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動く世界

 03

 アリオト伯国は字義通りアリオト伯爵家が統治する国家である。

 それなりの伝統がある国ではあるが、それゆえに官僚主義や情実人事が横行し、閉塞感に満たされている。今回もまた閉塞感を打破し、民衆の目を外に向けさせるためにベネトナーシュ王国に対し戦争をしかけた。が、戦果は芳しくない。それどころか、ベネトナーシュ王国が時空門を超えて異世界の軍に助力を願うことを阻止するのに失敗したばかりか、誤射により異世界の民たちを殺傷し、ニホンという国を敵に回してしまったという報告を受けた。

 ベネトナーシュ王国の使節団に潜り込ませた間諜からの報告にアリオト政府首脳は戦々恐々とした。もし間諜の報告通りなら、ニホン軍が攻めてくればとても勝ち目はないからだ。そんなこともあり、異世界で、ニホン以外の国に助力を求めることが正規の手続きも踏まずに決定された。幸いにして、時空門はアリオト領内にもある。ニホンと敵対状態にある国を見つけ、国交を結ぶことができれば、うまくいけば、ニホンとその国を戦い合わせ、アリオトは何の損もせず美味しい所だけいただくことも可能かもしれない。

 そんな欲得ずくの思いを持って、アリオトの使節は時空門を超えて派遣されることとなる。それがどんな結果を招くか、その時のアリオト首脳陣には知る由もなかった。



 所変わって、こちらは地球。日本政府は壁際に追い詰められていた。異世界からの客人を粗略に扱うわけにはいかない。だが、軍事的な支援は問題外だ。日本は専守防衛を国是とする平和国家だ。他国から請われて兵を送ることなどできるはずがない。だが、異世界との文化的交流、異世界の資源や特殊な技術は値千金であるという事実も見逃せない...。ああでもないこうでもないと議論がなされるうち、時間だけが過ぎていった。


 潮崎は複雑な状況に置かれていた。”ちび公”への独断での攻撃は自衛官として大いに問題だったが、直後に行われた”ちび公”のレーザー攻撃による死傷者の数、そして世間的なインパクトが強すぎ、新田原基地司令部も形式通り潮崎を罰していいものかどうか判断がつかなかったからだ。

 そんなわけで、処分保留のまま無期限の自宅待機命令を食らっている潮崎は、ため撮りしたアニメやドラマ、積んでいたエロゲーなどを消化する作業にいそしんでいた。

 ”やだ...!恥ずかしいっ!我慢できないいい!見ないで見ないでえっ!”

 「おお!いい!いいじゃないか!」

 アダルトゲーム業界ではベテランで、大物の声優の迫真の演技が、潮崎のボルテージを否応なく高める。が...。

 ピンポーン。官舎の無機質なインターホンの音で、ボルテージが一気に下がってしまう...。時計を見るともう22時だ。誰だこんな時間に...。いらだち気味に出迎えると、ドアの外にいたのはルナティシアだった。

 『こんばんは。遅い時間に申し訳ありません。お休みでしたか?』

 「いえ、まだ寝てはいなかったんですが...」

 ルナティシアの言葉が、彼女が首に下げた自動翻訳機から日本語に変換されて伝えられる。短期間にここまで意思疎通がはかれるようになったのは、ルナティシアの言語魔法の恩恵と言えた。紙に言葉を描いて相手に見せれば、魔法の力でそれを自動的に翻訳する。つまり、すくなくとも筆談は可能ということになる。

 もちろん、日本側もそれに甘えていたわけではなかった。筆談で意思疎通するうちに、文法や名詞、形容詞の意味がだんだんとわかるようになった。くわえて、日本中からかき集めた言語学者たちの不断の努力もあり、今やデジタル端末を用いれば、リアルタイムで会話が可能になっている。

 ともあれ、潮崎にとっては遠い話でしかなかった。いや、遠い話だと思い込もうとしていたというべきか。ベネトナーシュ王国の窮状はわかるが、日本政府は、はいそうですかと軍事支援を行うほどお人よしでもない。もしできたとして、国際社会から反発を食らうことは必至だ。

 つまり、ルナティシアの必死の訴えは日本政府に届かないことになる。胸にこたえない話でもない。ルナティシアは、新田原基地に降り立った初日、一枚のメモ(「JASDFー306」「SAVER」)を頼りに基地中潮崎を探し回った。そして、潮崎を見つけると、(筆談でだが)あるゆる感謝と称賛の言葉をあびせかけた。潮崎は(最初の独断専行は秘密として)任務に従っただけだと答えたが、ルナティシアの潮崎を見る目は、恋に盲目になっている乙女のそれだということは、基地全体の一致した意見だった。潮崎自身も、これほど美しい女に好意を抱かれるのは悪い気持ちじゃない。だが、いきさつがいきさつだけに、素直に好意を受け取れないのも確かだった。まして、女一人のために勝手に戦いにいく権限など、自分にありはしない。

 『今宵伺ったのは、命を救っていただいたお礼を改めて申し上げるため。そして、今一度、わが祖国をお救い下さるようお願いするためです』

 そういったルナティシアは、侍従を帰らせると、カーテンを開け、満月の光を浴びる。うなじに手を廻してボタンを外し、そのままノースリーブのドレスをすとんと体から抜いてしまう。潮崎は息をのむ。ドレスの下は、宝石すら身に着けていない、生まれたままの姿だった。いつも美しく着飾っているルナティシアからは信じられない姿だ。金髪が、白い肌が月に映えてとても幻想的だ。

 『わたくしの気持ちも、お察し下さいな...』

 そういったルナティシアがゆっくりと近づいて、身を寄せてくる。心臓が早鐘を打つ。こんないい女、この先の人生で二度と出会えないだろう。潮崎は思わずルナティシアを抱きしめそうになるが...。

 そこで潮崎になにかがフラッシュバックする。親父の再婚相手の子供。つまり腹違いの妹。スウェーデン人だった母親から受け継いだブラウンブロンドの髪を持つ、年の離れた妹。そういえば、髪を下すとすごくエキゾチックな美人なのに、手入れが面倒だからといつもみつあみのおでこスタイルにしていたっけ。やんちゃだがかわいい妹だったが、あの日、海がノアの洪水のように全てを呑み込んだ日に...。

 なんだ、と潮崎は思う。自分が命令無視まで犯してルナティシアを助けたのも、いまルナティシアを気にかけているのも、腹違いの妹、ゆかりのイメージにルナティシアが重なってしまっただけじゃないか。

 「申し訳ないけど、受け取れません」

 身を寄せてくるルナティシアを手で制する。そして潮崎は、自分には請われたからと言って、勝手に戦いにいく権限はないこと、日本という国は、他国の戦争に関わることを良しとしない国だということを丁寧に説いた。ルナティシアは大人しくそれを聞いていた。潮崎にとっては不本意な話ではあったが。

 『わかりました。でもわたくしは諦めません。諦めの悪い女ですもの』

 立ち去り際のルナティシアの言葉に、おのれの言行不一致を見透かされたようで、後味の悪い気分が残った。


 日向灘海上の戦闘から2週間。事態は突然日本政府の思いもしない方向へと流れていく。簡潔に言えば、日本とは別に、世界の6か所に新たに開いた時空門(あちらではそう呼ぶらしい)から、全く別々の国家の使節が現れた。しかも、これまた全く別々の地球の国家に軍事的な助力を乞うてきたのだった。

 具体的に言うと、すでにベネトナーシュ王国が接触していた日本の他は、アメリカ、ロシア、中国、EU、南米、AUだった。世界の首脳たちは大いに困惑した。条件さえ折り合えば異世界に軍を送るのもやぶさかではない。が、派遣した軍が相手にするのは現地の敵の軍隊だけではない。他の国が同じように軍を送っていた場合、地球の独立国同士の戦いになってしまう。それを世間では戦争という。そして、人の口に戸は立たないもので、各国政府が異世界の使節をもてあましているという噂は、たちまちマスコミの知るところとなる。

 いくつかの国は、偵察名目で小規模な航空隊を時空門に送り込むことも試みた。だが、GPSや地上からの情報支援がない状況でのフライトは事故が多発。現時点での組織的な派兵は困難という結論に達した。なにせ、この時空門が曲者なのだ。常に地上1000メートルの高さにある上に、どういうわけか海や大きな湖、川など水の上にしか出現しない。これでは陸路や海路で安全に人を送ることは不可能だ

 結局、国レベルでは判断は困難とされ、話は国連総会に預けられることとなるのである。


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