強引な指名と使命
指名:名をあげて特定の人を指すこと。名ざし。また、『これはだれそれがせよ』と指示することでもある。
使命:使者として受けた命令。使者としての務め。与えられた重大な務め。責任をもって果たさなければならない任務。
「ほうぇ…。」
優の口から間抜けな声が漏れる。元居た世界では男の子の誰もが1回は考えたであろう『かっこいい剣』が今、眼の前にあるのだ。幼い好奇心が優の中から湧き出て、自然に笑みがこぼれてくる。そんなふうに優が感動していると、
「お主には話さないかんことがたくさんある。さあ。こっちを向きなさい。」
「いやぁ…。あともうちょっとだけ────。」
「来い。」
「……ぬぅ。」
優は名残惜しそうに目の前にある聖剣に目を配りながら、渋々村長の方を向いた。また、ぶん投げられて怪我をするのはゴメンだ。
「自己紹介をしておらんかったな。儂はルーム。この村の村長じゃ。まず、『この世界』についてじゃな。
この世界は『ネビュラ』と呼ばれる世界じゃ。
この村には先代様の予言があるのじゃ。『この世界が闇に落つる時、異世界より来し光の聖剣の使ひ手、5人の賢者を率いてこの世を救わん。』。よっておまえはまず5人の仲間を見つけにゃいかんのじゃ。そして―――」
「おいおいおいおい待て待て待て待て!」
優はその早口で淡々としたその説明の意味がわからず―――そして不幸なのか聞こえてしまった部分に物申すべくすかさず割って入ってしまった。目の前から舌打ちが聞こえたが、気にしないでおこう。
「いや、何?聖剣の使い手?賢者?意味わかんねぇよ!俺は戦う気は少しもねぇ!話し合って俺らの世界に危害を加えさせないようにするだけだかんな!?別にお前らの世界は知らねぇよ!?無駄に殺したりしたくないしー!早く帰りたいしー!帝国軍とか名前だけでも強そうな奴らと戦うなんて真っ平御免なんだよ!こっちは!」
優はそう言い切った。薄情だが、これが優の本心である。過去にあった喧嘩で暴力を振るうという事の結果を思い知らされた優には嫌というより怖いという気持ちが大きかった。優の頭にまた過去の連想のビジョンが蘇る。―――青い髪、眼帯をつけた男の子、炎上する車―――そこでまた優は左右に首を振ってその連想のビジョンのスクリーンをぶち破る。思い出したくない残酷な過去。あぁイライラする。優は落ち着きを取り戻して、村長の方を見る。すると、
「……なんじゃ。」
そこには、赤を通り越して村長の顔―――いや、頭全体は黒くなり、血管が何本も浮き出ていた。そして口元からは何かを呟いている。声が小さすぎて聞き取れず、聞き直そうと声をかけようとすると、村長はそれを察したらしく、優に顔を向けた。そして、
「なんてお主は自己中なんじゃあああああ!!!!」
本日2回目のルームの怒声が響き渡る。唄うように鳴いていた小鳥はバサバサと音を立てながら去り、虫も消えていく。優達のいる大樹の中には村長、優、ルミネの三人になった。
「お主に心というものは無いのか!ここに住む民がお前には見えぬか!儂らは平和に暮らしたい…それだけじゃというのに!早く帰りたい?お前のそんな小さな取るに足らん欲望に儂らが殺されにゃならんのか!」
ぜェぜェと音を立てながらルームは言い切った。怒りが収まらないのか、深呼吸をして息を整える様子もなく、ただひたすらに優を睨んでいる。今にも飛び掛って息の根を止めようとする獣のように。しかし、優はその主張に気圧されることは無かった。こちらにもこの論争には負けられない理由があるからだ。
「あぁ!そうだとも!俺は戦う気なんてサラサラねぇ!弱いやつは強いやつに歯向かっちゃいけねぇんだよ!この村だけでも助かろうなんて変な希望持つんじゃねえよ!」
「変な希望じゃと!?調子に乗るなよ小僧!助かりたいと思う気持ちのどこが変なのじゃ!戦いを望まない儂らが救いを求めるのは当然の事じゃろうが!儂らの願いを変扱いしよって!」
「いいや、変だよ!言わせてもらうが俺は何なんだよ!戦いに駆り出される俺は何なんだよ!16の男子に戦わせて?自分たちは戦いから逃げて?村でみんなでいそいそながらも笑って平和に生きようって?てめぇの願い────いや、自己中な理想論のどこが変じゃねぇんだよ!……もう1度言う。俺は戦うなんて真っ平御免だ。せいぜい村から逃げるか命張ってでも村守ってみせろ!まぁ無理だろうけどな!それが弱者の唯一の選択肢なん────」
「…酷い。」
優がルームの怒りに応えるかのように、自分の意見を怒りに任せて述べていると、優の後ろから怯えるような、そして悲しみを含んだ雀の涙のような小さな声が聞こえ、その場を制した。優が静かに後ろを振り向くと、その声の主は────瞳から頬を伝い顎から大粒の雫を垂らしたルミネだった。
「そんなのあんまりです!あなたはこの村ことを何も知らないくせに!気づかなかったんですか?この村の男性の少なさに!あなただけが犠牲になるんじゃないんですよ!……私達は平和を望んじゃいけないんですか!?夢を見ちゃいけないんですか!?…生きちゃ……いけないんですか?」
「そ、それは……ル、ルミネ!」
最後の一言を涙声で声にならないものを無理矢理口に出しながら、ルミネは大樹の優たちが入ってきた入り口へと走り去ってしまった。去っている道中何度も転んでいたが、その度に振り返りもせず、涙を転んで汚れた手で拭いながら必死に走り去っていった。
(流石に言い過ぎたか。)
優はその一部始終を見ながら、少し反省した。怒りに任せて言ったが、流石に聞くに余る主張だったと思う。彼らの唯一の希望を打ち砕いた挙句、素直にやられろと言うのだ。誰しもが怒るだろう。しかし、弱肉強食であるこの世界。それが自然の摂理であり、仕方が無いことなのだ。……そう、仕方が無いこと。
まだルミネに言うには早すぎたのだろうか。そう後悔しながら俯きガチになり、その罪悪感から口を噤んでいると、その沈黙を突き破るようにルームが口火を切った。
「お主がどんなに嫌がろうと聖剣に選ばれた以上、お主には拒否権は無い。儂はあの村の村長ゆえ、村民を守らねばならぬ。抵抗するならば時間をかけてでも立ち向かわせる。なんせお主は帰れないのじゃからな。……しかし、お前には期待はしておらん。……心っ底見損なったわい。」
そう呟き気味にルームは優に言った。ルームの言葉は挑発的で、もう一度論争を起こしそうな言い草だった。しかし、まだ優はルミネをあんなにも泣かせた事に優も人間である以上後悔せざるを得なかった。そして、あまりにも胸に深く刺さり過ぎて、まだその深い後悔の沼からはいでることが出来ていなかった。故に優はそのルームの言葉に反応する気もしなかった。
ルームはそんな優の心を見据えて、「呆れた。」と言わんばかりに深い溜息をつきながら、ルミネが去っていった道を辿りながら帰って行った。
優はお椀状になっている一本の剣が刺さった台地を登ることはせず、その麓に座り込み、
「…………はぁ………」
溜息をついた。村長の雄叫びのような凄まじい怒声が止んで危険が去ったと思ったのであろう小鳥たちが、優の周りに集まってきた。心配そうにこちらを見上げ、慰めの囀りを優に向ける。
(これでいいんだ。これで………。)
これが最良なんだ。お互い守るべきものが増えなくてよくなるのだから…………。そう心の中で自分に言い聞かせているものの、涙が止まらない優であった。