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第九話

アンブロウシスがスコー学院に入学する直前に、アストリッドとの婚約式がラーゲルブラード侯爵領のオラウスにある大聖堂で粛々と執り行われた。

その後、ラーゲルブラード侯爵の屋敷に場所を移してささやかなパーティが開かれ、皆から受ける祝福に恥ずかしそうしながらも幸せ一杯に受け答える主役たちの姿があった。




初めて会ってから数ヶ月の間、アンブロウシスは足繁くアストリッドの元に通って、親交を深めていた。

もともと侯爵のお眼鏡にかなったアンブロウシスだったから、侯爵の想像以上にアストリッド元に通い二人の仲を育んでいる姿に満足し、当初の予定通りに婚約することとなった。

大いなる誤算は、アンブロウシスがタウンハウスにやってくると元々姉べったりな弟が必ず二人の間に割り込んで将来の義兄に刃向かっていたことだ。

たが、いつの間にか休戦状態になり、さらには肩を組んでこっそりと話し合っていることもあった。


今もまた、男二人が牽制し合うようににらみ合ったかと想うと、ばんばんと義理の兄になる人の背中をたたいてふざけている弟とそれを笑いながらたしなめている将来の夫がいる。


まるで本当の兄弟のようね。


テーブルの向こう側で話し込んでいる二人を見て、うらやましいのか寂しいのかわからない感情を婚約式用に特別に用意した紅茶の甘くフルーティな香りを味わうこともせずに飲み干した。


アンブロウシスの腕には、アストリッドが婚約の証として贈った時計が着けられ、時を刻んでいる。

貴族だからとむやみに飾り立てた物ではなく、これから学院でも着けておけるように、卒業後入隊することを”知っている”のでそこでも着け続けていられるようにと、腕時計本来の役割に特化した質実剛健のシンプルなデザイン物のを選んだ。

かたやアンブロウシスからは指輪が贈られた。

といっても、本当の指輪ではなく、アストリッドの細い小指にもはまらない小さなものだった。

だがはめ込まれている貴石はダイヤモンドで十分な大きさと煌めきを持っている。

併せて贈られたネックレスに通してペンダントヘッドとして使うんだよと教えられた。

本来だったら指輪を贈らなければならないが、まだ成長期のアストリッドには指輪のサイズが定まらない。

それならばしばらくはネックレスとして、成長すれば指輪にすればいい。

ネックレスならば毎日着け続けられるし、僕が時計を見て君を思い出すようにネックレスを見て僕を思い出してほしいと、相変わらず甘い言葉を添えてアストリッドに着けてくれたのはついさっきのことだった。


綺麗。


アストリッドは絶え間なく訪れる招待客に挨拶をしながら、時折指輪を眺めた。

日差しを浴びてキラキラと輝く貴石は、十二歳の少女が着けるには過ぎたものだったが、愛している人から言葉とともに贈られた大切なものだ、これから本当の指輪になるまでずっと着け続けていようと思った。


同じ気持ちをアンブロウシスも持ってくれるだろか。

贈った時計を、肌身離さず着け続けてくれたら。


そのときまた、いつもの白昼夢がアストリッドを襲った。

同じ場所、同じ人、同じ服、同じ時計。

現れた場面は、まさに今、”アンブロウシスとその腕の時計を見ながら「肌身離さず」と思っていた”ことを”知っている”。

ただ一つ違うのは、アンブロウシスの横には弟、ではなく彼が親友だと言っていた誰かがいたはずだった。


なぜ、どうして。

少しずつ、違ってきている?


今見た場面を吟味しようとしても、次々と訪れる来客に思考は中断されて有耶無耶になっていく。


「どうしたの。疲れた?」


いつの間にか横に来ていたアンブロウシスが心配そうにアストリッドをのぞき込んだが、なんでもないのと首を振った。

アンブロウシスがそばにいる間は、愛する心が強く輝き、”知っている”物語の終焉をかすれさせてくれる。

アストリッドは頬を染めてアンブロウシスを見上げた。

それからは二人寄り添ったまま招待客の接客に努め、パーティは和やかに終わった。



翌週、アンブロウシスはスコー学院に入学し、三年間の寮生活を始めた。

学生生活は楽しく充実したものだったが、長期休暇があるたびにアンブロウシスは嬉々としてアストリッドの元へとやってきて、絆を深めては寮へと戻っていく。

アストリッドは彼がいない間、相変わらずタウンハウスで勉学に励み、教養を身につけ、ラーゲルブラード侯爵のタウンハウスに招かれてしきたりを覚え交流を図りつつ、自分を律していた。


このままいくと予定通り婚約者であるアンブロウシスと結婚することになるだろ。

アンブロウシスに落ち度は見当たらず、アストリッドにも落ち度はないし、結婚を回避するために嘘を並べ立てて自分を貶めるつもりもない。

それにアストリッドはアンブロウシスを愛する心を殺せないでいる。

反面、未来を”知っている”のに、自ら飛び込んでいくような行動をとる自分を許せないでもいる。

寄り添いたい、死にたくない。

相反する思いは、アストリッドがラーベルブラード侯爵夫婦と親密になることを恐れさせた。

一線を置いて接しているのがわかるのか、夫妻には時折何か言いたげな視線とため息をつかれるがどうしようもない。


気がつけば三年がたち、アンブロウシスは卒業をして軍隊への入隊を果たす。

そして入れ替わりにアストリッドがスコー学院に入学し、寮生活を始めることとなった。

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