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第十七話


スコー学院には各学年男女別の寮がある。

広大な敷地の正門からみて右側の飛び地に男子寮が、左側の飛び地に女子寮が建てられ、生活居住区が交わることがない。

アストリッドが割り当てられたのは三棟ある女子寮のうち現在第二学年が使用しているエン・ブルンマで、アッペルクヴィスト女史の案内で寮内を見回り、最後に寮長であるアンニェリカ・オリーンを紹介された。

十六歳の初々しいアンニェリカは、三歳しかかわらないアストリッドの凛とした姿勢と微笑みに頬を染めたが、学生と講師という立場の違いをきちんと理解していて無遠慮な言葉遣いや馴れ馴れしさはなく、とても好感の持てる少女だった。

基本的に学生は二人部屋だが寮長は特別に個室を与えられている。

三階建ての棟の一番上の最奥にその部屋はあり、玄関横にあるアストリッドの監督部屋とは他学生の部屋を挟んで対するように位置づけされていた。


「先生の手を煩わせないように皆を指導して参りますので、ご支援のほどよろしくお願いいたします」


丁寧な挨拶を受けてアストリッドは微笑ましく思ったがおくびにも出さなかった。


女史との引き継ぎはもうすぐ始まる授業のことも含まれた。

教えるのは寮と同じ第二学年生たちで、彼女たちが卒業するまで引き続き講師をすることとなる。

女史はそのことについてもまた感謝を述べた。

女史が依頼したのは一年だったが、アンブロウシスが二年の任期ということと女史の治療が一年という期間では本来短すぎるということで二年間を受け持つことになったからだ。

子を持つ義務を二年放棄することに貴族としての矜持とアンブロウシスとの子を抱くことが出来ないやるせなさで胸が苦しくなるが、それでも弟が通う学院に勤めることで未来につながる足がかりを得ることが出来るはずだと胸の痛みを押さえつけた。


私の子は学生たち。

ちょっと年齢が近すぎるけれど、アンニェカをはじめとするかわいい子供たちに大切なことを教える役目を得られたのだから頑張らなければ。


女史が広げる学生たちのカードを二人で一枚一枚確認していく。

三階建ての女子寮が一棟埋まる程度の人数だからさほど人数がいるわけでもない。

六十枚ほどのカードを申し送りをしていくと、とある一枚のカードに手が止まった。


「どうかされましたか?」

「……ええ、この方の名をどこかで聞いてことがあるような……」


女史が誰かとアストリッドの手にあるカードをのぞき込むと、そこにはテレーシア・ステュルビョルンと書かれていた。

その他にもカードには個人情報として当人の要旨や性格、交友関係、背景と成績が事細かに書かれている。


「ああ、この方は少し特殊なのですが…………まあ、どうされました?」


女史が何かを伝えようとしたが、アストリッドには聞こえなかった。

突然、肌が総毛立ち、冷や汗がだらだらと背中をつたい落ちる。

女史が心配そうにアストリッドをのぞき込んでくるが、そちらを向く余裕がない。


テレーシア・ステュルビョルン


どこかで聞いたことのある名は、そうだ、弟が素晴しい令嬢だといっていた名ではなかったか。

あのときは殿下が気に入られ、そば仕えにしたほどだと言っていた。

その女性の名を聞いたときは何も思うことはなかったというのに、今なぜ私はこれほどまでに動揺しているのだろう。


がたがたと震え出す体をソファに預け、息を深く吸っては吐き出す。

女史が横になるようにクッションを設え、手拭きを濡らして手当をしてくれようとしているが、アストリッドは自分が何に対してここまで心乱されているのかわからず、感謝すべき女史を見ることすら出来ない。


耳のすぐ側で強風がごうと鳴ったその瞬間、チェストの上にある年代物の時計は音を止め、アストリッドの介抱をしていた女史も腰をかがめた不自然な動きのまま固定された。

何一つ動きのない、しんとした世界の中でただアストリッドだけが夢を見ていた。


本が整然と並んだ図書室の一角に、窓から差し込む日差しを浴びて笑っているのはアストリッドの大切な弟で、その前には弟と楽しそうに談笑している一人の少女がいる。

その少女は太陽の光を反射してきらきらと波打つ美しい金髪と蛋白石のように光り輝く瞳、手の内にすっぽりと収まりそうなほど小さな顔をし、少し触っただけで折れそうに感じるほど細い四肢を持っている。

平均よりも低い身長から見上げられると誰もが庇護下に置かなければという思いに駆られてしまうだろう。

彼女の作り物めいた指先が弟の腕を親しげに滑っていく。

彼女の指が弟の指先までたどりつきたとき、弟は手を返して彼女の手を取り、忠誠を誓うように唇を当てた。

そのときの彼女の陶然とした顔が、弟の誘惑する瞳が、二人がどのような関係かを全て物語っていた。


ああ、彼女がシーラなの?


弟はそのまま彼女の抱きしめると耳元で何かを話している。

はっと顔を上げるテレーシアに微笑みかける弟。


だめよ、やめて。彼女はだめなの。


弟たちに聞こえるように必死で叫んでも、夢に干渉は出来ない。

ただただ二人の逢瀬を見続けるしかできなかった。




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