなに簡単に看破される筈ないわ。
事前にこちらから情報が漏れるのも、麻美が言ったみたいにありえないと思うし…
だとしたら、「私も魅力が無くなったって事かしらねぇ…」自嘲気味に呟くと、「それこそありえません!お嬢様こそ至高でございます!!あっ…」言い過ぎたと思ったのだろう、麻美が小さくなっている。
そんな事気にしなくても大丈夫なのにと、肩を抱いてお礼を囁くと、真っ赤になって「しっ、失礼します」と言って、出て行ってしまった。
ほんとに可愛い…
さて、と気持ちを切り替える。
あのアールヴと言う召喚士とは、もう一度話をしないといけない。私が逃げる訳には行かない。
お母様が亡くなり、病に塞ぎ込むようになったお父様の代わりとして、第一王女としての務めを果たさなければ。妹達や、この国の民のためにも、あの男の力が必要ですものね。
ー王城 1F談話室ー
「牢屋とかじゃないんですか?」
俺の問い掛けに無表情で返す、将軍にさらに続ける。
「まぁ、捕まっても逃げる自信はありますけどね。」ふっ、と嫌味な笑いを作る。
「何故…」
「?」
「何故、姫のあれを演技だと?」
「ぁあ、手を取られてデレデレしてた時に表情に出ていましたよ?」
「⁉︎あの状況で、そんな事を確認しておったのか…貴様、まさかコレか?」そう言いながら、手の甲を反対の頬に押し付ける。厳ついおやじがやると怖い…
「そんな訳無いでしょ、正直、奴隷志願しかけましたよ。」ならばと凄む将軍を抑えて、「まともにお願いも出来ないような人間の願いを叶えようとする程、お人好しじゃないんでね。」それを聞いて彼は黙る。
ーコンコン
…ガチャ
静かに放たれたドアの向こうには、王女さまが一人で立っていた。
将軍がお供も付けずに!とか言っている。
…
沈黙が痛いな…
「この度は、私の浅はかな行いにより召喚士様のご不快を買ってしまい、大変申し訳ありませんでした。」
椅子に座ってではあるが、深く頭を下げる姿は誠意の込もった美しいものだった。
「なぜ?無礼を働いたのは、私の方でしょうし、死刑とか国外追放とかが妥当なんじゃないですかね?」豹変した姿に思った事を聞いてみる。
「通常の外交や内政上であれば、当然そうなるでしょう。」戦力トップクラスの召喚士に罰を与えられるかは分かりませんが、と薄く笑う。
「しかし、今は緊急の状態にあります。あなたを都合よく利用しようとしたのも、それが原因だからなのです。話を聞いて頂けますか?」もはや、演技かどうか分からない俺は、ただ続けてくれと話を促す。
…
要約すると、王女と将軍の話では、病弱設定は王様に移っていて、王女が国王代行中。
それを聞きつけた近隣部族の王様達が、この土地を狙って、今にも攻めてこようとしているって感じだった。
決して裕福では無い財政状況もあり、恋心で動かせる事が出来れば安上がりだと考えいたと正直に言っていた。
…やはり、別段俺が助けないといけない必要性は感じ無い。でも、…あの小さくても勇気のあるお姫様の顔は忘れられない。
あの子には悪い事をしたと反省しているし。
この、和国と言う国は東西南北に橋が架かっているけど、東の橋以外は吊橋になっていてので簡単に渡れないように出来る、と将軍が言っていた。
つまりは、東の橋さえ守れば大丈夫と…
…
「わかりました。」
俺は条件を三つ提示した。
1.あのお姫様に謝る機会をもらう
2.報酬は無理のない程度でもらう
3.市内の防具店を王室御用達にしてもらう
怪訝な表情をされたけど、要は、悪いと思った時は謝るべきだし、金が無いし、防具店の二人にも恩が返せるから受けるんだ。
決して、反省した態度を取る女王様に惹かれている訳ではないんだ。決して…たぶん。