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第六話


ああ、なんていうことなの。


アストリッドは真実に突き当たって愕然とした。

”知っている”ことを書き留めた紙は膨大で、鍵付の箱のなかに閉まりきれないほど入っている。

アストリッドは震える手で鍵を開け、箱を逆さにして中身を振り落とした。

乾いた音をたてて落とされた大量の紙は机の上で山になったが、アストリッドはその山の中から何かを探し出すようにかき分け始めた。

ばらばらと床の上に落ちていく紙を気にもせず、一枚手にしては食い入るように眺めてから放り投げ、また一枚手にとっては投げ捨てた。

無駄が嫌いなアストリッドにしては珍しい行為は、受けた衝撃の強さを物語っている。

そして机の上に残された最後の一枚を読み終えると、ふらふらとベッドまで行き、仰向けに倒れて目を閉じた。


何度読み返してみても行き着く先は同じだわ。


アストリッドは小刻みに震える手で顔を覆って呻いた。


弟は、恋に狂ってしまうのだ。

愛するシーラを喜ばせるため、彼女に贈り物を与え続けるため、分不相応な散財をした。

支払いが滞りそうになるとアストリッドの元を訪れてあれやこれやと適当な理由を作り、金の無心をする。

返えす当てのない借金は膨れ上がる一方で、さらに買い与え続けいればすでに首が回らない状態だったはずだ。

侯爵家からなくなっていった美術品の数々は、アストリッドの家に置かれた分以外はすでに換金されていたに違いない。

梱包されていた残りの物は売れなかったか、それともあのことがなければあれから売りに行く予定だったのだろう。


馬鹿な、子。


非業の最期を遂げるというのに、アストリッドは弟を憎めなかった。

現実の弟はまだ小さく、ひな鳥のようにアストリッドの後ろを歩く愛おしい存在だ。

愛おしい子が”知っている”弟に変貌するのはまだ先の話だからかもしれない。

恋は盲目だとはいえ。

この先弟がまさか姉をとことんまで蔑ろにする存在になるなんて信じられないが、未来の”知っている”ことと現実の時間が合わさるたびに実現していっているのも事実だった。


だけど。


アストリッドはベッドからむっくりと起き上がり、床にばらまいた紙を一枚一枚丁寧に拾い上げていく。

束ねた紙の中から数枚を抜き取ると、机の上に並べ始めた。

その紙に書かれたいたものは弟がシーラと結婚する前のもので、侯爵家が年一回行う一族を集めての親睦会が催されたときの”知っている”ことだった。


親睦会は侯爵が血族の結束を高めるために行われているもので各分家の家長が参加していたが、このときだけは直系の親族としてアストリッドも参加していた。

なぜならば次期侯爵の妻を選定するために催された会でもあったからだ。

アストリッドはこの時初めてシーラと対面したのだが、とても女らしく可愛らしい人だという印象を持った。

この会でシーラが弟の婚約者候補として紹介され、一族全員からの承認を受けて婚約者として認められたのだった。

承認された瞬間、弟は愛おしそうにシーラを見下ろし抱き寄せていた。

シーラも恥じらいを見せながらも嬉しさを隠そうともしていなかった。

その後は時折母親に呼ばれてタウンハウスに行っていたものの、花嫁修業をしているはずのシーラには会うこともなく、結婚式当日となった。


では、弟とシーラはいつ出会ったのか。

人を死に追いやってもなんとも思わなくなるほど、恋い焦がれたシーラとの出会いはいったい?


アストリッドの結婚は侯爵家のさらなる繁栄を求めて政略結婚だったはずだ。

次期侯爵の結婚となれば、アストリッドの政略結婚など霞むほど手を尽くして調査を重ね下準備をし候補者を選んだはずだ。

だが”知っている”ことのなかで、アストリッドは一度として弟の婚約者候補を見たことがない。

いつの間にかシーラの名が上がり、婚約者として決定をして、結婚をしていた。

現在もそうだ。

侯爵家の跡取りである弟に婚約者候補どころか他貴族の息女たちとの交流ひとつない。

もちろんシーラに似た容姿の息女など、弟は違い貴族息女たちと交流の深いアストリッドだがお目にかかったことがない。


もしかすると今はまだ候補がいないだけでこれから両親が婚約者候補として家族に紹介するかもしれない、と考えたが、それだったらすでに”知っている”はずだと思い直した。


弟がシーラと出会ったのは、アストリッドと弟が離れている間にほかならない。


そう結論づけることはたやすかった。

そして子供の頃仲のよかった二人が離れていた暮らしていた時期、それは全寮制のスコー学院に在籍していた時をおいて他になかった。


これから弟とシーラはアストリッドの預かりしらぬところのスコー学院で知り合い、恋に落ち、結婚をするのだ。


アストリッドの破滅への扉は、もうすぐ開かれようとしている。


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