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一時の勝利と始まる恋

07

 

 「おい、どこへ行く!?」「と、トイレであります!」「なんで当直の警備兵が応答しない!?」「わかりません!電話が不通です!」

 本来、ギムレー基地の防備が正常に機能していれば、4千程度の弓矢と槍で武装した軍勢など物の数ではないはずだった。だが、ニコラスが手間と時間をかけて基地に送り込んでいた潜入工作員の仕事は見事なものだった。

 昨日まで基地の事務員や給仕や守衛として働いていた者たちが一斉に正体を現し、思いつく限りの破壊、サボタージュ、欺罔工作を開始した。電話回線を切断し、やぐらの上の見張りを毒を塗った吹き矢でこっそり始末する。あちこちに放火がなされ、でたらめな状況報告や偽りの伝令が伝えられる。

 極めつけに兵たちの食事に下剤や睡眠薬が盛られ、外壁の門が開け放たれて敵を迎え入れられては、基地の機能は維持できない。組織的な防衛機能は見事に麻痺していた。

 王立軍のF-2が基地に対する攻撃を開始し、さらに日本人義勇兵の空挺部隊が降下して戦闘に参加するに及んで、伯国軍は基地を捨てて撤退することを選択せざるを得なかったのである。もとよりそれが王立軍の狙いでもあった。

 窮鼠猫を噛むということわざ通り、逃げ場をなくしたネズミは死にもの狂いで抵抗する。そうさせないためには逃げ道を与えてやるのだ。

 わざと車両や航空機を無傷のままで残した意図は、伯国軍にも伝わったらしい。ギムレー基地からは、無数の航空機や車両が、沈みゆく船から逃れるネズミさながら脱出していく。

 

 「伯国軍、航空機や車両で撤退して行きます」

 地上で基地制圧の支援をしていた空挺部隊の隊長から伝えられたことは、上空でエアカバーをするアールヴ隊にも確認できた。無数の輸送機や大型ヘリが我先にと飛び立ち、南の方向に撤退して行く。

 「シグレ、応答せよ。無事かい?」

 『ハシモトよ、われを誰だと思っておる?無事でない道理がない!』

 無線でシグレの元気な声を聴いた橋本はとりあえず安堵する。友人が無事でよかったと素直に思えたのだ。


 「なんと...なんということなのだ...」

 敵の追撃を逃れ、命からがら撤退してきたレオーネ率いる伯国軍の目の前にあったものは、敵の手に落ちたギムレー基地だった。

 伯国軍の旗は引きずり降ろされ、彼らを裏切った豪族や領主たちの旗が代わりに掲揚されている。基地の機能は撤退に際してかなり破壊されていったようだが、大型ヘリや輸送機によって兵装や物資が運び込まれ、新たな基地防衛機能が構築されているのがわかる。

 かつて自分たちの拠点だったものが、抵抗軍の拠点として機能し始めている。わざわざ島の北端まで出征して、結局なにも得るものがないまま撤退してきた伯国軍にとって、今のギムレーの光景は心折れるのに十分といえた。

 「これまでのようだな」

 レオーネは、深く息を吐くと、腰に帯びていたダガーの切っ先を自分ののどに当てる。こうなった以上悪あがきをすることは晩節を汚すと思えたからだ。

 「やめなさい!」

 だが、中国人義勇兵の上校に手首をつかまれる。

 「離せ!武人の本懐を遂げさせろ!」

 暴れるレオーネは、屈強な中国人義勇兵たちによって取り押さえられる。

 「われわれはまだ負けてはいません!全てに絶望して死にたいなら好きにすればいい!だが、まだ勝つ気があるなら必死で生きなさい!次の作戦はすでに計画されているのです!」

 上校の言葉に、レオーネは頭を叩かれた気がして、先ほどまでとは別の方向で腹をくくる。次の手があるならば、それに乗ってみるのも悪い話ではない。それが失敗して、いよいよ後がなくなったときに、改めて死を選べばいいのだ。自分は今死んだものと了解して、なすべきことをなせばいいのだと思うことにした。 


 2日後、ナーストレンド。

 ナーストレンド行政府の2つの大会議室をつなぐ扉を開け放ち、ちょっとしたパーティー会場とした場所で、戦勝を祝う宴が簡素にだが行われていた。ナーストレンド自慢の郷土料理と酒が振る舞われ、誰もが笑顔を向け合って勝利を喜ぶ。

 潮崎は比較的のんびり過ごしていた。なにせ、今回の戦いの立役者は陸軍と第2航空師団だ。自分はお手伝いをしていたものとして、わき役然と振る舞うことにする。それが一番めんどくさくないのだ。が...。

 「し...シオザキ殿...少しよろしいだろうか?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはディーネだった。なかなかおめかししているな。潮崎はそう思う。青い肌に良く映える白いイブニングドレス。魔族特有の黒白目をうまく演出する化粧。人間離れした魔族であっても、素直に美しいと思えた。

 「これはディーネ閣下。今日はいつもにもましてお美しい」

 「そ...そうか?美しいか...?その、なんだ...危ういところを助けていただいたお礼をだな...」

 歯切れの悪い言葉に、潮崎の頭に?マークが浮かぶ。一体なんだというのか?

 「母は、助けていただいたお礼を申し上げたいのですよ。シオザキ様、わたくしはディーネの娘、ダリアです。母がいつもお世話になっています。以後お見知りおきを」

 潮崎は一瞬どこから声をかけられたかわからずきょろきょろする。だが、その声の主はディーネの背中から現れた。青い肌に黒白目、角、尻尾。明らかにディーネと親娘とわかる少女が、進み出てきた。なるほど、今回は子連れということかと、潮崎は理解する。

 「これは、お母さんに似て美人なお嬢さんですね。年はいくつかな?」

 「はい、ついこの間、129歳になりました」

 ダリアの返答に、一瞬潮崎は凍り付く。そして、周囲からの冷たい視線に気づく。ばか。彼女は魔族だぞ。その辺理解しろという無言の非難が突き刺さる。

 「まあその、なんだ...。世話になっているなどとんでもない。今回の作戦は、君のお母さまの力なくしては成立しなかったのですよ。

 ついでにいえば、ディーネ閣下が美人の女傑であったこともありがたいことだ。軍隊というのはむさ苦しい男所帯だからね。美しい女性が活躍したという話は、みんなの士気を上げるのに効果的だ」

 動揺を隠すように、潮崎はお世辞を並べる。とくかく女性はまず誉めることというのが彼の処世だった。

 「シオザキ殿、そのように持ち上げられては困ってしまうのだが...」

 「持ち上げているつもりなどありませんよ。ディーネ閣下」

 その言葉に、ディーネが意を決して言う。

 「その...ディーネでいい!閣下も敬称も不要だ!」

 「では、ディーネでよろしいか...?」

 潮崎には、自分よりはるかに年上で、場数も踏んでいるディーネがなぜこういう反応をするのかまるでわからなかった。

 「御年316歳の子持ちの未亡人でも、やはり女ってことね」

 「ば...ばか...!余計なこと言わなくていいのよ!生意気な!」

 親娘の間でそんなひそひそ話が聞こえた気がしたが、潮崎は聞かなかったことにする。なにやらめんどくさい予感がしたからだ。このあたりが潮崎の、というよりは世の中の多くの男という生き物の朴念仁なところと言えた。その場の出まかせで発したお世辞が、女をその気にさせてしまうことは少なからずある。まして命を助けられた男となれば、たちまちハートキャッチされてしまうことだってある。

 「お話中ですが、よろしいか?」

 とかけられた声の主はアイシアだった。今日は髪を下ろし、背中の翼と干渉しない、肩と背中が大きく開いたイブニングドレスに身を包んでいる。いつものギャルっぽさが抑えられ、なかなか上品だが艶っぽくまとまっていると思える。素が美人だからなおさらだ。

 「やあ、アイシア。」

 「こんばんわ、シオザキ二尉、そしてディーネ閣下。先の戦いではご活躍だったとか。ぜひお話を聞かせていただきたいんじゃぁ」

 張り切ってるな。と潮崎は感じる。なにせ、ベネトナーシュ王国政府公認のもと、義勇軍の協力でアイシアをDJとするラジオ局がもうすぐ開局され、ラジオ放送が始まる予定だ。ジャーナリスト魂がたぎるのだろう。

 「活躍といわれても、俺はいつも通り空を警戒していただけだしね。一番の立役者は早期警戒機を撃墜したディーネということになるな」

 「ほんとですか?ディーネ閣下、詳しく聞かせてつかあさい!」

 アイシアがメモを手に、目に星を浮かべんばかりの勢いでディーネに迫る。

 「そ...そういわれても、大したことをしたとも思えないが...。まあ、そうだな...。話すのはやぶかさではないよ」

 アイシアにしてみれば、女性の軍人が活躍したというニュースは花があっていいし、ディーネも自分の働きが多くの人に認められるのは悪い気分ではないようだ。けっこうじゃないかと潮崎は思う。

 「潮崎様、楽しんでらっしゃいますか?」

 聞きなれた声に「ん?」と振り返って、潮崎は凍り付く。そこにいたルナティシアは、一見柔らかく微笑んでいるように見えたが、目が全く笑っていなかったからだ。

 「ああ、姫殿下...。楽しんでますとも。なにせ戦勝祝いですから。」

 「それは良かったですわ」

 一見当たり障りのないルナティシアの言葉だが、潮崎は背筋になにか冷たいものを感じずにはいられなかった。むろん、潮崎とて、ルナティシアの隠れた不機嫌の理由がわからないほど朴念仁ではない。この後、潮崎はルナティシアのご機嫌をとるのに四苦八苦することとなるのであった。


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