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宴と予兆

02


 ヘイモーズ平原は、王立軍の基地が建設されるまでは字義通り何もないだだっ広い平原だった。しかし、滑走路が整備され、防御陣地や兵舎などの建設で人や物が集まるようになると、おこぼれにあずかろうとする者たちが集まって、今やちょっとした町と言える風景が築かれている。当然娯楽施設も作られる。見世物小屋、ギャンブル場(ただし許可制)、そして酒場だ。

 潮崎たちハイドラ隊6名は、出撃後の事務手続きを済ませると、戦勝祝いに酒場に繰り出していた。酒場は大変な賑わいだった。ハイドラ隊が伯国軍に対して大勝したという噂を聞きつけて、英雄の顔を一目見ようとする者たちでごった返しているのだ。

 「なあ、シオザキ、もっと詳しく教えてーな。おたくさんらの話聞きたいいう人らがえっとおるんじゃあ!」

 潮崎の隣に強引に座った、語り部を生業とする翼人のアイシアが、ほろ酔い気味に潮崎に情報を求めてくる。

 「だから、機密事項に触れるから詳しいことは無理だってば」

 潮崎としてはそう返答するしかなかった。語り部とは、いわばこちらの世界のジャーナリストだ。新聞もテレビもなく、そもそも識字率からして高くないこの世界で、口頭で人々に情報を伝え、代金をもらう職業。当然人々の興味を引く話ほど、稼ぎはよくなることになる。

 「まあ、そういわんと。いままで散々うちらをいじめてきた伯国の連中を蹴散らしたんや。みんな喜んで、もっといろいろ知りたがっとるんよ。」

 そういって、大きな宝石のような眼をこちらに向けられると、なかなかに無下には扱いづらい。きれいに化粧をした顔。ボリュームのある、美しい栗色の巻き毛をサイドテールにまとめた髪型、チューブトップにホットパンツのような丈の短いズボンという姿は、一見日本のギャルに見えなくもない。が、背中にある、美しい白い翼が、彼女がこちらの人間、いわゆる亜人種であることを示している。セイレーンと呼ばれるこの種族は、芸術や情報を生業にして生活していることが多い。

 「わかったわかった、近日中にフライトレコーダー...。つまり戦闘の記録が基地で一般公開される予定だ。それを最前列で見せてやる。それでどうだ?」

 「ようわからんけど、それってこの間見せてくれたエイガみたいなもんなん?」

 「映画は作り物だが、今度のは作り物じゃないぜ。本当に人間同士の殺し合いの記録だからな」

 潮崎はそういって、アイシアに自重を求めたつもりだった。が...。

 「ほんとに?楽しみにしとるよ!絶対呼んでな!」

 むしろアイシアの知的好奇心には火がついてしまったらしい。まあいいか。と潮崎は思う。戦闘とは所詮殺し合いだ。そして、やらなければやられると割り切れるほど自分たちは単純ではない。仮にも、平和国家日本に生まれ生きる者であることを誇りとしてきたからなおのこと。してみると、英雄扱いされることを手放しには喜べない。だが、自分たちの行動が誰かの役に立って、誰かに希望を与えることができていると感じられることは、大きなやりがいとなる。

 自分たちは人殺しかも知れない。だが、少なくとも彼らを守り、彼らの希望となるために戦っている。それは素晴らしいことだと了解することにしたのだ。


 「では、機は熟したと考えてよろしいか?」

 ベネトナーシュ王国国防省第2大会議室。王立空軍の参謀総長を務める曽我義広空将は、列席する者たちに視線を走らせる。

 「戦いの大義は整いました。いつまでも伯国軍にわが領土にちょっかいを出させてはおけません」

 応じたのは、王国君主、女王である、アンジェリーヌ・フレイヤ・フェルメールだった。もうすぐ40に手が届く年齢とは思えないほどの若々しさと、快活さを持つ。

 「”あちら”への工作は順調ですか?」

 「ご心配なく、”あちら”の方々は、伯国の横暴と搾取に怒り心頭です。我が国が彼らの生活を保障すると言えば、快く味方になってくれますとも」

 曽我の問いにそう返答したのは、メイリン・ピクシ・シュタイアー。身の丈20センチ、腰まで届く青い髪と、背中に6枚の光る羽根をもつその姿はとてもメルヘンだ。が、ピクシー族は知恵や計略が身の上だ。彼女も若くして政治学者として名をはせ、王国の政治顧問として高い評価を得ている。

 「ベネトナーシュ王国女王、アンジェリーヌ・フレイヤ・フェルメールの名において、作戦を認可します!」

 こうして、アリオト伯国相手に万事受け身に回らざるを得なかったベネトナーシュ王国が、反抗作戦を開始する決定がなされたのだった。


 「ハイドラ4よりスカイツリー。周囲に敵影認められず、戦闘哨戒を終了。これより帰還する」

 一夜明けた晴れの午前。潮崎は相棒の及川を伴って、王国の領空ぎりぎりまで進出して哨戒任務に当たっていた。昨日の今日で、またSu-27が攻めてくるとも思えないが、用心にこしたことはない...。

 こんこん

 不意に、キャノピーがノックされるような音がした。気のせいだろうと潮崎はスルーする。が...。

 こんこん

 今度ははっきりと聞こえた。恐る恐る音がした方向を見て、潮崎は心臓が口から飛び出そうになる。キャノピーに、白い手がべったりと張り付いていたからだ。

 「な...ななな...!」

 言葉が出てこなかった。都市伝説に出てきそうな心霊現象が現在進行形で進んでいる。このまま悪霊にとり殺されるのか!?悪霊に引っ張られて事故を起こし、自分も悪霊の仲間にされてしまうのか!?どんな危険な訓練でも、実戦ですら味わったことのない恐怖に、潮崎はパニックになりかける。

 その時、突然視界が暗くなる。目を上げると、キャノピーに馬乗りになった巫女服姿の銀髪の少女が、股のぞきの体勢で、こちらをのぞき込んでいた...。

 「ぎゃ...ぎゃあああああああああああああああーーーーーーーーーーーーっ!」

 この世の終わりのような潮崎の悲鳴が、オープン回線で関係各所に響き渡ったのである。


 「まったく、ちょっと乗せてもらっただけじゃ。そこまで怖がるか?」

 潮崎機の背に乗ってヒッチハイクをしてヘイモーズ基地に降り立った銀髪の美少女は、シグレ・シルバ・ソロコフスカヤと名乗った。この地の神をまつる司祭であり、ヘイモーズ基地周辺には彼女の降臨をありがたがる者たちが集まっていた。

 「そこまで怖がらなくてもいいだろうに...」

 バディとして、どういう魔法なのか、空を飛んでいたシグレが潮崎機に乗る一部始終を横からを見ていた及川は、いまだに滑走路に尻もちをついてがくがくと震えている潮崎に呆れた目線を送る。

 「お...俺がホラー苦手なの知ってるだろ...!これが怖がらずにいられるか!」

 「シオザキと申したな。われは決して怪しいものではない。ビフレスト島から文を届けに参っただけじゃ」

 顔面蒼白な潮崎に、大儀そうに少女は声をかける。良く見ると、その装いは巫女服ではなかった。赤いプリーツスカートが女袴に酷似していて、袖の広がった肌着と、ポンチョのように羽織っている刺繍のついた服が、巫女服に見えなくもないだけだった。しかし、頭の上にぴんと立つ大きな獣耳、なにより、9本の銀色に輝く尻尾。どう見ても、それはどこぞの神社のお稲荷様が、萌えキャラ化したようにしか見えなかった。

 「司祭様におかれましてはご機嫌麗しゅう。詳しくお話を聞かせていただけますか?」

 女王であるアンジェリーヌが、顧問のメイリンを従えて直々に話を聞きに来る。

 一体これから何が始まるんだ?銀髪の狐美少女とお知り合いになれた役得を差し引いても、潮崎には不安ばかりが残るのだった。




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