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不退転の戦端

04


 「我が国としては大変遺憾です。日本はかつての歴史からなにも学んでいないと見える」

 東京、首相官邸の執務室。電話越しに聞こえる中国国家主席、乾の言葉に、首相の麻倉は腹の中で”ふざけんな”と罵声を浴びせた。が、今は国家のトップらしく振る舞わなければならない。

 「なんのことをおっしゃっているのか、意味がわかりかねます」

 務めて冷静にそう返答する。

 「とぼけないで頂こう。ベネトナーシュ王国の軍隊と日本の義勇兵たちが、我が友好国の領土に侵攻したという報告を受けた。これは侵略ですぞ」

 今更こっちに言って来ることか。と麻倉は思う。義勇兵の戦闘に関しては、地球の国家はいっさい関りがない。義勇兵はあちらの国家の指揮下にあることは、条約で確認されているはずだ。

 「そうはいわれましても、ベネトナーシュ王国の軍事については我が国は預かり知りませんので」

 「理屈はいいんですよ。我々にとって問題なのは、日本人が他国を軍事侵攻した。その事実そのものだ」

 子供の駄々か、と麻倉は思う。が、国際社会とはこういうものだ。問題の蒸し返し、感情論に訴える扇動工作、理屈の通らない言いがかり。すべからく言ったもの勝ち、やったもの勝ち。それが現実だ。北京や上海では、ベネトナーシュ王国の軍事行動を日本の陰謀とやり玉にあげ、感情的な反日デモが起こっていると聞く。

 「あちらが戦争状態であることをお忘れのようですな。侵略というなら、ベネトナーシュ王国は伯国の軍隊に南部の沿岸を一時占領され、多くの国民を殺された。どちらが絶対的に悪と、どうして言えるんです?」

 「ふっ、水掛け論というわけか...」

 あまりしつこい追及は事故の元だと理解したらしい乾が一歩引く。もちろんこれで諦めるつもりはないことは、麻倉にもわかっている。

 「それに、伯国の領土とおっしゃるが、現地の住民たちは伯国に反発しているという情報もあります。エリトリアや東ティモール、南スーダンの例を見るまでもなく、結局どの政府に従うかはその土地に住む住民が決めること、という考え方もあります」

 「侵略者はいつの時代もそういうものだ。と言いたいが、まあその言葉にも一理ある。ただし、もし日本人による侵略の証拠が出てきたときは、あなた方の立場も危ういことになる。おわかりでしょうな?」

 乾の言葉は、言外に勝てば官軍、負ければ賊軍だと示唆していた。真実など勝った方が決めること。日本とベネトナーシュ王国が敗北したときは、卑劣な侵略者の汚名を着ることになると。

 「日本人による理不尽な侵略の事実はないと我々は認識していますとも」

 麻倉はそう返答し、社交辞令の言葉を2こと3こと交わすと受話器を置く。

 「ちっ、こいつぁいよいよ、負けが許されなくなっちまったな」

 ここからは見えない、日向灘海上にある時空門の方角を窓越しに眺めながら、麻倉は重々しくつぶやいた。


 ナーストレンドにおかれた、ベネトナーシュ王国、ナーストレンド合同軍司令部では、伯国軍の逆襲に備える準備が着々と進められていた。

 「ほう、大したものじゃないか」

 現場指揮官として、前線を見ておこうと、潮崎を伴ってヘリでナーストレンドの視察に訪れていた菅野は、城壁の上から外を眺めて、眼下に揃いつつある戦力に感心する。

 C-130輸送機や、CH-47J輸送ヘリによって持ち込まれた各種車両に加えて、エアクッション揚陸艇のピストン輸送によって74式戦車までがこちらに配備されている。海岸に乗り付けたCH-47Jからは、重武装した王立軍の兵士たちが列をなして降りてくる。沖には、小柄で素早い1号型ミサイル艇が高速航行の訓練を行っている。あんなものまで、良く空中に釣り上げてこちらまで運んだもんだと苦笑する。

 「伯国軍の大部隊が奪還作戦を狙っているようですからね。戦力はいくらあっても足りないんでしょう」

 潮崎が相槌を打つ。結局のところ、戦いは数で決まる。敵がどれだけいようと、実力で無双できるのは、時代劇かアクション映画の中だけの話だ。

 そんなことを思っていたとき、野太い女の声が城壁に響く。

 「将軍!なぜわれわれが王立軍のお手伝いなのか、納得がいかん!」

 ナーストレンドの将軍、アンドレに、魔族の女性士官が食って掛かっているようだった。潮崎は彼女に見覚えがあった。ナーストレンドの反乱に先立って、ベネトナーシュに使節として派遣されていた武官の一人だったからだ。名前はたしかディーネとかいったか。魔族の特徴である青い肌、人間の白目にあたる部分が黒い、いわゆる黒白目、爬虫類を思わせる琥珀色の瞳、頭の山羊のような角、背中のコウモリを思わせる翼。やや恐ろし気だが、臀部から伸びている、先端がスペードのような形になった尻尾が、若干コミカルな印象を与える。このような外見だが、別に邪悪な種族というわけではない。少し人間より寿命が長く、少し人間より身体能力に優れ、少し人間より特殊な力がある。それだけのことだ。

 「お手伝いとは異なこと。重要な任務だ。何が不満だ?」

 「翼竜に日本人の義勇兵を乗せ、彼らの指示に従えというご命令がです!戦場で敵の首を一つでも上げることが我らの誉れ!敵の鉄の凧を相手にしなければならない意味がわかりかねます!」

 ディーネは、任務の内容を理解しきれず、手柄を立てる機会を失うと思っているようだった。ここは自分が説明すべきと潮崎は思った。なにせ、この作戦を立案したのは自分なのだから。

 「あー、しばらく、ディーネ閣下。作戦の重要性は自分が説明しましょう」

 「ほう、貴官はニホンの軍人か?」

 ディーネは話の途中に口を挟まれて不快のようだったが、納得できる答えを求めていたこともあって、潮崎の話に耳を傾ける。

 「まずは、このナーストレンドの町を例に説明しましょう」

 そういって潮崎は作戦の内容を卑近な例に例えて説明していく。このナーストレンドの町は、敵の侵攻に備えて、わざと迷路のように作られている。ではこの迷路をいち早く正確に突破するにはどうすればいいか?一番簡単な策は、町全体を見渡せる城壁の上に誰か立たせて誘導係とし、その誘導係の指示に従って移動すること。逆に言えば、敵に容易に迷路を突破させたくなければ、この誘導係をつぶせばいい。ディーネの仕事はそれと同じで、敵の目をつぶし、味方を支援する極めて重大なものだと説明する。

 ついでに、あなたでなければできない任務だ。われわれの命運はあなたにかかっている。あなたがいるからこそわれわれの勝利への道は開ける。あなたがただ美しいだけの女性ではないところを見せてもらいたい。と、お世辞を並べて持ち上げる。歯の浮くようなおべんちゃらである自覚は潮崎にはあったが、ディーネに任務をこなすモチベーションを持ってもらうために必要なことと割り切っていた。このお世辞が後にいろいろと騒動を引き起こすことになるのを、潮崎はまだ知らなった。


 「天の精霊、地の精霊、海の精霊、我がもとに来たれ。そして我らを導き給え...」

 ナーストレンド行政府の一室。祭壇を前にひざまづいたルナティシアが精霊を体に下し、”占い”を始める。いつ見ても神がかっているな。と潮崎は思う。理屈では説明できないが、なにか人より上位の存在が降臨して、メッセージを伝えてくれていることを感じるからだ。

 「精霊の返答は、鉄のトンボが山を越える、鉄の荷車は浜辺を走る、人の波が正面から押し寄せる。というものでした」

 ”占い”で明らかに消耗したらしいルナティシアがそう告げる。王立陸軍のビフレスト派遣部隊の指揮官、鵜藤二佐は、その意味をすぐに理解した。

 「敵はヘリボーンによる後方かく乱と、機械化部隊による側面攻撃に出てくるっちゅうことか。よし、作戦は決まりや」

 そう言った鵜藤は、部下たちに矢継ぎ早に支持を出していく。


 「ここにいたんですか、姫殿下」

 潮崎は、敵のいる方向、島の内陸側に面する城壁の上でルナティシアを見つけた。

 「どうなさったのです?」

 そういって振り向いた顔は、月明かりに照らされ、はっとするほど美しかった。

 「俺はヘリでヘイモーズに戻ります。ここに残るって話でしたが、一緒に戻りませんか?」

 「心配してくださっているの?」

 「当然でしょう!あなたは王国にとってなくてはならない人です!」

 潮崎の言葉に、ルナティシアがすこし沈んだ顔になる。

 「潮崎様にとってはどうなのでしょうか?」

 碧眼で顔を覗き込まれながら言われると、さすがにドキドキする。

 「俺個人にとっても、あなたは大事な人です」

 中途半端な返答に苦笑しつつも、ルナティシアは潮崎の気持ちに感謝する。

 「なら、危ないときは助けに来ていただけるでしょう?信じていますよ。潮崎二尉」

 そう言われてしまえば言葉もなかった。潮崎は敬礼し、その場を辞した。理屈や能書きでなく、このお姫様を守りたいと本心から思った瞬間だった。




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