ジャック&ポール マキシマムショッピング
白く輝く照明が視界を覆う。
スタジオ内は階段状の席に座る観客達の拍手に包まれた。
すらりとした長身、短い金髪と青い瞳、マダム達を魅了する甘いマスクの男がスタジオ内のテーブル前でポーズを決める。
「ヘイ! 皆さんお待たせ! マキシマムショッピングの時間がきましたよー! 司会はおなじみ僕ポールと!」
「あ゛ー」
ポールの後ろから、ものすごく顔色の悪い男が、体調の悪そうな足取りでやってきた。
「ジャックはさっきゾンビに噛まれちゃってごらんの有様さ!」
「あ゛ー」
ポールがかっこよく指をスナップさせる。ジャックは緑色の液体を吐き出した。
「ジャックはこんなんなっちゃったけど……僕らはベストパートナーさ! なあジャック!」
「あ゛ー」
「さっそくだけど今回のご機嫌な商品はこれさ!」
ポールはテーブルの上に玉二つと棒一本を置いた。その衝撃でジャックの鼻がぽとりと落ちた。
「こいつはセンターポールとライトボール、レフトボールさ! この三つを組み合わせることでぶちゅぴ」
「う゛まー」
「ヘイボブ、ポールが喰われてるぜ」
「シット! 何やってんだあのファッキンジョックは! てめえも落ち着いて見てるんじゃねえサム、このままだと放送事故だ」
副調整室ではディレクターのボブが、かぶっていたハンチング帽を床に叩きつけていた。
「片方が腐った肉で頭抱えてたらもう片方が新鮮な肉になりやがった。番組がすすまねえ」
「確か近くにマイケルがいたぞ。あいつを使ったらどうだ」
「ナイスアイデアだサム!」
ボブはサムにサムズアップをした後、スタジオのマイケルにインカムを通して唾と指示を飛ばした。
「ヘイマイケル! お前が臨時の司会だ! あのファッキンミートどもをどうにかして商品を紹介しろ」
「OK、任せといてよボブ!」
マイケルは迷いのない足取りで颯爽と歩き、スポットライト輝く舞台へと踏み込むと段差でつまづいてすっころんでジャックのディナーに頭から突っ込んだ。
「OKジャック、落ち着いて、いいかい落ち着いてよく聞いてくれ、今から商品をもきゅぷ」
「マイケルの奴頭から行きやがったぜ」
「ファック! 肉ばかり増やしやがって、いつからここはバーベキューの会場になったんだ」
ボブは床に落ちていたハンチング帽を拾い上げてもう一度床に叩きつけた。
頭の中で段取りを考えながら、インカムでスタジオ近くのADを呼び出す。
「トム! トム! 返事をしろ!」
「なんだいボブ! ADは忙しいんだから手短に頼むぜ!」
「ならADらしい仕事をくれてやるぜ。控え室にスティーブがいただろう、連れてきてくれ」
「スティーブならさっき喰われてたぜ」
「ファーック! なんてこった。肝心な時に役に立たねえ野郎め」
ボブの頭蓋骨の中身が高速で思考を開始した。
そうだ、こういうときこそ頭は冷静、心は熱くに、だ。
ボブは今おかれている状況を分析し、いくつかあるうちで、もっとも妥当と思われる選択を採用した。
「仕方ねえ、トム、お前が司会をやれ」
「おいおい正気か? 司会なんてやったことないぜ、無理だろ」
「俺はいつでも正気さ。もう手持ちのタレント全部ディナーになっちまったんだよ! お前がやるしかないんだ!」
ボブの言葉からいつもの陽気なジョークが消えていた。
その雰囲気を察して、トムの表情も真剣さが増していく。
「……わかったぜ、ボブ。どこまで出来るかわからないが、やってみるぜ!」
「ありがとう、トム」
「ところで何をやればいいんだ? 司会なんて初めてで良くわからないぞ」
「なあに、テーブルの上の商品を手に持って振り回しながら商品名を叫べばいいだけさ」
「なんだ、そんな程度か。任せときな! バッチリ決めてやるぜ!」
「頼んだぜトム!」
ふう、と一息ついたボブの耳に、ポケットに入れておいた業務連絡用の携帯が、バイブレーションを伝えてくる。
ボブがそれを耳に当てると、落ち着きのある、バリトンの声が流れてきた。
「ヘイボブ、良いニュースと悪いニュースがあるぜ」
「ようヘインズ、まずは景気のいい話を聞かせてすっきりさせてくれ」
「わかった、まずは良いニュースだ。ようやく州警察と連絡が取れた」
「ヒューッ、そいつはすげえ。あのファッキンコップ共、バカンスに行ってると思ってたぜ」
「ああ、それで悪いニュースだが」
「いいぜ、今の俺なら大抵の事は糞と一緒にトイレにシュートしてやる」
「州警察の奴、“たすけて”しか言わないんだ」
「バカンスの方がましだったな。それはこっちの台詞だ、って言ってやったか?」
「その前に嫌な音がしたんで切ったよ。俺は耳の健康に気を使ってるんでね」
「そうかい。大事にしてる耳に悪いが、次は軍かホームセンターと連絡とれるかやってみてくれ」
「ああ、やってみるよ。また後で連絡する」
「頼んだぜ」
ふん、と鼻から息を吐き出したボブの耳に、スタジオの音声が飛び込んできた。
「ヘイ! 今日紹介するのはこの、なんだ、玉二つと棒一つだ! おいボブ! これなんて名前なんだ!」
副調整室のモニターに、スタジオにたどり着いたトムの勇姿があった。
モニターの中のトムは、ゆっくりとした動きで群がってくる、顔色がものすごく悪いジェシカやジョニー、頭部がちょっと減ったマイケル、全体的にちょっと減ったポールと、なんかもうよくわかんないジャック(?)その他大勢を棒で叩いて追い払っていた。
「よし、よくやったトム! 今から指示出すからその耳をきれいに掃除しておけ!」
ボブの顔が、敏腕ディレクターのそれに変わる。
その視線の先でモニターは、カメラに向かって歩いてきたポールとマイケルのギリギリ接近ショットを映した後、ガタガタと揺れて天井を映したまま動かなくなった。
「シーット! トムが画面の外に行きやがった! このままだと正真正銘の放送事故だ。他に生きてるカメラはねえのか!」
ボブの前にある複数のモニターに映っているのは、天井か床のどちらかしかなかった。
「HAHAHA! スタジオで元気なのはトムだけみたいだな」
「笑ってる場合じゃねえぞサム、こうなったらてめえがカメラだ! スタジオに行って来い!」
「やれやれ、しょうがないな」
サムは肩をすくめると、鼻歌を歌いながら副調整室を出て行った。
天井と床しか映っていない副調整室のモニターだったが、音声はまだ生きている。
その音声がトムの頑張りをあますところなく表現していた。
「ヘイ! 今日のこの商品はおすすめだ! なにしろ俺のコックよりでかくて硬くてヤベ折れこぴゅぷ」
「ファーック!」
そこへのんきな鼻歌が流れてきた。
「トーム! 俺が来たからにはもうぷちゅんぴ」
「シーット!」
ボブは床に落ちていたハンチング帽を拾い上げて頭に乗せた後、カツラと一緒に勢いをつけて床にたたきつけた。
「こうなったら俺がなんとかするしかねえ」
ボブは帽子とズラを拾い上げてかぶると、決意をこめた足取りで副調整室を出て行った。
ボブの行く手には、顔色がすごい悪い連中や、体がちょっと減っている奴らがいて、ボブを見つけるとゆっくり群がってくる。
S&W M29と副調整室にあった高枝切りハサミを武器に、ボブはスタジオを目指す。
そんなボブのポケットからささやかな呼び出し音。
ボブはリロードしながら携帯を耳にあてた。
そこから聞こえてくるのは、いつものようなバリトン。
「ヘイボブ、また良いニュースと悪いニュースがあるぜ」
「ようヘインズ、それじゃあハッピーな奴を頼む」
「OK、まずは良いニュースだ。さっき緊急発表があって、政府が対策に乗り出すそうだ」
「ようやくか、プレジデントのケツに火でもついたか」
「それで悪いニュースだが、聞くかい?」
「ああ聞くぜ。今の俺なら神様の懺悔を44マグナム6発くらいで許してやれそうだ」
「そいつは良かった。政府の対応だが、核を使うそうだ」
「ファッキンシット! 国ごとバーベキューにするつもりか。ファッキンプレジデントのケツの火が脳みそも焼いてるみたいだな。それで、いつ、どこにぶち込んで来るって?」
「会見の途中で報道官がおやつになったんで詳細は不明さ」
「ホワイトハウスも肉屋に模様替えか。バーベーキューを開催できるかどうか微妙だな」
ボブの銃が熱をおびている。銃を持つ右手からは焦げ臭いにおいがした。
「ヘイボブ、これからどうする?」
「俺はこれからスタジオさ。もう動けるのが俺しかいねえ。糞みたいな状況だ。ヘインズはどうするんだ?」
「俺か? 俺は、そうだな……空の向こうに苦情でも言いに行くかな」
「そうかい。じゃあまた後でな」
「ああ」
ボブは携帯を放り投げた。
目の前にはスタジオの扉。何かがうごめく気配が、扉越しからでも伝わってくる。
ボブの手が扉をゆっくりと開く。
ここからボブの愉快な旅がはじまる!
「ファッキンゾンビども! 今夜はパーティだ!」
スタジオ内の視線がボブに集中する。スタジオの全てが壁のようになってボブに向かい、波のように飲み込んだ。
「今晩ご紹介するのはこの高枝切りばちゅ!」